Bridgeland安定性の論文のための勉強メモ第5回です:
第1回は こちら 。第2回は こちら 。第3回は こちら 。第4回は こちら 。
第1~3回の内容を仮定します(slicingと、区間から部分圏を作るところまで)。前回(第4回)は仮定しませんが、定義を繰り返すのは面倒なので、いくつか第4回に定義等を投げます。ただ t-structureのheartがアーベル圏になる という事実は用います。またやっぱり今回も完全圏の言葉遣いをある程度仮定することにしますが、知らない人向けに注釈を書くことにします。
前回と同じくBridgelandの論文4節を完全に自己流でやります。具体的には、三角圏のslicing $\PP$と区間$I \subseteq \R$から部分圏$\PP(I) \subseteq \TT$が作れましたが、この圏が$I$の長さ1未満ならばquasi-ablelianなこと[B, Lemma 4.3]の、簡単な証明(アーベル圏のtorsion classに帰着させる!)を行います。
前回は具体的に射を取って、quasi-abelianか判定するための分解を直接計算しました。今回はそれを避ける代わりに、アーベル圏のtorsion classとして実現されることを示し、そこから従わせます。
いつもと同様ですが、アーベル圏について最後を付け加えます。
考える部分圏は全てfullで有限直和と同型で閉じることを仮定する(直和因子で閉じることは課さない)。
加法圏$\TT$の部分圏$\XX$に対して、$\XX^\perp$や$^\perp \XX$で通常の$\Hom$直交部分圏を指す。また二つの部分圏$\XX,\YY$に対して、$\XX \perp \YY$で、$\TT(\XX,\YY) = 0$を表す。
三角圏$\TT$の対象の集まり$\XX$と$\YY$に対し(部分圏でなくてもよい)、
$$
X \to E \to Y \to X[1]
$$
というtriangleで$X \in \XX$と$Y \in \YY$を満たすようなものが存在するような$E$を全て集めたものを$\XX * \YY$と書く(この$*$演算は結合的)。
上のアーベル圏バージョンも同じ記号でかく。つまりアーベル圏$\TT$の対象の集まり$\XX$と$\YY$に対し(部分圏でなくてもよい)、
$$
0 \to X \to E \to Y \to 0
$$
という短完全列で$X \in \XX$と$Y \in \YY$を満たすようなものが存在するような$E$を全て集めたものを$\XX * \YY$と書く(この$*$演算は結合的)。
本記事での証明には、「アーベル圏のtorsion classがquasi-abelian完全圏である」ことを用います。そのため準備として一応知らない方向けにアーベル圏のtorsion pairの定義から初めます。
$\AA$をアーベル圏とし、その部分圏の組$(\XX,\YY)$が$\AA$のtorsion pairであるとは、次の二つを満たすときをいう:
このとき対象$A \in \AA$に対して、短完全列
$$
0 \to X \to A \to Y \to 0
$$
で$X \in \XX$、$Y \in \YY$となるものが取れるが、これは$A$を固定すると同型を除いて一意的なことがすぐに分かり、これをcanonical sequenceと呼ぶことにする。
また、torsion pairの左側として現れる部分圏をtorsion class、右側をtorsion-free classという。
三角圏の場合の定義と全く同じですね(というより三角圏の場合の定義をアーベル圏の類似で定めたというのが正しい。)
普通アーベル圏のtorsion pairは$(\TT,\FF)$と名前をつけられることが多いですが、$\TT$が三角圏とかぶるため、三角圏のtorsion pairと同様とりあえず$(\XX,\YY)$で書くことにします。もしかしたらそのうち三角圏の記号として$\DD$を使うかもしれません。
次がtorsion pairの基本性質です。
アーベル圏$\AA$のtorsion pair $(\XX,\YY)$に対して、次が成り立つ。
2と3は1から直ちに従う。また1は、$\XX \subseteq {}^\perp \YY$は明らかで、逆は$A \in {}^\perp \YY$を取ると、canonical sequence $0 \to X \to A \to Y \to 0$で$A \to Y$がゼロ射になることから$Y=0$より$A \cong X \in \XX$より従う。$\YY =\XX^\perp$も同様。
