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大学数学基礎解説
文献あり

M-推定量の漸近正規性について

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はじめに

本記事はM-推定量の漸近正規性に関する備忘録です. もし間違い等があればコメントいただけますと幸いです.

M-推定

{Xi}iNを確率空間(Ω,F,P)上に定義されたX-値確率変数列とします. また, Θを未知パラメータの空間とし, パラメータの真値θ0の推定を考えます.

{Qn}nNXn×Θ上の実数値関数列とします. X1,,Xnn個の観測とするとき, θ^n:ΩΘθ0M-推定量であるとは, それが
θ^n(ω)=argmaxθΘQn(X1(ω),,Xn(ω),θ),ωΩ
を満たすF/B(R)-可測写像であるときに言います.

M-推定の"M"は"Maximum likelihood like"を意味し, その名の通りM-推定は最尤推定の一般化です. M-推定を念頭に置く際, {Qn}は真値θ0を唯一の最小点に持つ関数Q0:ΘRに (各点で) 確率収束する量であり, この意味でQnの最大点θ^nは真値θ0に十分近いと考えるのがM-推定の思想です.Qn,Q0はそれぞれ最尤推定の枠組みにおける対数尤度, 期待対数尤度に相当します.

本記事では, M-推定量θ^nの漸近正規性を証明します.

準備

記法
  • 位相空間Xに対してB(X)XのBorel集合族を表す.
  • B(θ,ρ)は中心θ, 半径ρの開球を表す. すなわち, B(θ,ρ)={θ~Θ|θ~θ<ρ}.
  • 行列Aに対してAはその転置を表す.
  • はFrobeniusノルムを表す. すなわち, 行列Aに対してA=tr(AA).
  • θ=[/θ1,,/θp]とする. 例えば, f:RpRに対して
    θf(θ)=[f(θ)θi]p×1,θ2f(θ)=[f(θ)θiθj]p×p.
  • 事象Aに対して1AAの指示関数を表す. すなわち,
    1A(ω)={1,ωA0,ωA.
  • Np(0,Σ)は平均ベクトル0, 分散共分散行列Σp変量正規分布を表す.
  • pは確率変数列の確率収束を表す.
  • dは確率変数列の分布収束を表す.
  • a.s.はalmost surely (ほとんど確実に, 確率1での意) の略.
  • op(1)は0に確率収束する量.
設定
  • (Ω,F,P)は確率空間.
  • {Xi}iN(Ω,F,P)上に定義されたX-値確率変数列.
  • ΘRpの部分集合 (パラメータ空間).
  • θ0Θはパラメータの真値.
  • {Qn}nNXn×Θ上の実数値関数列.

次の命題は大前提となるM-推定量θ^nの存在を保証するのに必要です.

可測選択定理 (Jennrich[1], Lemma 2)

QΩ×Θ上の実数値関数とする. 次の3つの条件を仮定する.

  • θΘに対してΩωQ(ω,θ)RF/B(R)-可測.
  • ωΩに対してΘθQ(ω,θ)Rは連続.
  • ΘRpのコンパクト部分集合.

このとき, F/B(Θ)-可測写像θ^:ΩΘが存在して, 任意のωΩに対して,
Q(ω,θ^(ω))=maxθΘQ(ω,θ)
が成り立つ.

命題1の証明は記事「 M-推定量の可測性について 」を参照してください.

次の命題は確率変数列の確率収束を概収束として扱うテクニックとして有名です.

subsequence principle (吉田[4], 命題 1.47)

Rd-値確率変数列{ξn}Rd-値確率変数ξに対して, 次の3つの条件は同値である.

  • ξnpξ.
  • E[ξnξ1]0.
  • {ξn}の任意の部分列{ξn}に対して, その部分列{ξn}ξnξ a.s.となるものが存在する.

M-推定量の漸近正規性

M-推定量の漸近正規性

次の5つの条件を仮定する.

  1. Θはコンパクトである. また, 開集合Nが存在して, θ0NΘ.
  2. nNについて, 任意にθΘを固定するとき, ΩωQn(X1(ω),,Xn(ω),θ)RF/B(R)-可測.
  3. nNについて, 任意にωΩを固定するとき, ΘθQn(X1(ω),,Xn(ω),θ)Rは連続. また, NθQn(X1(ω),,Xn(ω),θ)RC2級.
  4. p次正定値行列Σが存在して, nθ2Qn(X1,,Xn,θ0)dNp(0,Σ).
  5. θ0において連続な写像H:NRp×pが存在して, supθNθ2Qn(X1,,Xn,θ)H(θ)p0であり, 行列H(θ0)は正則.

このとき, 次の2つが成り立つ.

  1. nNについて, 任意の固定されたωΩに対して
    Qn(X1(ω),,Xn(ω),θ^n(ω))=maxθΘQn(X1(ω),,Xn(ω),θ)
    を満たすようなF/B(Θ)-可測写像θ^n:ΩΘが存在する.
  2. θ^npθ0ならば,
    n(θ^nθ0)dNp(0,H1(θ0)ΣH1(θ0))
    が成り立つ.

(ii)の証明はNewey and McFadden[2]のTheorem 3.1および清水[3]の補題3.1.23を参考にしています.

【(i)の証明】

仮定[1] - [3]より命題1 (可測選択定理) が適用できて, (i)が成り立つ.

