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現代数学解説
文献あり

Apéryの加速法13:Hankel行列式を用いた無理性証明について

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$$\newcommand{a}[0]{\alpha} \newcommand{Aut}[0]{\operatorname{Aut}} \newcommand{b}[0]{\beta} \newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{c}[0]{\cdot} \newcommand{cc}[0]{{\atop{}\cdots{}}} \newcommand{d}[0]{\delta} \newcommand{D}[0]{\Delta} \newcommand{DD}[0]{\mathcal{D}} \newcommand{dis}[0]{\displaystyle} \newcommand{e}[0]{\varepsilon} \newcommand{ep}[0]{\epsilon} \newcommand{F}[4]{{}_2F_1\left(\begin{matrix}#1,#2\\#3\end{matrix};#4\right)} \newcommand{farc}[2]{\frac{#1}{#2}} \newcommand{FF}[6]{{}_3F_2\left(\begin{matrix}#1,#2,#3\\#4,#5\end{matrix};#6\right)} \newcommand{G}[0]{\Gamma} \newcommand{g}[0]{\gamma} \newcommand{Gal}[0]{\operatorname{Gal}} \newcommand{H}[0]{\mathbb{H}} \newcommand{id}[0]{\operatorname{id}} \newcommand{Im}[0]{\operatorname{Im}} \newcommand{K}[0]{\mathop{\vcenter{\text{\huge K}}}} \newcommand{Ker}[0]{\operatorname{Ker}} \newcommand{l}[0]{\left} \newcommand{la}[0]{\lambda} \newcommand{La}[0]{\Lambda} \newcommand{lcm}[0]{\operatorname{lcm}} \newcommand{Li}[0]{\operatorname{Li}} \newcommand{li}[0]{\operatorname{li}} \newcommand{M}[4]{\begin{pmatrix}#1& #2\\#3& #4\end{pmatrix}} \newcommand{m}[0]{{\atop{}-{}}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{o}[0]{\omega} \newcommand{ol}[1]{\overline{#1}} \newcommand{ord}[0]{\operatorname{ord}} \newcommand{P}[0]{\mathfrak{P}} \newcommand{p}[0]{{\atop{}+{}}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{r}[0]{\right} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Re}[0]{\operatorname{Re}} \newcommand{s}[0]{\sigma} \newcommand{sgn}[0]{\operatorname{sgn}} \newcommand{t}[0]{\theta} \newcommand{ul}[1]{\underline{#1}} \newcommand{vp}[0]{\varphi} \newcommand{vt}[0]{\vartheta} \newcommand{x}[0]{\boldsymbol{x}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} \newcommand{z}[0]{\zeta} \newcommand{ZZ}[1]{\mathbb{Z}/#1\mathbb{Z}} \newcommand{ZZt}[1]{(\mathbb{Z}/#1\mathbb{Z})^\times} $$

はじめに

 この記事では 前回の記事 に引き続きApéry周辺の話題についてまとめていきます。
 今回の記事ではZudilinZによるHankel行列式を用いた無理性証明について解説していきます。

概説

Apéryの定理とその類似(復習)

 さて これまでの記事 でも何度か言及しているように
$$S_1=\sum^\infty_{n=1}\frac{(-1)^{n-1}}n,\quad S_2=\sum^\infty_{n=1}\frac1{n^2},\quad S_3=\sum^\infty_{n=1}\frac1{n^3}$$
といった級数たちに対しApéryの加速法によって構成された有理数列$a_n,b_n$が
$$d_n=\lcm(1,2,3,\ldots,n)$$
とおいたとき

  • $S_1$の場合、$d_na_n,d_nb_n\in\Z$かつ
    \begin{align} d_n|b_nS_1-a_n| &<(e(\sqrt2-1)^2)^{n+o(n)}\\ &=(0.4663...)^{n+o(n)}\to0\\ \end{align}
  • $S_2$の場合、$d^2_na_n,d^2_nb_n\in\Z$かつ
    \begin{align} d_n^2|b_nS_2-a_n|&<(e^2\l(\frac{\sqrt5-1}2\r)^5)^{n+o(n)}\\ &=(0.6662...)^{n+o(n)}\to0\\ \end{align}
  • $S_3$の場合、$d^3_na_n,d^3_nb_n\in\Z$かつ
    \begin{align} d_n^3|b_nS_3-a_n|&<(e^3(\sqrt2-1)^4)^{n+o(n)}\\ &=(0.5912...)^{n+o(n)}\to0 \end{align}

