この記事では 前回の記事 に引き続きまた別の論文Chan, Tanigawa, Yang, Zudilin(2011) (長いので以下[CTYZ]と書く)を読んでいきます。
前回の記事
では漸化式
$$(n+1)^2s_{n+1}=(an^2+an+b)s_n+cn^2s_{n-1}$$
によって定まる数列$s_n$を用いて
$$z(\tau)=\sum^\infty_{n=0}s_nx(\tau)^n$$
を満たすような保型形式と保型関数の組$z(\tau),x(\tau)$を見つければ
\begin{align*}
\frac1\pi
&=\sum^\infty_{n=0}\binom{2n}ns_n(An+B)X^n\\
&=\sum^\infty_{n=0}t_n(A'n+B')Y^n\\
\end{align*}
という形の円周率公式が得られる。ということを紹介したのであった。
となるとそのような関数$z(\tau),x(\tau)$はどうやって探せばいいのか、ということが問題となる。
実は$z,x$の満たすべき微分方程式
$$\vt^2z=x(a\vt^2+a\vt+b)z+cx^2(\vt+1)^2z\quad\l(\vt=x\frac{d}{dx}\r)$$
のモノドロミーというものを調べることで保型形式を構成することができる。そのことについてはこの記事で解説している。その記事によるとこの微分方程式のある基本解$z_1,z_2$に関するモノドロミー群がFuchs群となることを仮定したとき
$$\tau=\frac{z_1(x)}{z_2(x)}$$
とおくと上手い具合に保型形式が構成できるのであった。
いまこの微分方程式は
$$(1-ax-cx^2)\vt^2z-x(a+2cx)\vt z-x(b+cx)z=0$$
変形できるのでこれは$x=0$を確定特異点に持つことがわかる。特にその決定方程式は$\a^2=0$であり、したがってフロベニウス法により
\begin{align*}
z_0(x)&=\sum^\infty_{n=0}s_nx^n\\
z_1(x)&=z_0(x)\l(\log x+\sum^\infty_{n=1}a_nx^n\r)
\end{align*}
という形の基本解が取れることがわかる。
またこれは$x=0$周りを周回する閉曲線$\vp$に沿って解析接続すると
\begin{align*}
\rho_{[\vp]}(z_0)&=z_0\\
\rho_{[\vp]}(z_1)&=2\pi inz_0+z_1
\end{align*}
のように変換されるので
$$\tau=\frac1{2\pi i}\frac{z_1(x)}{z_0(x)}=\frac1{2\pi i}\l(\log x+\sum^\infty_{n=1}a_nx^n\r)$$
とおくといい感じになることが予想される。
このとき$q=e^{2\pi i\tau}$とおくと$q=xe^{xg(x)}$のように表せるので、$x$をこれの逆関数として
$$x=\sum^\infty_{n=1}b_nq^n$$
と展開でき、これによって$z$も
$$z=\sum^\infty_{n=0}c_nq^n$$
と展開することができる。
あとはこの$q$-展開の具体値とモノドロミーからわかる保型性の情報から気合でそれらしい明示形を見つけるしかないっぽい。実際[CTYZ]では
Indeed, after some trial, we find that the function
$$\l\{\l(\frac{\eta(\tau)\eta(10\tau)}{\eta(2\tau)\eta(5\tau)}\r)^6
+\l(\frac{\eta(2\tau)\eta(5\tau)}{\eta(\tau)\eta(10\tau)}\r)^6-2\r\}^{-1}$$
has the same starting q-expansion as X, while the modular form
$$\frac1{12}(10E_2(10\tau)+5E_2(5\tau)-E_2(\tau)-2E_2(2\tau))$$
has the same starting q-expansion as Z, ...
