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応用数学解説
文献あり

CoulombポテンシャルにおけるDirac方程式と合流型超幾何関数

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【はじめに】

  • 太字は3次元のベクトルを表します:x=(x,y,z), =(x,y,z) etc.
  • 本記事では自然単位系c==1を採用します。
  • 行列の次元(何行何列か)は整合的になるように解釈してください。たとえばaは数、An×n行列の場合にa+A=0と書いたら、それはa1n×n+A=0n×nのことです。
  • 本記事は主にHikasaBerestetskiiを参考にしています。両方の本のnotationを参考にしていますが、整合性を保つため符号等に異なる部分があります。間違いではないのでご注意ください。

Dirac方程式を解く

角運動量に関する記事をいくつか書きましたMathlog_01Mathlog_02Mathlog_03Mathlog_04。本記事ではその応用として、Coulomb力による中心力ポテンシャルの下でのDirac方程式を解きます。つまりは水素様原子を相対論的な効果を取り入れて計算します。

出発点は電荷をもつ粒子の相対論的な運動を記述する以下のシュレーディンガー方程式およびHamiltonianです:

Dirac方程式

量子論において、電荷eを持つ物体が電磁場と相互作用しながら相対論的運動を行う場合のシュレーディンガー方程式およびHamiltonianは以下である:
iψt=Hψ,   H=α(peA)+mβ+eϕ
ここでp:=iA,ϕはそれぞれベクトルポテンシャルおよびスカラーポテンシャルと呼ばれ、Aμ:=(ϕ,A)はLorentz変換の下でベクトル量として変換する。α=(α1,α2,α3),βはどちらも4行4列の行列であり、以下の関係を満たす:
{αi,αj}=2δij,   αiβ+βαi=0,   β2=1
ここで4行4列の単位行列14×4やゼロ行列04×4は省略している。

α,βは具体的には例えば以下のように与えられる(一意的ではない)
αi:=(0σiσi0),   β:=(1001)
σi(i=1,2,3)はパウリ行列である:
σ1=(0110),   σ2=(0ii0),   σ1=(1001)

上記方程式はDirac方程式と呼ばれます。ここではスカラーポテンシャルは時間に依存せず、rにのみ依存することを仮定しています。

原子番号がZの水素様原子(電子が1つ、原子核の電荷がZe)を考えます。磁場B:=×Aは存在せず、電場E=ϕが存在する状況を考え
A=0,ϕ=Zα/r
とします。

以下エネルギーの固有状態Hψ=Eψの固有値と固有関数を求めます。ただし電子が原子核の周りに局在する解、すなわち束縛状態の解を求めます。束縛状態はエネルギーがmより小さくE<mを満たします。

極座標r,θ,φを変数分離して解を求めるのですが、まずは角度依存性とスピノルの自由度(α,βのもつ4成分に対応する自由度のこと)の波動関数を求めます。そののちに動径部分の波動関数を求めます。

波動関数の角度依存性の決定

まず重要なのは、次の全角運動量演算子
J:=L+S,   L:=x×(i),  S:=12Σ=12(σ00σ)
がハミルトニアンと可換であることです( この記事 の最初の章参照):
[J,H]=0
Lは角運動量演算子、σはパウリ行列であり、どちらもSO(2)のLie代数の元です:
[Li,Lj]=iϵijkLk,   [σi2,σj2]=ϵijkσk2
ゆえにJも同じ交換関係を満たします.また次の事実が示せます( この記事 参照):
[J2,Jz]=0,   [L2,Ji]=0,   [J2,Si]=0

これらより、J2,Jz,L2の同時固有状態(同時固有関数)が存在することがわかります。以下J2,Jz,L2の固有値をそれぞれj(j+1),jz,l(l+1)とします。

以下では次の事実を用います:

全角運動量とその第3成分がj,jzであるDiracスピノルは
1r(F(r)χjjz(+)(θ,φ)iG(r)χjjz()(θ,φ))   (パリティ(1)j1/2)または1r(F(r)χjjz()(θ,φ)iG(r)χjjz(+)(θ,φ))   (パリティ(1)j+1/2)
と表せる。F(r),G(r)は任意のrの関数。ここで
χjjz(+)=12j(j+jzYj1/2,jz1/2(θ,φ)jjzYj1/2,jz+1/2(θ,φ))χjjz()=12(j+1)(jjz+1Yj+1/2,jz1/2(θ,φ)j+jz+1Yj+1/2,jz+1/2(θ,φ))
である。

まず、Diracスピノルがパリティ変換の固有状態であるなら、上2成分と下2成分は逆のパリティを持たなければならない(★)ことに注意する。

(★)の証明

パリティ変換とは、Lorentz変換をxμxμ:=Λμνxνとすると、空間を反転するから
Λ=(1000010000100001)
である。またDiracスピノルがS(Λ)で変換するとき
ΛνμSγμS1=γν
が成立しなければならない( この記事 の「軌道角運動量とスピン」の"▶注"参照のこと)。よってν=0ν=i(空間成分)に対して上のΛをこの式に代入すると
Sγ0S1=γ0,   SγiS1=γiSγ0=γ0S,   Sγi=γiS
よってSがユニタリであることを考慮すれば、γ0γi=γiγ0なので、例えば
S=ηPγ0,   γ0=(1001)    (1,0は2×2の単位行列とゼロ行列)
とすればよい。ここでηPは絶対値1の位相である。ここではηP=1とする。よってDiracスピノルPのパリティ変換性は
ψψ=Sψ=γ0ψ
である。γ0は下成分の符号を反転する。よってDiracスピノルがパリティの固有状態なら、上2成分と下2成分のパリティ変換性は逆である。

ここで水素原子におけるDiracスピノルは全角運動量とその第3成分j,jzが定まった状態、さらにはハミルトニアンがパリティ変換で不変なのでパリティの固有状態である。これは 球面スピノル(公式2) で記述される。公式2ではlを固定しているが、ここではjを固定する。jを固定したとき可能な軌道角運動量l
l=j±1/2
の2つである。公式2の上の式でl=j1/2、下の式でl=j+1/2とする。さらにmjzとする。このとき
(1)Yj,jz(θ,φ)=(j+jz2jYj1/2jz1/2(θ,φ)jjz2jYj1/2jz+1/2(θ,φ))    (l=j1/2)(2)Yj,jz(θ,φ)=(j+1jz2(j+1)Yj+1/2jz1/2(θ,φ)j+1+jz2(j+1)Yj+1/2jz+1/2(θ,φ))    (l=j+1/2)
となる。ここでYlm(θ,φ)は球面調和関数。Ref.Mathlog_03参照のこと。

球面調和関数Ylm(θ,φ)はパリティ変換: θπθ,φφ+πに対して(1)lの符号がつく。すなわちYlmのパリティは(1)lである。これはMathlog_03にある球面調和関数の具体的な表示を用いれば確認できる。そしてEq.(1)と(2)は軌道角運動量lが1違う状態であるからパリティは逆である。

ところで水素原子におけるDiracスピノルは、ハミルトニアンがパリティ変換で不変であるためパリティの固有状態である。また(★)が成立する。以上から、j,jzおよびパリティの固有状態である4成分Diracスピノルは、上2成分をEq.(1)、下2成分をEq.(2)にすればよい(またはその逆)。notationをRef.Hikasaと合わせるため
χjjz(+):=Eq.(1)χjjz():=Eq.(2)
とする。またF(r)/r,iG(r)/rをそれぞれ上2成分,下2成分の動径方向の波動関数とする。こうしてDiracスピノルは
ψ(x)=1r(F(r)χjjz(+)(θ,φ)iG(r)χjjz()(θ,φ))    (パリティ(1)j1/2)またはψ(x)=1r(F(r)χjjz()(θ,φ)iG(r)χjjz(+)(θ,φ))    (パリティ(1)j+1/2)
と書けることがわかる。

