この記事は、
前編の記事をお読みでない方は、まずこちらで前編の記事を読んでからこの記事を読むことをお勧めします。
リンク: Mathlog|ドミノタイリングの数え上げ公式の導出方法【前編~導出~】
ドミノタイリングの例
では、前編で導出した公式をまず確認しましょう。
前編記事では次のような流れで公式を導出しました。
m=3,n=4 の場合の隣接行列(前編の記事より引用)
前編記事では、
説明がないことにモヤモヤしていた方、おまたせしました!
この後編記事では、まさに「なぜこの式が成り立つのか」について解説したいと思います。
ドミノタイリングの総数と行列式の関係を理解するにはパフィアンについて知っている必要があります。まず、パフィアンについて説明します。
パフィアン(Pfaffian)もしくはパフ式とは、一般的には偶数次の交代行列(=反対称行列・歪対称行列)に対して定義されるものです。
という総和で与えられる。ここで
という条件を満たすもの全体の集合を表す。
……初見ではよくわからないと思いますので、少しくわしく説明します。
まず、「置換」についてですが、この記事では単に「
奇置換・偶置換というのは、ここでは「
たとえば、「
<関連記事: Mathlog|15パズルのパリティと転倒数 >
それから、定義
この条件、一見すると複雑そうに見えますが、実は、「2つずつの数字のペアを作り、数字の小さい方が左になるように並び替えたもの」を数式で表したものにすぎません。
別の言い方をすると、「
たとえば、
となります。これを元にパフィアンを計算する方法を表にすると
ペア | 乗じる成分 | |
---|---|---|
+ | ||
- | ||
+ | ||
- | ||
+ |
という感じになります。
では、
パフィアンの計算の際に作るペアは、長方形上の頂点のペアに対応しています。
すると、隣接しないペアの部分は
まず、行列の成分
これは、パフィアンの定義から、計算で使われるのは行列の右上部分だけだからです。
計算で使われるのは右上の三角形の配置の部分のみ
次に注目していただきたいのは、ドミノタイリングが成立しない組合せのときは積の値がゼロになり、成立する組合せのときはゼロではないということです。これは、隣接しない頂点のペアに対応する成分がゼロなので、
そして、これが一番のポイントですが、全ての頂点のペアが隣接しているとき、すなわちドミノタイリングが成立するとき、
なお、上の例の場合(
(どの値になるかについてはのちほど説明します。)
「なぜ隣接する場合の成分を全て
つまり、辺の重みを横方向
そのことにより、ドミノタイリングの総数とパフィアンの絶対値が一致することになります。
(「どうして縦方向の辺の"重み"を
ともかく、縦方向の辺の"重み"を
ただし、
したがって、パフィアンはこうなります。
両辺の絶対値をとって
つまり、ドミノタイリングの総数は、対応する行列のパフィアンの絶対値と一致するということですね。
しかし、パフィアンのままでは計算が大変なので、公式の導出の際には次に説明するパフィアンと行列式の関係を利用しています。
交代行列の行列式とパフィアンには次の関係があることが知られています。
証明はちょっと難しいので、一旦飛ばします。
(気になる方は、この記事の最後に「おまけ」として解説していますのでそちらをごらんください。)
この関係について「パフィアンは行列式の平方根」という言い方をすることもあります。
なお、この記事では複素行列を扱っているので、行列式やパフィアンが複素数になる場合があることに注意してください。
これで、ドミノタイリングの総数と行列式が、パフィアンを通してつながることを確認できました。
では、パフィアンを計算する際に、横軸(実軸)方向の重みを
パフィアンの計算の際に、置換
また、
ここでの目標は、辺に重みをつけることで置換による符号の交代がキャンセルされることを示すことです。式で表すとこうなります。
次に、交互閉路について説明します。
任意に選んだドミノタイリングに対応する置換、
交互閉路
交互閉路が必ずループ状になることは次のように説明できます。
ドミノタイリングに対応するグラフの各頂点には、必ず
そうすると、交互閉路上の頂点をたどっていったときに枝分かれも行き止まりも発生しないことになります。
したがって、その経路はループ状にしかなりえません。
例えば交互閉路上の辺を交互に赤色、青色に塗り分けると、「赤色に対応するグラフ」「青色に対応するグラフ」それぞれからドミノタイリングに対応するグラフが得られます。また、赤色と青色を切り替える操作は、あたかも交互閉路上の辺が回転移動するように見えることから、この操作を「回転」と呼びます。
交互閉路を構成する辺に、反時計回りに「向き」をつけてみましょう。
そうすると、「上向きの辺の数」=「下向きの辺の数」となります。
同様に、「左向きの辺の数」と「右向きの辺の数」も同じになります。
