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大学数学基礎解説
文献あり

ABJ anomaly: 中性パイオンの崩壊率

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中性パイオンπ0はその殆どが2つの光子2γに崩壊します[1]。崩壊の寿命は(8.43±0.13)×1017秒です。一方、低エネルギーでこの崩壊が強く抑制されるという「Sutherland-Veltmanの定理」が存在します[2]。これらは矛盾しているように思えます。これを解決したのがABJ anomalyです[3][4]。現在ではABJ anomalyは様々な物理の文脈で現れますが、もともとはこの中性パイオンの崩壊において見出されました。量子アノマリーの重要さ、場の量子論の記述能力の深さを物語る最適な例かと思います。

以下Sutherland-Veltmanの定理を概観し、その定理で考慮されていないABJ anomalyの効果を取り入れることで、π02γの崩壊確率が説明できることを示します。ABJ anomalyに関しては既にいくつか記事にしており[5][6][7]、アノマリーの計算に関しては基本的にこれらの記事を参照してください。

本記事はRefs.[8][9][10]を参考にして書いています。以下では、対称性を基にして構築された、低エネルギーにおけるハドロンが満たす定理である「低エネルギー定理」、及びハドロン等のカレントの満たす交換関係からその反応を予言する「カレント代数」を用いています。が、それらの説明は割愛し、事実のみ述べることにします。これらに関しては例えばRefs.[8][10]を参照してください。

Sutherland-Veltmanの定理

Sutherland-Veltmanの定理とは、低エネルギー定理とカレント代数を用いると、低エネルギー極限でπ02γの崩壊確率はゼロになる、という定理です。これを簡単に概観します。

次の量を考えます:
k1ϵ1,k2ϵ2|π0(q)=i(2π)4δ4(qk1k2)ϵ1μ(k1)ϵ2ν(k2)Γμν(k1,k2,q),(1)Γμν(k1,k2,q)=e2d4zd4yeik1z+ik2y0|T(Jμem(z)Jνem(y))|π0(q)
k1ϵ1,k2ϵ2|は、運動量k1と偏極ベクトルϵ1をもつ光子、およびk2,ϵ2をもつ光子の2光子状態を表します。|π0(q)は運動量qをもつ中性パイオンπ0の状態を表します。Jμem(z)は電磁カレント
Jμem(x)=ψ¯(x)γμQψ(x),   Q=13(2001)
です。Qはu,dクォークの持つ電荷の行列です。Eq.(1)は中性パイオンが2つの光子に崩壊する確率振幅です。

次にLSZの簡約化公式を用いて、パイオンの状態を真空状態で書き換えます:
Γμν(k1,k2,q)=e2d4zd4yeik1z+ik2y0|T(Jμem(z)Jνem(y))|π0(q)(2)=e2(mπ2q2)d4zd4yd4xeik1z+ik2yiqx0|T(Jμem(z)Jνem(y)ϕ3(x))|0
ここでϕ3(x)π0の場の演算子です。ϕa (a=1,2,3)
0|ϕa(0)|πb(p)=δab
のように規格化してあるものとします。荷電パイオンπ±12(ϕ1±iϕ2)に対応します。Eq.(2)におけるLSZの簡約化公式の使い方を大雑把に言うと、粒子の状態に対応するHeisenberg場をT積の中に入れ、状態を真空に書き換え、さらにその粒子の自由場のプロパゲータの逆をかけるという感じです。

ϕ3(x)を軸性ベクトルカレントに書き直すため、PCAC(Partially Conserved Axial Current)を使います。これは以下の関係式です:
μAμa=fπmπ2ϕa,   Aμa:=ψ¯γμγ5σa2ψ
ここでAμaは軸性ベクトルカレント(σaはPauli行列)、fπはパイオン崩壊定数、mπは中性パイオンの質量です。これを使うと、Eq.(2)は以下のように与えられます(※脚注):
Eq.(2)=e2(q2mπ2)fπmπ2d4zd4yd4xeik1z+ik2yiqx0|T(Jμem(z)Jνem(y)ρAρ3(x))|0=qρie2(q2mπ2)fπmπ2d4zd4yd4xeik1z+ik2yiqx0|T(Jμem(z)Jνem(y)Aρ3(x))|0
この量はq0でゼロになります。なぜなら
(3)Γμνρ(k1,k2,q):=d4zd4yd4xeik1z+ik2yiqx0|T(Jμem(z)Jνem(y)Aρ3(x))|0
には、軸性ベクトルカレントと真空の両方に結合するような状態の寄与がないからです。もしもEq.(3)から何らかの状態の寄与により1/q2のファクターが生じれば、2つ上の式はlimq0でもゼロにはなりませんが、そのようなことはこの場合起きません。ということで、以上の考察によれば、低エネルギーではπ02γは強く抑制されることになります。

