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ラマヌジャンの円周率公式を解剖する

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はじめに

 この記事ではラマヌジャンの円周率公式
1π=22992n=0(4n)!(n!)426390n+11033964n
を形作っている理論の概要について解説していきます。
 私はこれまでにもこの公式に関して多くの記事を書いており、 Borwein (1987)による証明 についてもまとめたことがあります。しかしそれらの記事の説明が難しくて読めないと言われたことがあったり、その後にラマヌジャン・佐藤級数という一般論に触れて初めて判明したことも多くあり、もう一回ラマヌジャンの円周率公式のお気持ちをまとめ直す必要があると思いこの記事を書くに至りました。

ラマヌジャンの円周率公式とは

 稀代の数学者ラマヌジャンが残した数式の一つである
1π=22992n=0(4n)!(n!)426390n+11033964n
はその見た目のインパクトもさることながら、驚くべきはその収束の速さにあります。例えばn=0だけでも
(229921103)1=980124412=3.14159273
と円周率π=3.141592653の小数第6位まで一致しますし、n=1,2まで計算すると
(22992(1103+24274933964))1=3.141592653589793877998905826(22992(1103+24274933964+8!24538833968))1=3.141592653589793238462649065π=3.141592653589793238462643383
と小数第15位、23位まで一致します。実際スターリングの公式
n!2πn(ne)n
を使うと
(4n)!(n!)412π3n344n,44n3964n=1994n1108n
と評価できるので項数を一つ増やすごとに約8桁ずつ精度が上がっていくことがわかります。
 Ramanujanの円周率公式はその収束速度の速さから一時期はコンピューターによる円周率の計算においてよく利用され、Gosper (1985)により最大で約1700万桁まで計算されましたが、後により収束の速いChudnovskyの公式
1π=12n=0(1)n(6n)!(3n)!(n!)3545140134n+135914096403203n+32
が発見されてからはこの公式に取って代わることとなりました。ちなみにこの公式は一項ごとに約14桁ずつ精度が上がっていきます。
(6n)!(3n)!(n!)316403203n123n6403203n=1533603n1(1.5×1014)n

例のアレ 例のアレ

 なおラマヌジャンの円周率公式は「例の如く女神が教えてくれたんだろう?」と思われがちだと思いますが、流石のラマヌジャンも全くの0からこのような公式を思い付いたのではないのだということを この記事 で考察したことがあります。よければこちらも読んでみてください。

階乗から超幾何へ

 ではラマヌジャンの円周率公式
1π=22992n=0(4n)!(n!)426390n+11033964n
を解剖していくこととしましょう。
 まずこのままの形では扱いづらいのでポッホハマー記号
(x)n=x(x+1)(x+n1)
というものを用いてこれを変形しておきましょう。
 ラマヌジャンは上の公式の他にも
1π=n=0((2n)!)3(n!)6An+BCn1π=n=0(2n)!(3n)!(n!)5An+BCn1π=n=0(4n)!(n!)4An+BCn1π=n=0(6n)!(3n)!(n!)3An+BCn
という形の円周率公式を編み出していました。これらはポッホハマー記号を用いて次のように変形できます。
1π=n=0(12)n(1s)n(11s)n(1)n3An+BCn(s=2,3,4,6)
このポッホハマー記号による表示は以下のようにして示せます。

(1m)n(2m)n(mm)n=(1m2mmm)(m+1mm+2m2mm)=(mn)!mmn
から
(1)n=n!(12)n=(12)n(22)n(1)n=(2n)!22nn!(13)n(23)n=(13)n(23)n(33)n(1)n=(3n)!33nn!(12)n(14)n(34)n=(14)n(24)n(34)n(44)n(1)n=(4n)!44nn!(12)n(16)n(56)n=(16)n(26)n(36)n(46)n(56)n(66)n(13)n(23)n(33)n=(6n)!123n(3n)!
と表せることに注意するとわかる。

 ちなみに階乗による表記は分かりやすさのためか後世の人々が勝手に変形したものであり、ラマヌジャン自身は元より
12π2=1103992+27493996121342+538839910132413574282+
にように書いていました(396=499に注意する)。

Clausenの公式

 こうして現れた級数
n=0(12)n(1s)n(11s)n(1)n3zn
には非常に重要な理論が数多く潜んでいます。一般に
2F1(a,bc;z)=n=0(a)n(b)n(c)n(1)nzn3F2(a,b,cd,e;z)=n=0(a)n(b)n(c)n(d)n(e)n(1)nzn
のように定義される関数のことを超幾何関数と言います。
 まず重要になってくるのは超幾何関数の変換、ないしは微分方程式の変換の理論にあります。
 超幾何関数は超幾何微分方程式と言う“たいへん質のいい”微分方程式を満たすことが知られています。例えばF=2F1
z(1z)d2Fdz2+(c(a+b+1)z)dFdzabF=0
という微分方程式を満たします。このような微分方程式は適当な変換を施しても再び“たいへん質のいい”微分方程式を満たすことが知られており、それにより例えば次のような変換公式が得られることになります。

Clausenの公式

2F1(a,ba+b+12;z)2=3F2(2a,2b,a+b2a+2b,a+b+12;z)