としか説明されていない。このような明示形を導出する方法は今では確立されているのだろうか。
最後に上のような明示形が予想されたとして、それが上のように構成した$x(\tau)$や$z(\tau)$に一致しているかを確かめる必要がある。そのためにはそれらが所望の微分方程式を満たすことを確認すればよい。そしてその確認方法についてはYang(2004)にて確立されているらしい(まだ詳細を読めていないため特に解説はしない)。
ひとまず[CTYZ]で提示されている具体例について見ていこう。
[CTYZ]では
$$Z=z(x)^2=\sum^\infty_{n=0}(\sum^n_{k=0}\binom nk^4)x^n$$
の満たす微分方程式としてChan, Cooperでは現れなかったタイプのもの
$$(1-12x-64x^2)\vt^2z-x(6+64x)\vt z-x(1+15x)z=0$$
を考えている。
この方程式の特異点$x=0,1/16,-1/4,\infty$におけるlocal monodromy(憶測だが各特異点の近傍$D$におけるモノドロミー群のことと思われる)を考えると、その位数はそれぞれ$\infty,2,2,4$となることがわかるらしい。つまりこのモノドロミー群$\G$は尖点を$1$つ、位数$2$の楕円点を$2$つ、位数$4$の楕円点を$1$つ持つ合同部分群になる(あるいは含む?)ことがわかる(楕円点などの意味についてはこの記事の定理6あたりを参照されたい)。特にこのような構造を持つモジュラー群はそう多くないらしく、実際考えつく限りでは$\G_0(10)^+$のみが該当するらしい($\G_0(N)^+$についてはこの記事で定めた)。
あとは上のように$\tau$を定めて$x(\tau),Z(\tau)$の$q$-展開
\begin{align*}
x&=q-4q^2-6q^3+56q^4-45q^5-360q^6+894q^7+960q^8+\cdots\\
Z&=1+2q+10q^2+8q^3+26q^4+2q^5+40q^6+16q^7+58q^8+\cdots
\end{align*}
とにらめっこすることで
\begin{align*}
x(\tau)&=\l\{\l(\frac{\eta(\tau)\eta(10\tau)}{\eta(2\tau)\eta(5\tau)}\r)^3
-\l(\frac{\eta(2\tau)\eta(5\tau)}{\eta(\tau)\eta(10\tau)}\r)^3\r\}^{-2}\\
Z(\tau)&=\frac1{12}(10E_2(10\tau)+5E_2(5\tau)-E_2(\tau)-2E_2(2\tau))
\end{align*}
といった明示形が浮かび上がるらしい。
ちなみにこの結果に対してChan, Chan, Liuの手法を用いることで例えば
$$\frac1\pi=\frac{\sqrt{15}}{18}\sum^\infty_{n=0}(\sum^n_{k=0}\binom nk^4)\frac{4n+1}{36^n}$$
といった円周率公式($\tau=\sqrt{-3/10}$)が得られることとなる。
しかしこのように保型形式によって解けるかもわからない微分方程式に対して一々モノドロミーを調べ、$q$-展開を計算し、モジュラー群および明示形を類推していては埒が明かない。
前回の記事
を書いている時点ではラマヌジャン・佐藤級数を誘導する関係式の数々は「係数となる数列の明示形が先に考えられて、それが誘導する微分方程式に保型形式による解が与えられた」ものだと考えていたがどうやら「よい性質を持つ保型形式や保型関数が先に考えられて、それが満たす微分方程式に(たまたま(?))明示的に表せる級数解が与えられた」という色が強いようにも思えてきた。
どちらの方が理に適っているのかはまだ理解していないが、ひとまず[CTYZ]で紹介されているよい性質を持つ保型形式や保型関数の取り方について簡単に紹介しておこう。
商空間$\G\backslash\H^*$の種数を$0$とするようなモジュラー群$\G$に対しそのモジュラー関数体$A(\G)$はある$X(\tau)\in A(\G)$を用いて$A(\G)=\C(X)$と表せることが知られている。特に適当な同一視や正規化によって一意的に定まる関数$X$のことをHauptmodulあるいは主モジュラー関数と言う(ちなみにHauptはドイツ語でprincipalの意らしい。なぜドイツ語がそのまま使われているのだろう)。また重さ$2$のモジュラー形式$\Z$を
$$\Z=q\frac{d}{dq}\log X=\frac1{2\pi i}\frac{d}{d\tau}\log X\quad(q=e^{2\pi i\tau})$$
によって定める。このとき任意の重さ$2$のモジュラー形式$Z$に対して$Z/\Z$はモジュラー関数となるので$Z\in\C(X)\Z$が成り立つことに注意したい。
いま$\G_0(N)^{+e}$の種数が$0$であるとき、そのHauptmodulを$X_{N,e}$とし対応する$\Z$を$\Z_{N,e}$とおく。
例えば上で出てきた関数
$$X(\tau)=\l\{\l(\frac{\eta(\tau)\eta(10\tau)}{\eta(2\tau)\eta(5\tau)}\r)^3
-\l(\frac{\eta(2\tau)\eta(5\tau)}{\eta(\tau)\eta(10\tau)}\r)^3\r\}^{-2}$$
は$\G_0(10)^+$のHauptmodulであり
$$Z(\tau)=\frac1{12}(10E_2(10\tau)+5E_2(5\tau)-E_2(\tau)-2E_2(2\tau))$$
は$\G_0(10)^{+2}$のHauptmodul
$$X_{10,2}=\l(\frac{\eta(5\tau)\eta(10\tau)}{\eta(\tau)\eta(2\tau)}\r)^2$$
の対数微分$\Z_{10,2}$となっている。
