前回までに, 第一変分公式の計算とそこから導かれる 極小曲面の性質 , そして Bernsteinの定理 について触れてきました. 今回は面積汎関数の2階微分, すなわち第二変分を計算し, そこから安定性の概念を定義します.
今回の内容は 第一変分公式 の記事を先に読んでからご覧になることを推奨します. また, 記号もそちらの記事のものを用います.
曲面$\Sigma$の変分$\Sigma_t=F(\Sigma, t)$として, $F(x, t)=F_0(x)+\phi(x) N(x)$の形のものを考えます. ただし, $\phi\in C_0^{\infty}(\Sigma)$です. 接方向の変分は発散定理により後で消えるため, この形を仮定しても一般性を失いません.
変分した曲面$\Sigma_t$の面積は
\begin{align}
\area{\Sigma_t}=\int_{\Sigma}\frac{\sqrt{\det{g(t)}}}{\sqrt{\det{g(0)}}}\sqrt{\det{g(0)}}
=\int_{\Sigma}\nu(t)\sqrt{\det{g(0)}}
\end{align}
で与えられたのでした. ですので面積の変分を計算するには, 関数$\nu(t)$の微分を計算すればOKです.
第一変分公式
で計算した通り,
\begin{align}
\frac{d}{dt}\sqrt{\det{g(t)}}=\frac{1}{2}\sqrt{\det{g(t)}}\tr{\left(g^{-1}(t)\frac{d}{dt}g(t)\right)}
\end{align}
でした. これをもう一度$t$で微分すると,
\begin{align}
\frac{d^2}{dt^2}\sqrt{\det{g(t)}}=\frac{1}{4\sqrt{\det{g(t)}}}\left(\tr{\left(g^{-1}(t)\frac{d}{dt}g(t)\right)}\right)^2+\frac{1}{2}\sqrt{\det{g(t)}}\tr{\left(\frac{d}{dt}g^{-1}(t)\frac{d}{dt}g(t)\right)}\\
+\frac{1}{2}\sqrt{\det{g(t)}}\tr{\left(g^{-1}(t)\frac{d^2}{dt^2}g(t)\right)}.
\end{align}
この式で$t=0$とすると, $g(0)=I$に注意して, $\tr{(g^{-1}(0)g'(0))}=H=0$となるので, 第一項は$0$になります. 第二項を計算するため, ひとつ補題を準備します.
正則行列の1径数族$g(t)$に対し,
\begin{align}
\frac{d}{dt}g^{-1}(t)=-g^{-1}(t)\frac{d}{dt}g(t)g^{-1}(t)
\end{align}
$g^{-1}(t)g(t)=I$を$t$で微分して,
\begin{align}
\frac{d}{dt}g^{-1}(t)g(t)+g^{-1}\frac{d}{dt}g(t)=0
\end{align}
となるので, 移行して左から$g^{-1}(t)$をかけることで求める式を得る.
$g_{ij}'(0)=2\inn{\nabla_{F_i}F_t}{F_j}=2\phi\inn{\nabla_{F_i}N}{F_j}=-2\phi A(F_i, F_j)$となりますから($\inn{N}{F_i}=0$に注意), 補題1と併せると第二項は
\begin{align}
-\tr{(g'(0)^2)}=-4\phi^2\sum_{i,j}|A(F_i, F_j)|^2=-4|A|^2\phi^2
\end{align}
と計算できます.
最後に第三項を計算します. $\nabla_{F_t}F_i-\nabla_{F_i}F_t=[F_t, F_i]=0$および$\mbb{R}^3$の曲率が$0$なことから$\nabla_{F_t}\nabla_{F_i}=\nabla_{F_i}\nabla_{F_t}$に注意すると,
\begin{align}
g''(t)&=2\frac{d}{dt}\inn{\nabla_{F_i}F_t}{F_j}=2\inn{\nabla_{F_t}\nabla_{F_i}F_t}{F_j}+2\inn{\nabla_{F_i}F_t}{\nabla_{F_t}F_j}\\
&=2\inn{\nabla_{F_i}\nabla_{F_t}F_t}{F_j}+2\inn{\nabla_{F_i}F_t}{\nabla_{F_j}F_t}
\end{align}
となるので, 第三項は
\begin{align}
\tr{g''(0)}&=2\divS{F_{tt}}+2\sum_{i}|\nabla_{F_i}F_t|^2=2\divS{F_{tt}}+2\sum_{i}|(F_i\phi)N+\phi \nabla_{F_i}N|^2\\
&= 2\divS{F_{tt}}+2|\nablaS\phi|^2+2|A|^2\phi^2
\end{align}
と計算されます. 以上より,
\begin{align}
\left.\frac{d^2}{dt^2}\right|_{t=0}\nu(t)&=\frac{1}{2}(-4|A|^2\phi^2+2\divS{F_{tt}}+2|\nablaS\phi|^2+2|A|^2\phi^2)\\
&=|\nablaS\phi|^2-|A|^2\phi^2+\divS{F_{tt}}
\end{align}
となるので, 発散定理を用いると面積の第二変分は
\begin{align} \left.\frac{d^2}{dt^2}\right|_{t=0}\area{\Sigma_t}=\int_{\Sigma}(|\nablaS\phi|^2-|A|^2\phi^2)=-\int_{\Sigma}\phi(\Delta^{\Sigma}+|A|^2)\phi \end{align}
となります.