を満たすことからこれらの級数の無理性が証明できるのでした。

Apéryの加速法の限界

 しかし例えば
$$S=\sum^\infty_{n=1}\frac{(-1)^{n-1}}{2n-1}=\frac\pi4$$
の場合を考えると、Apéryの加速法によって得られる有理数列
\begin{align} a_n&=\sum^n_{k=0}\binom nk\binom{n-\frac12}k2^k \l(\sum^n_{m=1}\frac{(-1)^{m-1}}{2m-1} +\sum^k_{j=1}\frac{(-1)^{n+j+1}}{j\binom{n-\frac12}j}\frac1{2^{j+1}}\r)\\ b_n&=\sum^n_{k=0}\binom nk\binom{n-\frac12}k2^k \end{align}
について$2^nd_{2n}a_n,2^nd_{2n}b_n\in\Z$が成り立つのに対し
\begin{align} 2^nd_{2n}|b_nS-a_n| &<(2e^2(\sqrt2-1)^2)^{n+o(n)}\\ &=(2.5355...)^{n+o(n)} \end{align}
程度の評価しか得られないため、この近似列では$\pi$の無理性を導くことはできません。
 このように同じ区分(${}_2F_1$や${}_3F_2$など)に属す級数$S$とそれに対応する数列$a_n,b_n$に対し$|b_nS-a_n|$の収束速度は一定であるため、$D_na_n,D_nb_n\in\Z$を満たすような整数列$D_n$の増大度が上述のものより$2^n$や$e^n$程度でも大きいと$S$の無理性を導くことはできません。

本題

 ところがどっこい実はそのような従来の方法では無理性には届かない近似列$r_n=b_nS-a_n$であっても、そのHankel行列式
$$R_n=\det((r_{i+j})_{0\leq i,j< n})$$
を考えることで$S$の無理性に到達できることがある、ということについてこの記事では解説していこうと思います。

Zudilinの手法

 いま実数$\a$と有理数列$a_n,b_n$および正整数列$D_n$が

  1. $r_n=b_n\a-a_n$について$r_n\neq0$
  2. $D_na_n,D_nb_n\in\Z$
  3. ある$\e,\D,C_1,C_2>0$について$|r_n|< C_1\e^n,\ D_n< C_2\D^n$

を満たしているものとします。このときApéryの手法では次のような判定法を用いていたのでした。

Apéryの判定法

 上の条件下で$\e\D<1$が成り立つとき、$\a$は無理数である。

 $\a=p/q$なる整数$p,q\ (q>0)$が存在したとすると
$$qD_n|r_n|=|D_nb_np-D_na_nq|$$
は十分大きい$n$に対し
$$0< qD_n|r_n|< qC_1C_2(\e\D)^n<1$$
を満たす整数となり矛盾。よって主張を得る。

 そして今回紹介するZudilinの手法では上の条件(i)-(iii)に加えて

(iv) ある領域$\DD\subset\R^m$上の定数でない連続関数$z(\x)\geq0$と測度(正値微分形式)$\o(\x)$が存在して
$$r_n=\int_\DD z(\x)^n\o(\x)$$
と表せる。
(v) $D_n$は$D_{n+1}$を割り切る。

という状況設定を考え、このとき次のような判定法が得られます。

Zudilinの判定法

 上の条件(i)-(v)の下で$\e\D^{\frac32}/4<1$が成り立つとき、$\a$は無理数である。

$$R_n(X)=\det((b_{i+j}X-a_{i+j})_{0\leq i,j< n})$$
とおいたとき、条件(ii),(v)より
$$D_{n-1}D_n\cdots D_{2n-2}R_n(X)$$
は高々$n$次の整数係数多項式となる。
 また$R_n=R_n(\a)$とおくと以下で示すように
$$0< R_n<\l(\frac\e4\r)^{n^2+o(n^2)}$$
が成り立つ。
 したがって$\a=p/q$なる整数$p,q\ (q>0)$が存在したとすると
$$\rho_n=q^nD_{n-1}D_n\cdots D_{2n-2}R_n$$
は十分大きい$n$に対し
\begin{align} 0<\rho_n &< q^n\c C_2^n\D^{\frac32n(n-1)}\c(\e/4)^{n^2+o(n^2)}\\ &<(\e\D^{\frac32}/4)^{n^2+o(n^2)}\\ &<1 \end{align}
を満たす整数となり矛盾。よって主張を得る。

