Bridgeland安定性の論文のための勉強メモ第2回です:
第1回は こちら 。第3回は こちら 。第4回は こちら 。
第1回 の内容、特に有界$t$-structureの定義を仮定します。しかしheartの定義やheartがアーベル圏になることは知らなくてよいです。
三角圏の有界$t$-structureのheartを特徴づける話です。とくに、heartとなるべき圏が与えられたときそこから有界$t$-structureを作ります。内容は[B, Lemma 3.2]に基づいています。
$t$-structureのheartがアーベル圏になることは今回は使わないし証明しません。これについて新しく 記事 を書いたので気になる人はそちら参照。
第1回 と同様ですが、一応標準的でないかもしれないので書きます。
まずは用語を定義しましょう。導来圏のstandard $t$-structureが与えられると、そこから自然にもとのアーベル圏が復元できます。これは一般の$t$-structureに対しても同じ操作でアーベル圏ができ、これをheartといいます。
三角圏$\TT$の$t$-structure $(\UU,\VV)$に対して、そのheartとは、次で定義される$\TT$の部分圏$\HH$である:
$$
\HH := \UU \cap \VV.
$$
例の、$\TT^{\leq 0}:= \UU$と$\TT^{\geq 0} := \VV$とする記法だと、$\HH = \TT^{\leq 0} \cap \TT^{\geq 0}$で、導来圏のstandard $t$-structureではこれは「コホモロジーが$0$次にconcentrateした複体のなす圏」なので、もとのアーベル圏が出てきます。
このheartには次のような十分条件があります。
三角圏$\TT$の$t$-structure $(\UU,\VV)$のheart $\HH$に対して、次が成り立つ。
さらにこの$t$-structureが有界なことと、次が成り立つことは同値:
見やすくするため、$\TT^{\leq 0}:= \UU$と$\TT^{\geq 0} := \VV$などの記法を使う。
前半について。整数$k_1 > k_2$に対して、$\HH[k_i] = \TT^{\leq -k_i} \cap \TT^{\geq -k_i}$なので、おちつくと$\HH[k_1] \subseteq \TT^{\leq -k_1}$と$\HH[k_2] \subseteq \TT^{\geq -k_2}$だが、$-k_1 < -k_2$なので$\TT^{\leq -k_1} \perp \TT^{\geq -k_2}$である。よって従う。
後半について。まず条件が成り立つとすると、任意の対象$T$に対して、
$$
T \in \HH[k_1] * \HH[k_2] * \cdots * \HH[k_m] \subseteq \TT^{\geq -k_1} \cap \TT^{\leq -k_m} =:\TT^{[-k_1,-k_m]}
$$
なので、もとの$t$-structureは有界である。
逆側が少し非自明である(が自然なtruncationを帰納的に落ち着いて取るだけである)。すなわちこの$t$-structureが有界としたとき、上のようなfiltrationが取れることを示す。まず有界性により任意に$T \in \TT$を取るとある整数の区間$[k,l]$を用いて$T \in \TT^{[k,l]}$となる。このとき次の主張を区間の長さについての帰納法で示す:
$$
T \in \HH[-k] * \HH[-k-1] * \cdots * \HH[-l].
