この記事では 前回の記事 での考察を踏まえて 前々回の記事 に引き続きChan, Cooper(2012)を読んでいきます。
Chan, Chan, Liuによると
$$Z=\sum^\infty_{n=0}A_nX^n$$
なる重さ$2$のモジュラー形式$Z$とモジュラー関数$X$があれば
\begin{align*}
q\frac d{dq}\log X&=UZ\\
q\frac d{dq}\log Z&=E\\
S(\tau)&=\frac1Z\l(E-\frac1{2\pi\Im(\tau)}\r)
\end{align*}
とおいたとき
$$\frac1{2\pi\Im(\tau)}=\sum^\infty_{n=0}A_n(Un-S)X^n$$
なる円周率公式が得られるのであった。
またChan, Cooperによると
$$z=\sum^\infty_{n=0}s_nx^n$$
なる重さ$1$モジュラー形式$z$とモジュラー関数$x$であって、$s_n$が漸化式
$$(n+1)^2s_{n+1}=(an^2+an+b)s_n+cn^2s_{n-1}$$
を満たすようなものがあれば
\begin{align*}
(1+cx^2)z^2
&=\sum^\infty_{n=0}\binom{2n}ns_n\l(\frac{x(1-ax-cx^2)}{(1+cx^2)^2}\r)^n\\
(1-ax-cx^2)z^2
&=\sum^\infty_{n=0}t_n\l(\frac x{1-ax-cx^2}\r)^n
\end{align*}
なる関係式が得られるのであった。
Chan, Cooperでは$10$通りの$a,b,c$に対して数列$s_n,t_n$の明示形および
$$z=\sum^\infty_{n=0}s_nx^n$$
なる関数$z,x$がリストアップされている(それらは次回の記事あたりでまとめておこうと思う)。
そしてそれらの$z,x$に対して次のような興味深い事実が成り立つらしい。
$$q\frac d{dq}\log x=(1-ax-cx^2)z^2$$
が成り立つ。特に
$$X=\frac{x(1-ax-cx^2)}{(1+cx^2)^2},\quad Y=\frac x{1-ax-cx^2}$$
とおいたとき
\begin{align*}
q\frac d{dq}\log X&=\sqrt{1-4aX-16cX^2}(1+cx^2)z^2\\
q\frac d{dq}\log Y&=(1+cx^2)z^2
\end{align*}
が成り立つ。
しかし少し考えてみるとこれは至極当然であり、またより一般的な事実が言えることに気付いた。その考察については以下に記しておく。
さてこの公式および
\begin{align*}
\sum^\infty_{n=0}t_nY^{n+\frac12}&=\sum^\infty_{n=0}\binom{2n}ns_nX^{n+\frac12}\\
\sum^\infty_{n=0}t_n(n+\frac12)Y^{n+\frac12}
&=\sqrt{1-4aX-16cX^2}\sum^\infty_{n=0}\binom{2n}ns_n(n+\frac12)X^{n+\frac12}
\end{align*}
という変換公式があったこと(
前々回の記事
参照)に注意すると次のような円周率公式が得られることとなる。
ある関数$\la(\tau),\mu(\tau)$が存在して
\begin{align*}
\frac1{2\pi\Im(\tau)}
&=\sqrt{1-4aX-16cX^2}\sum^\infty_{n=0}\binom{2n}ns_n(n+\frac12+\la)X^n\\
&=\sqrt{(1+aY)^2+4cY^2}\sum^\infty_{n=0}t_n(n+\frac12+\mu)Y^n
\end{align*}
が成り立つ。特にこれらは
\begin{align*}
X&=\frac{Y}{(1+aY)^2+4cY^2}\\
\la&=\mu\frac{(1+aY)^2+4cY^2}{1-(a^2+4c)Y^2}
\end{align*}
および
\begin{align*}
Y&=\frac{1-2aX-\sqrt{1-4aX-16cX^2}}{2X(a^2+4c)}\\
\mu&=\la\sqrt{1-4aX-16X^2}
\end{align*}
