ABJ anomalyの計算:経路積分における藤川の方法 [1] では、U(1)の電磁場がフェルミオンと結合している系においてABJ anomalyの計算を行いました。本記事ではこれを非可換ゲージ理論(以下これをYang-Mills(YM)理論と呼びます)に拡張します。計算自体はほぼU(1)の場合と変わりません。そして以下に見るように、Dirac演算子の右手ゼロモードと左手ゼロモードの差が、ゲージ場のトポロジカル不変量で書けることがわかります。粒子の右手・左手とは、$\gamma_5$の固有状態のことあり、その固有値がプラスのものが右手(right handed, RH)、マイナスのものが左手(left handed, LH)です。
このように、楕円型微分作用素の解析的な指標が、幾何学的な位相的指標(トポロジカルな不変量)と結びつくのは、Atiyah-Singer及びAtiyah-Patodi-Singerの指数定理の現れです。
非可換ゲージ理論(YM理論)に関しては以前記事を書きました:
ゲージ対称性とは何か(8):Yang-Mills理論とDiracの方法
Mathlog3
基本事項に関しては、この記事の「基本的なこと」をご参照ください。
本記事ではEuclid計量の空間を考え、かつフェルミオン$\psi$を含む作用を扱います。これに必要な事項を以下に記しておきます。本記事ではFujikawa2001のnotationを採用しています。
本記事で扱うEuclid空間の経路積分は以下で定義される:
\begin{align}
&\int {\cal D}\bar\psi {\cal D}\psi [{\cal D}A_\mu]\exp
\left[
\int \bar\psi(i \not{D}-m)\psi d^4x+S_{\rm YM}
\right],\\
&S_{\rm YM}:=-\frac{1}{4}\int d^4xF_{\mu\nu}^aF^a{}^{\mu\nu}
=-\frac{1}{2}\int d^4x\ {\rm tr}(F_{\mu\nu}F^{\mu\nu}) \tag{1}
\end{align}
ここで
\begin{align}
\begin{cases}
\not D:=\gamma^\mu D_\mu, \ \ D_\mu:=\partial_\mu -igA_\mu^a T^a,\\
\displaystyle F_{\mu\nu}:=\frac{i}{g}[D_\mu,D_\nu]
=\partial_\mu A^a_\nu-\partial_\nu A^a_\mu+gf^{abc}A_\mu^b A_\nu^c
=:F_{\mu\nu}^aT^a
\end{cases}
\end{align}
である。フェルミオン$\psi$はゲージ群SU(N)の基本表現。$\psi^{i\alpha}$のようにSU(N)の基本表現のインデックス$i\ (1\le i\le N)$とspinorのインデックス$\alpha$をもつ。$T^a$はSU(N)の生成子: $[T^a,T^b]=if^{abc}T^c$($f^{abc}$:群の構造定数)。$A^a_\mu \ (1\le a\le N^2-1)$はゲージ場であり、群の随伴表現。$\not D$は共変微分であり、Fujikawa2001のnotationではエルミートである。
本記事における$\gamma$行列の定義に関しては、Mathlog1の「Appendix 1: Euclid空間での$\gamma$行列」をご参照ください。また、Eq.(1)には本来ゲージ固定項が存在しますMathlog2が、本記事の議論では必要ないので省いています。
$\psi$と$A_\mu:=A_\mu^aT^a$のゲージ変換性は以下:
\begin{align}
\psi\to U\psi,\ \ \
A_\mu\to A'=U\partial _\mu U^{-1}+\frac{1}{ig}UA_\mu U^{-1}
\end{align}
ここで
\begin{align}
U:=\exp(i\theta^a(x)T^a), \ \ \ U^{-1}=U^\dagger
\end{align}
である。$\theta^a(x)$は時空に依存する任意関数。
$\bar\psi(i\not D-m)\psi$と$\frac{1}{4}F_{\mu\nu}^aF^{a\mu\nu}=\frac{1}{2}{\rm tr}(F_{\mu\nu} F^{\mu\nu})$はゲージ変換に対し不変なので、上記Lagrangianもゲージ不変です。
局所的なカイラル変換に関し、Eq.(1)の経路積分のヤコビアンを計算します。
局所的な無限小カイラル変換
\begin{align}
\psi\to \psi'(x)=e^{i\alpha(x)\gamma_5}\psi(x)=\psi(x)+i\alpha(x)\gamma_5\psi(x),\\
\bar\psi\to \bar\psi'(x)=\bar\psi(x)e^{i\alpha(x)\gamma_5}=\bar\psi(x)+\bar\psi(x)i\alpha(x)\gamma_5
\end{align}
に対し、YM理論の経路積分のヤコビアンは以下で与えられる:
\begin{align}
J=\exp\left[
-2i\sum_{n=1}\int d^4x\alpha(x)
\varphi_n^\dagger(x)\gamma_5\varphi_n(x)
\right]
\end{align}
ここで$\varphi_n$はDirac演算子$\not D$の固有関数であり、$\not D\varphi_n=\lambda_n\varphi_n$($\lambda_n$:固有値)を満たす。
