この記事では
前回の記事
に引き続きラマヌジャン・佐藤級数について勉強していきます。
と言ってもとりあえず読もうと思っていた論文
・その1:Chan, Chan, Liu (2004)
・その2:Chan, Cooper (2012)
・その3:Chan, Tanigawa, Yang, Zudilin (2011)
・その4:Chan, Cooper (2012)の続き
については一通り目を通せたので一旦今回の記事でこれまでの内容を、次回の記事で具体的な公式の一覧をまとめておこうと思います。続きの記事については今のところ書く予定はありませんが、次回の記事で色々な結果をまとめているうちに何か発見したことがあればまた考察を続けるかもしれません。
またこのシリーズではモジュラー形式を用いた手法について解説してきましたが、どうやらもう一つのアプローチとして微分演算子を用いた手法(Almkvist (2012))とやらがあるらしく、少し気になってはいます。が、軽く読んでみても今一ピンと来なかったのでよほど気が向かない限りこれについての記事を書く予定もありません。
ラマヌジャン・佐藤級数を構成するにはある整数$s$に対して
$$Z(\tau+1)=Z(\tau),\quad Z\l(-\frac1{s\tau}\r)=\pm s\tau^2 Z(\tau)$$
を満たすような重さ$2$のモジュラー形式$Z$であって、あるモジュラー関数$X$によって
$$Z(\tau)=\sum^\infty_{n=0}A_nX(\tau)^n$$
と級数展開できるものがあれば十分なのであった。
このとき$q=e^{2\pi i\tau}$について
\begin{align*}
q\frac d{dq}\log X&=UZ\\
q\frac d{dq}\log Z&=E\\
S(\tau)&=\frac1Z\l(E-\frac1{2\pi\Im(\tau)}\r)
\end{align*}
とおくとChan, Chan, Liuの手法から次のような生成公式が得られる。
$$\frac1{2\pi\Im(\tau)}=\sum^\infty_{n=0}A_n(Un-S)X^n$$
また$U,S,X$の$\tau_N=\sqrt{-N/s}$における値、より一般に二次無理数
$$\tau_{cm}=\frac{q+\sqrt{-N/s}}p$$
における特殊値についてはそれぞれの保型性
\begin{align*}
U\l(-\frac1{s\tau}\r)&=U(\tau)\\
E\l(-\frac1{s\tau}\r)&=s\tau^2E(\tau)+\frac{s\tau}{\pi i}\\
X\l(-\frac1{s\tau}\r)&=X(\tau)\\
\end{align*}
および次の命題を用いることで求めることができる。
非負整数$N$に対して$X(\tau/N)$および$U(\tau)$は$X(\tau)$の($\C$上の)代数関数として表せる。
\begin{align*}
M_N(\tau)&=\frac{Z(\tau)}{Z(\tau/N)}\\
R_N(\tau)&=\frac{NE(\tau)-E(\tau/N)}{\sqrt{Z(\tau)Z(\tau/N)}}\\
&=NS(\tau)\sqrt{M_N}-S(\tau/N)\sqrt{M_N^{-1}}
\end{align*}
とおいたとき
\begin{align*}
\frac1{M_N(\tau)}&=N\frac{U(\tau)X(\tau)}{U(\tau/N)X(\tau/N)}\frac{dX(\tau/N)}{dX}\\
R_N(\tau)&=NUX\sqrt{M_N}\frac{d}{dX}\log M_N
\end{align*}
が成り立つ。
特に$M_N,R_N$は$X(\tau),X(\tau/N)$についての、ひいては単に$X(\tau)$についての代数関数として表せる。
実際これらの関係が$\Q$代数的であれば以下の命題が成り立つ。
$X(\tau_{cm}),U(\tau_{cm}),M_N(\tau_{cm}),R_N(\tau_{cm})$は代数的数となる。また
\begin{align*}
S(\tau_N)&=\frac{R_N(\tau_N)}{2\sqrt N}\\
S(\tau_{cm})&=pS(\tau_N)M_p-R_p\sqrt{M_N}\qquad(\tau=q+\sqrt{-N/s})
\end{align*}
と求まる。
上のような性質を持つ関数の組$Z,X$を構成するには$Z,X$の満たすべき微分方程式を考えるのが有効であり、特にまず二階のFuchs型微分方程式
$$\frac{d^2z}{dx^2}+p(x)\frac{dz}{dx}+q(x)z=0$$
から
$$z=\sum^\infty_{n=0}s_nx^n$$
なる重さ$1$のモジュラー形式$z$とモジュラー関数$x$を構成するとよいのであった。
またその2やその4での考察からそのような$z,x$は次のような性質を持つのであった。
$f,g,h$を$x$についての多項式($f(0)\neq0$)とすると微分方程式
