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大学数学基礎解説
文献あり

ABJ anomaly:経路積分における藤川の方法

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ABJ anomalyに関していくつか記事を書きました。これらの記事ではどれも正準量子化の方法でABJ anomalyを扱いました。一方、経路積分形式でもABJ anomalyを扱うことができます。結論から言うと、経路積分では対称性変換のヤコビアンからアノマリーが生じます。経路積分で量子アノマリーを扱う方法を、それを最初に議論した藤川和男先生の名前を冠して「藤川の方法」と呼びます。

藤川の方法に基づく量子アノマリーに関しては、藤川先生の書かれた本がありますFujikawa2001。日本語であり、過度に難しい部分もなく、明快な論理展開でわかりやすく書かれています。本記事はこのRef.Fujikawa2001に基づきます(当該部分と基本的に同内容です)。ちなみに同テーマの英語の教科書もありますFujikawa2004。こちらは鈴木博先生との共著です。

以下ではEuclid空間での経路積分を扱います。計量はgμν=δμνとします(μ=1,2,3,4)。よってxμを座標としてxμxμ<0です。γ行列の定義に関してはAppendix 1をご参照ください。

経路積分は既知とします。これに関しては例えばRef.WatamuraPathIntに非常にコンパクトに説明されています。

計算の概要

最初に以下の議論の概要を述べておきます。

まずカイラル変換に伴う経路積分のヤコビアンを求めますが、その際重要なことは以下の2つです:

  1. Dirac演算子の固有関数で場を展開する
  2. ゲージ不変な正則化を施す

Dirac演算子の固有関数で場を展開すると、場の変換に伴い、経路積分の測度から、展開の基底のラベルに関する無限行列の行列式が生じます。この行列をwell-definedにするため、ゲージ不変な正則化を施します。具体的には、Dirac演算子の固有値を用いたdamping factorを導入して正則化します。この操作ののち、展開の基底を平面波にユニタリ−変換して計算することで具体的なヤコビアンが得られます。

ABJ anomalyは軸性ベクトルカレントの発散μJ5μに関する量子アノマリーの寄与ですが、これを得るにはμJ5μとヤコビアンの関係を知る必要があります。これは後に述べるWard恒等式により得られます。その結果、μJ5μは今まで書いた記事の結果と一致します。

カイラル変換に関するヤコビアン

ここではフェルミオンとU(1)ゲージ場の系を考えます。分配関数は経路積分により以下で与えられます:
Z=NDψ¯DψDAμexpd4x[ψ¯(im)ψ14FμνFμν],:=γμDμ, Dμ:=μieAμ,(1)Fμν:=ie[Dμ,Dν]=μAννAμ
ここでψ¯:=ψγ0Nは規格化定数です。DAμにはゲージ固定項が含まれているものとしますが、本記事の範囲では特に議論に関係しません。

これに局所的な微小カイラル変換を施します:
(2){ψ(x)=eiα(x)γ5ψ(x)ψ(x)+iα(x)γ5ψ(x),ψ¯(x)=ψ¯(x)eiα(x)γ5ψ¯(x)+ψ¯(x)iα(x)γ5
このとき経路積分のヤコビアンは以下で与えられます。

局所的なカイラル変換に関するヤコビアン1

Eq.(1)の経路積分にEq.(2)のカイラル変換を施したときのヤコビアンJは以下で与えられる。
J=exp[2ind4xφn(x)α(x)γ5φn(x)]
ここでφn(x)はDirac演算子の固有関数である:
φn(x)=λnφn(x)

Dirac演算子の固有関数φn(x)は正規直交条件を満たす。ここで|nをDirac演算子の固有状態、|xを位置の固有状態とするとφn(x)=x|nと書ける。ψ,ψ¯φn,φnで展開すれば以下のようになる:
{ψ(x)=nanφn(x)=nx|nan,ψ¯(x)=nb¯nφn(x)=nb¯nn|x
ここでa,b¯はGrassmann数。これを用いるとDψ¯DψΠndb¯ndanで書き直すことができる:
Dψ¯Dψ=[detn|xdetx|n]1n=1db¯ndan=[detd4x(n|xx|m)]1n=1db¯ndan=(detδnm)1n=1db¯ndan=n=1db¯ndan
これにより、連続的なインデックスをもつ関数を測度とする積分が、離散的な無限多重積分という取り扱いやすい形に変換される。

