【修正履歴】
・16May2023: 公式5の「これらより」の下の式が間違っていたので修正しました
・20Sep2023: $g:=\det(g_{\mu\nu})$とすべきところを誤って$g:=\det(-g_{\mu\nu})$としていたので直しました
・14Oct.2023: 本記事ではMinkowski metricとして(+---)を用いています。一方、「準備」の章で引用しているsubmersionさんの記事では(-+++)を用いています。そのため、この章の作用$S$の$R$の係数の符号とエネルギー・運動量テンソル$T_{\mu\nu}$の符号は(-+++)で正しいものになってます。(+---)の場合は
この記事
をご参照ください。(submersionさんご指摘ありがとうございます)
静的球対称かつ電荷が存在する場合のEinstein方程式の解であるReissner-Nordström解を求めます。
計算することはシンプルです。計量テンソルとして球対称静的な場合を仮定し、エネルギー・運動量テンソルとして電磁場のそれを採用します。これらをEinstein方程式および重力と結合したMaxwell方程式に代入し、物質の分布外部であることを仮定して解を求めます。
本記事はRef.[1]を参考に書いています。そのうち非可換ゲージ場やSkyrme模型を伴うブラックホール解のことを自身の勉強も兼ねて書きたいと思っており、その準備のための記事です。
本記事で採用している規約は以下です。基本的にはRef.[2]の規約と同じです。
単位系として1.を用いていることに注意してください。そのため$c,G,\epsilon_0,\mu_0$は式に現れません。
Einstein方程式およびMaxwell方程式を構成するのに必要な計量テンソル、Christoffel記号、Ricciテンソル等に関する基礎的なことに関して述べます。
以下の球対称静的な計量テンソルを仮定します:
\begin{align}
&ds^2=A(r)dt^2-B(r)dr^2-r^2d\theta^2-r^2\sin^2\theta d\phi^2,\\
\therefore & \ g_{00}=A(r), g_{11}=-B(r), g_{22}=-r^2, g_{33}=-r^2\sin^2\theta
\end{align}
これはSchwarzshild解を求める際に使う仮定と同じです。$c=1$としていることに注意してください。
一般相対論・宇宙論では、計量テンソル全体の符号を上記の定義に対して逆にする定義(時間成分が負、空間成分が正)が多いですが、ここではそれとは逆にしました。素粒子物理ではこちらの定義が多いです。
エネルギー・運動量テンソル(Energy-Momentum Tensor, EMT)の定義として便利なものに、重力を結合させた物質場の作用を計量テンソルで変分して定義するものがあります。MathlogのSubmersionさんの記事
「【相対論】一般相対性理論概説」
(Ref.[3])にあるように、Einstein-Hilbert 作用に物質場の部分${\cal L}_M$を加えた作用
\begin{align}
S=\int\left[\frac{1}{2\kappa}R+{\cal L}_M\right]\sqrt{-g}d^4x
\end{align}
より運動方程式を求め、これをEinstein eq.と比較することで、EMTが以下のように与えられることがわかります:
\begin{align}
T_{\mu\nu}
&=\frac{-2}{\sqrt{-g}}\frac{\delta (\sqrt{-g}{\cal L}_M)}{\delta g^{\mu\nu}}
\end{align}
ここで$g:=\det(g_{\mu\nu})$です。
電磁場のラグランジアンは
\begin{align}
{\cal L}=-\frac{1}{4}F_{\mu\nu}F^{\mu\nu}, \ \ F_{\mu\nu}:=\partial_\mu A_\nu-\partial_\nu A_\mu, \ \ A_\mu\text{はU(1)ゲージ場}
\end{align}
であり、上記のEMTを計算すると以下のようになります。
\begin{align} T_{\alpha\beta}=\frac{1}{4}g_{\alpha\beta}F_{\mu\nu}F^{\mu\nu} -g_{\beta\nu}F_{\alpha\mu}F^{\nu\mu} \end{align}
このEMTの表式さえあれば計算には十分なのですが、以下に少し重要な蛇足を付け足しておきます。
計量テンソルの変分による EMTとは別なEMTの定義に、正準エネルギー・運動量テンソル(canonical EMT)があります。これは以下のように与えられます。
\begin{align} T^\mu{}_\nu= \frac{\delta {\cal L}}{\delta(\partial_\mu A_\rho)}\partial_\nu A_\rho-\delta^\mu{}_\nu {\cal L} \end{align}