 条件(iv),(v)に関してはApéry周辺で考える数列たちは自然に満たしていることが多いため、これによってApéryの判定法よりもちょっとだけ多くの近似列$a_n,b_n$を無理性証明の鍵とすることができる、というわけです。

Hankel行列式の漸近挙動

 とりあえず上の証明に使った$R_n<(\e/4)^{n^2+o(n^2)}$という評価を示しておきましょう。

 $\DD$上の連続関数列$u_n,v_n$に対し
$$I_{i,j}=\int_\DD u_i(\x)v_j(\x)\o(\x)$$
および
\begin{align} U_n(\x_1,\x_2,\ldots,\x_n)&=\det((u_j(\x_j))_{1\leq i,j\leq n})\\ V_n(\x_1,\x_2,\ldots,\x_n)&=\det((v_j(\x_j))_{1\leq i,j\leq n}) \end{align}
とおいたとき
$$\det((I_{i,j})_{1\leq i,j\leq n}) =\frac1{n!}\int_{\DD^n}U_nV_n\,\o(\x_1)\o(\x_2)\cdots\o(\x_n)$$
が成り立つ。

\begin{align} \det((I_{i,j})_{1\leq i,j\leq n}) &=\sum_{\s\in S_n}\sgn(\s)\prod^n_{i=1}I_{i,\s(i)}\\ &=\sum_{\s\in S_n}\sgn(\s)\prod^n_{i=1}\int_\DD u_i(\x_i)v_{\s(i)}(\x_i)\o(\x_i)\\ &=\int_{\DD^n}\l(\prod^n_{i=1}u_i(\x_i)\r)\l(\sum_{\s\in S_n}\sgn(\s)\prod^n_{i=1}v_{\s(i)}(\x_i)\r)\o(\x_1)\o(\x_2)\cdots\o(\x_n)\\ &=\int_{\DD^n}\l(\prod^n_{i=1}u_i(\x_i)\r)V_n(\x_1,\x_2,\ldots,\x_n)\o(\x_1)\o(\x_2)\cdots\o(\x_n) \end{align}
と変形したとき、積分変数の添え字を付け替えて足し合わせることで
\begin{align} \det((I_{i,j})_{1\leq i,j\leq n}) &=\frac1{n!}\sum_{\s\in S_n}\int_{\DD^n}\l(\prod^n_{i=1}u_i(\x_{\s(i)})\r) V_n(\x_{\s(1)},\x_{\s(2)},\ldots,\x_{\s(n)})\o(\x_1)\o(\x_2)\cdots\o(\x_n)\\ &=\frac1{n!}\int_{\DD^n}\l(\sum_{\s\in S_n}\sgn(\s)\prod^n_{i=1}u_i(\x_{\s(i)})\r) V_n(\x_1,\x_2,\ldots,\x_n)\o(\x_1)\o(\x_2)\cdots\o(\x_n)\\ &=\frac1{n!}\int_{\DD^n}U_n(\x_1,\x_2,\ldots,\x_n)V_n(\x_1,\x_2,\ldots,\x_n)\o(\x_1)\o(\x_2)\cdots\o(\x_n) \end{align}
を得る。

 上の条件(iii),(iv)の下で
$$R_n=\det((r_{i+j})_{0\leq i,j< n})$$
とおいたとき
$$0< R_n<\l(\frac\e4\r)^{n^2+o(n^2)}$$
が成り立つ。