次に以下を示します。

σxrχjjz(±)=χjjz()

ここではJ,L
J=L+σ2,   L:=x×(i)
と定義する。
σxrはエルミートである。またσxrχjjz(±)のノルムは1である。さらにσxrJzおよびJ2と可換であることが示せる(※Appendix 1参照):
[J,σxr]=0,  [J2,σxr]=0
χjjz(±)JzJ2の固有状態だから、この事実より(σx/r)χjjz(±)Jz, J2の固有状態である。ゆえに(σx/r)χjjz(±)χjjz(±)の線形結合で書ける。ところでパリティ変換に対しσx/rは符号を変える。またχjjz(±)はパリティの固有状態なので、(σx/r)χjjz(±)のパリティは元と反対になる。ゆえに
σxrχjjz(±)=χjjz()
しかありえない。
(※これは直接計算でも示せます)

公式1と定理1より、上記Dirac方程式の解は

球対称なHamiltonianの下でのDirac方程式の解

(3)ψ(x)=1r(F(r)χjjz(±)(θ,φ)iG(r)σxrχjjz(±)(θ,φ))

のように書けます。

これで波動関数の角度依存性が確定しました。

動径の波動関数の決定

次に動径方向の波動関数を決定します。Eq.(3)を(HE)ψ=0に代入すると
(4)(m+V(r)Eiσiσm+V(r)E)(F(r)rχjjz(±)(θ,φ)iG(r)rσxrχjjz(±)(θ,φ))=(00)
を得ます。ここで以下の公式を使います:

  • (σ)(σx)は以下のように変形できる:
    (σ)(σx)=3+x+σL
  • χ(±)σLに関する固有値:
    σLχjjz(±)|l=j1/2=(±(j+1/2)1)χjjz(±)

【上の式】
(σ)(σx)=σiiσjxj=σiσjixj=(12{σi,σj}+12[σi,σj])ixj=(δij+iϵijkσk)ixj=(δij+iϵijkσk)(δij+xji)=3+xiσkϵkjixji=3+x+σ(x×p)=3+x+σL  

【下の式】
σLが全角運動量j、角運動量l、スピン1/2の状態に作用すると、固有値は
σL=2SL=(J2L2S2)固有値j(j+1)l(l+1)1232=j(j+1)l(l+1)34
となる。ゆえに
σLχjjz(+)|l=j1/2=(j(j+1)(j1/2)(j+1/2)3/4)χjjz(+)=(j1/2)χjjz(+)σLχjjz()|l=j+1/2=(j(j+1)(j+1/2)(j+3/2)3/4)χjjz()=(j3/2)χjjz()
まとめると
σLχjjz(±)|l=j1/2=(±(j+1/2)1)χjjz(±)
となる。

公式3を用いてEq.(4)のDirac方程式を整理すると
(5)上成分:[(m+V(r)E)Fr+1rGr±(j+12)Gr2]χjjz(±)=0(6)下成分:[irFr±i(j+12)Fr2+(m+VE)iGr]χjjz()=0
となります。これを導く際にはx=rrσLrのみの関数に作用するとゼロになるという事実を用いています。特に下成分の式を導く際には、Eq.(4)の下成分
iσFrχjjz(±)+(m+VE)iGrσxrχjjz(±)=0
の第1項のχjjz(±)の左側に1=(σx/r)2を挿入します。すると公式3上の式より第1項は
iσFr(σx/r)2χjjz(±)=i(3+x+σL)Fr2χjjz()
ですが、x=rrおよびσLrのみの関数に作用するとゼロになることから、公式3の下の式を用いて書き換えて
=±i(j+1/2)Fr2χ()iFrχ()
となることを用いています。

Eq.(5)(6)より、ノンゼロの解が存在するなら、動径方向の波動関数F,G

動径波動関数の満たす方程式 1

(7){(m+VE)F+Gr+κGr=0(Fr+κFr)+(mV+E)G=0
ここでκ
上成分のχjjz(±)に対応してκ:=±(j+1/2)
のように定義した。

