17Aug.2022: 「Maxwell方程式」の章の「これを示すのは」から始まる段落において$\displaystyle \frac{\partial}{\partial t} (\text{div}{\boldsymbol B})=0$と書くべきところを$\dfrac{\partial}{\partial t}{\boldsymbol B}=0$と書いていたので修正しました。
★本記事は「 ゲージ対称性とは何か(5):Diracの方法 」の続きです。
この記事ではMaxwell理論・U(1)ゲージ理論を解説します。そして次の記事でU(1)ゲージ理論に対するDiracの方法のことを書きます。
「Maxwell方程式やU(1)ゲージ理論の物理的内容はわかってる!」とか「物理的内容なんか興味ねぇ!」という方は、この記事は読まなくても次の記事から読めばだいじょうぶです。U(1)ゲージ理論を扱う前に物理的なことを書いておこうかなと思った次第です(Ref.[1]のFeynmanの精神とでもいいましょうか...)。
ちなみにMathlogにも、Ref.[2-5]のような、Maxwell理論に関する記事があります。
[3][4]はMaxwell理論というより、ゲージ理論の数学的側面ですかね(私には難しそうで見てません。ごめんなさい)。また、ほかにも関連記事がありましたらすみません...。
${}$
以下conventionです:
物理学では、電磁気力を電場と磁場という「場」で記述します。電気の力や磁気の力は一見何もないところを瞬時に伝わるように見えますが、実はこれらを伝える「場」というものが時空$({\boldsymbol x},t)$の各点に存在するのだ、と考えます。電荷があると、それが場を変化させ、その変化が空間的に伝わることで遠くの電荷や磁石に力を及ぼします。こう考えることで、電磁気力の伝わる速度も有限になり、相対論との相性が良いです。電気の力を伝える場を電場${\boldsymbol E({\boldsymbol x},t)}$、磁気のほうは磁場${\boldsymbol B({\boldsymbol x},t)}$と呼びます。どちらも3成分のベクトルです。
さて、電場、磁場がある時刻でどのように分布しているかがわかっており、かつ電荷密度$\rho$と電流密度${\boldsymbol i}$に関しては任意の時刻で分布がわかっているとします(注1)。このとき電場・磁場の時間発展を与える方程式がMaxwell方程式で、以下のように与えられます:
\begin{align} \text{rot}{\boldsymbol E}&=-\frac{\partial \boldsymbol B}{\partial t},\\ \text{rot}{\boldsymbol B}&=-\frac{\partial \boldsymbol E}{\partial t}+{\boldsymbol i},\\ \text{div}{\boldsymbol E}&={\boldsymbol \rho},\\ \text{div}{\boldsymbol B}&=0. \end{align}
Maxwell方程式にはそれぞれ意味があり、上から
を表します。
上2つの方程式はそれぞれ空間3成分に対する方程式なので、計3×2=6つの方程式があります。下2つはそれぞれ1成分で、計1×2=2つの方程式です。すなわちMaxwell方程式は6+2=8つの方程式の集まりです。
今、初期の電場と磁場$({\boldsymbol E}_0, {\boldsymbol B}_0)$が与えられたとして、その後の任意の時刻と場所における電場・磁場を求めることを考えましょう。
上記したように、計8つの方程式が存在します。しかし電場と磁場は計6成分です。
方程式が多すぎるように見えます。
実は電場・磁場の時間発展は上2つの方程式を解けば求まります。これに対し下2つは各時刻で電場・磁場が満たすべき拘束条件です。すなわち、上2つを解けば任意の時刻の電場・磁場が求まり、あとは各時刻における${\boldsymbol E},{\boldsymbol B}$が下2つの方程式を満たしているかチェックすればそれでOKです。
しかし不思議な感じがします。
何のために各時刻で${\boldsymbol E},{\boldsymbol B}$が下2つの方程式を満たすかチェックしているのでしょうか。初期条件の${\boldsymbol E}_0,{\boldsymbol B}_0$が下2つの方程式を満たしているかのチェックは必要です。しかし、それ以降の時刻の${\boldsymbol E},{\boldsymbol B}$に関しては違います。最初の${\boldsymbol E}_0,{\boldsymbol B}_0$が与えられたら、下2つの方程式と関係なく上2つの方程式のみで${\boldsymbol E},{\boldsymbol B}$の時間発展が与えられるのです。もしある時刻の${\boldsymbol E},{\boldsymbol B}$が下2つの方程式を満たしていないとしても、もうどうしようもないのです。勝手に変えられないのです。上2つの方程式による時間発展がある時刻から下2つと矛盾したら、結局Maxwell方程式を満たす解が存在しないということになります。
でもご安心ください。そんなことはないことが示せます。すなわち、${\boldsymbol E}_0,{\boldsymbol B}_0$が下2つの方程式を満たすなら、上2つの方程式で時間発展した${\boldsymbol E},{\boldsymbol B}$は、任意の時刻で下2つの方程式を満たすことが示せます。
