はじめに
こんにちは!超局所層理論の第4回です.今回は層の特殊化・超局所化という操作について説明します.
前回までのおさらい
を有限な大域次元を持つ環,を次元多様体とします.
第1回
:上の加群の層の複体に対して,そのコホモロジーが伝播しない余方向として層のマイクロ台というの余接束の錐状閉部分集合を定義しました.そして様々な層のマイクロ台がどうなっているのかを調べて,良い状況ではマイクロ台が層の形を強く制限することがあることも見ました.
第2回
:層に対する様々な演算を施した後のマイクロ台を評価する方法について説明しました.またそれらを使って超局所切り落としという操作を定義しました.
第3回
:マイクロ台は常に包合的であるという定理の主張を述べました.さらに,余接束の中のある部分集合上だけに注目して調べる超局所的な見方を実現するために層の導来圏を圏論的に超局所化して,その超局所化された圏ではマイクロ台が層の形を制限するという主張がより広く成り立つことも見ました.また超局所化圏のHomを茎に持つような層があったらうれしそうだという気持ちを説明しました.
今回はの構成に向けて,層の特殊化と超局所化という操作を導入します.雑に言うと,特殊化は無限小の錐状集合上の切断を与える層であって,超局所化はマイクロ台を考えたときに出てくる超局所的な障害を与える層のことです.これらはある意味で双対の関係にあって,これはFourier-Sato変換という操作で結びついています.
今回は最後までをの余次元の閉部分多様体として,で埋め込みをあらわします.このとき,で法束をあらわします.記号を増やさないためにで射影の他にも余法束からの射影をあらわします.
層の特殊化
層の特殊化は上の層から法束上の層を作り出す操作です.これによって層が与えられたときに,の法方向に無限小の意味で錐状になっている開部分集合(図3を参照)をわたる切断の帰納極限を層として表示することができます.層の特殊化は法変形(または法束への変形)と呼ばれる幾何学的な構成を通して定義されます.
法変形(法束への変形)
ここでは次の条件を満たす多様体と二つの多様体の射の三つ組みを構成します:
(1) ,
(2) ,
(3) .
このは局所的に構成して,それらを適当な変換で貼り合わせることによって得られます.まず局所的なモデルとしてでの場合を考えます.このときは,
と定めれば条件を満たします.一般の場合は次のように局所的なモデルを貼り合わせます.と開埋め込みでとなるものを取ります.そして
と定めます.さらにを
によって定めます(のときはの最初の成分が消滅するので大丈夫).こうしてとをかつのとき同一視して貼り合わせるとが得られます.また各への制限をとしてもwell-definedに定めることが出来ます.このように定めると変換関数を調べることでが法束と同形になることがチェックできます.
法変形
上で構成したをのへの法変形 (normal deformation) または法束への変形 (deformation to normal bundle) と呼ぶ.
以下の図1は法変形の模式的な図です.に対してファイバーはの無限遠の方に飛んでいきます.
法変形の模式図
ここで得た法変形はFultonのIntersection theoryなどに載っている代数幾何的な法束への変形の実多様体版とみなすことができます.
さて,法変形を使っての近傍で法方向に無限大に引き伸ばす操作を考えてみましょう.をの開部分集合としてで埋め込みをあらわし,と定めます.で法束の埋め込みをあらわします.すると次の多様体の可換図式が得られます:
法錐
の部分集合に対して,と定めて,をに沿ったの法錐と呼ぶ.
上の模式図でも見たようにの近くで法方向にを無限大に引き伸ばしたものが法錐になるわけです(図2も参照).
第3回
の包合性のところで出てきたはこれのことでした.図を見ればが部分多様体ならが接束になることも理解できると思います.
法錐の模式図
特殊化
さて上の法束の構成と似た操作を層に対して行ったものが特殊化です.すなわち上の層をの法方向には無限大に引き伸ばして法束上の層に変換したものです.実はに対して,同形が成り立つことがチェックできるので,これをに沿った特殊化と定めます.
層の特殊化
に対して
と定めて,をのに沿った特殊化 (specialization) と呼ぶ.
特殊化の性質
とする.
(i) はのファイバーへのの作用で不変であってが成り立つ.
(ii) をの錐状開部分集合とすると,の上の切断はの開部分集合がを満たすようにわたる際の上の切断と同形である(図3を参照).すなわち,同形
が成り立つ.