次に局所的なカイラル変換:ψeiα(x)γ5ψに対するa,b¯の変化を計算する。無限小カイラル変換に対してψは以下のように変換する:
{ψ(x)=eiα(x)γ5ψ(x)ψ(x)+iα(x)γ5ψ(x),ψ¯(x)=ψ¯(x)eiα(x)γ5ψ¯(x)+ψ¯(x)iα(x)γ5,
ここでψ¯の変換の位相部分の符号はプラスであることに注意(γ0γ5が反交換することによる)。これを用いて、カイラル変換をa,b¯で書けば
{an=an+mid4xφ(x)α(x)γ5φm(x)am,b¯n=b¯n+mib¯md4xφm(x)α(x)γ5φn(x)
となる。無限小カイラル変換に対する経路積分の測度の変化は以下のようになる:
n=1db¯ndan=det[δnm+id4xφn(x)α(x)γ5φm(x)]1n=1db¯n×det[δnm+id4xφn(x)α(x)γ5φm(x)]1n=1dan(1)=det[δnm+id4xφn(x)α(x)γ5φm(x)]2n=1db¯ndan
ここで1,Aをそれぞれ単位行列、微小な行列とすると
det(1+A)2det(12A)=exp(trln(12A))exp(2trA)
であるから、
Eq.(1)=exp[2ind4xφn(x)α(x)γ5φn(x)]n=1db¯ndan
である。以上から変換のヤコビアンJ
J=exp[2ind4xφn(x)α(x)γ5φn(x)]
である。

Jを具体的に計算したいのですが、このままではwell-definedではないため、正則化する必要があります。これを以下のように正則化します:
n=1d4x α(x)φn(x)γ5φ(x)limMn=1d4x α(x)φn(x)γ5f((λn)2)/M2)φn(x)(2)=limMn=1d4x α(x)φn(x)γ5f(2/M2)φn(x)
ここでf(x)xで速やかに0に近づくf(0)=1を満たす関数とします。これは固有値の大きいところで早く減少するdamping factorであり、ゲージ不変性を満たす良い正則化となっています。

これを計算するために、基底を{ϕn(x)}から平面波{eikx}へユニタリ変換します。これは正準量子化の方法においてHeisenberg表示から相互作用表示に変換することに対応します(※脚注)。計算すると、最終的に以下を得ます:

局所的なカイラル変換に関するヤコビアン2

Eq.(2)において、基底を平面波へユニタリ変換してヤコビアンを計算すると
J=exp[2id4x α(x)e232π2ϵμναβFμνFαβ]
を得る。

Eq.(2)から積分を取り除いたものを計算する。基底に関するトレースはその取り方に依存しないので
limMn=1α(x)φn(x)γ5f(2/M2)φn(x)=limMtrd4k(2π)4eikxγ5f(2/M2)eikx    (trはDiracの足に関してとる)=limMtrd4k(2π)4γ5f((ikμ+Dμ)2/M2ie4[γμ,γν]Fμν/M2)(3)=limMtr M4d4k(2π)4γ5f((ikμ+Dμ/M)2ie4[γμ,γν]Fμν/M2)   (kMkとした)
を得ます(計算はAppendix 2参照のこと)。ikμ+Dμ/Mikμと置き直し、f(ikμ)2=(kμkμ)のまわりで展開する。f(kμkμ)およびie4M2[γμ,γν]Fμνf(kμkμ)の項はトレースをとると消える。3階微分以降の項はMにおいて消えるので、結局2階微分の項が残る:
Eq.(3)|finite for M=trγ512!{ie4[γμ,γν]Fμν}2d4k(2π)4f(kμkμ)
これを計算すれば以下のようになる(Euclid空間であることに注意):
  trγ512!{ie4[γμ,γν]Fμν}2=e232tr(γ5[γμ,γν][γα,γβ])FμνFαβ=e22ϵμναβFμνFαβ      (tr(γ5[γμ,γν][γα,γβ])=16ϵμναβ, ϵ1234=1)  d4k(2π)4f(kμkμ)=1(2π)42π212dxxf(x)=116π20dx xf(x)=116π2([xf(x)]00dxf(x))=116π2      (limx0xf(x)=limxxf(x)=0,f(0)=1,f()=0とする)
以上より、カイラル変換に対するヤコビアンJ
J=exp[2idx4 α(x)e232π2ϵμναβFμνFαβ]
となる。

関数flimx0xf(x)=limxxf(x)=0,f(0)=1,f()=0という条件さえ満たしていれば、その関数形に依らずこの計算は一般に正しいです。これはアノマリーが系の詳細に依らない構造を持つことを示唆しています。

軸性ベクトルカレントの発散とヤコビアンの関係

Ward恒等式により、ヤコビアンJと軸性ベクトルカレントの発散に関係がつきます。Ward恒等式に関しては この記事 の冒頭に説明がありますが、以下を読めば十分かと思います。