しかし現実では崩壊の寿命はだいたい1016秒です。これは崩壊が強く抑制されているとは言い難い値です。

ABJ anomalyのπ02γへの寄与

Sutherland-Veltmanの定理には考慮されていない効果があります。これに関しては既に記事にしてあります:

ABJ anomaly:ループダイアグラムによる計算(1/2)

この記事では、Eq.(3)と本質的に同じ量である
Tμνλ:=id4x1d4x20|T(Vμ(x1)Vν(x2)Aλ(0))|0eik1x1+ik2x2,(4){Vμ(x)=ψ¯(x)γμψ(x),Aμ(x)=ψ¯(x)γμγ5ψ(x),
qλをかけた量の1ループダイアグラムの寄与を具体的に計算しています。これは一見(qλの値に依らずに)ゼロになるように思えるのですが、線形発散が存在するために計算に不定性が存在し、それを正則化して計算する必要があります。正則化し計算すると、ABJ anomalyの寄与
(5)qλTμνλ=12π2ϵμνσρk1σk2ρ
が生じます(クォーク質量はゼロとした)。軸性ベクトルカレントの発散の形で書けば
(6)λAλ(x)=e2(4π)2ϵμνρσFμν(x)Fρσ(x)
となります。詳しくは上記記事をご参照ください。

ただしπ02γへのABJ anomalyの寄与はEq.(5)(6)とは係数が変わります。Eq.(3)ではEq.(4)と比較して、ベクトルカレントにQ、軸性ベクトルカレントにλ3/2の行列がはさまっています。この違いはtr(Q2λ3/2)のファクターを生みます。これをDとし、計算すると
D=tr(Q2σ32)=tr((4/9001/9)(1/2001/2))=16
となります。実はもうひとつ考慮すべきファクターがあります。ループを回る粒子はクォークであり、クォークはカラーの自由度 −R, G, Bの3種類− を持ちます。よってさらに3をかけて
D=16×3=12
が正しいファクターです。以上からπ02γの確率振幅に関わる行列要素Γμν(k1,k2,q)は、ABJ anomalyの寄与を加えて
Γμν(k1,k2,q)=e2(mπ2q2)fπmπ2{qλΓμνλ(k1,k2,q)iD2π2ϵμνσρk1σk2ρ}
低エネルギーでは
limq0Γμν(k1,k2,q)=ie2D2π2fπϵμνσρk1σk2ρ=ie24π2fπϵμνσρk1σk2ρ
となります。

Ref.[9]に従いπ02γの崩壊幅を計算すると
Γ(π02γ)=α264π3mπ3fπ27.76eV    (自然単位系)
となります。ここでαは微細構造定数です。崩壊時間ττ=1/Γで与えられるので、τ8.48×1017となります。これは実際の崩壊時間(8.43±0.13)×1017秒と良く合っています。

まとめ

中性パイオンの2光子への崩壊に関するABJ anomalyを説明しました。低エネルギー定理とカレント代数から導かれるSutherland-Veltmanの定理によれば、低エネルギーでπ02γの崩壊は強く抑制されます。しかしこれに寄与するクォークの1ループダイアグラムには線形発散が存在します。これを正則化することで生じる量子アノマリーの効果 − ABJ anomaly − を考慮すると、実際の崩壊時間を見事に説明することができます。この例は場の量子論における量子アノマリーの存在と重要性を端的に示す好例だと思います。

おしまい。


(※脚注)この計算では部分積分を行っています。その際、T積に時間微分がかかる項が生じます。これらは軸性ベクトルカレントと電磁カレントの交換関係[A03,Jμem]に比例しますが、この交換関係はゼロなので、これらの項も消えます。

参考文献

[2]
Sutherland, D.G., Current algebra and some non-strong mesonic decays, Nucl. Phys. B, 1967, 433-440
[3]
Adler, S. L., Axial-Vector Vertex in Spinor Electrodynamics, Phys. Rev., 1969, 2426-2438
[4]
Bell, J. S., Jackiw, R. A , PCAC puzzle: π0→γγ in the σ-model, Nuovo Cimento C, 1969, 47-61
[8]
Cheng, Ta-Pei, Li, Ling-Fong, Gauge theory of elementary particle physics, Oxford University Press, 1982, 173-
[9]
Peskin, Michel E., Schroeder, Daniel V., An Introduction to Quantum Field Theory, Westview Press, 1995, 672-
[10]
川村嘉春, 例題形式で学ぶ 現代素粒子物理学, SGCライブラリー 48, サイエンス社, 2006, 141-
投稿日:2023718
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  1. Sutherland-Veltmanの定理
  2. ABJ anomalyのπ02γへの寄与
  3. まとめ
  4. 参考文献