canonical EMTは並進変換に対するネーター・カレントです。
さきほど定義したmetricの変分によるEMTは、canonical EMTに比べて良い性質を持ちます:
1.に関しては、canonical EMTは場の変分で定義されているのに対し、計量テンソルの変分で定義されるEMTではそれがないことに由来します。U(1)ゲージ場の場合は計算量はさほど変わりませんが、例えばSkyrme模型と呼ばれる核子の模型におけるEMTの計算の場合、計量を用いて定義したEMTのほうが遥かに計算が簡単です。この例はちょっと特殊かもしれませんが...。
2.は計量テンソルの変分によるEMTが${\cal L}_M$の$g^{\mu\nu}$変分で定義されていることからわかります。一方でcanonical EMTを計算すると
\begin{align}
T^{\mu\nu}_C=-F^{\mu\rho}\partial^{\nu}A_\rho
+\frac{1}{4}F_{\alpha\beta}F^{\alpha\beta}\delta^\mu{}_\nu
\end{align}
であり(下についた$C$はcanonicalを表す)、これは$\mu\leftrightarrow \nu$に対して対称ではありません。カレントには全微分項を足す不定性があるので、これに全微分項$\partial_\rho(F^{\mu\rho}A_\nu)$を足すと、計量テンソルの変分によるEMTと同じ結果を得ます。この変形には運動方程式$\partial_\rho F^{\mu\rho}=0$を用いていることに注意してください。更に上記の$T^{\mu\nu}_C$はゲージ不変でもないです。このように、canonical EMTはネーターカレントという"正当性"を持つにも関わらず、あまり嬉しくない性質を持ちます。
ちなみに、canonical EMTに全微分項を足して対称にする系統的な方法が存在し、Belinfante improvementなどと呼ばれます。この方法で求めたEMTはBelinfante tensorとかBelinfante–Rosenfeld stress–energy tensorと呼ばれます(Ref.[4][5])。
以下時空に関する各種テンソルの定義です。
\begin{align} \Gamma^\gamma{}_{\beta\mu}:=\frac{1}{2}g^{\alpha\gamma}\left( g_{\alpha\beta,\mu}+g_{\alpha\mu,\beta}-g_{\beta\mu,\alpha} \right) \end{align}
\begin{align} R^\alpha{}_{\beta\mu\nu}:=\Gamma^\alpha{}_{\beta\nu,\mu}-\Gamma^\alpha{}_{\beta\mu,\nu}+\Gamma^\alpha{}_{\sigma\mu}\Gamma^\sigma{}_{\beta\nu}-\Gamma^\alpha{}_{\sigma\nu}\Gamma^\sigma{}_{\beta\mu} \end{align}
\begin{align} R_{\alpha\beta}:=R^\mu{}_{\alpha\mu\beta}\ \ (=R_{\beta\alpha}) \end{align}
\begin{align} R:=g^{\mu\nu}R_{\mu\nu}=g^{\mu\nu}g^{\alpha\beta}R_{\alpha\mu\beta\nu} \end{align}
Einstein eq.は以下。
\begin{align} G^{\alpha\beta}&+\Lambda g^{\alpha\beta}=8\pi T^{\alpha\beta}, \\G^{\alpha\beta}&:=R^{\alpha\beta}-\frac{1}{2}g^{\alpha\beta}R\ \ (=G^{\beta\alpha}) \\&(\text{unit}: c=G=1) \end{align}
$\Lambda$は宇宙定数ですが、以下ではこれがゼロの場合を考えます:
\begin{align}
R_{\alpha\beta}-\frac{1}{2}g_{\alpha\beta}R&=8\pi T^{\alpha\beta}
\end{align}
これを少し書き換えます。上の式の両辺に$g_{\alpha\beta}$をかけると以下を得ます:
\begin{align}
R=-8\pi T
\end{align}
ここで$T:=T^\alpha{}_\alpha$としました。これを使うとEinstein eq.は以下のように変形できます:
\begin{align}
R_{\alpha\beta}=8\pi\left(T_{\alpha\beta}-\frac{1}{2}Tg_{\alpha\beta}\right)
\end{align}
電磁場に対するEMTはトレースレス:$T^\mu_\mu=0$であるから、結局
\begin{align} R_{\alpha\beta}=8\pi T_{\alpha\beta} \end{align}