を満たします。

合流型超幾何関数との関係を見るため、F(r),G(r)を次のようにQ1(r),Q2(r)で書き直します(Ref.Berestetskii):
F=12(mE)1e12ρργ(Q1+Q2)G=12(m+E)1e12ρργ(Q1Q2)
ここで各変数は以下のように定義されます:
γ:=κ2Z2α2λ:=m2E2ρ:=2λr
最初に述べたように本記事では束縛状態:E<mの解を求めることに注意してください。

Eq.(7)をQ1,Q2で書けば以下のようになります:
{ρ(Q1Q2)+(γ+κ)(Q1Q2)+ρQ2Zαm+EmE(Q1+Q2)=0ρ(Q1+Q2)+(γκ)(Q1+Q2)ρQ2+ZαmEm+E(Q1+Q2)=0
ここでプライムはρ微分のことです。

2式の和と差をとって
(8){ρQ1+(γZαEλ)Q1(κ+Zαmλ)Q2=0ρQ2+(γ+ZαEλρ)Q2+(κ+Zαmλ)Q1=0

を得ます。さらに微分をとることでQ1,Q2それぞれで閉じた式を導くことができ、以下のようになります:

動径波動関数の満たす方程式 2

(9){ρQ1+(2γ+1ρ)Q1(γZαEλ)Q1=0ρQ2+(2γ+1ρ)Q2(γ+1ZαEλ)Q2=0

この解は合流型超幾何関数F(α,β,z)で表せます(Appendix 2参照のこと):
Q1=AF(γZαEλ,2γ+1,ρ)(10)Q2=BF(γ+1ZαEλ,2γ+1,ρ)
これはEq.(9)の解のうち原点で発散しないものです。

ρが大きい場合の振る舞いを考えます。Appendix 2にあるように、Fの級数は一般には無限に続き、このとき解はρの大きいところでeρで振る舞います。するとF,Geρ/2で振る舞い、規格化できない解になってしまいます。これを避けるにはAppendix 2にあるようにF(α,β,z)αがゼロまたは負の整数になればよいです。もしも
(11)γZαEλ=nr,    nr=1,2,3
ならQ1,Q2共に級数は有限項で切れます。

さてnr=0はどうでしょうか。この場合γ+1ZαE/λ=1になってしまうのでQ2が無限に項をもち一見ダメです。しかし実はκ>0の場合はnr=0でもよいことが以下のようにしてわかります(※Berestetskiiではκ<0となっていますが、κの定義が異なることによります)。Eq.(8)にEq.(10)を代入しρ0の極限をとります。Q1(ρ0)=A, Q2(ρ0)=B(Appendix 2参照のこと)およびγ=ZαE/λより
(12)(κ+Zαmλ)B=0
でなくてはなりません。ところでγ=ZαE/λより
κ2=Z2α2m2m2E2   κ=±Zαmλ
です。ゆえにκ=Zαm/λ>0の場合Eq.(12)よりB=0となり、Q2=0であるから解として採用できます。一方κ=Zαm/λ<0の場合Eq.(12)は自明な式となり条件を与えませんが、Eq.(8)の下の式においてρ0をとると、A0ならB0であることがわかります。この場合はQ10,Q20なので不適当です。

最後にエネルギー準位を求めます。Eq.(11)をEについて解けば以下を得ます:

相対論的量子力学における水素様原子のエネルギー準位

E=m1+(Zα)2nr+κ2(Zα)2(13)=m1+(Zα)2nr+(j+1/2)2(Zα)2    (nr=0,1,2,3,,  j=1/2,3/2,5/2,)

いくつかコメントです:

  • Eは常にmより小さく、束縛状態であることがわかります。
  • Eq.(11)からE>0であり、負のエネルギーの束縛状態は存在しないことがわかります。
  • 最も低いエネルギーはnr=0,j=1/2のとき実現し、これをE0とすると
    E0=m1(Zα)2
    となります。Z>1/α137になると、ルートの中が負になり束縛状態が存在しません。Z=137の仮想的な原子「ウントリセプチウム」より大きなZの原子では電子の束縛状態が存在しないため、ウンセプトリチウムは理論的に最も大きな原子番号の原子と言われることもあります。またウントリセプチウムでは基底状態のエネルギーがゼロになり、束縛エネルギー(=mから測ったエネルギー)がmになることがわかります。
    ちなみに原子核の大きさを考慮するともっと大きなZの原子核でも存在できることが知られています(例えばRef.Reinhardtの"2. Theoretical description"の章参照( こちら から見られます))。

波動関数の規格化に関して述べませんでしたが、たとえばRef.Berestetskiiでは規格化因子を一般的な形で求めています。

非相対論的な水素原子との対応

Eq.(13)をZαが小さいとして展開すると
(14)Em12(Zα)2(nr+(j+1/2))2m
を得ます。ところで非相対論的な水素原子(Z=1)のエネルギー準位は
En(nonrela.)=12α2n2m
です。ここでnは主量子数と呼ばれ、動径波動関数の量子数nrと角運動量lによりn:=nr+l+1で表されます。Eq.(14)においてn=nr+(j+1/2)とすれば上の式と対応します(相対論では質量もエネルギーとして考慮するためEq.(14)第1項が存在します)。このnを用いてEq.(13)を書き直せば
E=m1+(Zα)2n(j+1/2)+(j+1/2)2(Zα)2    (n=1,2,3,  与えられたnに対し j=1/2,3/2,5/2,,n1/2)
のようになります。非相対論的な場合主量子数nのみでエネルギーを指定できますが、相対論的な場合はnだけでなくjも必要になります。(Zα)の展開だとO((Zα)4)において
E=m(Zα)22n2+12n4(34nj+1/2)(Zα)4
となり、エネルギー準位にn,j両方の依存性が現れます。

上の考察から、水素様原子のエネルギーに相対論的効果が重要になるのはZαが大きいときです。逆に言えば、水素原子を非相対論的に計算しても精度が良いのは、α1/137であり1より十分小さいことによります。

エネルギー準位とその縮退

最後にエネルギー準位とその縮退に関して見てみますHikasa

以下では主量子数n:=nr+j+1/2jを固定して考えます。このとき以下のような縮退が存在します:

  • jzの縮退...回転対称性の現れ
  • l=j1/2(χjjz(+))l=j+1/2(χjjz())の縮退。違うパリティの縮退。
    ただしnr=0のときだけ例外で、Eq.(12)の下のあたりで述べたようにこのときκ>0のみが許されます。κ=(j+1/2)>0は上成分のχjjz(+)に対応する解であるからj=l+1/2、ゆえに与えられたjに対しl=j1/2のみ許されます。
  • 非相対論ではn=nr+j+1/2のみでエネルギーが指定できます。ゆえに非相対論では与えられたnに対しj=1/2,3/2,,n1/2の計nコのjが縮退します。一方相対論的にはこの縮退が解けます。

エネルギーの低い方からn,j,nr,lの値とエネルギーの縮退の状況を表にすると以下のようになります:

nj(nr,l)記号: nLjjz (nr,l)の各々で縮退)
1j=1/2(0,0)1S1/21/2,1/2
2j=1/2(1,0),(1,1)2S1/2,2P1/21/2,1/2
j=3/2(0,1)2P3/23/2,1/2,1/2,3/2
3j=1/2(2,0),(2,1)3S1/2,3P1/21/2,1/2
j=3/2(1,1),(1,2)3P3/2,3D3/23/2,1/2,1/2,3/2
j=5/2(0,2)3D5/25/2,3/2,1/2,1/2,3/2,5/2
4