これはMathlog1の「公式1 局所的なカイラル変換に関するヤコビアン1」の証明と同じなので省略する。${}_\blacksquare$
次に$J$を正則化し計算します。
以下の関係式が成立する:
\begin{align}
\lim_{M\to \infty}\sum_{n=1}^\infty
\int d^4x \ \alpha(x)\varphi^\dagger_n(x)\gamma_5 f(\lambda_n^2/M^2)\varphi_n(x)
=
\int d^4x \ \alpha(x)\frac{g^2}{32\pi^2}{\rm tr}\ \epsilon^{\mu\nu\alpha\beta}
F_{\mu\nu}F_{\alpha\beta}\tag{2}
\end{align}
$f$は$f(0)=1,\ f(\infty)=0,\ \lim_{x\to 0}xf'(x)=\lim_{x\to \infty}xf'(x)=0$を満たす十分に早く減少する関数。
これもMathlog1における「公式2」のYM理論バージョンの式であり、導出は殆ど同じです。
\begin{align}
\lim_{M\to \infty}\sum_{n=1}^\infty
\int d^4x \ \alpha(x)\varphi^\dagger_n(x)\gamma_5 f(\lambda_n^2/M^2)\varphi_n(x)
&=\lim_{M\to \infty}
\sum_{n=1}^\infty
\int d^4x\ \alpha(x)\varphi^\dagger_n(x)
\gamma_5f(\not D^2/M^2)\varphi_n(x)\\
&=:{\rm Tr}\alpha(x)\gamma_5f(\not D^2/M^2)
\end{align}
ここで${\rm Tr}$は時空の積分、Diracのトレースと共にゲージ群に関してもトレースをとっていることに注意。以降${\rm tr}$は${\rm Tr}$から時空の積分を除いたものとする。この式は正則化されているので、Mathlog1と同様平面波で展開して計算してよい。これを実行すると以下のようになる:
\begin{align}
{\rm tr}\ \alpha(x)\gamma_5f(\not D^2/M^2)
=\lim_{M\to \infty}
{\rm tr}M^4
\int \frac{d^4k}{(2\pi)^4}
\gamma_5
f\{(ik_\mu +D_\mu/M)^2-\frac{ig}{4}
[\gamma^\mu,\gamma^\nu]F_{\mu\nu}/M^2\}
\end{align}
U(1)ゲージ理論の場合の対応する式の証明はMathlog1のAppendix 2に示してある。証明を追えばわかるように、これは非可換ゲージ理論に関しても全く同様に成立する。
この先の計算もMathlog1と同様である。「公式2 局所的なカイラル変換に関するヤコビアン2」において非可換ゲージ理論の場合に変更されるのは、$e\to g$と${\rm tr}$がゲージ群のトレースを含むことである。これより
\begin{align}
{\rm Eq.}(2)&=
{\rm tr}\gamma_5\frac{1}{2!}
\left\{
\frac{-ig}{4}[\gamma^\mu,\gamma^\nu]F_{\mu\nu}
\right\}^2
\int \frac{d^4k}{(2\pi)^4}f''(-k_\mu k^\mu)\\
&=\frac{g^2}{32\pi^2}{\rm tr}\epsilon^{\mu\nu\alpha\beta}F_{\mu\nu}F_{\alpha\beta}
\end{align}
となる。時空の積分と$\alpha(x)$を戻せば最終的にEq.(2)を得る。${}_\blacksquare$
これより、YM理論の場合の局所的なカイラル変換のヤコビアンは
\begin{align}
J=\exp\left[-2i\int d^4\alpha(x)\frac{g^2}{32\pi^2}{\rm tr}\epsilon^{\mu\nu\alpha\beta}F_{\mu\nu}F_{\alpha\beta}\right]
\end{align}
となります。
Eq.(2)で$\alpha$を定数とすれば
\begin{align}
\lim_{M\to \infty}\sum_{n=1}^\infty
\int d^4x \ \varphi^\dagger_n(x)\gamma_5 f(\lambda_n^2/M^2)\varphi_n(x)
=
\int d^4x \ \frac{g^2}{32\pi^2}{\rm tr}\ \epsilon^{\mu\nu\alpha\beta}
F_{\mu\nu}F_{\alpha\beta}\tag{3}
\end{align}
となります。この式の左辺は次のようにDirac演算子のゼロモードで書くことができます。
Eq.(3)の左辺は以下のように表せる:
\begin{align}
\lim_{M\to \infty}\sum_{n=1}^\infty
\int d^4x \ \varphi^\dagger_n(x)\gamma_5 f(\lambda_n^2/M^2)\varphi_n(x)
=n_+-n_-
\end{align}
ここで$n_+$はDirac演算子$\not D$のゼロ固有値のモードのうちright handed (RH) のモードの数、$n_-$は同left handed (LH) のモードの数である。
