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現代数学解説
文献あり

ラマヌジャン・佐藤級数を理解したい(その3)

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はじめに

 この記事では 前回の記事 に引き続きまた別の論文Chan, Tanigawa, Yang, Zudilin(2011) (長いので以下[CTYZ]と書く)を読んでいきます。

今回の課題

  前回の記事 では漸化式
(n+1)2sn+1=(an2+an+b)sn+cn2sn1
によって定まる数列snを用いて
z(τ)=n=0snx(τ)n
を満たすような保型形式と保型関数の組z(τ),x(τ)を見つければ
1π=n=0(2nn)sn(An+B)Xn=n=0tn(An+B)Yn
という形の円周率公式が得られる。ということを紹介したのであった。
 となるとそのような関数z(τ),x(τ)はどうやって探せばいいのか、ということが問題となる。

微分方程式と保型形式

τの取り方について

 実はz,xの満たすべき微分方程式
ϑ2z=x(aϑ2+aϑ+b)z+cx2(ϑ+1)2z(ϑ=xddx)
のモノドロミーというものを調べることで保型形式を構成することができる。そのことについてはこの記事で解説している。その記事によるとこの微分方程式のある基本解z1,z2に関するモノドロミー群がFuchs群となることを仮定したとき
τ=z1(x)z2(x)
とおくと上手い具合に保型形式が構成できるのであった。

基本解の取り方について

 いまこの微分方程式は
(1axcx2)ϑ2zx(a+2cx)ϑzx(b+cx)z=0
変形できるのでこれはx=0を確定特異点に持つことがわかる。特にその決定方程式はα2=0であり、したがってフロベニウス法により
z0(x)=n=0snxnz1(x)=z0(x)(logx+n=1anxn)
という形の基本解が取れることがわかる。
 またこれはx=0周りを周回する閉曲線φに沿って解析接続すると
ρ[φ](z0)=z0ρ[φ](z1)=2πinz0+z1
のように変換されるので
τ=12πiz1(x)z0(x)=12πi(logx+n=1anxn)
とおくといい感じになることが予想される。

保型形式の求め方について

 このときq=e2πiτとおくとq=xexg(x)のように表せるので、xをこれの逆関数として
x=n=1bnqn
と展開でき、これによってz
z=n=0cnqn
と展開することができる。
 あとはこのq-展開の具体値とモノドロミーからわかる保型性の情報から気合でそれらしい明示形を見つけるしかないっぽい。実際[CTYZ]では

 Indeed, after some trial, we find that the function
{(η(τ)η(10τ)η(2τ)η(5τ))6+(η(2τ)η(5τ)η(τ)η(10τ))62}1
has the same starting q-expansion as X, while the modular form
112(10E2(10τ)+5E2(5τ)E2(τ)2E2(2τ))
has the same starting q-expansion as Z, ...

としか説明されていない。このような明示形を導出する方法は今では確立されているのだろうか。

明示形の証明について

 最後に上のような明示形が予想されたとして、それが上のように構成したx(τ)z(τ)に一致しているかを確かめる必要がある。そのためにはそれらが所望の微分方程式を満たすことを確認すればよい。そしてその確認方法についてはYang(2004)にて確立されているらしい(まだ詳細を読めていないため特に解説はしない)。

[CTYZ]の円周率公式

 ひとまず[CTYZ]で提示されている具体例について見ていこう。
 [CTYZ]では
Z=z(x)2=n=0(k=0n(nk)4)xn
の満たす微分方程式としてChan, Cooperでは現れなかったタイプのもの
(112x64x2)ϑ2zx(6+64x)ϑzx(1+15x)z=0
を考えている。
 この方程式の特異点x=0,1/16,1/4,におけるlocal monodromy(憶測だが各特異点の近傍Dにおけるモノドロミー群のことと思われる)を考えると、その位数はそれぞれ,2,2,4となることがわかるらしい。つまりこのモノドロミー群Γは尖点を1つ、位数2の楕円点を2つ、位数4の楕円点を1つ持つ合同部分群になる(あるいは含む?)ことがわかる(楕円点などの意味についてはこの記事の定理6あたりを参照されたい)。特にこのような構造を持つモジュラー群はそう多くないらしく、実際考えつく限りではΓ0(10)+のみが該当するらしい(Γ0(N)+についてはこの記事で定めた)。
 あとは上のようにτを定めてx(τ),Z(τ)q-展開
x=q4q26q3+56q445q5360q6+894q7+960q8+Z=1+2q+10q2+8q3+26q4+2q5+40q6+16q7+58q8+
とにらめっこすることで
x(τ)={(η(τ)η(10τ)η(2τ)η(5τ))3(η(2τ)η(5τ)η(τ)η(10τ))3}2Z(τ)=112(10E2(10τ)+5E2(5τ)E2(τ)2E2(2τ))
といった明示形が浮かび上がるらしい。
 ちなみにこの結果に対してChan, Chan, Liuの手法を用いることで例えば
1π=1518n=0(k=0n(nk)4)4n+136n
といった円周率公式(τ=3/10)が得られることとなる。

