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三角圏の有界t-structureのheartの特徴づけ【Bridgeland安定性第2回】

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$$\newcommand{AA}[0]{\mathcal{A}} \newcommand{BB}[0]{\mathcal{B}} \newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{CC}[0]{\mathcal{C}} \newcommand{CM}[0]{\operatorname{\mathsf{CM}}} \newcommand{DD}[0]{\mathcal{D}} \newcommand{DDD}[0]{\mathsf{D}} \newcommand{EE}[0]{\mathcal{E}} \newcommand{End}[0]{\operatorname{End}} \newcommand{equiv}[0]{\Leftrightarrow} \newcommand{Ext}[0]{\operatorname{Ext}} \newcommand{F}[0]{\mathsf{F}} \newcommand{FF}[0]{\mathcal{F}} \newcommand{GG}[0]{\mathcal{G}} \newcommand{HH}[0]{\mathcal{H}} \newcommand{Hom}[0]{\operatorname{Hom}} \newcommand{II}[0]{\mathcal{I}} \newcommand{imp}[0]{\Rightarrow} \newcommand{implies}[0]{\Rightarrow} \newcommand{inj}[0]{\hookrightarrow} \newcommand{JJ}[0]{\mathcal{J}} \newcommand{KK}[0]{\mathcal{K}} \newcommand{KKK}[0]{\mathsf{K}} \newcommand{LL}[0]{\mathcal{L}} \newcommand{MM}[0]{\mathcal{M}} \newcommand{mod}[0]{\operatorname{\mathsf{mod}}} \newcommand{Mod}[0]{\operatorname{\mathsf{Mod}}} \newcommand{NN}[0]{\mathcal{N}} \newcommand{OO}[0]{\mathcal{O}} \newcommand{PP}[0]{\mathcal{P}} \newcommand{proj}[0]{\operatorname{\mathsf{proj}}} \newcommand{QQ}[0]{\mathcal{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{rep}[0]{\operatorname{\mathsf{rep}}} \newcommand{surj}[0]{\twoheadrightarrow} \newcommand{Tor}[0]{\operatorname{Tor}} \newcommand{TT}[0]{\mathcal{T}} \newcommand{TTT}[0]{\mathsf{T}} \newcommand{UU}[0]{\mathcal{U}} \newcommand{VV}[0]{\mathcal{V}} \newcommand{XX}[0]{\mathcal{X}} \newcommand{YY}[0]{\mathcal{Y}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} \newcommand{ZZ}[0]{\mathcal{Z}} $$

導入

Bridgeland安定性の論文のための勉強メモ第2回です:

[B] T. Bridgeland, Stability conditions on triangulated categories, Ann. of Math. (2) 166 (2007), no. 2, 317–345.

第1回は こちら 。第3回は こちら 。第4回は こちら

  • 勉強メモなので間違っている箇所がある可能性があります(気づいたらご指摘ください)。また続きを書かずに途中でやめる可能性もあります。
  • しかも初歩的なことばかりやるので、知っている人にとっては退屈かもしれません。
  • 自分にとって分かりやすいように書くので、原論文と違う用語や違う証明や違う道具を用いている箇所があります。
  • 自分のメモのために証明を詳しく書いていますが、おそらく自分で証明を考えたほうがためになるしそこまで難しいことはしていないので、命題だけ見て証明は自分で考えることをおすすめします。

前提とする知識

第1回 の内容、特に有界$t$-structureの定義を仮定します。しかしheartの定義やheartがアーベル圏になることは知らなくてよいです。

今回の目標

三角圏の有界$t$-structureのheartを特徴づける話です。とくに、heartとなるべき圏が与えられたときそこから有界$t$-structureを作ります。内容は[B, Lemma 3.2]に基づいています。

$t$-structureのheartがアーベル圏になることは今回は使わないし証明しません。これについて新しく 記事 を書いたので気になる人はそちら参照。

慣習と記法

第1回 と同様ですが、一応標準的でないかもしれないので書きます。

  • 考える部分圏は全てfullで有限直和と同型で閉じることを仮定する(直和因子で閉じることは課さない)。
  • 三角圏$\TT$の部分圏$\XX$に対して、$\XX^\perp$$^\perp \XX$で通常の$\Hom$直交部分圏を指す。また二つの部分圏$\XX,\YY$に対して、$\XX \perp \YY$で、$\TT(\XX,\YY) = 0$を表す。
  • 三角圏$\TT$の対象の集まり$\XX$$\YY$に対し(部分圏でなくてもよい)、
    $$ X \to E \to Y \to X[1] $$
    というtriangleで$X \in \XX$$Y \in \YY$を満たすようなものが存在するような$E$を全て集めたものを$\XX * \YY$と書く(この$*$演算は結合的)。

$t$-structureのheart

まずは用語を定義しましょう。導来圏のstandard $t$-structureが与えられると、そこから自然にもとのアーベル圏が復元できます。これは一般の$t$-structureに対しても同じ操作でアーベル圏ができ、これをheartといいます。