関数の極小値を探す際の十分条件として, $f'(a)=0$となる点$a$での2階微分が正というものがありました. そこから類推して, 安定性の概念を次のように定義しましょう.
極小曲面$\Sigma$が安定(stable)であるとは, 任意の$\phi \in C_o^{\infty}(\Sigma)$に対して,
\begin{align}
\left.\frac{d^2}{dt^2}\right|_{t=0}\area{\Sigma_t}=\int_{\Sigma}(|\nablaS\phi|^2-|A|^2\phi^2) \geq 0
\end{align}
が成り立つことを言う.
ある関数$\phi$に対して$\int_{\Sigma}(|\nablaS\phi|^2-|A|^2\phi^2) < 0$となるとき, $\Sigma$は不安定(unstable)であるという.
文献によっては, この安定性の定義は弱安定(weakly stable)と呼ばれることもあります. 一方で, 「曲面が囲む体積を不変にする(volume preserving)変分」に関する安定性のことを弱安定と呼ぶ流儀もある(平均曲率一定曲面に関する文脈でしばしば用いられます)ので, 関連する文献を読む場合は少し注意を払う必要があります.
安定性は, 少しくらい曲面を変形しても壊れずに元に戻るという意味で, 曲面が自然界において安定に実現できるための条件の数学的定式化の一つと捉えることができます.
2階楕円型微分作用素$L=\Delta^{\Sigma}+|A|^2$はJacobi作用素と呼ばれます. 極小曲面の場合には$|A|^2=-2K^\Sigma$と変形できるので, Jacobi作用素は$L=\Delta^{\Sigma}-2K^\Sigma$とも表せます. すなわち, Jacobi作用素は極小曲面の内在幾何学的な情報のみを用いて定義される微分作用素です.
2階楕円型作用素の固有値問題について学んだことのある方に向けて, Morse指数と呼ばれる量について紹介しておきましょう. Morse指数は曲面がどれだけ不安定かを測る(古典的な)指標のことで, 次のように定義されます.
$\Omega\subset\Sigma$を極小曲面$\Sigma$の相対コンパクト領域とし, 次のDirichlet固有値問題を考える:
\begin{align}
Lu+\lambda u=0, \quad u=0\quad \text{on $\partial\Omega$.}
\end{align}
Jacobi作用素$L$は下に有界な楕円型作用素だから, $\Omega$上のDirichlet固有値は高々有限個の負の固有値$\lambda$を持つ. $L$の$\Omega$における負のDirichlet固有値の個数を$\Omega$のMorse指数と呼び, $\mrm{Ind}(\Omega)$で表す.
これを用いて, 極小曲面$\Sigma$のMorse指数(Morse index)$\mrm{Ind}(\Sigma)$を
\begin{align}
\mrm{Ind}(\Sigma)=\sup_{\Omega}\mrm{Ind}(\Omega)
\end{align}
で定義する. ここで, 上限は全ての相対コンパクト領域$\Omega$にわたって取る.
領域$\Omega$上でJacobi作用素の負の固有値に対応する固有関数が見つかれば, それを用いて変分を構成すれば第二変分が負になります. 第二変分, すなわち面積の2階微分が負になるということは, その変形に沿って曲面の面積はより小さくなると考えられます. したがってMorse指数は, 面積をより小さくするような, 独立な変形の個数であると解釈されます.
極小曲面$\Sigma$のMorse指数は無限大になることもあります. 例えば螺旋面など周期性を持つ極小曲面のMorse指数は$\infty$になることが知られています.
Morse指数を用いると, 極小曲面が安定であることは$\mrm{Ind}(\Sigma)=0$と表現することもできます.
今回は面積の第二変分を計算し, その結果から安定性の定義や関連する概念を定義しました. 最後に定義したMorse指数は解析学の前提知識が必要なやや発展的な話題でしたが, Morse指数が有限な極小曲面(部分多様体)の幾何学は現在も盛んに研究されており, それが種数やbetti数などの幾何学的量とどう関係するかという問題は現代的な極小曲面論の中心的なトピックの一つです.
次回以降で安定な極小曲面の満たす性質を見ていきます.