 これを用いると件の級数は
=n=0(12)n(1s)n(11s)n(1)n3(4z(1z))n=3F2(12,1s,11s1,1;z)=2F1(12s,12(11s)1;z)2
と変形できます。
 ここで重要なのは3F2が満たす微分方程式は三階であるのに対し2F1の満たす微分方程式は二階と階数が下がっていることにあります。

超幾何関数とモジュラー形式

 次に重要になってくるのは微分方程式とモジュラー形式の理論にあります。
 モジュラー形式とは二次正方行列からなる(乗法について群をなす)ある集合Γに対して
f(aτ+bcτ+d)=(cτ+d)kf(τ)((abcd)Γ)
という対称性を持つ関数のことを言います。このkfの重さと言い、特に重さ0のモジュラー形式のことをモジュラー関数と言います。
 実は“たいへん質のいい”微分方程式
d2udz2+p(z)dudz+q(z)u=0
の中でも特に優れた性質を持つものに対して、そのある線形独立な解u=u0,u1を取り
τ=u1(z)u0(z)
とおくと、z=z(τ),u0=u0(z(τ))はそれぞれτについてのモジュラー関数、重さ1のモジュラー形式となることが知られています。

小難しい説明

 このことは微分方程式のモノドロミー群というものによって記述することができます。
 微分方程式の解がなすC-線形空間をVとおきます。このときモノドロミー表現とは「C内の閉曲線」に対し「Vの元をそれに沿って解析接続する写像」を対応させる写像のことを言い、モノドロミー群とはその像として定まるVの線形自己同型からなる群Gのことを言います。
 いま
τ=u1(z)u0(z)
gGの作用によって
gτ=au1+bu0cu1+du0=aτ+bcτ+d
のように変換されるので、τ=τ(z)の逆関数として定まる関数z=z(τ)はこの変換に対する対称性を持つことがわかるわけです。細かいことに関してはこちらの記事などを参照してください。

 またz=z(τ)τについて微分すると
dzdτ=u02u0u1u0u1
となり、この分母に現れる式はロンスキアンと言い、微分方程式の係数を用いて
u0u1u0u1=exp(p(z)dz)
のように求められることが知られています。つまり
dzdτ=u02exp(p(z)dz)
が成り立ちます。
 それらの最たる例として次のような公式があります。

モジュラーλ関数

 テータ関数
θ2(τ)=n=q(n+12)2,θ3(τ)=n=qn2,θ4(τ)=n=(1)nqn2
(ただしq=eπiτとおいた)を用いて
λ(τ)=θ2(τ)4θ3(τ)4
と定められる関数をモジュラーλ関数と言う。

 超幾何微分方程式
z(1z)d2udz2+(12z)dudz14u=0
の基本解として
F(z)=2F1(12,121;z)
およびF(1z)を取り
τ=iF(1z)F(z)
とおくと
z=λ(τ)F(z)=θ3(τ)21πidλdτ=λ(1λ)θ3(τ)4
が成り立つ。

 見てください。これがどれだけヤバいこと言っているかわかります?めちゃめちゃ非自明でしょ?
 実のところ、この公式こそがラマヌジャン系の円周率公式の本質であると言っても過言ではないと私は思っています。

超幾何関数の変換公式

 上と同様にすることで
F(τ)=2F1(12s,12(11s)1;z(τ))
なるモジュラー形式F(τ),z(τ)を構成することも可能ではありますが、実は超幾何関数の変換公式を用いることでこれらは
θ3(τ)2=2F1(12,121;λ(τ))
の例に帰着させることができます。
 上でも触れたように超幾何微分方程式には豊富な変換公式が眠っており、例えば
2F1(a,ba+b+12;z)=2F1(a2,b2a+b+12;4z(1z))2F1(4a,2a+142a+34;z)=(1+z)4a2F1(a,a+142a+34;16z(1z)2(1+z)4)2F1(6a,2a+134a+23;z)=(1z+z2)3a2F1(a,a+132a+56;27z2(1z)24(z2z+1)3)2F1(4a,4a+132a+56;z)=(1+8z)3a2F1(a,a+132a+56;64z(1z)3(1+8z)3)
といったものがあります。これを用いると次の変換公式が得られます。

2F1(12,121;z)=2F1(14,141;4z(1z))=11+z2F1(18,381;16z(1z)2(1+z)4)=11z+z242F1(112,5121;27z2(1z)24(z2z+1)3)2F1(112,5121;64z(1z)3(1+8z)3)=1+8z4 2F1(16,261;4z(1z))

 明示的には書きませんが、なにはともあれこれによりs=2,3,4,6に対して
F(τ)=2F1(12s,12(11s)1;z(τ))
なるモジュラー形式F(τ),z(τ)が構成できたことになります。ここでこれらは
z(1z)d2Fdz2+(132z)dFdz14s(11s)F=0
という微分方程式を満たすので、そのロンスキアンから
1πidzdτ=z1zF2
が成り立つことに注意しましょう。

