Bridgeland安定性の論文のための勉強メモ第4回です:
第1回は こちら 。第2回は こちら 。第3回は こちら 。
第1~3回の内容を仮定します。また t-structureのheartがアーベル圏 の記事を読んだほうが感じがつかみやすいかもです(同様の議論をするので)が、仮定はしません。また今回は完全圏の言葉遣いを仮定します(下の注意のように次回は仮定しません)。
Bridgelandの論文4節を完全に自己流でやります。具体的には、三角圏のslicing $\PP$と区間$I \subseteq \R$から部分圏$\PP(I) \subseteq \TT$が作れましたが、この圏が$I$の長さ1未満ならばquasi-ablelianなこと[B, Lemma 4.3]の、完全圏を使った証明をします。がおそらくBridgelandの証明よりもかなり直接的な証明なはずです。
第1回 と同様ですが、一応標準的でないかもしれないので書きます。
slicingを一旦忘れて、三角圏とのその完全部分圏について、また完全圏がいつquasi-abelianになるかについての準備をします。
この節の内容は t-structureのheartがアーベル圏 の記事とかぶりますが独立して読めます。
目標へ向かうために、三角圏の内部にある完全圏として自然なクラスである次を定義します。
三角圏$\TT$の部分圏$\EE$が**完全部分圏 (exact subcategory) **であるとは、次を満たすときをいう。
多分考えている人がいないことはないと思いますが、上の概念は文献で見たことがないので、本記事独自の用語です(適切な用語を知っている人がいたら教えて下さい)。
例えば$t$-structureのheartは完全部分圏なことが知られていますが、次の十分条件が非常に便利です(もっと早く知っておけばよかった)。
三角圏$\TT$の拡大で閉じた部分圏$\EE$が$\EE \perp \EE[-1]$、つまり
$$
\TT(\EE,\EE[-1]) = 0
$$
を満たすならば、$\EE$は完全部分圏である、すなわち$\TT$の三角で最初の3つが$\EE$に入るものを取り出すとそれは完全圏の構造を持つ。
この補題は次の論文のProposition 2.5で見つけた、たぶんfolkloreです。
P. Jorgensen, Abelian subcategories of triangulated categories induced by simple minded systems, arXiv:2010.11799
これはDyerのプレプリントの主結果でもあるようです:
M. Dyer, Exact subcategories of triangulated categories.
詳細な完全圏の公理を全ては確かめずに、「conflationが核・余核対になっていること」のみ示し、納得してもらうことにします。
まず$\EE$が条件、つまり$\EE \perp \EE[-1]$を満たすとし、このとき定義1のようにconflationを定め、$\EE$のconflation $X \to Y \to Z$をとると、定義によりこれは$\TT$の三角
$$
X \to Y \to Z \to X[1]
$$
の一部である。これを左に回して$E \in \EE$について$\TT(E,-)$を伸ばすと、
$$
0 = \TT(E,Z[-1]) \to \TT(E,X) \to \TT(E,Y)
$$
が完全で$\EE \perp \EE[-1]$により一番左がゼロ。よって、取ったconflationはkernel sequenceになっている。余核についても同様なので省略。
これが完全圏の公理をみたすことは上のJorgensenの論文のProposition 2.5を参照のこと。実はもっと短い証明ができますが、これについては気になる方は直接連絡をとってください。
後で見るように、なぜ「長さ1未満」という仮定が必要かの一つの答えは、長さ1未満だと$\PP(I) \perp \PP(I)[-1]$が保証されて上の判定法が使えるからです。
まずquasi-abelianの定義を知らない人もいるでしょうので思い出します。
加法圏$\EE$がquasi-abelianであるとは以下を満たすときである。
この定義は最近は主流だと思いますが、Bridgelandの論文[B]での定義と若干見かけが異なります。[B]ではpre-abelian圏について「coimからimへの自然な射が同型」な射を「strict」と定義しており、「strict epiのpullbackもstrict epi」かつ「strict monoのpushoutもstrict mono」としています。がなんでこんな書き方をしたのか分からないほど分かりにくいです。
一応気持ち悪いので同値性を見ておきます。上と見比べれば「strict epi」なるものと余核射が一致していれば(monoも同様)いいわけです。