を得ます。以下ではこの形のEinstein eq.を使います。
曲がった時空における電磁場を記述する方程式は以下です:
\begin{align} \ F^{\mu\nu}{}_{;\nu}=0 \leftrightarrow \partial_\nu F^{\mu\nu}+\Gamma^\mu{}_{\alpha\nu}F^{\alpha\nu}+\Gamma^\nu{}_{\alpha\nu}F^{\mu\alpha}=0 \end{align}
field strengthを対称性により簡単にすることを考えます。ここでは静的な状況を考えているので、磁気モノポールを考えなければ電場のみが存在します。さらに球対称性より電場は$r$のみの関数かつ方向も$r$方向のみです。ゆえにfield strengthは以下の形になります:
\begin{align}
F_{\mu\nu}=
\begin{pmatrix}
0 & E_r(r) & 0 & 0\\
-E_r(r) & 0 & 0 & 0\\
0 & 0 & 0 & 0\\
0 & 0 & 0 & 0
\end{pmatrix}
\end{align}
すなわち$F_{\mu\nu}$のゼロでない成分は$F_{01}=-F_{10}=E_r(r)$のみです。
Christoffel記号およびRicciテンソルを計算するのはまあまあ大変であり、簡便な計算法があるとよいです。Christoffel記号に関しては、Mathlogのyuskaさんの記事 「クリストッフェル記号の簡単な計算方法」 (Ref.[6])にある計算法 −変分によるクリストッフェル記号の計算− は間違いも少なく便利な方法だと思います。
ここではRef.[7]に記載されている、計量テンソルが対角的な場合に使えるChristoffel記号およびRicci テンソルの計算公式を紹介します。以下の公式・定理は、特に断らない限り、任意の次元で成立します。
この事実を使うことで、以下のRicciテンソルの表式を得ます。
$\mu\neq\nu$および繰り返しの添字の和はとらないこととする。
\begin{align} 4R_{\mu\mu}&=(\partial_\mu\ln|g_{\mu\mu}|-2\partial_\mu)\partial_\mu\ln \left| \frac{g}{g_{\mu\mu}} \right|\\ &\hspace{3cm}-\sum_{\sigma\neq\mu} \left[ (\partial_\mu\ln|g_{\sigma\sigma}|)^2 + \left( \partial_\sigma\ln\frac{|g|}{g_{\mu\mu}^2} +2\partial_\sigma \right) g^{\sigma\sigma}\partial_\sigma g_{\mu\mu} \right] \end{align}
\begin{align} 4R_{\mu\nu}&=(\partial_\mu\ln|g_{\nu\nu}|-\partial_\mu)\partial_\nu \ln \left| \frac{g}{g_{\mu\mu}g_{\nu\nu}} \right| +(\mu\leftrightarrow \nu)\\ &\hspace{5cm}-\sum_{\sigma\neq \mu,\nu} \partial_\mu\ln|g_{\sigma\sigma}| \partial_\nu\ln|g_{\sigma\sigma}|\end{align}
$(\mu\leftrightarrow \nu)$は、その手前の項の$\mu,\nu$を入れ替えたものを表します。これを使うと計量テンソルから直接Ricciテンソルを計算できます。
この公式より、計量テンソルが対角的な場合、以下が成立することがわかります:
今の場合計量テンソルは$r,\theta$に依存するので、2.より非対角で残る可能性があるのは$R_{12} \ (=R_{21})$のみです。計算すればこれがゼロになることがわかるので、Ricciテンソルは対角成分のみが残ります。
Christoffel記号およびRicciテンソルを具体的に計算すると以下を得ます:
ここで${}'$は$r$による微分を意味する
公式5,6および定理1を使うとこれらを計算することができますが、公式6が有用か否かは場合と慣れと好みによると思います(今の場合Christoffel記号も計算しなければならないし...)。一方公式5と定理1は、計量テンソルが対角的な場合いつでも有用です。
電磁場のEMTを具体的に計算すると以下のようになります。
以上の準備により、方程式群の具体的な表式を求めることができます。ここからは方程式群を解くことにより$A(r),B(r)$を決定することを目指します。
これらを決定するために、Einstein eq.と重力の結合したMaxwell eq.を使います。