$\int d^4x \varphi^\dagger_n(x)\gamma_5\varphi_n(x)$について考える。$\not D$はHermiteなので、違う固有値に属する固有関数は直交する。ここで$\not D\gamma_5=-\gamma_5 \not D$より、$\lambda_n\neq 0$の固有関数$\not D\varphi_n=\lambda_n\varphi_n(x)$が存在すれば、$\tilde \varphi_n:=\gamma_5\varphi_n$は
\begin{align}
\not D\tilde \varphi_n=-\lambda_n\tilde \varphi_n(x)
\end{align}
であり、異なる固有値に属する。よって
\begin{align}
\int d^4x \varphi^\dagger_n(x)\gamma_5\varphi_n(x)=\int d^4x \varphi^\dagger_n(x)\tilde \varphi_n(x)=0 \ \ \ (\lambda_n\neq 0)
\end{align}
となる。ゆえにEq.(3)の左辺には$\lambda_n=0$のモードだけが残る。ここで$\not D$のゼロ固有値に属する$\varphi^{(0)}_n$をrightとleftに分離する:
\begin{align}
\gamma_5\varphi^{(0)\pm}_n=\pm\varphi^{(0)\pm}_n
\end{align}
これらのモードはnormalizeされているとすると、Eq.(3)の左辺は以下のように計算できる:
\begin{align}
\lim_{M\to \infty}\sum_{n=1}^\infty
\int d^4x \ \varphi^\dagger_n(x)\gamma_5 f(\lambda_n^2/M^2)\varphi_n(x)
&=
\int d^4x \
\{
{\varphi_n^{(0)+}}^\dagger(x)\gamma_5 \varphi^{(0)+}_n(x)
+{\varphi_n^{(0)-}}^\dagger(x)\gamma_5 \varphi^{(0)-}_n(x)
\}\\
&=\int d^4x \
{\varphi_n^{(0)+}}^\dagger(x)\varphi^{(0)+}_n(x)
-\int d^4x {\varphi_n^{(0)-}}^\dagger(x)\varphi^{(0)-}_n(x)\\
&=n_+-n_-
\end{align}
ここで$n_+$はRHのゼロモードの数、$n_-$はLHのゼロモードの数である。${}_\blacksquare$
よってEq.(3)は
\begin{align}
&n_+-n_-=\nu, \ \ \ \nu:=\int d^4x \ \frac{g^2}{32\pi^2}{\rm tr}\ \epsilon^{\mu\nu\alpha\beta}
F_{\mu\nu}F_{\alpha\beta}
\end{align}
と書けます。$n_+-n_-$は整数なので$\nu$も整数です。よってこの量はゲージ場の連続変形で変化しないトポロジカルな不変量であると予想できます。
実際$\nu$の被積分関数は第2Chern指標と呼ばれ、$S^4$上で積分すると整数になるトポロジカルな量です(Nakahara1990 P63)。そしてこれはインスタントンというYM理論のトポロジカルなソリトン解と関係します。インスタントン解は$\theta$真空というYM理論の真空の間を結ぶ解です。この解が作用を有限にする条件等により、インスタントンの無限遠での振る舞いに条件をつけ、4次元Euclid時空${\mathbb R}^4$を1点コンパクト化し${\mathbb R}^4\cup \{\infty\}\simeq S^4$とみなします(Nash1989 P257)。この解を$\nu$に入れることで、$\nu$が写像度であり保存量であることがわかります。この事実は、インスタントンがフェルミオンのRHとLHのゼロモードの差と関係することを示しています。これは「Atiyah-Singerの指数定理」の現れですNakahara1990。これに関しては次の記事で述べます。
一方 「無限ホテル」から始める量子異常 Mathlog4では、$\epsilon^{\mu\nu\alpha\beta}F_{\mu \nu}F_{\alpha\beta}$をノンゼロにする外場としての電磁場が存在する場合、軸性ベクトル電荷$Q_5$が時間と共に増加することを述べました。この場合はインスタントンと違い、ゲージ場が定義されている空間がコンパクトではなく境界を持ちます。このとき$\epsilon^{\mu\nu\alpha\beta}F_{\mu\nu}F_{\alpha\beta}$はスペクトル流=「RHとLHのゼロモードの数の差の時間当たりのフロー」になります。これは境界をもつ底空間$M$上で定義された作用素の指数に関する定理である「Atiyah-Patodi-Singerの指数定理」の現れですNakahara1990。
非可換ゲージ理論の経路積分における局所的なカイラル変換に対するヤコビアンを計算しました。適切に正則化し計算すると、ゲージ場で表される第2Chern指標の積分が、Dirac作用素のゼロモードのLHとRHの数の差と等しいことがわかります。これは楕円型微分作用素の解析的指標と位相的指標の関係を示すAtiyah-Singer及びAtiyah-Patodi-Singerの指数定理の現れです。
保存則の観点から言えば、これらの事実は、古典的に保存するカレントが量子論では破れる現象である量子アノマリーと関係します。経路積分のヤコビアンとカレントの発散はWard恒等式により結びつきます。この恒等式より、位相的指標とカレントの発散の関係がわかります。標語的に言えば、対称性は量子効果により位相的指標ぶんだけ破れます。これらのお話に関してはMathlog1やMathlog4をご参照ください。
おしまい。${}_\blacksquare$