条件を満たす開部分集合
(iii) をの錐状閉部分集合とすると,のに台を持つ大域切断は内のの開近傍との閉部分集合がを満たすようにわたる際のに台を持つ上の切断と同形である(図4を参照).すなわち,同形
が成り立つ.
条件を満たす閉部分集合と開部分集合
(iv) 同形
が成り立つ.ここではのゼロ切断とみなす.
お気持ち
(i) がのの作用で不変なのでよい.
(ii) 上でも述べたように法錐はの近傍で法方向に無限大に引き伸ばしたものなので,の開部分集合がを満たしていれば射が存在する.あとは帰納極限を取って同形になることを頑張ってチェックすればよい.(iii)は(ii)と五項補題から従う.(iv)は(ii)と(iii)の同形から示すことができる(特殊化の定義における二つのうちいずれかの相性の良い方を使って示すのが簡単).
正則函数の層の特殊化
を実解析的多様体,をその複素化,を上の正則函数の層とする.このとき,は同一視上の層であって,定理1の(ii)からの錐状開部分集合上の切断が無限小の意味で法方向にだけ開きがある開集合(昔は無限小楔と呼ばれていた)上で正則な函数全体をあらわしている.佐藤超函数は無限小楔上で正則な函数の境界値の和としてあらわされるべきもので(
この佐藤超函数に関する記事
も参照),これを定式化するために佐藤幹夫が初めに特殊化を導入したという歴史がある.
ベクトル空間上の層であってによるファイバーへの作用で不変なものはよく出てくるのでその部分圏の記号を定義しておきましょう.ここでも層の複体と層を区別しないで単に層と呼んでしまうことにします.
錐状層
を実ベクトル束とする.このとき,が錐状層であるとは任意のの軌道への制限のコホモロジー層が任意のに対して定数層になることをいう.で錐状層からなるの充満部分圏をあらわす.
この記号を用いると上の定理の(i)は正確にはであることを述べています.特殊化は函手を定めます.錐状層に対しては次の同形が成り立っていて計算上いろいろと役立つことがあります.つまり錐状層に対しては射影による順像(固有順像)とゼロ切断による逆像(上付きびっくり)が同形になるということです.
錐状層に対する射影とゼロ切断による操作の同形
を実ベクトル束としてでゼロ切断をあらわす.とする.このとき,同形
が成り立つ.
この補題を用いると上記定理1の(iv)の同形において同形とが得られます(であったことを思い出しましょう).
多様体の射に対して順像・逆像に関する特殊化の函手的性質も得られますが,ここでは省略します.
Fourier-Sato変換
函数に対する普通のフーリエ変換は上の函数を周波数空間上の函数に変換するもので,定数倍(と変数の線形変換)を除いて
で定義されたのでした.これは上の函数を核函数とした積分変換で,適当な意味で上の函数と上の函数の一対一対応を与えていました.この対応の層理論における類似物は色々と考えられていますが,ここではベクトル束上の錐状層の圏とその双対ベクトル束上の錐状層の圏との間の圏同値を与えるFourier-Sato変換を説明します.あとではFourier-Sato変換は法束上の特殊化を変換して余法束上の錐状層を得るために使われます.
を階数の実ベクトル束として,でその双対ベクトル束をあらわします.次の引き戻しの図式を考えます:
普通のフーリエ変換との類似で上の層を使って層の意味での積分変換を考えます.の二つの部分集合を
により定めて,上の層を核として使います.つまりでをに引き戻してをテンソルしてで固有順像を取ることでの対象が得られます.と,とを入れ替えることによって逆の変換も得られます.が通常のフーリエ変換における核函数の類似というわけです.実はに対して,同形
が成り立つことがチェックできます.同様にしてに対して,同形
が成り立ちます.ここでは位相的沈めこみなのでは相対向き付け層とシフトを除いてと一致しています.基本的にはシフトを除いて引き戻し・核函数のテンソル・固有順像の合成で積分変換が行われていると考えてよいです.上の同形の何がうれしいかというと,各同形の左辺はもう一つの同形の式の右辺の随伴であることが分かるということです.
Fourier-Sato変換
に対して
と定めて,をのFourier-Sato変換と呼ぶ.また,に対して
と定めて,をの逆Fourier-Sato変換と呼ぶ.