これを示すのは非常に簡単です。一番上の式の両辺の$\text{div}$をとりましょう。$\text{div} \ \text{rot} \ {\boldsymbol E}$は恒等的にゼロになります。よって
$$
\frac{\partial}{\partial t}(\text{div} {\boldsymbol B})=0
$$
となります。これが示していることは、最初の$\text{div} {\boldsymbol B}$の値はその後(その前も)不変ということです。これだけだと$\text{div}{\boldsymbol B}$がいくつなのかはわかりません。一番下の方程式はこれを定めるものであり、「$\text{div}{\boldsymbol B}$はゼロであれ」という条件です。
2番目の式でもやはり$\text{div}$をとると同様なことが示せます。電荷が保存すること示す連続の式
$$
\text{div}({\boldsymbol i}) +\frac{\partial \rho}{\partial t} = 0
$$
に注意すると、2番目の式は
$$
\frac{\partial}{\partial t}({\rm div}{\boldsymbol E}-\rho)=0
$$
となります。3番目の式はこのカッコの中の値の初期条件を与えます。
ということでMaxwell方程式は、全体として時間発展に整合的であることがわかりました。
こう考えると、なんとかうまい場のとり方をすれば、場のとり方に内在する自明な恒等式により、Maxwell方程式の数を減らせるんじゃないか、なんて思ったりします。そしてそれは可能です。以下のように場をとりなおします:
\begin{align} {\boldsymbol E}&=-\text{grad}\phi-\frac{\partial{\boldsymbol A}}{\partial t},\\ {\boldsymbol B}&=\text{rot}{\boldsymbol A} \end{align}
この${\boldsymbol A}$と$\phi$をそれぞれベクトルポテンシャルとスカラーポテンシャルと呼びます。これらの何らかの微分が電場・磁場を与えることから、ポテンシャルに似てるので、このように呼ばれます。これらを用いると、磁場に関する方程式の4つが自明な恒等式になります:$\text{div}{\boldsymbol B}=0$は$\text{div}\ \text{rot}$が任意のベクトルに関して0であることから自明な式になるし、$\text{rot} {\boldsymbol E} = -d{\boldsymbol B}/dt$はいわゆるビアンキ恒等式というものになりこれも自明です。$\phi$と${\boldsymbol A}$を一組にして
$$
A^\mu :=(\phi,{\boldsymbol A}) \ \ \ (\mu=0,1,2,3)
$$
と書き、これをゲージ場と呼びます。これを用いて残りのMaxwell方程式を書くと
$$
\partial_\mu F^{\mu\nu}=j^\nu
$$となります。ここで
$$
F^{\mu\nu}:=\partial^\mu A^\nu-\partial^\nu A^\mu, \ \ \ j^\nu :=(\rho,{\boldsymbol i})
$$
です。$F_{\mu\nu}$は「場の強さ(field strength)」と呼ばれます。磁場のほうの方程式群はビアンキ恒等式
$$
\partial_\mu {}^*F^{\mu\nu}=0,\\
{}^*F^{\mu\nu}:=\epsilon^{\mu\nu\rho\sigma}F_{\rho\sigma}
$$
となります(注2)。ここで$\epsilon^{\mu\nu\rho\sigma}$は4次元の完全反対称テンソルで、
$$
\epsilon^{0123}=1
$$
とします。この式は$F$を決定する方程式ではなく、どんな$F$に対しても成立する恒等式です。
このようにして、ゲージ場で書くと、Maxwell方程式が大変シンプルになります。ゲージ場の方程式を解いて、それを使って電場と磁場を計算するほうが見通しがよいように思えます。
ちなみにRiemann幾何学の言葉で言えば、ゲージ場はconnection、場の強さはcurvatureに対応します。
さて、ゲージ場で書いた方程式を解くには、初期状態のゲージ場を決定しなければなりません。あくまで電場・磁場が物理量なので、$({\boldsymbol E}_0, {\boldsymbol B}_0)$から初期のゲージ場を決定したいと思うのですが、実はこれはuniqueではありません。電場・磁場とゲージ場の対応は1対1ではなく、同じ電場・磁場を与えるゲージ場は無数に存在します。
この事実は簡単に確かめられます。ゲージ場を以下のように変換してみましょう。
$$
A^\mu\rightarrow A^\mu +\partial^\mu\theta({\boldsymbol x},t)
$$
$\theta$は空間と時間に依存する任意関数です。
すぐに確かめられるのは、この変換で電場・磁場が変化しないことです。もともとはすべて電場・磁場で書かれていた方程式なので、この変換で電場・磁場が変化しないとしたら、この変換を施されたゲージ場もMaxwell方程式を満たします(電流と電荷密度もゲージ変換で変化しません。これにはまた別の議論が必要なのですが、とりあえずここでは信じてください)。このように、時空の関数に関連した変換を「ゲージ変換」、ゲージ変換に関して不変な理論を「ゲージ不変な理論」と呼びます。Maxwell理論は、このゲージ変換に対して不変です。