$$
ここでもし$k=l$ならば$T \in \HH[-k]$なのでよい。
$l-k \geq 1$とする。いま$t$-structureの性質により$\TT = \TT^{\leq k} * \TT^{\geq k+1}$であるので、これに$T$を適応すると、次のような三角
$$
T^{\leq k} \to T \to T^{\geq k+1} \to T^{\leq k}[1]
$$
がある(どこに属するかは記法により察してください)。この三角を左に回すと
$$
T^{\geq k+1}[-1] \to T^{\leq k} \to T \to T^{\geq k+1}
$$
となり、$T^{\geq k+1}[-1] \in \TT^{\geq k+1}[-1] = \TT^{\geq k+2} \subseteq \TT^{\geq k}$となるので、$\TT^{\geq k}$が拡大で閉じたことから、$T^{\leq k} \in \TT^{\geq k}$が従い、つまり$T^{\leq k} \in \HH[-k]$となる。
次に$T^{\geq k+1}$について考えたいが、$T \in \TT^{\leq l}$であり、$T^{\leq k}[1] \in \TT^{\leq k}[1] = \TT^{\leq k-1} \subseteq \TT^{\leq l}$なので、$\TT^{\leq l}$が拡大で閉じたことから、$T^{\geq k+1} \in \TT^{\leq l}$となる。よって$T^{\geq k+1} \in \TT^{[k+1,l]}$となるが、inductionの仮定によりこれは$\HH[-k-1] * \cdots * \HH[-l]$に入る。
以上により
$$
T \in T^{\leq k} * T^{\geq k+1} \subseteq \HH[-k] * (\HH[-k-1] * \cdots * \HH[-l])
$$
が成り立つので証明おわり。
実は上の命題1が成り立つような部分圏$\HH$が与えられたら、そこから有界$t$-structureを作れる。
三角圏$\TT$の部分圏$\HH$が次を満たすとする:
このとき、次で$(\UU,\VV)$を定義すると、これは$\TT$の有界$t$-structureである。
\begin{align}
\UU &:= \bigcup_{k_1 > k_2 > \cdots > k_m \geq 0} \HH[k_1] * \HH[k_2] * \cdots * \HH[k_m],\\
\VV &:= \bigcup_{0 \geq k_1 > k_2 > \cdots > k_m} \HH[k_1] * \HH[k_2] * \cdots * \HH[k_m].
\end{align}
しかもこの$t$-structureのheartは$\HH$に一致する。
証明には、$t$-structureの次の特徴づけが有用です。
三角圏$\TT$の部分圏の組$(\UU,\VV)$が$t$-structureである必要十分条件は、次が成り立つことである。
a. $\UU \perp \VV[-1]$.
b. $\TT = \UU * \VV[-1]$.
c. $\UU[1] \subseteq \UU$.
第1回 の命題6を参照のこと。もしくはこれを$t$-structureの定義にしている場合もある。
では定理2の証明ができます。
まず$(\UU,\VV)$が$t$-structureなことを示す。
補題3の条件を一つ一つ確かめる。まず$\VV$の定義式により次が成り立つことに注意($0$の等号が不等号に変わる)。
$$
\VV[-1] = \bigcup_{0 > k_1 > k_2 > \cdots > k_m} \HH[k_1] * \HH[k_2] * \cdots * \HH[k_m].
$$
aについて。これは1の条件より明らかである。
bについて。これは2の条件より明らかである(ちゃんというと、任意に$T$をとると$k_1 > \cdots > k_m$が取れるが、$0$以上のところを$\UU$に、$0$未満なところを$\VV[-1]$に押し付ければよい)。
cについて。これも$\UU$の定義により明らか。
次にこれが有界であることだが、条件2により明らかである。
最後にheartが$\HH$に一致することを示す。
明らかに$\HH \subseteq \UU \cap \VV$であるので、逆に$T \in \UU \cap \VV$をとる。すると$T \in \UU$なことと$\UU$の定義式を「ゼロより大きい」ところとゼロに分けることで、三角
$$
U[1] \to T \to H \to U[2]
$$
($U \in \UU$と$H \in \HH$)がある。しかし$U[1] \in \UU[1] \perp \VV$なので、上の$U[1] \to T \in \VV$はゼロ射。よって$H \to U[2]$はretractionだが、そのsection $U[2] \to H$は、条件1によりゼロ射である。ゆえに$U[2] = 0$であり、$T \cong H \in \HH$となる。
ほとんどすぐでした(最後のところはもしかしたらもっと楽な議論があるかも)。
三角圏$\TT$の部分圏$\HH$について、$\HH$がある有界$t$-structureのheartであることと、次の2条件を満たすことは同値:
さらにこの対応は、次の集合の間の全単射を与える:
対応は、1から2はheartをとり、2から1は上の定理3での構成である。
ほとんどすでにやっているが、一つだけ一応確かめていないことは次である。
有界$t$-structure $(\UU,\VV)$をとり、そのheartを$\HH$とすると、次が成り立てばよい:
$$
\UU = \bigcup_{k_1 > k_2 > \cdots > k_m \geq 0} \HH[k_1] * \HH[k_2] * \cdots * \HH[k_m]
$$
しかしこれは命題1の証明の中での主張より分かる。
有界$t$-structureのheartは、上の2条件で特徴づけられます。つまり
ですが、これだけ見ると、何も整数に限らずとも実数に拡張したくなりますね。
それがBridgelandの論文で導入された三角圏のslicingです。これについて次回以降見ていきます。