三角圏$\TT$$t$-structure $(\UU,\VV)$に対して、そのheartとは、次で定義される$\TT$の部分圏$\HH$である:
$$ \HH := \UU \cap \VV. $$

例の、$\TT^{\leq 0}:= \UU$$\TT^{\geq 0} := \VV$とする記法だと、$\HH = \TT^{\leq 0} \cap \TT^{\geq 0}$で、導来圏のstandard $t$-structureではこれは「コホモロジーが$0$次にconcentrateした複体のなす圏」なので、もとのアーベル圏が出てきます。

このheartには次のような十分条件があります。

三角圏$\TT$$t$-structure $(\UU,\VV)$のheart $\HH$に対して、次が成り立つ。

  • $\HH[k_1] \perp \HH[k_2]$が整数$k_1 > k_2$について成り立つ。

さらにこの$t$-structureが有界なことと、次が成り立つことは同値:

  • 任意の対象$T \in \TT$に対して、ある整数列$k_1 > k_2 > \cdots > k_n$が存在し、
    $$ T \in \HH[k_1] * \HH[k_2] * \cdots * \HH[k_m] $$
    が成り立つ。すなわち
    $$ \TT = \bigcup_{k_1 > \cdots > k_n}\HH[k_1] * \HH[k_2] * \cdots * \HH[k_m] $$
    が成り立つ(和はこのような整数列全体を走る)。

見やすくするため、$\TT^{\leq 0}:= \UU$$\TT^{\geq 0} := \VV$などの記法を使う。

前半について。整数$k_1 > k_2$に対して、$\HH[k_i] = \TT^{\leq -k_i} \cap \TT^{\geq -k_i}$なので、おちつくと$\HH[k_1] \subseteq \TT^{\leq -k_1}$$\HH[k_2] \subseteq \TT^{\geq -k_2}$だが、$-k_1 < -k_2$なので$\TT^{\leq -k_1} \perp \TT^{\geq -k_2}$である。よって従う。

後半について。まず条件が成り立つとすると、任意の対象$T$に対して、
$$ T \in \HH[k_1] * \HH[k_2] * \cdots * \HH[k_m] \subseteq \TT^{\geq -k_1} \cap \TT^{\leq -k_m} =:\TT^{[-k_1,-k_m]} $$
なので、もとの$t$-structureは有界である。

逆側が少し非自明である(が自然なtruncationを帰納的に落ち着いて取るだけである)。すなわちこの$t$-structureが有界としたとき、上のようなfiltrationが取れることを示す。まず有界性により任意に$T \in \TT$を取るとある整数の区間$[k,l]$を用いて$T \in \TT^{[k,l]}$となる。このとき次の主張を区間の長さについての帰納法で示す:

$$ T \in \HH[-k] * \HH[-k-1] * \cdots * \HH[-l]. $$
ここでもし$k=l$ならば$T \in \HH[-k]$なのでよい。

$l-k \geq 1$とする。いま$t$-structureの性質により$\TT = \TT^{\leq k} * \TT^{\geq k+1}$であるので、これに$T$を適応すると、次のような三角
$$ T^{\leq k} \to T \to T^{\geq k+1} \to T^{\leq k}[1] $$
がある(どこに属するかは記法により察してください)。この三角を左に回すと
$$ T^{\geq k+1}[-1] \to T^{\leq k} \to T \to T^{\geq k+1} $$
となり、$T^{\geq k+1}[-1] \in \TT^{\geq k+1}[-1] = \TT^{\geq k+2} \subseteq \TT^{\geq k}$となるので、$\TT^{\geq k}$が拡大で閉じたことから、$T^{\leq k} \in \TT^{\geq k}$が従い、つまり$T^{\leq k} \in \HH[-k]$となる。

次に$T^{\geq k+1}$について考えたいが、$T \in \TT^{\leq l}$であり、$T^{\leq k}[1] \in \TT^{\leq k}[1] = \TT^{\leq k-1} \subseteq \TT^{\leq l}$なので、$\TT^{\leq l}$が拡大で閉じたことから、$T^{\geq k+1} \in \TT^{\leq l}$となる。よって$T^{\geq k+1} \in \TT^{[k+1,l]}$となるが、inductionの仮定によりこれは$\HH[-k-1] * \cdots * \HH[-l]$に入る。

以上により
$$ T \in T^{\leq k} * T^{\geq k+1} \subseteq \HH[-k] * (\HH[-k-1] * \cdots * \HH[-l]) $$
が成り立つので証明おわり。

有界$t$-structureのheartの特徴づけ

実は上の命題1が成り立つような部分圏$\HH$が与えられたら、そこから有界$t$-structureを作れる。

三角圏$\TT$の部分圏$\HH$が次を満たすとする:

  1. $\HH[k_1] \perp \HH[k_2]$が整数$k_1 > k_2$について成り立つ。
  2. 任意の対象$T \in \TT$に対して、ある整数列$k_1 > k_2 > \cdots > k_n$が存在し、
    $$ T \in \HH[k_1] * \HH[k_2] * \cdots * \HH[k_m] $$
    が成り立つ。

このとき、次で$(\UU,\VV)$を定義すると、これは$\TT$の有界$t$-structureである。
\begin{align} \UU &:= \bigcup_{k_1 > k_2 > \cdots > k_m \geq 0} \HH[k_1] * \HH[k_2] * \cdots * \HH[k_m],\\ \VV &:= \bigcup_{0 \geq k_1 > k_2 > \cdots > k_m} \HH[k_1] * \HH[k_2] * \cdots * \HH[k_m]. \end{align}
しかもこの$t$-structureのheartは$\HH$に一致する。

証明には、$t$-structureの次の特徴づけが有用です。

三角圏$\TT$の部分圏の組$(\UU,\VV)$$t$-structureである必要十分条件は、次が成り立つことである。
a. $\UU \perp \VV[-1]$.
b. $\TT = \UU * \VV[-1]$.
c. $\UU[1] \subseteq \UU$.

第1回 の命題6を参照のこと。もしくはこれを$t$-structureの定義にしている場合もある。

では定理2の証明ができます。

まず$(\UU,\VV)$$t$-structureなことを示す。
補題3の条件を一つ一つ確かめる。まず$\VV$の定義式により次が成り立つことに注意($0$の等号が不等号に変わる)。
$$ \VV[-1] = \bigcup_{0 > k_1 > k_2 > \cdots > k_m} \HH[k_1] * \HH[k_2] * \cdots * \HH[k_m]. $$

aについて。これは1の条件より明らかである。

bについて。これは2の条件より明らかである(ちゃんというと、任意に$T$をとると$k_1 > \cdots > k_m$が取れるが、$0$以上のところを$\UU$に、$0$未満なところを$\VV[-1]$に押し付ければよい)。

cについて。これも$\UU$の定義により明らか。

次にこれが有界であることだが、条件2により明らかである。

最後にheartが$\HH$に一致することを示す。
明らかに$\HH \subseteq \UU \cap \VV$であるので、逆に$T \in \UU \cap \VV$をとる。すると$T \in \UU$なことと$\UU$の定義式を「ゼロより大きい」ところとゼロに分けることで、三角
$$ U[1] \to T \to H \to U[2] $$
$U \in \UU$$H \in \HH$)がある。しかし$U[1] \in \UU[1] \perp \VV$なので、上の$U[1] \to T \in \VV$はゼロ射。よって$H \to U[2]$はretractionだが、そのsection $U[2] \to H$は、条件1によりゼロ射である。ゆえに$U[2] = 0$であり、$T \cong H \in \HH$となる。

ほとんどすぐでした(最後のところはもしかしたらもっと楽な議論があるかも)。

有界$t$-structureのheartの特徴づけ

三角圏$\TT$の部分圏$\HH$について、$\HH$がある有界$t$-structureのheartであることと、次の2条件を満たすことは同値:

  1. $\HH[k_1] \perp \HH[k_2]$が整数$k_1 > k_2$について成り立つ。
  2. 任意の対象$T \in \TT$に対して、ある整数列$k_1 > k_2 > \cdots > k_n$が存在し、
    $$ T \in \HH[k_1] * \HH[k_2] * \cdots * \HH[k_m] $$
    が成り立つ。

さらにこの対応は、次の集合の間の全単射を与える:

  • $\TT$の有界$t$-structure全体の集合
  • 上の2条件を満たす$\TT$の部分圏の集合

対応は、1から2はheartをとり、2から1は上の定理3での構成である。

ほとんどすでにやっているが、一つだけ一応確かめていないことは次である。

有界$t$-structureから始めて元に戻ること

有界$t$-structure $(\UU,\VV)$をとり、そのheartを$\HH$とすると、次が成り立てばよい:
$$ \UU = \bigcup_{k_1 > k_2 > \cdots > k_m \geq 0} \HH[k_1] * \HH[k_2] * \cdots * \HH[k_m] $$
しかしこれは命題1の証明の中での主張より分かる。

まとめ・この先

有界$t$-structureのheartは、上の2条件で特徴づけられます。つまり

  • 整数$k$で添字付けられた部分圏の族$\HH[k]$がある
  • 大きい方から小さい方へは射が消えている
  • 任意の対象が「大から小」の向きのfiltrationで書ける

ですが、これだけ見ると、何も整数に限らずとも実数に拡張したくなりますね。

それがBridgelandの論文で導入された三角圏のslicingです。これについて次回以降見ていきます。

投稿日:20201120

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某大ポスドク、詳しくはtwitterまで。自分の分野(環の表現論)でよく使われるfolkloreの解説記事を主に書いています。

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