まず余核射$g \colon Y \to Z$を取ると、pre-abelianなので$\varphi$の核$f \colon X \to Y$も存在し、このとき$g$は$f$の余核になっています。よって$Z$が$g$のcoimageです。一方余核射はエピなので、$g$の余核は$Z \to 0$であり、よって$g$のimageは$Z$になります。よってcoimからimへの自然な写像は恒等射として取れるので同型、つまりstrict epiです。
次に$g \colon Y \to Z$がstrict epiだとします。すると$g$のcoimage分解$Y \xrightarrow{\pi} W \xrightarrow{\iota} Z$をとると、$\pi$は余核射ですが、strictという仮定から$W \xrightarrow{\iota} Z$は$g$のimageでもあり、つまり$\iota$は核射です。一方$g$がepiなので$\iota$もエピですが、「エピかつ核射は同型」がすぐ分かります。よって$g$は$\pi$と同型なので余核射です。
典型的な例はもちろんアーベル圏です。他にもアーベル圏のtorsion classやtorsion-free classもquasi-abelianになります(多分この事実を次回の別証明で使います)。
ここで我々は完全圏構造も含めて考えるのですが、実はquasi-abelianなら自然に最大な完全圏構造があります。
加法圏$\EE$に対して次は同値である。
例えば Bühlerの完全圏の有名な論文 のProposition 4.4ですが、そんなに長くないのでやってしまいましょう。
2ならば1:まずpre-abelianなので、全ての余核射は、その核射の余核射となるので、核・余核対の右の射と思えるので、2により保証される完全圏構造で全ての余核射はdeflationとなる。よって完全圏の公理によりdeflationのpullbackはdeflationなので、余核射のpullbackは余核射となる。
1ならば2:
1を仮定しているので、非自明な公理は「二つの核射の合成はまた核射になる」こととその双対である。核射の場合のみ示す。なので核射$A \to B$と$B \to C$を取る。これを核・余核対$A \to B \to X$と$B \to C \to Y$に補完して、合成$A \to B \to C$の余核を取る操作で次の図式ができる:
\begin{CD}
@. @. 0 \\
@. @. @VVV \\
0 @>>> A @>>> B @>>> X @>>> 0\\
@. @| @VVV @VVV\\
@. A @>>> C @>>> Z @>>> 0 \\
@. @. @VVV \\
@. @. Y \\
@. @. @VVV \\
@.@. 0
\end{CD}
(短完全列っぽく書いたのは核・余核対、右完全列っぽく書いたのは余核を表す。)このとき、右の$BXCZ$の四角がpushoutであることが簡単な普遍性の演習問題から分かる。よって1より核射のpushoutは核射なので$X \to Z$は核射であり、さらに一般にpushoutは余核を保つので、次の図式が作れる:
\begin{CD}
@. @. 0 @. 0\\
@. @. @VVV @VVV\\
0 @>>> A @>>> B @>>> X @>>> 0\\
@. @| @VVV @VVV\\
@. A @>>> C @>>> Z @>>> 0 \\
@. @. @VVV @VVV \\
@. @. Y @= Y \\
@. @. @VVV @VVV \\
@.@. 0 @. 0
\end{CD}
ここまで来ると、$A \to C$が$C \to Z$の核射であることがchaseして容易にチェックできる。
そもそも完全圏とは核・余核対の集まりを指定することだったので、「全て指定して完全圏になる」ことがちょうどquasi-abelian、と覚えると特徴的で覚えやすいでしょう。そのような完全圏に名前をつけることにします。
完全圏$\EE$がquasi-abelian完全圏であるとは、加法圏とみて$\EE$がquasi-abelianであり、任意の核・余核対がconflationになるときをいう。
もちろんquasi-abelianな加法圏に対して、小さめの完全圏構造を入れると全然quasi-abelian完全圏とはならなりません。上の定義は、ちゃんと「conflation=核・余核対」が成り立つことを要求しています。
このクラスの完全圏には次のような便利な特徴づけがあります。
完全圏$\EE$に対して次は同値である。
これはwell-known to expertsな気がしますが、やればできます。
1ならば2:
上の方の分解だけ示す(下は双対)。先に言うと、ちょうどcoimage分解が$i_1 p_1$を与える。実際、$f$の核射$K \to X$を取り、その余核射を$p_1 \colon X \to Z$とする。と余核射の普遍性から$f = i_1 p_1$となる射$i_1 \colon Z \to Y$が取れる。
