前回
は第一変分公式から導かれる極小曲面の幾何学的性質について扱いました.
今回は,
第一回
で扱った極小曲面のグラフについて再び考えます. 目標は次のBernsteinの定理の証明です.
関数$u: \mbb{R}^2\to \mbb{R}$が極小曲面方程式を満たすならば, $u$はaffine関数でなければならない. すなわち, $u$はある実数$a$, $b$, $c$を用いて$u=ax+by+c$で表される.
この定理の S. Bernstein さんは, 集合論で有名な F. Bernstein さんとは別人です.
すなわち, 平面全体で定義されたグラフ極小曲面は平面しかありません. 複素解析のLiouvilleの定理とよく似ていますが, あちらと違って有界性の仮定は不要です. 線形方程式の場合とは異なる振る舞いという意味で, 極小曲面方程式の非線形性が反映されている結果の一つと言えるでしょう.
本題に入る前に, 極小曲面の曲率の満たす基本的な性質について見ていきます.
曲面$\Sigma$に対し, 各点$x\in\Sigma$における単位法ベクトル$N(x)$を単位球面$\mbb{S}^2$の元と思うことで得られる連続写像$N: \Sigma \to \mbb{S}^2\subset \mbb{R}^3$をGauss写像と呼ぶ.
Weingartenの公式によれば, Gauss写像$N$の微分はフレーム$\{e_j\}_{j=1}^{2}$を用いて
\begin{align}
\inn{dN(e_i)}{e_j}=\inn{S(e_i)}{e_j}=-\inn{N}{\nabla_{e_i}e_j}=-A_{ij}
\end{align}
と計算できたのでした.
ここで点$p\in\Sigma$を固定し, $\Sigma$上のフレームとして$p$において$S$を対角化するようなものを考えます. $S$は$T_p\Sigma$上の対称作用素ですから, このようなフレームは各点においては必ず存在し, かつその固有値は実数になります. こうして得られる$S$の固有値$\kappa_1$, $\kappa_2$を, $p$における$\Sigma$の主曲率と言い, 対応する固有ベクトル$e_1$, $e_2$を$p$における主方向と言います.
極小曲面の場合, $\tr{S}=2H=0$となることから, $\kappa_1+\kappa_2=0$を得ます. 主方向$\{e_j\}_{j=1}^2$に関してGauss写像$N$の微分を計算すると,
\begin{align}
dN=
\begin{pmatrix}
\kappa_1 & 0\\
0 & \kappa_2
\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}
\kappa_1 & 0\\
0 & -\kappa_1
\end{pmatrix}
\end{align}
となります. 特に, 極小曲面のGauss写像は(概)反共形写像(anti-conformal map)になります.
第二基本形式のノルムを
\begin{align}
|A|^2=\sum_{i, j}|A(e_i, e_j)|^2
\end{align}
で定義すると,
\begin{align}
|dN|^2=|A|^2=\kappa_1^2+\kappa_2^2=(\kappa_1+\kappa_2)^2-2\kappa_1\kappa_2=-2K^{\Sigma}=-2\det{dN}
\end{align}
が成り立ちます. ここで, $K^{\Sigma}=\det{S}$は$\Sigma$のGauss曲率です.
上記の関係式は後で用いるので公式の形でまとめておきましょう.
$|dN|^2=|A|^2=-2K^{\Sigma}$
特に, 極小曲面のGauss曲率は至る所非正(non-positive)になります.
最後に, グラフ曲面の曲率の満たす評価式を紹介します. この公式は, 極小曲面の局所的な解析にもしばしば用いられます.
関数$u$のグラフの曲率について, 次が成り立つ:
\begin{align}
\frac{|\mrm{Hess}_u|^2}{(1+|\nabla u|^2)^3} \leq |A|^2 \leq \frac{|\mrm{Hess}_u|^2}{1+|\nabla u|^2}
\end{align}
関数$u$のグラフの第一基本形式$g$および第二基本形式$A$はそれぞれ
\begin{align}
g=
\begin{pmatrix}
1+u_x^2 & u_xu_y\\
u_xu_y & 1+u_y^2
\end{pmatrix},
\quad
A=\frac{1}{\sqrt{1+|\nabla u|^2}}
\begin{pmatrix}
u_{xx} & u_{xy}\\
u_{xy} & u_{yy}
\end{pmatrix}
\end{align}
となる. 特に, $g$の固有値は$1$と$1+|\nabla u|^2$となる.
一般に, $|A|^2=A_{ij}A_{kl}g^{ik}g^{jl}$となるので, $g^{-1}$の固有値$\lambda_1$, $\lambda_2$を用いて計算すると,
\begin{align}
|A|^2=\lambda_1^2A_{11}^2+2\lambda_1\lambda_2A_{12}^2+\lambda_2^2A_{22}^2
\end{align}
となるから, 固有値評価$(1+|\nabla u|^2)^{-1}\leq \lambda_i \leq 1$を用いて求める評価を得る.