$$f(x)\vt^2z=-x(g(x)\vt z+h(x)z)$$
を考える。ただし$\vt=x\frac{d}{dx}$とした。
この微分方程式は$x=0$周りにおいて
\begin{align*}
z_0(x)&=\sum^\infty_{n=0}s_nx^n\qquad(s_0=1)\\
z_1(x)&=z_0(x)\l(\log x+\sum^\infty_{n=1}a_nx^n\r)
\end{align*}
なる級数解を一意的に定める。
上のような解$z_0,z_1$に対し
$$\tau=\frac1{2\pi i}\frac{z_1(x)}{z_0(x)}$$
とおくと
$$\frac1{2\pi i}\frac d{d\tau}\log x=z_0(x)^2\exp\l(\int^x_0\frac{g(t)}{f(t)}dt\r)$$
が成り立つ。
上の微分方程式がFuchs型であり、そのモノドロミー群がモジュラー群をなすとき$z=z_0(\tau),x=x(\tau)$はそれぞれ重さ$1$のモジュラー形式およびモジュラー関数となり、特に$q=e^{2\pi i\tau}$とおくと$z,x$は
$$z=1+\sum^\infty_{n=1}b_nq^n,\quad x=q+\sum^\infty_{n=2}c_nq^n$$
のような$q$-展開を持つ。
上のような$z,x$を用いて適当な$Z,X$を構成する方法は大きく$2$つある。
まず素朴な方法として$Z=z^2,X=x$とおくことが考えられる。
このとき展開係数$A_n$は$s_n$が明示的に求まるとき
$$Z=\sum^\infty_{n=0}\l(\sum^n_{k=0}s_ks_{n-k}\r)X^n$$
によって、そうでないときは$(\vt^2+p\vt +q)z=0$から誘導される微分方程式
$$(\vt^3+3p\vt^2+(2p^2+Xp'+4q)\vt+(4pq+2Xq'))Z=0$$
から漸化式を立てることで求めることができる。
新たに少し考察してみたところ漸化式を立て直す手法は
$$p=\frac{f'(x)}{2f(x)}$$
のように表せなければあまり美味しくない($A_n$の漸化式が煩雑になる)ことがわかった。
微分方程式
$$2f(x)\vt^2z=-x(f'(x)\vt z+g(x)z)$$
の解$z$に対して$Z=z^2,X=x$とおくと、これは
$$2f(X)\vt^3Z=-X(3f'(X)\vt^2Z+G(X)\vt Z+2H(X)Z)$$
を満たす。ただし
\begin{align*}
G(X)&=f'(X)+Xf''(X)+4Xg(X)\\
H(X)&=g(X)+Xg'(X)
\end{align*}
とした。
[CTYZ]で考察した微分方程式
$$(1−12x−64x^2)\vt^2z−x(6+64x)\vt z−x(1+15x)z=0$$
は本来は
$$(1−12X−64X^2)\vt^3Z−3X(6+64X)\vt^2Z−X(10+188X)\vt Z−2X(1+30X)Z=0$$
であり、これにより
$$Z=\sum^\infty_{n=0}(\sum^n_{k=0}\binom nk^4)X^n$$
という関係式が得られるのであった。
また超幾何関数型の関係式
$$Z=\FF{\frac12}{\frac1s}{1-\frac1s}11X$$
も
$$z=\F{\frac1{2s}}{\frac12(1-\frac1s)}1{4x(1-x)}$$
の二乗を取ることで得られるのであった(ただし$X=4x(1-x)$)。
この場合も$z$の満たす微分方程式は
$$(1-X)\vt^2z-\frac X2\vt z-\frac X{4s}\l(1-\frac1s\r)z=0$$
と条件を満たしていることがわかる。
またこのとき$f(0)=1$とすると
$$q\frac d{dq}\log X=z^2\exp\l(\int^X_0\frac{f'(x)}{2f(x)}dx\r)=\sqrt{f(X)}Z$$
つまり$U=\sqrt{f(X)}$が成り立つことにも注意したい。
$2$つ目の方法はClausenの公式の類似を考えることである。
Chan, Cooperによると以下が成り立つのであった。
数列$\{s_n\},\{t_n\}$を$s_{-1}=t_{-1}=0,s_0=t_0=1$および
\begin{align*}
(n+1)^2s_{n+1}&=(an^2+an+b)s_n+cn^2s_{n-1}\\
(n+1)^3t_{n+1}&=-(2n+1)(an^2+an+a-2b)t_n-(4c+a^2)n^3t_{n-1}
\end{align*}
によって定める。このとき
\begin{align*}
(1+cx^2)\l(\sum^\infty_{n=0}s_nx^n\r)^2
&=\sum^\infty_{n=0}\binom{2n}ns_n\l(\frac{x(1-ax-cx^2)}{(1+cx^2)^2}\r)^n\\
(1-ax-cx^2)\l(\sum^\infty_{n=0}s_nx^n\r)^2