まず$p_1$は余核射なので、1の仮定によりdeflationである。次に$i_1$がモノ射をみたい。先に言っておくと単なるdiagram chaseなので自分でやることを勧める。このため$\varphi \colon W \to Z$が$i_1 \varphi = 0$とする。このとき$\varphi$でpullbackすることで次の図式が得られる(完全圏のconflationのpullbackもconflationを使う):
\begin{CD}
0 @>>> K @>>> E @>>> W @>>> 0 \\
@.@|@VVV@V{\varphi}VV \\
0 @>>> K @>>> X @>{p_1}>> Z @>>> 0 \\
@.@.@V{f}VV@V{i_1}VV \\
@.@.Y @= Y
\end{CD}
ここで横はconflationだが縦は別にそうではない。ここで合成$E \to X \to Y$は、$E \to W \to Z \to Y$と等しいのでゼロ。よって$E \to X$は$K \to X$を経由する。このことから$E \to K$が得られるが、これは上の短完全列が分裂していることを意味するので、$E \to W$はretractionであり、それを用いて$\varphi$が$p_1$を通ることが分かる。つまり$W \to X$が得られるが、これはさらに$W \to X \to Y$してゼロなので、$W \to X$は$K \to X$を通る。これは$\varphi$が$K \to X \to Z$を通ることとなり、よって$\varphi = 0$である。
2ならば1:
まずpre-abelianなことを見る。任意に射$f$を取ると、上の分解$f = i_1 p_1$を見ると、$p_1$はdeflationなので核を持ち、$i_1$がモノなので$p_1$の核は$f = i_1 p_1$の核でもある。よって$f$は核を持つ。同様下の分解から$f$は余核も持つ。よってpre-abelianである。
次に任意の核・余核対がconflationなことを示せば、上の命題2により$\EE$はquasi-abelianアーベル圏である。実際に核・余核対$A \xrightarrow{\iota} B \xrightarrow{\pi} C$をとろう。このとき$\pi$に対して2の上の分解をとると、$B \xrightarrow{p_1} D \xrightarrow{i_1} C$がとれ$p_1$がdeflationで$i_1$がモノである。ここでモノ射を合成しても核は変わらないので、$\iota \colon A \to B$は$p_1 \colon B \to D$の核でもあるので、下の可換図式が得られ、
\begin{CD}
0 @>>> A @>{\iota}>> B @>{p_1}>> D @>>> 0 \\
@.@|@|@V{i_1}VV \\
0 @>>> A @>{\iota}>> B @>{\pi}>> C @>>> 0
\end{CD}
上の列はconflationである(なぜなら$p_1$がdeflationなので)。また余核の普遍性により$i_1$は同型である。よってconflationが同型で閉じるので、下の列もconflationである。
準備が長くなりましたが、本題に戻りましょう。
三角圏$\TT$のslicing $\PP$を取り、また実数の区間$I \subset \R$をとる。このとき$I$の長さが1未満なら(例えば$(1,2)$や$[3,3]$はOKだが$[4,5]$はだめ)、$\PP(I)$は$\TT$の拡大で閉じたquasi-abelian完全部分圏である。つまり拡大で閉じた完全部分圏であり、その完全圏はquasi-abelian完全圏である。
すでに準備から察していると思いますが、前節での補題1(完全部分圏の判定)と命題3(quasi-abelian完全圏の特徴づけ)を組合せて示します。
簡単のため$I = (a,b]$の場合にのみ示すが、他の形をした区間の場合も同様である。まず$b-a \leq 1$である。また証明で$\TT$の対象のことを「$I$に入る」「$a$より大きい」などと言うが、これは前回定義した$\PP(I)$に入ること、$\PP((a,\infty))$に入ることをそれぞれ表す。つまり$\PP(I)$は「$a$より大きく$b$以下な対象」からなる部分圏である。
第3回により$\PP(I)$は拡大で閉じている。よって$\PP(I) \perp \PP(I) [-1]$を示せば補題1により従う。まず$\PP(I)$の対象は$a$より大きいが、一方$\PP(I)[-1] = \PP((a,b])[-1] = \PP((a-1,b-1])$より$\PP(I)[-1]$の対象は$b-1$以下である。ここで長さ1未満より$a \geq b-1$であるので、slicingの条件より$a$より大きいところから$b-1$以下への射は消える。よって直交$\PP(I) \perp \PP(I) [-1]$が成り立つ。
命題3のような射の分解を与えればよい。お察しの方もいるかもしれないが、以下作る分解は t-structureのheartがアーベル圏の記事 で与えた射の分解と同じもの(とその双対)である!