続いて, $\Omega$を$\mbb{R}^2$の有界領域とし, $u$をその上の関数で, 極小曲面方程式
\begin{align}
\div{\frac{\nabla u}{\sqrt{1+|\nabla u|^2}}}=0
\end{align}
を満たすものとします.
初回
でこれが面積汎関数のEuler-Lagrange方程式であること, すなわち面積汎関数の臨界点であることを示しましたが, これは実際に次の意味で面積最小の曲面になります.
$u: \Omega \to \mbb{R}$が極小曲面方程式を満たすとし, $\Sigma \subset \Omega\times\mbb{R}$を$\partial\Sigma=\partial\mrm{Graph}_u$を満たす任意の曲面とする. このとき,
\begin{align}
\area{\mrm{Graph}_u}\leq\area{\Sigma}.
\end{align}
曲面$\mrm{Graph}_u$上の法ベクトル場$N$を, 平行移動で空間$\Omega\times\mbb{R}$上に拡張しておき, $\Omega\times\mbb{R}$の$2$次微分形式$\omega$を,
\begin{align}
\omega(X, Y)=\det(X, Y, N)
\end{align}
で定義する. 法ベクトル場$N$は
\begin{align}
N=\frac{(-u_x, -u_y, 1)}{\sqrt{1+|\nabla u|^2}}
\end{align}
で与えられることを用いて計算すると,
\begin{align}
\omega=\frac{dx\wedge dy-u_xdy\wedge dz-u_x dz\wedge dx}{\sqrt{1+|\nabla u|^2}}
\end{align}
となるから,
\begin{align}
d\omega = -\left(\frac{u_x}{\sqrt{1+|\nabla u|^2}}\right)_x-\left(\frac{u_y}{\sqrt{1+|\nabla u|^2}}\right)_y=-2H=0,
\end{align}
すなわち$\omega$は閉形式. さらに, 構成から任意の$X, Y\in \mbb{S}^2$に対して$\omega(X, Y)\leq 1$であり, 等号成立は$X, Y$が$\mrm{Graph}_u$の接ベクトルとなるときである.
いま, 2つの曲面$\mrm{Graph}_u$と$\Sigma$はhomologousだから, Stokesの定理により,
\begin{align}
\int_{\mrm{Graph}_u}\omega=\int_{\Sigma}\omega
\end{align}
となるので,
\begin{align}
\area{\mrm{Graph}_u}=\int_{\mrm{Graph}_u}\omega=\int_{\Sigma}\omega\leq\area{\Sigma}.
\end{align}
以下, $D_r\subset \mbb{R}^2$で原点中心半径$r>0$の円板, $B_r\subset\mbb{R}^3$で原点中心半径$r>0$の球体を表すものとします. グラフ極小曲面の面積最小性の系として, 次のような面積増大度の評価を得ます.
$u: \Omega \to \mbb{R}$が極小曲面方程式を満たすとし, $D_r\subset\Omega$とすると,
\begin{align}
\area{B_r \cap \mrm{Graph}_u}\leq 2\pi r^2.
\end{align}
球面$\partial B_r$は曲線$\partial B_r \cap \mrm{Graph}_u$によって二つの連結成分に分けられる. 二つの成分の内, 少なくとも一方の面積は半球面の面積$\area{\mbb{S}^2}r^2/2=2\pi r^2$以下でなければならないから, 面積最小性より不等式が成立する.
表題のBernsteinの定理を証明します. 以下の曲率評価が証明の鍵となります.
$u: \Omega \to \mbb{R}$は極小曲面方程式を満たすとし, $\Sigma=\mrm{Graph}_u$とおく. このとき, ある定数$C>0$が存在し, 任意の$\eta \in \mrm{Lip}_0(\Sigma)$に対し,
\begin{align}
\int_{\Sigma}|A|^2\eta^2\leq C\int_{\Sigma}|\nablaS \eta|^2
\end{align}
$\omega$を$\mbb{S}^2$上の面積要素とする. 上半球面は可縮なことに注意すると, Poincaréの補題から半球面上のある$1$形式$\alpha$が存在して, $\omega=d\alpha$とできる.
次に, $\Sigma$のGauss写像$N$による像が上半球面に含まれることに注意して, 面積要素$\omega$を$N$で引き戻すことで
\begin{align}
|A|^2d\Sigma=-2K^{\Sigma}d\Sigma=2N^{*}\omega=2N^{*}d\alpha=2d(N*\alpha)
\end{align}
を得る. ここで, $d\Sigma$は$\Sigma$の面積要素を表す.
$C_\alpha=\sup{|\alpha|}$とおくと,
\begin{align}
|N^{*}\alpha|\leq C_\alpha|dN|=C_\alpha|A|
\end{align}
となる.
ここで, Stokesの定理により,
\begin{align}
\int_{\Sigma}\eta^2|A|^2d\Sigma &= 2\int_{\Sigma}\eta^2d(N^{*}\alpha) = -4\int_{\Sigma}\eta\, d\eta \wedge N^{*}\alpha\\
&\leq 4C_\alpha \int_{\Sigma}|\eta||d\eta||A|d\Sigma\\
&\leq 4C_\alpha \left(\int_{\Sigma} \eta^2 |A|^2d\Sigma\right)^{\frac{1}{2}}\left(\int_{\Sigma} |\nablaS \eta|^2 d\Sigma\right)^{\frac{1}{2}}.