&=\sum^\infty_{n=0}t_n\l(\frac x{1-ax-cx^2}\r)^n
\end{align*}
が成り立つ。
このとき
$$z=\sum^\infty_{n=0}s_nx^n$$
の満たす微分方程式は
$$(1-ax-cx^2)\vt^2z-x(a+2cx)\vt z-x(b+cx)z=0$$
と表せるので以下の主張が成り立つ。
$$q\frac d{dq}\log x=(1-ax-cx^2)z^2$$
が成り立つ。特に
\begin{alignat*}{3}
Z_1&=(1+cx^2)z^2&,\quad X&=\frac{x(1-ax-cx^2)}{(1+cx^2)^2}\\
Z_2&=(1-ax-cx^2)z^2&,\quad Y&=\frac x{1-ax-cx^2}
\end{alignat*}
とおいたとき
\begin{align*}
q\frac d{dq}\log X&=\sqrt{1-4aX-16cX^2}Z_1\\
q\frac d{dq}\log Y&=\sqrt{(1+aY)^2+4cY^2}Z_2
\end{align*}
が成り立つ。
ついでに
$$Z_1=q\frac d{dq}\log Y,\quad
Z_2=q\frac d{dq}\log x$$
が成り立つことにも注意したい。
以上の議論を組み表せることで、素朴な方法で$Z,X$を構成した場合
$$\frac1{2\pi\Im(\tau)}=\sum^\infty_{n=0}A_n(\sqrt{f(X)}n-S)X^n$$
という形の円周率公式が、そしてClausenの公式の類似によって構成した場合
ある関数$\la(\tau),\mu(\tau)$が存在して
\begin{align*}
\frac1{2\pi\Im(\tau)}
&=\sqrt{1-4aX-16cX^2}\sum^\infty_{n=0}\binom{2n}ns_n(n+\frac12+\la)X^n\\
&=\sqrt{(1+aY)^2+4cY^2}\sum^\infty_{n=0}t_n(n+\frac12+\mu)Y^n
\end{align*}
が成り立つ。特にこれらは
\begin{align*}
X&=\frac{Y}{(1+aY)^2+4cY^2}\\
\la&=\mu\frac{(1+aY)^2+4cY^2}{1-(a^2+4c)Y^2}
\end{align*}
および
\begin{align*}
Y&=\frac{1-2aX-\sqrt{1-4aX-16cX^2}}{2X(a^2+4c)}\\
\mu&=\la\sqrt{1-4aX-16X^2}
\end{align*}
という関係によって写り合う。
という形の円周率公式が得られることとなる。
以上がこれまで考察してきたことでした。
しかしまだまだ残された謎は多いままなので個人的な疑問も一旦ここにまとめておこうと思います。
$$z=\sum^\infty_{n=0}s_nx^n$$
を満たすようなモジュラー形式とモジュラー関数の組$z,x$を構成する一般的な手法はあるのだろうか。
次回の記事でも提示するように、このシリーズでは展開係数$s_n,t_n,A_n$やモジュラー形式$z,x$の明示形をいくつか紹介してきた。またそれらの数列と関数とを結びつけるには漸化式や微分方程式を考える必要があるのであった。しかし一般の漸化式は明示的に解けるとは限らないし、一般の微分方程式はモジュラー形式によって解けるとは限らない。
つまり当てずっぽうで数列やモジュラー形式を持ってきても、そこからいい感じ関係式が得られるとは限らないのだ。ではこのシリーズで見てきた実例は一体何をどう考えて見出されたものなのだろうか、そしてこういった関係式を生み出す一般論は存在するのだろうか、という疑問が生じるわけである。
まだ法則性や一般論を見出すには実例に乏しいだけな気がしてきた。次回の記事で具体例をまとめているうちに何か見出せるかもしれない。
Chan, Coperにて提示された公式
\begin{align*}
(1+cx^2)\l(\sum^\infty_{n=0}s_nx^n\r)^2
&=\sum^\infty_{n=0}\binom{2n}ns_n\l(\frac{x(1-ax-cx^2)}{(1+cx^2)^2}\r)^n\\
(1-ax-cx^2)\l(\sum^\infty_{n=0}s_nx^n\r)^2
&=\sum^\infty_{n=0}t_n\l(\frac x{1-ax-cx^2}\r)^n
\end{align*}
はどうやって導かれたのか。また一般の数列$s_n$に対してもこのような変換公式は考えられるのだろうか。
これについてはAlmkvist, Straten, Zudilinの"Generalizations of Clausen's Formula and algebraic transformations of Calabi–Yau differential equations"にヒント、あるいは答えとなるようなことが書いてあると思っているがまだ読めていない。
やはり実例に乏しいだけで、これも次回の記事でいくつかの文献を渡り歩いているうちに何か見出せるかもしれない。