さて,このように変換を定めると上で説明した随伴の関係になっていることを用いて次が示せます.
Fourier-Sato変換はベクトル束とその双対上の錐状層の圏の間の圏同値を誘導
開部分集合上の切断と閉部分集合に台を持つ相対コホモロジーは様々なところで双対の関係になっていました.Fourier-Sato変換によってもこれらが入れ替わるというのが次の命題です.ベクトル束の錐状部分集合が凸であるとは各ファイバーとの共通部分が凸であることをいい,固有であるとは各ファイバーとの共通部分が直線を含まないことをいいます.の部分集合に対して,その双対集合を
によって定めます.は常に錐状集合になることに注意しましょう.
Fourier-Sato変換と切断の関係
とする.
(i) をの凸開部分集合とすると,同形
が成り立つ.
(ii) をの凸固有錐状閉部分集合とすると,同形
が成り立つ.ここではに関する相対向き付け層である.
層の超局所化
層の超局所化は上でも予告していたように特殊化したものをFourier-Sato変換して余接束に持って行ったものとして定義されます.
層の超局所化
に対して
と定めて,をのに沿った超局所化 (microlocalization) と呼ぶ.
Fourier-Sato変換の性質と特殊化の性質から超局所化に関する次の主張が得られます.
超局所化の性質
とする.
(i) .
(ii) をの錐状開部分集合とすると,同形
が成り立つ.ここではを満たすの開部分集合,はを満たすの閉部分集合をわたる.特にに対して,同形
が成り立つ.ここではを満たすの閉部分集合をわたる.
(iii) をの凸固有錐状閉部分集合とすると,同形
が成り立つ.ここではを満たすの開部分集合をわたる.
(iv) 同形
が成り立つ.ここではのゼロ切断とみなす.
超局所化は函手ともみなします.上の定理5の(ii)で特殊な場合を考えるとマイクロ台を定義したときに現れた超局所的な障害が出てきます.実際,を級函数としてなる点においてであるとしましょう.するとはの近傍での部分多様体となり,に対してが考えられます.このとき,定理5の(ii)に現れるの極大なものとしてが取れるので
が得られます.この意味で超局所化は方向別の相対コホモロジーを茎として持っている層ということができます.理論を構築するときは族として層を持っていた方がうれしいので超局所化が重宝されるというわけです.
超局所化の台と層のマイクロ台の関係は次のようになっています.証明は基本的には上記定理5の(ii)で見た超局所化の茎の計算によります.
さて,超局所化に関する有用な完全三角があるのでここで説明しておきます.でからゼロ切断を除いた空間をあらわし,と定めます.すると,完全三角
が得られます.であることから補題2と定理5の(iv)を用いると,同形が得られます.にも定理5の(iv)を用いると,完全三角
が得られます.しばしばを単にと書いてしまいます.
佐藤の完全列
を次元実解析的多様体,をその複素化,を上の正則函数の層として上の完全三角を考えてみる.このとき,は上の実解析的函数の層である.さらには次数に集中していて,そのコホモロジー層に相対向き付け層をテンソルしたを上の佐藤超函数の層と定めた(
層理論第5回
の例4).ゆえに上の完全三角に向き付け層をテンソルすれば,完全三角
が得られる.実はも次数に集中していることが示せるので,コホモロジー層をマイクロ函数の層と定める.すると佐藤の完全列と呼ばれる層の完全列
が得られる.この完全列は佐藤超函数が実解析的でない具合をマイクロ函数で上で方向別に解析できるということを述べている.歴史的にはこのように佐藤超函数の超局所解析から超局所化という操作が現れたようである.ちなみにとみなして同形によってをにうつした際の台をと書いて佐藤超函数の特異スペクトラムと呼ぶ(第1回の注意(記号と名称について)も参照).これが層のマイクロ台のアイデアのもとになったものである.
多様体の射に対して順像・逆像に関する超局所化の函手的性質も特殊化のそれを使うと得られますが,ここでは省略します.
まとめ
今回は
- 法変形・層の特殊化
- Fourier-Sato変換
- 層の超局所化
について説明しました.次回は超局所化を使ってを構成して圏論的超局所化との関係を見たいと思います.それではまた!