\begin{align} &\text{Einstein eq.}: \ R_{\alpha\beta}=8\pi T_{\alpha\beta}\\ &\text{Maxwell eq.}: \ F^{\mu\nu}{}_{;\nu}=0 \leftrightarrow \partial_\nu F^{\mu\nu}+\Gamma^\mu{}_{\alpha\nu}F^{\alpha\nu}+\Gamma^\nu{}_{\alpha\nu}F^{\mu\alpha}=0 \end{align}
前章のエネルギー・運動量テンソルをみると、次の式が成立することがわかります:
\begin{align}
T_{00}/A+T_{11}/B=0
\end{align}
これにEinstein eq.を使うと
\begin{align}
R_{00}/A+R_{11}/B=0\\
\leftrightarrow \frac{1}{rB}
\left(
\frac{A'}{A}+\frac{B'}{B}
\right)
=0\\
\leftrightarrow \partial_r \ln(AB)=0\\
\therefore AB=\text{const.}
\end{align}
を得ます。この定数を$f$とすれば
\begin{align}
AB=f \ (=\text{const.})
\end{align}
となります。
$F^{\mu\nu}{}_{;\nu}=0$の$\mu=0$の場合を考えます。
\begin{align}
\partial_\beta F^{0\beta}+\Gamma^0{}_{\mu\beta}F^{\mu\beta}
+\Gamma^\beta{}_{\mu\beta}F^{0\mu}=0\\
\leftrightarrow
\partial_rF^{01}
+\left(
\frac{A'}{2A}+\frac{B'}{2B}
+\frac{2}{r}
\right)F^{01}=0
\end{align}
いま$A'/A+B'/B=0$なので
\begin{align}
\partial_rF^{01}+\frac{2}{r}F^{01}=0\\
\therefore F^{01}=\text{const.}/r^2\\
\therefore E_r=\text{const.}/r^2
\end{align}
これはCoulomb力の表式であるから定数は$Q/4\pi$($Q$:$r$内に存在する電荷)であるべきであり
\begin{align}
F_{01}=E_r=\frac{Q}{4\pi r^2}
\end{align}
を得ます。
Einstein方程式の2-2成分
\begin{align}
R_{22}=8\pi T_{22}
\end{align}
より$A$を決定します。$R_{22}$を具体的に計算すると
\begin{align}
R_{22}&=-\frac{4}{2B}
\left(
\frac{A'}{A}-\frac{B'}{B}
\right)
-\frac{1}{B}+1\\
&=-\frac{1}{f}\frac{\partial}{\partial r}(rA)+1
\end{align}
ここで$B=f/A$と、これより導かれる$B'=-fA'/A^2$を用いました。よって
\begin{align}
\frac{\partial}{\partial r}(rA)=f-\frac{Q^2}{4\pi r^2}\\
\therefore A=f+\frac{C}{r}+\frac{Q^2}{4\pi r^2}
\end{align}
を得ます。$C$は積分定数です。
ここで$r\rightarrow \infty$で計量テンソルがMinkowskiに近づくことから$f=1$でなければなりません。また、弱重力極限では$g_{00}\simeq 1-2M/r$となることから($M$は$r$内の質量。submersionさんの記事(Ref.[3])の「万有引力の幾何学化」の章の$\Phi$を$-M/r$にしたもの)
\begin{align}
C=-2M
\end{align}
です。
以上から$r_s:=2M,\ r_Q^2:=Q^2/4\pi$として
\begin{align}
A&=1-\frac{r_s}{r}+\frac{r_Q^2}{r^2},\\
B&=\frac{1}{A}=\left(1-\frac{r_s}{r}+\frac{r_Q^2}{r^2}\right)^{-1}
\end{align}
となります。
最終的に、 Reissner-Nordström解は以下のようになります:
\begin{align} g_{\mu\nu}&= \begin{pmatrix} 1-\frac{r_s}{r}+\frac{r_Q^2}{r^2} & 0 & 0 & 0\\ 0 & -\left(1-\frac{r_s}{r}+\frac{r_Q^2}{r^2}\right)^{-1} &0&0\\ 0&0&-r^2&0\\ 0&0&0&-r^2\sin^2\theta \end{pmatrix} \\ {}\\ r_s&:=2M, \ \ r^2_Q:=Q^2/4\pi \end{align}
おしまい。${}_\blacksquare$