いまレベル6のHauptmodul$X_{6,2},X_{6,3},X_{6,6}$は
$$X_2=\l(\frac{\eta(3\tau)\eta(6\tau)}{\eta(\tau)\eta(2\tau)}\r)^4,\quad
X_3=\l(\frac{\eta(2\tau)\eta(6\tau)}{\eta(\tau)\eta(3\tau)}\r)^6,\quad
X_6=\l(\frac{\eta(\tau)\eta(6\tau)}{\eta(2\tau)\eta(3\tau)}\r)^{12}$$
と表せることが知られている。これに対して
\begin{align*}
\Z_2&=\frac16(6E_2(6\tau)+3E_2(3\tau)-2E_2(2\tau)-E(\tau))\\
\Z_3&=\frac14(6E_2(6\tau)+2E_2(2\tau)-E_2(\tau)-3E_2(3\tau))\\
\Z_6&=\frac12(6E_2(6\tau)+E_2(\tau)-2E_2(2\tau)-3E_2(3\tau))
\end{align*}
とおいたとき以下のような関係式が得られる([CTYZ]によるとこれは偶然発見したものらしい)。
\begin{align*}
\X_2&=\frac{X_3}{(1+8X_3)^2}=\frac{X_6}{(1-X_6)^2}\\
\X_3&=\frac{X_2}{(1+9X_2)^2}=\frac{X_6}{(1+X_6)^2}\\
\X_6&=\frac{X_2}{(1-9x_2)^2}=\frac{X_3}{(1-8X_3)}
\end{align*}
および
$$R_n=\sum^n_{k=0}\binom nk^3,\quad
S_n=\sum^n_{k=0}\binom nk^2\binom{2k}k,\quad
T_n=\sum^n_{k=0}(-8)^{n-k}\binom nk\sum^k_{j=0}\binom kj^3$$
とおいたとき
$$\Z_2=\sum^\infty_{n=0}\binom{2n}nR_n\X_2^n,\quad
\Z_3=\sum^\infty_{n=0}\binom{2n}nS_n\X_3^n,\quad
\Z_6=\sum^\infty_{n=0}\binom{2n}nT_n\X_6^n$$
が成り立つ。
またこれはChan, Cooperによる関係式
$$\sum^\infty_{n=0}\binom{2n}ns_n\l(\frac{Y}{(1+aY)^2+4cY^2}\r)^{n+\frac12}
=\sum^\infty_{n=0}t_nY^{n+\frac12}$$
によって変形することができ、特に
\begin{align*}
Z_2&=\quad?\\\
&=\frac{(\eta(\tau)\eta(2\tau))^3}{\eta(3\tau)\eta(6\tau)}\\
Z_3&=\frac16(E_2(\tau)-4E_2(2\tau)-3E_2(3\tau)+12E_2(6\tau))\\
&=\frac{(\eta(\tau)\eta(3\tau))^4}{(\eta(2\tau)\eta(6\tau))^2}\\
Z_6&=\frac1{24}(-5E_2(\tau)+2E_2(2\tau)-3E_2(3\tau)+30E_2(6\tau))\\
&=\frac{(\eta(3\tau)\eta(2\tau))^7}{(\eta(\tau)\eta(6\tau))^5}
\end{align*}
とおいたとき
\begin{align*}
\Z_2&=Z_3(1+8X_3)=Z_6(1-X_6)\\
\Z_3&=Z_2(1+9X_2)=Z_6(1+X_6)\\
\Z_6&=Z_2(1-9X_2)=Z_3(1-8X_3)
\end{align*}
が成り立つことから以下の関係式が得られる。
$A_n$をApéry数、$D_n$をDomb数、$C_n$をAlmkvist-Zudilin数、つまり
\begin{align*}
A_n&=\sum^n_{k=0}\binom nk^2\binom{n+k}k^2\\
D_n&=(-1)^n\sum^n_{k=0}\binom nk^2\binom{2n-2k}{n-k}\binom{2k}k\\
C_n&=\sum^n_{k=0}\binom{n+k}k\binom n{3k}\binom{3k}{2k}\binom{2k}k(-3)^{n-3k}
\end{align*}
とおくと
$$Z_2=\sum^\infty_{n=0}C_nX_2^n,\quad
Z_3=\sum^\infty_{n=0}D_nX_3^n,\quad
Z_6=\sum^\infty_{n=0}A_nX_6^n$$
が成り立つ。
こうしてみるとこのような関数$X_{N,e},\Z_{N,e}$に対して何らかのモジュラー関数とモジュラー形式$\X_{N,e},Z_{N,e}$があって
$$Z_{N,e}=\sum^\infty_{n=0}a_nX_{N,e}^n,\quad
\Z_{N,e}=\sum^\infty_{n=0}b_n\X_{N,e}^n$$
のような関係式が構成できるのではないかと期待されるが、どうなのだろうか。
最後にどのような$N,e$に対して$\G_0(N)^{+e}$は種数$0$となるのかを提示しておこう。
実のところChan, Lang(1998)によって$\G_0(N)\subset\G\subset\G_0(N)^+$なる群$\G$であって種数$0$なるものは全て求められている。その結果は以下のようにまとめられている(長いので折り畳んでおく)。
表の$+$の値は$\G_0(N)$に付加するアトキン・レーナー対合$W_e$のことを表している。例えば$N=30$の$+2+3+5$は
$$\G=\langle\G_0(30),W_2,W_3,W_5\rangle=\G_0(30)^+$$
のことを表している(互いに素なホール因子$e,e'$に対して$W_eW_{e'}=W_{ee'}$が成り立つことに注意する)。