 上の補題とVandermonde行列式の公式から
$$R_n=\int_{\DD^n}\prod_{1\leq i< j\leq n}(z(\x_i)-z(\x_j))^2\o(\x_1)\o(\x_2)\cdots\o(\x_n)$$
が成り立つので、$z(\x)$は定数でないことから$R_n>0$がわかる。
 また
$$\sup_{\x\in\DD}z(\x) =\lim_{n\to\infty}\l(\int_\DD z(\x)^n\o(\x)\r)^{\frac1n}\leq\e$$
が成り立つことと、閉区間$[0,\e]$に関する Fekete-Chebyshev定数 が
$$\lim_{n\to\infty}\l(\max_{z_1,\ldots,z_n\in[0,\e]}\prod_{1\leq i< j\leq n}|z_i-z_j|\r)^{\frac2{n(n-1)}}=\frac\e4$$
と求まることに注意すると
$$R_n \leq r_0^n\max_{z_1,\ldots,z_n\in[0,\e]}\prod_{1\leq i< j\leq n}|z_i-z_j|^2 <\l(\frac\e4\r)^{n^2+o(n^2)}$$
を得る。

$\log3$の無理性

 では実際にApéryの判定法は失敗するがZudilinの判定法は有効である例、つまり
$$\e\D>1\quad\mbox{だが}\quad\e\D^{\frac32}/4<1$$
を満たすような例として$\log3$と$\pi$の無理性を証明していきましょう。
 以下例の如く
$$d_n=\lcm(1,2,3,\ldots,n)$$
とします。
 いま 第9-1回の記事 や Beukersの手法の記事 でも紹介したように次のような積分を考えると$\log(1+c)$に関するいい感じの近似列が得られるのでした。

 有理数$c=p/q>-1\quad(p,q\in\Z,\ q>0)$に対し
$$I_n=\int^1_0\frac{x^n(1-x)^n}{(1+cx)^{n+1}}dx$$
とおいたとき
$$c^nI_n\in\frac{\log(1+c)}{p^{n+1}}\Z+\frac1{p^nd_n}\Z$$
および
$$I_n\leq\l(\frac{\sqrt{1+c}-1}c\r)^{2n}\frac{\log(1+c)}c$$
が成り立つ。

 一つ目の主張については
$$P_n(x)=\frac1{n!}\frac{d^n}{dx^n}(x^n(1-x)^n)\in\Z[x]$$
とおいたとき部分積分から
$$r_n=\frac1{c^n}\int^1_0\frac{P_n(x)}{1+cx}dx$$
が成り立つことと
$$\int^1_0\frac{x^k}{1+cx}dx =\frac1{(-c)^k}\l(\frac{\log(1+c)}c-\sum^k_{m=1}\frac{(-c)^{m-1}}m\r)$$
と求まることからわかる。
 二つ目の主張については$0\leq x\leq 1$において
$$\frac{x(1-x)}{1+cx}\leq\l(\frac{\sqrt{1+c}-1}c\r)^2$$
が成り立つこと(等号成立条件は$x=(\sqrt{1+c}-1)/c$)に注意するとわかる。

 正の有理数$a=p/q\quad(p,q\in\Z_{>0})$が
$$(\sqrt p-\sqrt q)^2<4e^{-\frac32}=0.8925\ldots$$
を満たすとき、$\log a$は無理数となる。

 ちなみにApéryの判定法は
$$(\sqrt p-\sqrt q)^2< e^{-1}=0.3678\ldots$$
の場合に使えます。

 $c=a-1$および
$$r_n=q^{-n}c^{2n}I_n$$
とおいたとき条件(ii),(iii),(v)を満たすような$\e,D_n,\D$として
$$\e=q(\sqrt{1+c}-1)^2,\quad D_n=d_n,\quad\D=e^{1+\epsilon}$$
が取れる(ただし$\epsilon>0$は任意の実数とした)のでZudilinの判定法より
$$q(\sqrt{1+c}-1)^2e^{\frac32}/4<1$$
であれば$\log(1+c)/c$は無理数となることがわかる。

 $a=3$とおいたとき$(\sqrt3-1)^2=0.5358\ldots$より$\log3$は無理数である。

$\pi$の無理性

 次に$\pi$の無理性について考えてみましょう。
 ただし$\pi$の無理性に到達するには一筋縄ではいかないので軽い失敗例を挟みつつ、その軌道修正のためのテクニックも紹介していきましょう。