という関係によって写り合う。
またChan, Cooperの提示したリストに対して次のような事実も成り立つらしい。
$N\neq1$において
$$\frac1Y=\frac1x-a-cx$$
はイータ関数同士の商(eta-quotient)として表せる。また
$$\frac1X=\frac1Y+2a+(a^2+4c)Y$$
と表せることにも注意したい。
実際$Y^{-1}$は以下のようにリストアップされている。ただし簡単のため$[n]=\eta(n\tau)$と表す。
\begin{array}{cc}\hline
\ell&Y^{-1}\\\hline
2&\dis\l(\frac{[1]}{[2]}\r)^{24}\\
3&\dis\l(\frac{[1]}{[3]}\r)^{12}\\
4&\dis\l(\frac{[1]}{[4]}\r)^4\\
5&\dis\l(\frac{[1]}{[5]}\r)^6\\
6_A&\dis\l(\frac{[2][3]}{[1][6]}\r)^{12}\\
6_B&\dis\l(\frac{[1][3]}{[2][6]}\r)^6\\
6_C&\dis\l(\frac{[1][2]}{[3][6]}\r)^4\\
8&\dis\l(\frac{[1][4]^2}{[2]^2[8]}\r)^8\\
9&\dis\l(\frac{[3]^2}{[1][9]}\r)^6\\\hline
\end{array}
前回の記事
ではeta-quotient$Y$に対し
$$Z=q\frac{d}{dq}\log Y$$
とおくと
$$Z=\sum^\infty_{n=0}\binom{2n}ns_nX^n,\quad\hat Z=\sum^\infty_{n=0}t_nY^n$$
なる$X$や$\hat Z$が存在するのではないか、といったことを考察したが実際のところそれは正しかったわけである。
しかしこれはChan, Cooperの提示したリストに対して個別に確認されている事実であり、一般的にどのようにしてこのような事実が導かれるのかが気になるところでもある。
ちなみにイータ関数の商の取り方について、次のような有用な事実があることも覚えておきたい。
(有限な)整数列$\pi=(r_d)_{d\mid N}$を条件
・$\sum r_d=0$
・$\sum dr_d\equiv0\pmod{24}$
・$\sum\frac Ndr_d\equiv0\pmod{24}$
・$\prod d^{r_d}$は有理数の平方
を満たすように取ると
$$\eta_\pi(\tau)=\prod_{d\mid N}\eta(d\tau)^{r_d}$$
は$\G_0(N)$に関するモジュラー関数となる。
前回の記事では$z=z(x)$が満たす微分方程式を考えたとき、そのある基本解$z_0(=z),z_1$に対して
$$\tau=\frac1{2\pi i}\frac{z_1(x)}{z_0(x)}$$
が成り立つと考察したのであった。
ここでこれを$x$について微分すると
$$2\pi i\frac{d\tau}{dx}=\frac{z_0z'_1-z'_0z_1}{z_0^2}$$
という式が得られる。この分子はロンスキアンと呼ばれるものであり、以下の性質を満たすことが知られている。
二階線形微分方程式
$$\frac{d^2u}{dx^2}+p(x)\frac{du}{dx}+q(x)u=0$$
の解$u=u_1,u_2$に対し
$$W(u_1,u_2)=\begin{vmatrix} u_1&u_2\\u'_1&u'_2\end{vmatrix}=u_1u'_2-u'_1u_2$$
と定められる関数のことをロンスキアンと言い、これは
$$W(x)=W(x_0)\exp\l(-\int^x_{x_0}p(t)dt\r)$$
という関係式を持つ。
ロンスキアンを微分することで
\begin{align*}
W'&=u_1u''_2-u''_1u_2\\
&=u_1(-pu'_2-qu_2)-(-pu'_1-qu_1)u_2\\
&=-p(u_1u'_2-u'_1u_2)\\
&=-pW
\end{align*}
つまり$(\log W)'=-p$がわかるのでこれを積分することで
$$\log W(x)-\log W(x_0)=-\int^x_{x_0}p(t)dt$$
を得る。