Hauptmodul

鶏が先か、卵が先か

 しかしこのように保型形式によって解けるかもわからない微分方程式に対して一々モノドロミーを調べ、q-展開を計算し、モジュラー群および明示形を類推していては埒が明かない。
  前回の記事 を書いている時点ではラマヌジャン・佐藤級数を誘導する関係式の数々は「係数となる数列の明示形が先に考えられて、それが誘導する微分方程式に保型形式による解が与えられた」ものだと考えていたがどうやら「よい性質を持つ保型形式や保型関数が先に考えられて、それが満たす微分方程式に(たまたま(?))明示的に表せる級数解が与えられた」という色が強いようにも思えてきた。
 どちらの方が理に適っているのかはまだ理解していないが、ひとまず[CTYZ]で紹介されているよい性質を持つ保型形式や保型関数の取り方について簡単に紹介しておこう。 

Hauptmodul

 商空間ΓHの種数を0とするようなモジュラー群Γに対しそのモジュラー関数体A(Γ)はあるX(τ)A(Γ)を用いてA(Γ)=C(X)と表せることが知られている。特に適当な同一視や正規化によって一意的に定まる関数XのことをHauptmodulあるいは主モジュラー関数と言う(ちなみにHauptはドイツ語でprincipalの意らしい。なぜドイツ語がそのまま使われているのだろう)。また重さ2のモジュラー形式Z^
Z^=qddqlogX=12πiddτlogX(q=e2πiτ)
によって定める。このとき任意の重さ2のモジュラー形式Zに対してZ/Z^はモジュラー関数となるのでZC(X)Z^が成り立つことに注意したい。
 いまΓ0(N)+eの種数が0であるとき、そのHauptmodulをXN,eとし対応するZ^Z^N,eとおく。

 例えば上で出てきた関数
X(τ)={(η(τ)η(10τ)η(2τ)η(5τ))3(η(2τ)η(5τ)η(τ)η(10τ))3}2
Γ0(10)+のHauptmodulであり
Z(τ)=112(10E2(10τ)+5E2(5τ)E2(τ)2E2(2τ))
Γ0(10)+2のHauptmodul
X10,2=(η(5τ)η(10τ)η(τ)η(2τ))2
の対数微分Z^10,2となっている。

レベル6の関係式

 いまレベル6のHauptmodulX6,2,X6,3,X6,6
X2=(η(3τ)η(6τ)η(τ)η(2τ))4,X3=(η(2τ)η(6τ)η(τ)η(3τ))6,X6=(η(τ)η(6τ)η(2τ)η(3τ))12
と表せることが知られている。これに対して
Z^2=16(6E2(6τ)+3E2(3τ)2E2(2τ)E(τ))Z^3=14(6E2(6τ)+2E2(2τ)E2(τ)3E2(3τ))Z^6=12(6E2(6τ)+E2(τ)2E2(2τ)3E2(3τ))
とおいたとき以下のような関係式が得られる([CTYZ]によるとこれは偶然発見したものらしい)。

X^2=X3(1+8X3)2=X6(1X6)2X^3=X2(1+9X2)2=X6(1+X6)2X^6=X2(19x2)2=X3(18X3)
および
Rn=k=0n(nk)3,Sn=k=0n(nk)2(2kk),Tn=k=0n(8)nk(nk)j=0k(kj)3
とおいたとき
Z^2=n=0(2nn)RnX^2n,Z^3=n=0(2nn)SnX^3n,Z^6=n=0(2nn)TnX^6n
が成り立つ。