失敗例

 まずは冒頭で紹介した数列
\begin{align} a_n&=\sum^n_{k=0}\binom nk\binom{n-\frac12}k2^k \l(\sum^n_{m=1}\frac{(-1)^{m-1}}{2m-1} +\sum^k_{j=1}\frac{(-1)^{n+j+1}}{j\binom{n-\frac12}j}\frac1{2^{j+1}}\r)\\ b_n&=\sum^n_{k=0}\binom nk\binom{n-\frac12}k2^k \end{align}
に対し愚直にZudilinの判定法を試してみましょう。
 これは上の$\log(1+c)$の場合の類似
$$r_n=\frac12\int^1_0\frac{t^{n-\frac12}(1-t)^n}{(1+t)^{n+1}}dt=b_n\frac\pi4-a_n$$
として得られる数列であり、これに対し条件(ii),(iii),(v)を満たすような$\e,D_n,\D$として
$$\e=(\sqrt2-1)^2,\quad D_n=2^nd_{2n},\quad \D=e^{2+\ep}$$
というものが取れますが
$$(\sqrt2-1)^2(2e^2)^{\frac32}/4=2.4367\ldots>1$$
よりZudilinの判定法は使えません。

テクニック1

 ここでこのように$D_n$がある指数関数$a^n$の因子を持つ場合は
$$r'_n=a^nr_n,\quad D'_n=a^{-n}D_n,\quad\e'=a\e,\quad\D'=a^{-1}\D$$
と置き換えても$r'_n$は条件(iv)を保つので、これによって$\e\D^{\frac32}$の値を$a^{-\frac12}$倍だけ小さくすることができます。
 例えば上の場合は$a=2$とすることで
$$2(\sqrt2-1)^2\c(e^2)^\frac32/4=1.7230\ldots$$
という評価が使えます。しかし見ての通りこれでもZudilinの判定法は使えません。

テクニック2

 ではどうするのかと言うと
$$r'_n\approx r_{n/2}$$
なる数列を考えることにします。
 もしこのような数列であって条件(iv)のような積分表示を持つものがあれば(←これが難しい)
$$\e'=\e^\frac12,\quad\D'=\D^\frac12$$
となるので$\e\D^{\frac32}$の値を$1/2$乗だけ小さくすることができます。
 例えば上の場合だと
$$\sqrt2(\sqrt2-1)e^{\frac32}/4=0.6563\ldots<1$$
となってついにZudilinの判定法が成功します。

成功例

 実際この場合には様々な状況証拠からいい感じの$r'_n$の存在が予見され、具体的には
$$I_n=2^n\int^1_0\frac{t^n(1-t)^n}{(1+t^2)^{n+1}}dt$$
および
$$r_n=(\sqrt2)^nI_n$$
とおいたとき、この$r_n$が所望の性質を満たすこととなります。
 ここでこの積分$I_n$は次のような性質を満たします(詳細略)。

\begin{align} 0&=(n+1)I_{n+1}+(2n+1)I_n-nI_{n-1}\\ \\ I_n &=\frac{(1+i)^{n+1}}2\int^1_0\frac{u^n(1-u)^n}{(1+(-1+i)u)^{n+1}}du\qquad\l(t=\frac{(1+i)u}{2+(-1+i)u}\r)\\ &=\frac{(-1+i)^n}{2^{n+1}i}\int^i_1\frac{(1-u)^n(i-u)^n}{u^{n+1}}du\qquad\l(t=i\frac{1-u}{1+u}\r)\\ \\ I_{2n}&=\frac12\int^1_0\frac{t^{n-\frac12}(1-t)^n}{(1+t)^{n+1}}dt\\ I_{2n+1}&=\farc12\int^1_0\frac{t^{n+\frac12}(1-t)^n}{(1+t)^{n+1}}dt\\ \\ I_{2n}&=\sum^n_{k=0}\binom nk\binom{n-\frac12}k2^k \l(\frac\pi4-\sum^n_{m=1}\frac{(-1)^{m-1}}{2m-1} -\sum^k_{j=1}\frac{(-1)^{n+j+1}}{j\binom{n-\frac12}j}\frac1{2^{j+1}}\r)\\ -I_{2n+1}&=\sum^n_{k=0}\binom nk\binom{n+\frac12}k2^k \l(\frac\pi4-\sum^{n+1}_{m=1}\frac{(-1)^{m-1}}{2m-1} -\sum^k_{j=1}\frac{(-1)^{n+j}}{j\binom{n+\frac12}j}\frac1{2^{j+1}}\r) \end{align}