さてなぜわざわざアーベル圏のtorsion pairを導入したかというと、それがquasi-abelianな完全圏になるからです(というかアーベル圏のtorsion classがquasi-abelianの典型例で、逆に全てのquasi-abelianは必ずあるアーベル圏のtorsion classになるという埋め込み定理まで知られています)。
まずごめんなさい、quasi-abelianの定義やquasi-abelian完全圏の定義については 前回 の「Quasi-abelian完全圏」の節を見てください。便利な特徴づけのところだけ抜粋します。
完全圏$\EE$に対して次は同値である。
さて、アーベル圏のtorsion classがquasi-abelianなことがこれを用いて簡単に証明できます。
アーベル圏$\AA$のtorsion class $\XX$はquasi-abelianである。さらに、$\XX$は拡大で閉じるので自然な完全圏構造が入るが、この完全圏構造で$\XX$はquasi-abelian完全圏になる。
この命題自体の証明はもちろん完全圏を使わずに定義を直接確かめても証明できます(が完全圏使ったほうが見通しがよいです)。
先程の命題2(Quasi-abelian完全圏の特徴づけ)を用いる。$\AA$のtorsion pairを$(\XX,\YY)$とする(つまり$\YY:= \XX^\perp$とする)。任意に$\XX$の対象の間の射$f \colon A \to B$を取る。二種類の分解を取りたいが上と下で構成が違うことに注意。
まず簡単な下の分解について。普通に$f$の像を考え、像への分解を$A \xrightarrow{p_2} \image f \xrightarrow{i_2} B$とする。これが求める分解である。実際$p_2$は$\AA$で全射なのでもちろん$\XX$でエピ、また$\XX$は商で閉じることから単射$i_2$は$\XX$のinflationなことがチェックできる。
上の分解について。普通に考えると$f$の像を$C_1$としたいが、それだと$A \surj C_1$が$\XX$のdeflationとは限らない!(なぜなら$\XX$は部分対象で閉じないので$\ker f \in \XX$と限らないから)。よって無理やり$\ker f$を$\XX$に入るようにしてやればいい!
具体的にやろう。まずアーベル圏$\AA$の中で普通に$f$を像に分解し$A \surj \image f \inj B$とし、さらに$\ker f$のtorsion pair $(\XX,\YY)$についてのcanonical sequenceを作ることで下の図式が得られる:
\begin{CD}
@. 0 @. 0 \\
@. @VVV @VVV \\
@. X @= X\\
@.@VVV @VVV\\
0 @>>> \ker f @>>> A @>>> \image f @>>> 0 \\
@. @VVV @V{p_1}VV @| \\
0 @>>> Y @>>> E @>{\varphi}>> \image f @>>> 0 \\
@. @VVV @VVV \\
@. 0 @. 0
\end{CD}
つまり$A \surj \image f$が$A \xrightarrow{p_1} E \xrightarrow{\varphi} \image f$に分解された。ここで主張は$p_1 \colon A \to E$と$i_1 \colon E \xrightarrow{\varphi} \image f \inj B$が求める分解ということである。まず$\XX$が商で閉じるので$E \in \XX$に留意。次に上の図式の真ん中の縦は$\XX$でconflationなので$p_1$は$\XX$のdeflationである。最後に、$i_1$が$\XX$でモノ射かだが、一番下の短完全列に$\AA(\XX,-)$すると、
$$
0=\AA(\XX,Y) \to \AA(\XX,E) \to \AA(\XX,\image f) \inj \AA(\XX,B)
$$
となり$\XX \perp \YY$より一番左がゼロ。よって$i_1$が誘導する$\AA(\XX,E) \to \AA(\XX,B)$は単射、つまり$i_1$は$\XX$でモノ射である。
準備が長くなりましたが、本題に戻りましょう。まず三角圏のslicingが与えられると、そこから$t$-structureができたことを思い出しましょう:
三角圏$\TT$のslicing $\PP$を考える。このとき各実数$\phi \in \R$について、次は$t$-structureになる:
証明は 前々回 の命題1を参照。これと、 t-structureのheartがアーベル圏になる ことを組合せて次が得られます。ここで記号が醜いので、例えば$\PP((a,b])$のことを単に$\PP(a,b]$と書くことにします。