 またこれはChan, Cooperによる関係式
n=0(2nn)sn(Y(1+aY)2+4cY2)n+12=n=0tnYn+12
によって変形することができ、特に
Z2=? =(η(τ)η(2τ))3η(3τ)η(6τ)Z3=16(E2(τ)4E2(2τ)3E2(3τ)+12E2(6τ))=(η(τ)η(3τ))4(η(2τ)η(6τ))2Z6=124(5E2(τ)+2E2(2τ)3E2(3τ)+30E2(6τ))=(η(3τ)η(2τ))7(η(τ)η(6τ))5
とおいたとき
Z^2=Z3(1+8X3)=Z6(1X6)Z^3=Z2(1+9X2)=Z6(1+X6)Z^6=Z2(19X2)=Z3(18X3)
が成り立つことから以下の関係式が得られる。

 AnをApéry数、DnをDomb数、CnをAlmkvist-Zudilin数、つまり
An=k=0n(nk)2(n+kk)2Dn=(1)nk=0n(nk)2(2n2knk)(2kk)Cn=k=0n(n+kk)(n3k)(3k2k)(2kk)(3)n3k
とおくと
Z2=n=0CnX2n,Z3=n=0DnX3n,Z6=n=0AnX6n
が成り立つ。

 こうしてみるとこのような関数XN,e,Z^N,eに対して何らかのモジュラー関数とモジュラー形式X^N,e,ZN,eがあって
ZN,e=n=0anXN,en,Z^N,e=n=0bnX^N,en
のような関係式が構成できるのではないかと期待されるが、どうなのだろうか。

種数0Γ0(N)+e

 最後にどのようなN,eに対してΓ0(N)+eは種数0となるのかを提示しておこう。
 実のところChan, Lang(1998)によってΓ0(N)ΓΓ0(N)+なる群Γであって種数0なるものは全て求められている。その結果は以下のようにまとめられている(長いので折り畳んでおく)。
 表の+の値はΓ0(N)に付加するアトキン・レーナー対合Weのことを表している。例えばN=30+2+3+5
Γ=Γ0(30),W2,W3,W5=Γ0(30)+
のことを表している(互いに素なホール因子e,eに対してWeWe=Weeが成り立つことに注意する)。

種数0なるΓ0(N)ΓΓ0(N)+の一覧NΓ1+12+1,+23+1,+34+1,+45+1,+56+1,+2,+3,+6,+2+37+1,+78+1,+89+1,+910+1,+2,+5,+10,+2+511+1112+1,+3,+4,+12,+3+413+1,+1314+7,+14,+2,+2+715+5,+15,+3+516+1,+1617+1718+1,+2,+9,+18,+2+919+1920+4,+20,+4+521+3,+21,+3+722+11,+2+1123+2324+8,+24,+3+825+1,+2526+26,+2+1327+2728+7,+4+729+2930+15,+30,+2+15,+3+5,+6+10,+2+3+531+3132+3233+11,+3+1134+2+1735+35,+5+736+4,+36,+4+93738+2+1939+39,+3+134041+4142+3+14,+6+14,+2+3+74344+4+1145+5+946+23,+2+2347+474849+4950+50,+2+2551+3+17525354+2+2755+5+1156+7+8575859+5960+4+15,+15+20,+3+4+562+2+3166+6+11,2+2+1169+3+2370+10+14,+2+5+771+7178+26+39,+2+3+1387+3+2992+4+2394+2+4795+5+19105+3+5+7110+2+5+11119+7+17

参考文献

[2]
H. H. Chan, M. L. Lang, Ramanujan’s modular equations and Atkin–Lehner involutions, Israel J. Math., 1998, 1-16
[3]
Y. Yang, On differential equations satisfied by modular forms, Mathematische Zeitschrift, 2004, 1-19
投稿日:2023126
更新日:2023127
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投稿者

子葉
子葉
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主に複素解析、代数学、数論を学んでおります。 私の経験上、その証明が簡単に探しても見つからない、英語の文献を漁らないと載ってない、なんて定理の解説を主にやっていきます。 同じ経験をしている人の助けになれば。最近は自分用のノートになっている節があります。

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