【(ii)の証明】

【第1段】

θ^npθ0を仮定する. 今, 十分小さいr>0が存在して, N0=B(θ0,r)Nとなる. 以降X1,,Xnを省略し, Qn(θ)=Qn(X1,,Xn,θ)と書く. 任意にωΩを固定するとき, (i)より
1{θ^nN0}θQn(θ^n)=0
となり, この左辺に平均値の定理を適用することにより
1{θ^nN0}θQn(θ0)+1{θ^nN0}{01θ2Qn(θ0+u(θ^nθ0))du}(θ^nθ0)=0
となる (N0の凸性より上の積分は意味を持つ). 今,
Hn=1{θ^nN0}01θ2Qn(θ0+u(θ^nθ0))du={01θ2Qn(θ0+u(θ^nθ0))du,θ^nN0O,θ^nN0
とおき, 先ほどの両辺に1{detHn0}nを掛けて整理することにより
n(θ^nθ0)=1{detHn0}Hn1nθQn(θ0)+(11{detHn0})n(θ^nθ0)
を得る ({detHn0}{θ^nN0}に注意する). したがって,
HnpH(θ0),1{detHn0}p1
が成り立つならば, この右辺第1項は仮定[4]より
 1{detHn0}Hn1nθQn(θ0)dH1(θ0)Np(0,Σ)=Np(0,H1(θ0)ΣH1(θ0))
となり, 右辺第2項は
P(|(11{detHn0})n(θ^nθ0)|0)P(1{detHn0}=0)0
より
(11{detHn0})n(θ^nθ0)p0
となるから, 結論が得られる.

【第2段】

HnpH(θ0)を示す. 仮定θ^npθ0より
E[1{θ^nN0}]=P(θ^nN0)=P(θ^nθ0r)0
となるから, 命題2より1{θ^nN0}p1となることに注意する.

さて, 1{θ^nN0}p1supθNθ2Qn(θ)H(θ)p0 (仮定[5]) より
HnH(θ0)Hn1{θ^nN0}H(θ0)+(11{θ^nN0})H(θ0)1{θ^nN0}01θ2Qn(θ0+u(θ^nθ0))H(θ0)du+op(1)1{θ^nN0}01θ2Qn(θ0+u(θ^nθ0))H(θ0+u(θ^nθ0))du+1{θ^nN0}01H(θ0+u(θ^nθ0))H(θ0)du+op(1)supθNθ2Qn(θ)H(θ)+1{θ^nN0}supu[0,1]H(θ0+u(θ^nθ0))H(θ0)+op(1)=1{θ^nN0}supu[0,1]H(θ0+u(θ^nθ0))H(θ0)+op(1)
となる. 任意にu[0,1]を固定するとき, 1{θ^nN0}p1Hθ0における連続性 (仮定[5]) より
1{θ^nN0}H(θ0+u(θ^nθ0))H(θ0)p0
となるから, HnpH(θ0)が成り立つ.

【第3段】

1{detHn0}p1を示す. ξn=[θ^n,|detHn|]とおく. HnpH(θ0)と仮定θ^npθ0よりξnp[θ0,|detH(θ0)|]となるから, 命題2より{ξn}の任意の部分列{ξn}に対してξn[θ0,|detH(θ0)|] a.s.となるような部分列{ξn}がとれる. このとき, 任意のε>0に対してN(ε)Nが存在して, nN(ε)ならば,
θ^nθ0+||detHn||detH(θ0)||<εa.s.
となり, 特にθ^nB(θ0,ε) a.s.かつ|detHn|>|detH(θ0)|ε a.s.が成り立つ. したがって, 正数εε<r|detH(θ0)|/2を満たすように小さく固定すれば, 十分大きいnに対して
θ^nB(θ0,ε)N0a.s.,|detHn|>|detH(θ0)|ε>12|detH(θ0)|>0a.s.
となり, すなわち, 1{detHn0}=1{θ^nN0,detHn0}=1 a.s.となる. 故に, 命題2より1{detHn0}p1が成り立つ.

定理3の仮定について

  • Θのコンパクト性 (仮定[1]), Qn(,θ)の可測性 (仮定[2]), Qn(ω,)の連続性 (仮定[3]) はM-推定量θ^nの存在を保証するために必要です.
  • 真値θ0Θの内点であること (仮定[1]) はθ^nの漸近正規性に必須です (θ0Θの境界上にある場合は漸近分布が正規分布とならない).
  • 仮定[4]は最尤推定の枠組みにおけるスコア関数の漸近正規性に相当し, 通常は中心極限定理より成り立ちます.
  • Hnのヘシアンのθ0の近傍における一様な確率収束 (仮定[5]) は通常一様な大数の法則により保証されます (一様な大数の法則については, 記事「 一様な大数の法則について 」を参照してください).
  • Q0(θ)=plimnQn(θ)とするとき, 適当な正則条件の下でH(θ0)=θ2Q0(θ0)であるから, H(θ0)が正則行列であること (仮定[5]) は局所的な識別可能性のための十分条件となっています.
  • θ^npθ0が成り立つための条件については, 例えば記事「 M-推定量の一致性について 」を参照してください.

参考文献

[1]
Jennrich, R. I., Asymptotic properties of non-linear least squares estimators, The Annals of Mathematical Statistics, 1969, 633 - 643
[2]
Newey, W. K. and McFadden, D., Large sample estimation and hypothesis testing, Handbook of Econometrics, 1994, 2111 - 2245
[3]
清水泰隆, 統計学への漸近論, その先は 現代の統計リテラシーから確率過程の統計学へ, 内田老鶴圃, 2023
[4]
吉田朋広, 数理統計学, 講座〈数学の考え方〉21, 朝倉書店, 2006
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更新日:214
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