任意に$\PP(I)$の射$\varphi \colon X \to Y$を取る。このとき上の分解、つまり「$\PP(I)$内で$\varphi$がdeflationとモノとの合成で書ける」ことを見る。まず$\varphi$のmapping cocone $K \to X$をとる。
第3回
により$(\PP_{>a},\PP_{\leq a})$が$\TT$のtorsion pairなので、三角$K_{>a} \to K \to K_{\leq a} \to $がとれ、八面体により次ができる:
\begin{CD}
K_{>a} @= K_{>a} \\
@VVV @VVV \\
K @>>> X @>{\varphi}>> Y @>>> K[1] \\
@VVV @V{p_1}VV @| @VVV \\
K_{\leq a} @>>> W @>{i_1}>> Y @>>> K^{\leq a}[1] \\
@VVV @VVV \\
K_{>a}[1] @= K_{>a}[1]
\end{CD}
ネタバレをすると上の$\varphi = i_1 p_1$が求める分解である。これを落ち着いて大きさをチェックしていく。
これは三角$Y[-1] \to K \to X$と、$Y[-1]$が$(a-1,b-1]$に入ること(slicingの定義により)、$X$が$I = (a,b]$に入ることより従う。
これは三角$K_{\leq a}[-1] \to K_{>a} \to K$と、$K_{\leq a}[-1]$は$a-1$以下なので当然$b$以下、また$K$が上より$b$以下なこと(と$K_{>a}$はもともと$a$より大きいこと)から従う。
これは三角$K \to K_{\leq a} \to K_{>a}[1]$で、上より$K$は$a-1$より大きく、$K_{>a}[1]$は$a+1$より大きく当然$a-1$より大きいこと(と$K_{\leq a}$はもともと$a$以下)から従う。
まず三角$K_{\leq a} \to W \to Y$で、$K_{\leq a}$は$a$以下なので$b$以下、$Y$は$b$よりまず$W$は$b$以下である。次に三角$X \to W \to K_{>a}[1]$で$X$は$a$より大きく、$K_{>a}[1]$は$a+1$より大きいので$a$より大きいことから、$W$は$a$より大きい。よって従う。
以上により$X \xrightarrow{p_1} W \xrightarrow{i_1} Y$はきちんと$\PP(I)$での分解なことが保証された。よって$p_1$が$\PP(I)$でdeflation、$i_1$が$\PP(I)$でモノを見ればよい。
これは縦の左から2番めの三角を見て、最初の3つが全て$\PP(I)$に入るので、$\PP(I)$が完全部分圏だったことから従う。
ここは$t$-structureの場合はより強くinflationだったが、今はモノにしかならないことに注意。適当に$E \in \PP(I)$をとり$\TT(E,-)$で送ると
$$
\TT(E,K_{\leq a}) \to \TT(E,W) \to \TT(E,Y)
$$
が完全だが、$E$は$a$より大きく、$K_{\leq a}$は$a$未満なので$\TT(E,K_{\leq a})=0$となる。よって$i_1$は$\PP(I)$でモノである。
(inflationに必ずしもならない理由は、$K_{\leq a}$が今$(a,a+1]$に入ることは言えるが$b$未満が言えないので$\PP(I)$に入ると限らないことによる。)
上で省略したことは演習問題としておきます。
落ち着いて大小を考えればいいわけですが、ケースバイケースで結構面倒な議論が必要ですね。
でもこの証明は結構面倒だったので、次回はアーベル圏のtorsion(-free) classを使った別証明を書く予定です。