 以下簡単のため$\b=\pi/4$とおくとこれらの性質のいずれかから
$$2^nd_{2n}I_{2n},\ 2^nd_{2n+1}I_{2n+1}\in\Z\b+\Z$$
が成り立つ、つまり
$$d_nr_n\in\l\{\begin{array}{ll} \Z\b+\Z&(n:\mathrm{even})\\(\Z\b+\Z)\sqrt 2&(n:\mathrm{odd}) \end{array}\r.$$
となることがわかるので、これに合わせてZudilinの判定法を少し修正することで$\pi$の無理性が得られます。

 $\pi$は無理数である。

$$R_n=\det((r_{i+j})_{0\leq i,j< n}),\quad\e=\sqrt2(\sqrt2-1)^2$$
とおいたとき$0\leq t\leq1$において
$$\frac{t(1-t)}{1+t^2}\leq\frac{\sqrt2-1}2$$
が成り立つこと(等号成立条件は$t=\sqrt2-1$)に注意すると、これまでと同様にして
$$d_{n-1}d_n\cdots d_{2n-2}R_n <\bigg(\frac{\e e^{\frac32}}4\bigg)^{n^2+o(n^2)}=(0.6563\ldots)^{n^2+o(n^2)}$$
および
$$d_{n-1}d_n\cdots d_{2n-2}R_n\in\Z[\sqrt2,\b]$$
が成り立つので後はこの左辺が$\Z[\b]$に含まれること、特に$R_n\in\Q[\b]$を示せばよい。
 それは
$$\det((a^{i+j}r_{i+j})_{0\leq i,j< n})=a^{n(n-1)}R_n$$
が成り立つことに注意すると
$$2^{\frac{n(n-1)}2}R_n=\det{}((\sqrt2^{i+j}r_{i+j})_{0\leq i,j< n})\in\Q[\b]$$
とわかる。

 ちなみに今回の場合は$\e\D^{\frac32}/4$の値に少し余裕があるため
$$r_n=2^nI_n,\quad D_n=d_n,\quad\e=2(\sqrt2-1),\quad\D=e^{1+\ep}$$
とおいても
$$2(\sqrt2-1)e^{\frac32}/4=0.9281\ldots<1$$
と評価でき、これによって上のような回り道をしなくても直接Zudilinの判定法が適用できます。

おまけ

 ちなみに上では$I_n$の分母について
$$2^nd_{2n}I_{2n},\ 2^nd_{2n+1}I_{2n+1}\in\Z\frac\pi4+\Z$$
という評価をしましたが、$2$の冪に関しては少し改善することができ、例えば
\begin{align} I_{2n}&=\sum^n_{k=0}\binom nk\binom{n-\frac12}k2^k \l(\frac\pi4-\sum^n_{m=1}\frac{(-1)^{m-1}}{2m-1} -\sum^k_{j=1}\frac{(-1)^{n+j+1}}{j\binom{n-\frac12}j}\frac1{2^{j+1}}\r)\\ -I_{2n+1}&=\sum^n_{k=0}\binom nk\binom{n+\frac12}k2^k \l(\frac\pi4-\sum^{n+1}_{m=1}\frac{(-1)^{m-1}}{2m-1} -\sum^k_{j=1}\frac{(-1)^{n+j}}{j\binom{n+\frac12}j}\frac1{2^{j+1}}\r) \end{align}
という表示を用いると次のような評価ができます(ただし$2^{\lfloor\log_22n\rfloor}=O(n)$程度の差異なので$\D$は変化しません)。

とおいたとき、任意の非負整数$n,k,j\quad(j\leq k\leq n)$に対し
$$\binom{n-\frac12}k2^{2k}\in\Z,\quad \frac{d_k}{2^{\lfloor\log_2k\rfloor}}\frac{\binom{n-\frac12}k2^{2k}}{j\binom{n-\frac12}j2^{j+1}}\in\Z$$
が成り立つ。特に
$$d'_n=\lcm(1,3,5,\ldots,2n-1)$$
とおいたとき
$$2^nd'_nI_{2n},\ 2^nd'_{n+1}I_{2n+1}\in\Z\frac\pi4+\Z$$
が成り立つ。