Chan-Chan-Liuの公式

 さて上では
Z(τ)=n=0AnX(τ)n1πidXdτ=UXZ(U=U(X))
なる関係を持つモジュラー形式Z(τ),X(τ)を構成してきましたが、実はこれだけの情報で
1π=n=0An(an+b)Xn
という形の円周率公式を構成することができます。
 簡単のため以下q=eπiτとおき
1πiddτ=qddq
と書き換えておきます。
 ここで次のような関数を考えましょう
S(τ)=1Z(τ)(qddqlogZ1πIm(τ))
すると以下の公式が得られます。

1πIm(τ)=n=0An(UnS)Xn

qdXdq=UXZ
であったことに注意すると
1πIm(τ)=qddqlogZSZ=1ZqdXdqn=0AnnXn1Sn=0AnXn=n=0An(UnS)Xn
を得る。

 そしてこれこそが我々の求めていた円周率公式となります。
 ってオイオイオイ!S(τ)の定義に1πが入っとるやないかい!どうなっとんねん!こんなんが円周率公式と言えるわけあるか!と思うかもしれません。しかし、それでいてS(τ)は超越的にならないという事実こそが円周率公式を円周率公式たらしめる要因となっています。

モジュラー方程式

 円周率公式を構成するために必要なピースは残りX(τ),S(τ)の特殊値を求めることだけとなりました(U=U(X)Xの値から勝手に求まることに注意しましょう)。
 ここでモジュラー関数という概念の強みが効いてきます。モジュラー関数はある集合Γに属する変換に対する対称性
X(aτ+bcτ+d)=X(τ)
を持っていましたが、Γに属していない変換に対しても次のような関係を持つことが知られています。

 ある多項式F(X,Y),FN(X,Y)が存在してF(X(τ),X(1/τ))=0およびFN(X(τ),X(τ/N))=0が成り立つ。

 この方程式FN(X,Y)=0のことをモジュラー方程式と言います。
 いまFFNを整数係数とできる場合1/τ=τ/N、つまりτ=Nにおいて方程式
F(X,Y)=FN(X,Y)=0
を解くことでX=X(N)が代数的数として求まることがわかります。
 また
E(τ)=qddqlogZ
とおいたとき、モジュラー方程式を微分したりなんだりすることで
RN(τ)=NE(τ)E(τ/N)Z(τ)Z(τ/N)
X(τ),X(τ/N)についての代数関数として表せることがわかり、Z,Eの持つ
Z(1τ)=±τ2Z(τ),E(1τ)=τ2(E(τ)+2πiτ)
といった対称性に注意してτ=Nとすることで
S(N)=1Z(N)(E(N)1πN)
の値が代数的数として求まることがわかるわけです。

ラマヌジャンの円周率公式

 まあそんなこんなでXSの特殊値を求めることで
1πIm(τ)=n=0An(UnS)Xn
という円周率公式が得られることとなります。
 特にラマヌジャン型のものはU=1Xが成り立っていたので
1πIm(τ)=11Cn=0(12)n(1s)n(11s)n(1)n3n+λCn
と言った形の円周率公式が得られることとなります。
 実際ラマヌジャンの円周率公式はτ=58,C=994の場合なので
58(11994)=2299226390
という値が現れ、また別途λ=1103/26390と求まることから
1π=22992n=0(12)n(14)n(34)n(1)n326390n+1103994n
が得られることとなります。26390という数字がこのようにして得られるというのは面白い事実ではないでしょうか。
 ちなみにChudnovskyの公式
1π=12n=0(1)n(6n)!(3n)!(n!)3545140134n+135914096403203n+32
も全く同様の議論で導出することができ、その係数は
163(6403203+123)=12545140134
という関係によって求まるものとなっています。

おわりに

 以上がラマヌジャンの円周率公式、あるいはラマヌジャン・佐藤級数を構成する理論の概説となります。
 個人的に重要だと思った点をまとめたつもりですが、やはり高度な理論が数多く関わっているだけに中々簡潔にまとめられないものですね。またこれまで似たような話を何度も書いてきたこともあって端々の議論が雑になっている気もしますが、こんな記事でも何かの役に立っていれば幸いです。
 ちなみにラマヌジャンの円周率公式にはこの記事で紹介したことの他にも楕円積分や虚二次体などの興味深い理論がまだまだ数多く関わっているので、より詳しい話に興味があれば私の記事一覧の円周率公式編に分類されている記事などを読んでみてはいかがでしょうか。
 とりあえず今回の記事はこんなところで。では。

投稿日:20231231
更新日:20231231
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投稿者

子葉
子葉
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主に複素解析、代数学、数論を学んでおります。 私の経験上、その証明が簡単に探しても見つからない、英語の文献を漁らないと載ってない、なんて定理の解説を主にやっていきます。 同じ経験をしている人の助けになれば。最近は自分用のノートになっている節があります。

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  1. はじめに
  2. ラマヌジャンの円周率公式とは
  3. 階乗から超幾何へ
  4. Clausenの公式
  5. 超幾何関数とモジュラー形式
  6. 超幾何関数の変換公式
  7. Chan-Chan-Liuの公式
  8. モジュラー方程式
  9. ラマヌジャンの円周率公式
  10. おわりに