三角圏$\TT$のslicing $\PP$を考える。このとき各実数$\phi \in \R$に対して、次は$\TT$の拡大で閉じた完全アーベル部分圏である:
完全アーベル部分圏の定義は t-structureのheartがアーベル圏になる 記事を参照(完全圏を知らない人は「完全」は無視してよい)。証明は$t$-structureのheartなので従うが、等号の成立は 前々回 の命題3による。
さて話が見えてきたでしょうか。長さがちょうど1未満(?)のときにアーベル圏ができるので、例えば長さ1未満の区間$(a,b]$は、$(a,a+1]$や$(b-1,b]$というアーベル圏の部分圏に相当し、これが実際アーベル圏のtorsion(-free) classになっている、という戦略です。
それを正確に述べたものが次です。
三角圏$\TT$のslicing $\PP$を固定すると、次が成り立つ:
全て同様なので1だけ示す。まず$\PP(a,b]$と$\PP(b-1,a]$はともに$\TT$の拡大で閉じた完全アーベル部分圏$\PP(b-1,b]$の部分圏なことに注意。
これは、もとの三角圏で「大から小へのHomは消える」ことから従う。
ここは明らかそうだが少し$*$の意味について注意が必要である。まず三角圏の$*$に関して$\PP(b-1,b] = \PP(a,b] * \PP(b-1,a]$が成り立つことは、左辺から取ると、そのHN filtrationをa以下とaより大きいところに分けて分かる(右辺が左辺に入ることは、左辺が拡大で閉じることから従う)。
よって任意に$A \in \PP(b-1,b]$を取ると、三角
$$
X \to A \to Y \to X[1]
$$
で$X \in \PP(a,b]$と$Y \in \PP(b-1,a]$が成り立つものが取れる。
次に、$t$-structureのheartである$\PP(b-1,b]$は完全アーベル部分圏だったことから、上の列はアーベル圏$\PP(b-1,b]$の短完全列
$$
0 \to X \to A \to Y \to 0
$$
を与える!(完全アーベル圏を知らない人は、$\PP(b-1,b]$の対象への・からのHomで長完全列を伸ばせば、上の$X \to A \to Y$が$\PP(b-1,b]$での核・余核対を与えていることから、この短完全列が分かる)。よってアーベル圏の$*$に関してきちんと$\PP(b-1,b] = \PP(a,b] * \PP(b-1,a]$が成り立っている。
上のtorsion pairになることの証明は、もっと一般的に、「$t$-structure $(\UU,\VV)$と、別の$t$-structure $(\UU',\VV')$で$\UU[1] \subseteq \UU' \subseteq \UU$を満たすものが与えられると、もとのheart $\UU \cap \VV$のアーベル圏としてのtorsion pair $(\UU' \cap \VV, \UU \cap \VV'[-1])$が構成できる」、という形に一般化できるはず(HRS tiltの逆)。これについてはそのうち記事を書くかもしれない。
三角圏$\TT$のslicing $\PP$と、長さ1未満の区間$I$について、次が成り立つ。
1について。アーベル圏のtorsion classはquasi-abelianだったことから補題6により従う。
2について。一般に、三角圏$\TT$の拡大で閉じた完全部分圏$\EE$をとり、$\EE$の拡大で閉じた部分圏$\EE'$を考えると、$\EE'$は$\TT$の拡大で閉じた完全部分圏となっていることがすぐ確認できる。またその完全部分圏としての完全構造は、$\EE ' \subseteq \EE$で誘導される自然な完全圏構造と一致していることもすぐ分かる。
これを適応すると、$\PP(I)$はある$\TT$の$t$-structureのheartのtorsion classであり、$t$-structureのheartは拡大で閉じた完全部分圏であった。よって$\PP(I)$は$\TT$の拡大で閉じた完全部分圏であり、その完全圏構造は単純に「アーベル圏のtorsion classに自然な完全圏構造を入れたもの」と一致している。しかし命題3よりそれはquasi-abelianな完全圏構造だったので、証明終わり。
次回以降は、多分stability conditionの話になっていくと思います。またシリーズから外れて、上で述べた「heartのtorsion pairと、intermediate $t$-structureとの対応(HRS tiltとその逆)」を書くかもしれません。