これを用いると定理1は次のように証明・一般化できることに気付いた。
$f(0)=1,g(0)=0$なる多項式$f(x),g(x)$によって
$$f(x)\vt^2z+pxf'(x)\vt z+g(x)z=0\quad\l(\vt=x\frac{d}{dx}\r)$$
と表される微分方程式を考える。これは$x=0$の周りで
\begin{align*}
z_0(x)&=\sum^\infty_{n=0}s_nx^n\qquad(s_0=1)\\
z_1(x)&=z_0(x)\l(\log x+\sum^\infty_{n=1}a_nx^n\r)
\end{align*}
という形の基本解を持ち、これに対し
$$\tau=\frac1{2\pi i}\frac{z_1(x)}{z_0(x)}$$
とおくと
$$\frac1{2\pi i}\frac d{d\tau}\log x=f(x)^pz_0(x)^2$$
が成り立つ。
この微分方程式は$z=0$を確定特異点に持ち、その特性方程式は$\a^2=0$となるのでフロベニウス法により上のような基本解$z=z_0,z_1$が取れることがわかる。
またこの微分方程式は
$$xf(x)z''+(f(x)+pxf'(x))z'+(g(x)/x)z=0$$
と変形できるので$z_0,z_1$についてロンスキアンは
\begin{align*}
W(x)&=C\exp\l(-\int\frac{f(x)+pxf'(x)}{xf(x)}dx\r)\\
&=C\exp\l(-\log x-p\log f(x)\r)\\
&=\frac{C}{xf(x)^p}
\end{align*}
と表せ、
\begin{align*}
2\pi i\frac{d\tau}{dx}
&=\frac d{dx}\l(\log x+\sum^\infty_{n=1}a_nx^n\r)\\
&=\frac1x+\sum^\infty_{n=1}na_nx^{n-1}\\
&=\frac{W(x)}{z_0(x)^2}
\end{align*}
および$z_0(0)=f(0)=1$であったことに注意すると$C=1$と求まる。以上より
$$\frac1{2\pi i}\frac{dx}{d\tau}=\frac{z_0(x)^2}{W(x)}=xf(x)^pz_0(x)^2$$
を得る。
例えば[CTYZ]で考察されていた微分方程式
$$(1-12x-64x^2)\vt^2z-x(6+64x)\vt z-x(1+15x)z=0$$
は$f(x)=1-12x-64x^2,p=1/2$の場合であり、したがって
$$q\frac d{dq}\log x=\sqrt{1-12x-64x^2}z^2$$
という関係式が得られたりする。
実際$\tau=\sqrt{-3/10}$つまり$x=1/36$において
$$2\Im(\tau)\sqrt{1-12x-64x^2}=2\sqrt{\frac3{10}}\cdot\frac{5\sqrt2}9=\frac{\sqrt{15}}{18}\cdot4$$
が成り立つので
$$\frac1\pi=\frac{\sqrt{15}}{18}\sum^\infty_{n=0}(\sum^n_{k=0}\binom nk^4)\frac{4n+1}{36^n}$$
といった円周率公式が得られるわけである。
また
第一回の記事
では
$$Z=\FF{\frac12}{\frac1s}{1-\frac1s}11X\quad(s=2,3,4,6)$$
なる$Z,X$に対して
$$q\frac{dX}{dq}=(1-2x)XZ\quad(4x(1-x)=X)$$
となることを紹介したが、これは$z^2=Z,4x(1-x)=X$なる$z,x$に対し
$$z=\F{\frac1s}{1-\frac1s}1x$$
が成り立つ、つまりこれらが同じ係数を持つ超幾何微分方程式
$$x(1-x)z''+(1-2x)z'-\frac1s\l(1-\frac1s\r)z=0$$
を満たすこと起因していたことがわかる。
実際これは$s$に依らず$f(x)=1-x,p=1$の場合であり
$$q\frac{dx}{dq}=x(1-x)z^2=\frac14XZ$$
つまり
$$q\frac{dX}{dq}=q\frac{dx}{dq}\frac{dX}{dx}=\frac14XZ\cdot4(1-2x)=(1-2x)XZ$$
が得られることがわかる。