そのことは、辺をベクトルで考えたとき、交互閉路
そのことから、交互閉路がもつ、次のような性質がわかります。
・ 「上向きの辺の数
向きごとの辺の数を調べる
このとき、交互閉路は複数ある場合もありますが、交互閉路が
なぜなら、交互閉路が
というわけで、ここからは交互閉路が
交互閉路
ここからは、交互閉路
と連動して変化することを示します。
交互閉路上の辺を図
タテの辺のうち赤いものが
交互閉路を単位正方形に分割
交互閉路内を単位正方形で、図
このうち、左右の辺が赤い正方形(❤)が
チェス盤の黒マス白マスのように交互に並ぶことに注意してください。
そして、タテの辺のうち、交互閉路の内部で接している部分が
このとき、次の関係があることが図からわかります。
となり、
となり、
つまり、交互閉路が切り替わった時に辺の重みの総積は
交互閉路
頂点数は必ず偶数になるため、
ここからは、交互閉路
まず、
このとき、「ある頂点のペア」と「別の頂点のペア」を交換する操作は偶置換なので入れ替えても
交互閉路を構成する頂点を
とします。
このとき、次のような置換を考えます。
上の行、下の行がそれぞれ頂点の組を表しているものと考えます。イメージとしては、
赤い辺の組
青い辺の組
になる、という感じです。
頂点の組に対応する辺が、上の行と下の行で「回転」しているのがわかりますでしょうか。
このとき、この置換は必ず奇置換となります。
なぜなら、要素数が偶数の巡回置換は奇置換になるからです。
次に、交互閉路上の辺に反時計回りに「向き」をつけたとき「左向き、又は下向きの辺」のうち、赤色の辺の数が
言い換えると、複素数平面で実軸負の向き又は虚軸負の向きのもののうち、赤色の辺の数と青色の辺の数、ということです。
となります。
第
……このあたりの感覚は数式で表すと難しく見えてしまうかもしれませんが、実際にはパリティがどうなるかを観察しているだけのことですので、数式から理解しようとするより、頂点の置換回数が偶数か奇数か、感覚的にとらえてもらったほうがわかりやすいかもしれません。
補題
(補題
(補題
補題
いよいよ大詰めです。最後に
突然ですが、交互閉路に対して「ピックの定理」を使います。
ピックの定理は等間隔に点が存在する平面上にある多角形の面積を求める公式である。この場合の多角形の頂点は全て、最も近い点同士の間隔を
例えば図の六角形なら内部にある点が
画像の名前
(画像・文章はWikipedia(ja)「ピックの定理」) より引用)
交互閉路
実は、交互閉路が「ドミノタイリングが成立する置換を互いに移り合わせる」ものであるならば、
したがって
これを補題
これこそが示すべきこと(★)でした!
少し長くなりましたので、証明の流れを簡単にまとめておきます。
ここまでで、
は
次に、その「一定の値」が何になるのか
それには、次のようにタイリングが成立する場合の辺の重みの積を
重み
・
・
計算しやすいように敷き詰める
従って次のようになります。
ここまでの結果をもとに、パフィアン及び行列式を改めて
前編記事の、
これで後編の記事は(「おまけ」を残して)終了です。
記事の完成までかなり時間がかかってしまいましたが、その分内容は充実できたのかな、と思います。
特に、計算に使った隣接行列は自分で考えたものなので、後編の証明に使ったいろいろなアイデアも自分で考えだす必要があり、他にはない独自性が出せたのではないかと思います。
実に手ごわい式でしたが、できあがった式は組み合わせ爆発をものともせずに一瞬でドミノタイリングの総数ができ、なおかつ見た目も美しい素晴らしい式だと思います。
自分の手でそれが成り立つことを確認できたことはとても楽しい体験でした。
最後に公式を再掲して、愛でながら終了にしたいと思います。
ありがとうございました!
(2023.11.4 応用編となる記事を公開しました!)
リンク:
Mathlog|任意のポリオミノをドミノで埋め尽くす方法の総数を行列式を使って求める方法(日曜数学会)
ここからは「おまけ」として、交代行列の行列式がパフィアンの
ただし、これは英語版のWikipediaを中心に私がネット上で拾ったものを再構成したものであり、私自身よくわかっていない部分を含んでいることをお断りしておきます。
証明にあたり、先にいくつかの補題を示します。
ただし、
任意の
また、
パフィアンの計算を、置換の重複を許して計算し、最後に重複度で割る方法で求めると、次の式が得られます。
ここで、
これで補題が示されました。
スペクトル理論によると、実交代行列は
の形に対角化できることが知られています。
ただし、
なお、
以下では、実交代行列を対象として計算しています。
補題
と対角化して、パフィアンの
以上でおまけは終了です。
……が、おまけの部分は難しすぎて私自身よくわかっていません。
この分野に詳しい方に補足の記事を書いていただけたら、嬉しいです!