 前者については
$$\binom{x+1}k-\binom xk=\binom x{k-1}$$
から
\begin{align} \binom{n-\frac12}k &=\binom{k-\frac12}k+\sum^{n-1}_{m=k}\binom{m-\frac12}{k-1}\\ &=\frac1{2^{2k}}\binom{2k}k+\sum^{n-1}_{m=k}\binom{m-\frac12}{k-1} \end{align}
が成り立つことに注意すると数学的帰納法によりわかる。
 後者については
$$\frac{\binom{n-\frac12}k2^{2k-1}}{j\binom{n-\frac12}j2^{j+1}} =\binom{n-j-\frac12}{k-j}2^{2k-2j-1}\c2^{j-1}\frac1{j\binom kj}$$
と変形できることと、Legendreの公式(やKummerの定理)から
$$\ord_p\binom kj\leq\lfloor\log_p k\rfloor-\ord_pj=\ord_pd_k-\ord_pj$$
が成り立つことに注意するとわかる。ただし$\ord_2$については
$$\ord_2\Bigg(\frac{\binom{n-\frac12}k2^{2k}}{j\binom{n-\frac12}j2^{j+1}}\Bigg) =\ord_2\l((j-1)!\frac{2^{k-1}}{k!}\r)\geq0$$
と評価できることに注意。

 おまけのおまけに$I_n$の漸化式を導出する際に求めた式でも置いておきます。

$$F_n(t)=\frac{t^n(1-t)^n}{(1+t^2)^{n+1}}$$
とおいたとき
$$4(n+1)F_{n+1}+2(2n+1)F_n-nF_{n-1}=\frac d{dt}((t^2+2t-1)F_n)$$
が成り立つ。

おわりに

Zudilinの手法の限界

 以上がZudilinの手法の全容となります。
 ところで今回の記事の主題としてはApéryの判定法では失敗する数列がZudilinの判定法によって返り咲く可能性があるという話をしてきたわけですが、そのような現象が起きるには少なくとも$\D^{\frac12}/4<1$つまり$\D<16$である必要があったり、例えば冒頭の例のようにApéryの加速法から得られる
$$\e=(\sqrt2-1)^2,\quad\l(\frac{\sqrt5-1}2\r)^5,\quad(\sqrt2-1)^4$$
の場合に(愚直に)Zudilinの判定法を適用するには
\begin{align} \D&<8.1609\ldots,\quad12.5313\ldots,\quad26.4306\ldots\\ &=e\c3.0022\ldots,\quad e^2\c1.6959\ldots,\quad e^3\c1.3159\ldots \end{align}
である必要があることなどを考えると、Zudilinの判定法によって無理性に手が届く近似列の範囲が劇的に広がるというわけではなさそうです。
 もちろん$\e\D^\frac32$がどれだけ大きくても$\pi$の例のように十分大きい$d$に対し
$$r'_n\approx r_{n/d}$$
を満たすような数列が持ってこれれば
$$\frac{\e'(\D')^{\frac32}}4=\frac{(\e\D^\frac32)^{\frac1d}}4<1$$
とできる、という希望的観測はできますが、$r'_n$が条件(iv)のような積分表示を持たなければならないという強い制約があるためそう美味い話はありません。

Hankel行列式の伸びしろ

 ただ最近話題になった $\z(5)$の無理性を証明したと主張するプレプリント では、微分形式$\o$も$n$に依存する積分の列
$$r_{m,n}=\int^\infty_0x^{2m}\o_n(x)$$
に関するHankel行列式
$$R_n=\det((r_{i+j,n})_{0\leq i,j<37n})$$
を考えたとき、そこから定まる$37n$次多項式$Q_n(X)\in\Z[X]$に対し
$$0< Q_n(\z(5))<\exp\l(-\frac{139}5n^2\r)$$
と評価することで無理性を導いているようなので、Hankel行列式を起点にした手法自体にはまだまだ伸びしろがあるのかもしれません。今後の発展に期待ですね。

参考文献

[1]
W. Zudilin, A determinantal approach to irrationality, Constr Approx 45, 2017, 301–310
投稿日:12日前
更新日:12日前
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子葉
子葉
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主に複素解析、代数学、数論を学んでおります。 私の経験上、その証明が簡単に探しても見つからない、英語の文献を漁らないと載ってない、なんて定理の解説を主にやっていきます。 同じ経験をしている人の助けになれば。最近は自分用のノートになっている節があります。

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