このゲージ対称性の群はU(1)なので、この理論を「U(1)ゲージ理論」と呼びます。
(私はあまり詳しくないですが、fiber bundleの言葉で言えば、structure groupがU(1)ということです)
さて、今一度、ゲージ場で書いたMaxwell方程式=U(1)ゲージ理論に関してまとめておきます。
Lagrangian密度、作用、Euler-Lagrange方程式に関しては上では特に触れませんでしたが、下記のEuler-Lagrange方程式にLagrangian密度を入れるとMaxwell方程式が得られることは簡単にわかります。このへんのことに関しては「
力学の形式
」をご参照ください。
\begin{align} \partial_\mu F^{\mu\nu}&=j^\nu,\\ F^{\mu\nu}&:=\partial^\mu A^\nu-\partial^\nu A^\mu, \ \ \ j^\mu:=(\rho,{\boldsymbol i}) \end{align}
\begin{align} \partial {}^*F^{\mu\nu}&=0,\\ {}^*F^{\mu\nu}&:=\epsilon^{\mu\nu\rho\sigma}F_{\rho\sigma},\\ \epsilon^{0123}&=1 \end{align}
$$
A^\mu\rightarrow A^\mu+\partial^\mu\theta({\boldsymbol x},t)
$$
に対してMaxwell方程式は不変。ここで$\theta({\boldsymbol x},t)$は時空に依存する任意関数。
$E^i,B^i$(上付きであることに注意)と実際の電場・磁場の$x,y,z$方向成分$E_{x,y,z},B_{x,y,z}$との対応を
\begin{align}
(E^1,E^2,E^3)&\leftrightarrow (E_x,E_y,E_z),\\
(B^1,B^2,B^3)&\leftrightarrow (B_x,B_y,B_z)
\end{align}
とします。$E^i,B^i$とゲージ場の対応は
\begin{align}
E^i&=F^{i0},\\
B^i&=-\frac{1}{2}\epsilon^{ijk}F^{jk},\\
F^{ij}&=-\epsilon^{ijk}B^k,\\
-\frac{1}{4}F_{\mu\nu}F^{\mu\nu}&=\frac{1}{2}(\vec E^2-\vec B^2)
\end{align}
です。これより
\begin{align}
(F^{10},F^{20},F^{30})&\leftrightarrow (E_x,E_y,E_z),\\
(F^{32},F^{13},F^{21})&\leftrightarrow (B_x,B_y,B_z)
\end{align}
です(自然単位系($c=1$)としています)。
$$
{\cal L}(A,\partial A)=-\frac{1}{4}F_{\mu\nu}F^{\mu\nu}+A_\mu j^\mu
$$
作用は
$$
S=\int d^4x \ {\cal L}
$$
で与えられる(注3)。
$$
\partial_\mu\left(\frac{\partial{\cal L}}{\partial_\mu{A_\nu}}\right)
-\frac{\partial{\cal L}}{\partial A_\nu}=0
$$
これはMaxwell方程式
$$
\partial_\mu F^{\mu\nu} =j^\nu
$$
を導く。
今回はここまでにして、次回Diracの方法をこのU(1)ゲージ理論に適用してみます。
おしまい。${}_\blacksquare$
☆次の記事: ゲージ対称性とは何か(7): U(1)ゲージ理論とDiracの方法
(注1):本来は、物質場の方程式とMaxwell方程式をcoupleさせて解くので、電荷密度と電流密度に対する電磁場によるback reactionがあります。が、ここでは電荷・電流は外場として扱います。
(注2):勘違いしやすいので指摘しておくと、
$$
\partial_\mu F^{\mu\nu}=j^\nu
$$
に対応する微分形式は、1 form $A=A_\mu dx^\mu$, 2 form$F=dA$と1 form $J=j_\mu dx^\mu$を用いて
$$
dF^*=J^*
$$
です。ただし$*$はHodge dualを表します。
一方、磁場の方程式群に対応するビアンキ恒等式$\partial_\mu {}^* F^{\mu\nu}=0$は
$$
dF=0
$$
です。Hodge dualの付き方が直感と逆なことに注意してください。
(注3):
$j^\mu$が存在するとき、Lagrangian密度はゲージ不変ではありませんが、total derivativeだけ変化するので準不変です:
$$
{\cal L}\xrightarrow{ゲージ変換} {\cal L}+(\partial_\mu\theta) j^\mu={\cal L}+\partial_\mu (\theta j^\mu)
$$
最後の変形では、カレントの保存則:$\partial_\mu j^\mu=0$が成立することを使いました。
作用はゲージ変換で不変です(ここでは$\theta$も$j$も無限遠で0とする)。