\end{align}
最後の不等式を得るのにCauchy-Schwarzの不等式を用いた. したがって,
\begin{align}
\int_{\Sigma}\eta^2|A|^2d\Sigma \leq 16C_{\alpha}^2\int_{\Sigma} |\nablaS \eta|^2 d\Sigma
\end{align}
を得る.
この不等式と, いわゆるlogarithmic cutoff trick( この記事 の「ついでに」の節を参照)とを併用することで次が示せます.
$u: \Omega \to \mbb{R}$は極小曲面方程式を満たすとし, $\Sigma=\mrm{Graph}_u$とおく. また, $\kappa>e$を定数とし, ある$R>0$に対して$D_{\kappa R}\subset \Omega$となっていたとする. このとき, $\kappa$及び$R$に依存しないある定数$C>0$があって
\begin{align}
\int_{B_{\sqrt{\kappa}R}\cap \Sigma}|A|^2 \leq\frac{C}{\log{\kappa}}
\end{align}
が成り立つ.
関数$\eta \in \mrm{Lip}_0(\Omega)$を
\begin{align}
\eta(x)=
\begin{cases}
1 &\text{if $|x|^2\leq \kappa R^2$,}\\
2-2\log(|x|R^{-1})/\log{\kappa} &\text{if $\kappa R^2 < |x|^2 \leq \kappa^2 R^2$,}\\
0 &\text{if $|x|^2 >\kappa^2R^2$.}
\end{cases}
\end{align}
で定義する. $|\nablaS |x||\leq |\nabla |x||=1$に注意すると,
\begin{align}
|\nablaS \eta|\leq \frac{2}{|x|\log{\kappa}}
\end{align}
となる. したがって, 補題3より,
\begin{align}
\int_{B_{\sqrt{\kappa}R}\cap\Sigma}|A|^2 \leq \int_{\Sigma}\eta^2|A|^2\leq C\int_{\Sigma}|\nablaS \eta|^2 \leq \frac{4C}{(\log{\kappa})^2}\int_{B_{\kappa R}\setminus B_{\sqrt{\kappa}R}\cap\Sigma}|x|^{-2}.
\end{align}
ここで, $n=\lfloor \log{\kappa}/2\rfloor$, $N=\lfloor \log{\kappa}\rfloor$とおき, 積分範囲を
\begin{align}
B_{\kappa R}\setminus B_{\sqrt{\kappa}R}\subset \bigcup_{l=n+1}^{N}(B_{e^lR}\setminus B_{e^{l-1}R})\cup (B_{\kappa R}\setminus B_{e^NR})
\end{align}
と分割すると, 定理2の系1より
\begin{align}
\int_{B_{\kappa R}\setminus B_{\sqrt{\kappa}R}\cap\Sigma}|x|^{-2}&\leq \sum_{l=n+1}^N\int_{B_{e^l R}\setminus B_{e^{l-1}R}\cap\Sigma}|x|^{-2}+\int_{B_{\kappa R}\setminus B_{e^NR}\cap\Sigma}|x|^{-2}\\
&\leq 2\pi\sum_{l=n+1}^N e^{-2l+2}R^{-2}e^{2l}R^2+2\pi e^{-2N}R^{-2}\kappa^2R^2\\
&\leq 2\pi e^2(N-n+1)\\
&\leq 2\pi e^2\left(\frac{\log{\kappa}}{2}+2\right)\\
&\leq 5\pi e^2\log{\kappa}
\end{align}
となる. したがって,
\begin{align}
\int_{B_{\sqrt{\kappa}R}\cap\Sigma}|A|^2 \leq \frac{20C\pi e^2}{\log{\kappa}}.
\end{align}
補題4より, 十分大きな任意の$R>1$に対し,
\begin{align}
\int_{B_{\sqrt{R}}\cap\Sigma}|A|^2\leq \frac{C}{\log{R}}
\end{align}
となるから, $R\to \infty$とすることで$|A|=0$を得る.
したがって, 公式2より$u_{xx}=u_{xy}=u_{yy}=0$となるから, ある実数$a, b, c \in \mbb{R}$を用いて$u=ax+by+c$となる.
今回は極小曲面論の重要な結果の一つであるBernsteinの定理について紹介しました. 「高次元の場合でもグラフ極小曲面は平面に限るか」という問題はBernstein問題と呼ばれています. この問題は$8$次元以下の場合は肯定的に, $9$次元以上の場合には否定的に解決されました. この辺りの歴史についてはMiによくまとめられていますので, ぜひ参照なさってください.
現在もなお, 空間や余次元を変更したり, 安定性の意味で一般化したりと, 拡張されたBernstain問題は極小曲面論の中心的な課題の一つとして研究され続けています.
次回はいよいよ, 本シリーズのメインテーマである, 極小曲面の安定性について触れたいと思います.