この記事ではラマヌジャンの円周率公式
を形作っている理論の概要について解説していきます。
私はこれまでにもこの公式に関して多くの記事を書いており、
Borwein (1987)による証明
についてもまとめたことがあります。しかしそれらの記事の説明が難しくて読めないと言われたことがあったり、その後にラマヌジャン・佐藤級数という一般論に触れて初めて判明したことも多くあり、もう一回ラマヌジャンの円周率公式のお気持ちをまとめ直す必要があると思いこの記事を書くに至りました。
稀代の数学者ラマヌジャンが残した数式の一つである
はその見た目のインパクトもさることながら、驚くべきはその収束の速さにあります。例えば
と円周率
と小数第15位、23位まで一致します。実際スターリングの公式
を使うと
と評価できるので項数を一つ増やすごとに約8桁ずつ精度が上がっていくことがわかります。
Ramanujanの円周率公式はその収束速度の速さから一時期はコンピューターによる円周率の計算においてよく利用され、Gosper (1985)により最大で約1700万桁まで計算されましたが、後により収束の速いChudnovskyの公式
が発見されてからはこの公式に取って代わることとなりました。ちなみにこの公式は一項ごとに約14桁ずつ精度が上がっていきます。
例のアレ
なおラマヌジャンの円周率公式は「例の如く女神が教えてくれたんだろう?」と思われがちだと思いますが、流石のラマヌジャンも全くの
ではラマヌジャンの円周率公式
を解剖していくこととしましょう。
まずこのままの形では扱いづらいのでポッホハマー記号
というものを用いてこれを変形しておきましょう。
ラマヌジャンは上の公式の他にも
という形の円周率公式を編み出していました。これらはポッホハマー記号を用いて次のように変形できます。
このポッホハマー記号による表示は以下のようにして示せます。
から
と表せることに注意するとわかる。
ちなみに階乗による表記は分かりやすさのためか後世の人々が勝手に変形したものであり、ラマヌジャン自身は元より
にように書いていました(
こうして現れた級数
には非常に重要な理論が数多く潜んでいます。一般に
のように定義される関数のことを超幾何関数と言います。
まず重要になってくるのは超幾何関数の変換、ないしは微分方程式の変換の理論にあります。
超幾何関数は超幾何微分方程式と言う“たいへん質のいい”微分方程式を満たすことが知られています。例えば
という微分方程式を満たします。このような微分方程式は適当な変換を施しても再び“たいへん質のいい”微分方程式を満たすことが知られており、それにより例えば次のような変換公式が得られることになります。
これを用いると件の級数は
と変形できます。
ここで重要なのは
次に重要になってくるのは微分方程式とモジュラー形式の理論にあります。
モジュラー形式とは二次正方行列からなる(乗法について群をなす)ある集合
という対称性を持つ関数のことを言います。この
実は“たいへん質のいい”微分方程式
の中でも特に優れた性質を持つものに対して、そのある線形独立な解
とおくと、
このことは微分方程式のモノドロミー群というものによって記述することができます。
微分方程式の解がなす
いま
は
のように変換されるので、
また
となり、この分母に現れる式はロンスキアンと言い、微分方程式の係数を用いて
のように求められることが知られています。つまり
が成り立ちます。
それらの最たる例として次のような公式があります。
テータ関数
(ただし
と定められる関数をモジュラー
超幾何微分方程式
の基本解として
および
とおくと
が成り立つ。
見てください。これがどれだけヤバいこと言っているかわかります?めちゃめちゃ非自明でしょ?
実のところ、この公式こそがラマヌジャン系の円周率公式の本質であると言っても過言ではないと私は思っています。
上と同様にすることで
なるモジュラー形式
の例に帰着させることができます。
上でも触れたように超幾何微分方程式には豊富な変換公式が眠っており、例えば
といったものがあります。これを用いると次の変換公式が得られます。
明示的には書きませんが、なにはともあれこれにより
なるモジュラー形式
という微分方程式を満たすので、そのロンスキアンから
が成り立つことに注意しましょう。
さて上では
なる関係を持つモジュラー形式
という形の円周率公式を構成することができます。
簡単のため以下
と書き換えておきます。
ここで次のような関数を考えましょう
すると以下の公式が得られます。
であったことに注意すると
を得る。
そしてこれこそが我々の求めていた円周率公式となります。
ってオイオイオイ!
円周率公式を構成するために必要なピースは残り
ここでモジュラー関数という概念の強みが効いてきます。モジュラー関数はある集合
を持っていましたが、
ある多項式
この方程式
いま
を解くことで
また
とおいたとき、モジュラー方程式を微分したりなんだりすることで
は
といった対称性に注意して
の値が代数的数として求まることがわかるわけです。
まあそんなこんなで
という円周率公式が得られることとなります。
特にラマヌジャン型のものは
と言った形の円周率公式が得られることとなります。
実際ラマヌジャンの円周率公式は
という値が現れ、また別途
が得られることとなります。
ちなみにChudnovskyの公式
も全く同様の議論で導出することができ、その係数は
という関係によって求まるものとなっています。
以上がラマヌジャンの円周率公式、あるいはラマヌジャン・佐藤級数を構成する理論の概説となります。
個人的に重要だと思った点をまとめたつもりですが、やはり高度な理論が数多く関わっているだけに中々簡潔にまとめられないものですね。またこれまで似たような話を何度も書いてきたこともあって端々の議論が雑になっている気もしますが、こんな記事でも何かの役に立っていれば幸いです。
ちなみにラマヌジャンの円周率公式にはこの記事で紹介したことの他にも楕円積分や虚二次体などの興味深い理論がまだまだ数多く関わっているので、より詳しい話に興味があれば私の記事一覧の円周率公式編に分類されている記事などを読んでみてはいかがでしょうか。
とりあえず今回の記事はこんなところで。では。