表の各行の状態は縮退します。非相対論では同じnに属するjの状態はすべて縮退します。表の「記号:nLj」は各状態を表す記号であり、その左のコラムの(nr,l)の各々に対応します。ここでLは角運動量を表す記号であり、l=0,1,2,3,に対してS,P,D,F,を対応させます。nr=n(j+1/2)によってnrの値が定まります。ちなみにjzの縮退も書きましたが、この縮退は当然なのでふつう書かないと思います。

まとめ

本記事では角運動量代数の表現に関する記事Mathlog_01Mathlog_02Mathlog_03Mathlog_04の応用として、相対論的な量子力学における水素様原子のシュレーディンガー方程式(=Dirac方程式)を解きました。波動関数の角度依存性は球面スピノルで表されます。動径波動関数は原点で有限の値をもつ合流型超幾何関数で表されますが、遠方の波動関数が指数的に減少する条件により動径方向の量子数が限定されます。系のエネルギーは非相対論の場合と異なり、主量子数だけでなく全角運動量j(軌道角運動量とスピンの和)にも依存します。微細構造定数αと原子番号Zの積Zαが小さい時、O((Zα)2)のオーダーで非相対論の場合のエネルギー準位に一致します。O((Zα)4)まで考慮するとエネルギーはnだけでなくjの依存性を持つようになります(Ref.Hikasa)。水素原子の場合Zαは小さいため、エネルギー準位のj依存性も非常に小さいです。αはこのような原子の微細な構造を司るため、「微細構造定数」と呼ばれます。

本記事で考慮されていない効果として、ひとつは量子電磁気学の影響があります。本記事では電磁場を静的な外場として扱いましたが、場の量子論では量子化されたphotonとして扱われます。そしてphotonが伝播する間に仮想的な電子・反電子の対生成・対消滅が起こります。この効果を取り込むことで現れる有名な現象がラムシフト(Lamb shift)です。これは2S1/22P1/2の間のエネルギー差として現れます。前章の表にあるようにこれらの状態はDirac方程式におけるエネルギー準位では縮退しています。さらに量子電磁気学では電子もその周りにphotonを纏い、その効果でも物理量の値が変化します。このような量子電磁気学の効果は非常に精密に観測されており、理論的予言と観測の一致が最も良い物理現象のひとつです。

もうひとつ、本記事では原子核は何の構造も持たない点粒子としましたが、本来原子核の磁気モーメントもエネルギー準位に影響しますHikasa。これは超微細構造と呼ばれます。さらに前記したように、Zが大きくなると原子核の大きさを考慮することも重要になります。この効果を取り入れることでZ=137の限界がなくなりますReinhardt

本記事は水素様原子の数学的な側面に焦点を当てて書いたため、物理的な観点に関してはあまり言及しませんでした。 この記事 noteでは原子番号の理論的な限界を題材にして、(相対論的な)量子力学における水素様原子の構造の物理的な描像などに関して述べています。興味あればご参照ください。

おしまい。

Appendix 1: [J^2,σjxj/r]=0の証明

表題の証明を行います。以下ローカルルールとして、微分演算子(一般にLeipnitz則を満たす演算子)にハットをつけます。そして演算子が対象に作用したあとはハットを取り除くことにします。たとえば演算子O^がLeipnitz則を満たし、対象f,gの積に作用する場合
O^fg=(Of)g+f(Og)
と書くことにします。時にO^fgのさらに右側にも作用する対象があるがそれを書かない場合があります(例えば演算子A,Bの交換関係[A,B]はその右側に作用する対象が存在します)。このような場合は
O^fg=(Of)g+f(Og)+fgO^
と書くことにします。

[J,σx/r]=0の証明

JL^+Sに分解して計算します。
[L^i,σxr]=i[ϵijkxj^k,σlxlr]=iϵijkxjσl[^k,xlr]=iϵijkxjσl{k(xlr)+(xlr)^k(xlr)^k}=iϵijkxjσlk(xlr)=iϵijkxjσl(1rδklxkxlr3)=i1rϵijkxjσk
一方
[Si,σxr]=12xjr[σi,σj]=i1rϵijkxjσk
よってJ=L^+Sσxrと可換です。

[J2,σx/r]=0の証明

まず演算子A,B,Cに対し
(A.1)[AB,C]=A[B,C]+[A,C]B
が成立することを指摘しておきます。
以下J2=(L^+S)2=L^2+S2+2L^Sの各項とσxrとの交換関係を見ていきます。

[Si2,σjxj/r]の計算

Eq.(A.1)より
[Si2,σjxjr]=si[Si,σjxjr]+[Si,σjxjr]Si
です。Si=σi/2を代入して
=σi2[σi2,σjxjr]+[σi2,σjxjr]σi2=σi2xjriϵijkσk+iϵijkσkxjrσi2=i2xjrϵijk(σiσk+σkσi)=i2xjrϵijk2δik(A.2)=0
を得ます。

[2L^iSi,σjxj/r]の計算

[2L^iSi,σxr]=2σiσj2L^i(xjr)2σjσi2xjrL^i(A.3)=σiσjLi(xjr)+(σiσjσjσi)xjrL^i
ここで
Li(xjr)=ϵimnxm(i)n(xjr)=ϵimnxm(i)(δnjrxnxjr3)=iϵimjxm1r
より
Eq.(A.3)=iϵimjxmrσiσj+2iϵijkσkxjrL^i
第1項はϵimjσiσj=12ϵijm[σi,σj]=iϵijmϵijkσk=2iσmとなるので
(A.4)=2xirσi+2iϵijkσkxjrL^i
を得ます。

[L^i2,σjxj/r]の計算

Eq.(A.1)より
[L^i2,σxr]=L^i[L^i,σjxjr]+[L^i,σjxjr]L^i
ここで
[L^i,σjxjr]=σjL^i(xjr)σjxjrL^i=σjLi(xjr)=iϵimjxmrσj
であるから
=L^i(iϵimjxmrσj)+(iϵimjxmrσj)L^i=Li(iϵimjxmrσj)+2(iϵimjxmrσj)L^i(A.5)=2xirσi+2(iϵimjxmrσj)L^i
を得ます。

[J^2,σjxj/r]の計算

Eq.(A.4)とEq.(A.5)を比べるとその和がゼロになることがわかるので、最終的に
[J2,σxr]=Eq.(A.2)+Eq.(A.4)+Eq.(A.5)=0
となり、これらは可換であることがわかります。

Appendix 2: 合流型超幾何関数

以下Ref.Nishimotoより。

次の方程式を合流型超幾何関数微分方程式といいます:
zd2udz+(βz)dudzαu=0
この方程式の解でz=0でゼロでない有限な値をとる基本解は以下のように与えられます:
F(α,β,z)=1+αβz+α(α+1)2!β(β+1)z2++α(α+1)(α+n1)n!β(β+1)(β+n1)zn++
ただしβ0,1,2,。 ここでαが正のとき、F(α,β,z)zでの振る舞いはezです。
一方αがゼロまたは負の整数である場合、Fは有限項で切れて
F(α,β,z)=1+αβz+α(α+1)2!β(β+1)z2++α(α+1)(2)(1)n!β(β+1)(βα2)(βα1)zα
となります。

参考文献

[5]
日笠 健一, ディラック方程式 相対論的量子力学と量子場理論, SGCライブラリー 105, サイエンス社, 2014
[6]
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西本 敏彦, 超幾何・合流型超幾何微分方程式, 共立出版, 1998, 100-103
投稿日:2024710
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  1. Dirac方程式を解く
  2. 波動関数の角度依存性の決定
  3. 動径の波動関数の決定
  4. 非相対論的な水素原子との対応
  5. エネルギー準位とその縮退
  6. まとめ
  7. Appendix 1: [J^2,σjxj/r]=0の証明
  8. [J,σx/r]=0の証明
  9. [J2,σx/r]=0の証明
  10. Appendix 2: 合流型超幾何関数
  11. 参考文献