カイラル変換に関するWard恒等式は以下のようになります。

カイラル変換に関するWard恒等式

ψ,ψ¯,Aμに依存する演算子Oの真空期待値O
O:=Dψ¯DψDAμeiSO
で定義する。このとき、局所カイラル変換に対し、αの1次で
μψ¯γμγ5ψ=2imψ¯γ5ψ+2ie232π2ϵμναβFμνFαβ
が成立する。

局所的なカイラル変換をψ,ψ¯に施した場をψ,ψ¯とする。ここで分配関数の積分変数はダミー変数なので
NDψ¯DψDAμexp(iS)=NDψ¯DψDAμexp(iS)
が成立する。ここでSψ,ψ¯で書かれた作用。以下変換パラメータαの1次の項を考える。Dψ¯Dψはすでに計算したように
Dψ¯Dψ=Dψ¯DψJ,J=exp[2idx4 α(x)e232π2ϵμναβFμνFαβ]
S=S+δSとし、δSαの1次を計算すると以下のようになる:
δS=d4xα(x)[μ(ψ¯γμγ5ψ)2imψ¯γ5ψ]
ψ,ψ¯,Aμに依存する演算子Oの真空期待値O
O:=Dψ¯DψDAμeiSO
で定義すると、αの1次で
d4xα(x)[μ(ψ¯γμγ5ψ)2imγ¯5ψ2ie232π2ϵμναβFμνFαβ]=0
を得る。ここでα(x)を点x近傍でデルタ関数的な山をもつ関数に選ぶと、以下の恒等式が成立する:
μψ¯γμγ5ψ=2imψ¯γ5ψ+2ie232π2ϵμναβFμνFαβ
これは命題3の式である。

この表式はEuclidなので虚数単位がついてはいますが(さらには真空期待値をとってますが)、他の記事Mathlog1Mathlog2Mathlog3で導いた表式と一致しています。符号に関してはϵ0123の定義が記事によって違うので注意してください。

ただし、上記のWard恒等式を導く際には摂動論を用いていないことに注意してください。この式は非摂動論的な表式です。その意味でこれまでの記事におけるABJ anomalyの導出とは違います。

おしまい。


(※脚注)場の量子論におけるHeisenberg表示は、すべての時間発展を場の演算子に担わせる形式。相互作用表示は、場の演算子に自由場の時間発展のみ担わせる形式です。


Appendix 1: Euclid空間でのγ行列

以下Ref.Fujikawa2001γ行列に関するnotationです。

Euclid空間におけるγ行列

γ1,γ2,γ3,γ4,γ5は以下を満たす:
{γμ,γν}=2δμν,   γμ=γμ   (μ=1,2,3,4),γ5:=γ1γ2γ3γ4=γ5,γ5γμ=γμγ5.

上記を満たす具体的な表示は例えば以下のようなものがあります:
γi=(0σiσi0)   (i=1,2,3),   γ4=(i00i),   γ5=(0110)
ただし各ブロックは2×2行列、σiはPauli行列。

Appendix 2: 本文Eq.(2)で使った等式の証明

本文Eq.(2)では次の等式を使っています:
f(2)eikx=eikxf((ikμ+Dμ)2ie4[γμ,γν]Fμν)
以下これを示します。

まず2=DμDμie4[γμ,γν]Fμνが以下のように成立します:
2=γμγνDμDν=(12{γμ,γν}+12[γμ,γν])DμDν=DμDμ+12[γμ,γν]12[Dμ,Dν](a1)=DμDμie4[γμ,γν]Fμν
次に
f(DμDμ+c)eikx=eikxf((ikμ+Dμ)2+c)
を示します(ceikxと交換する量)。

単純な計算より以下が成立する:
DμDμeikx=eikx(k2ieμAμ2ieAμ(ikμ)e2AμAμ)
一方これも単純な計算より
(ikμ+Dμ)2=(k2ieμAμ2ieAμ(ikμ)e2AμAμ)
である。ただし式の右側には微分が作用する関数は存在しないとする。ゆえに
DμDμeikx=eikx(ikμ+Dμ)2
が成立する。以上から、fDμDμ+cのべきで表されるなら
f(DμDμ+c)eikx=nαn(DμDμ+c)neikx      (αn:fの展開係数)=nαn(DμDμ+c)n1eikx((ikμ+Dμ)2+c)= ...=eikxnαn((ikμ+Dμ)2+c)n(a2)=eikxf((ikμ+Dμ)2+c)
が成立する。

Eq.(a1)、およびEq.(a2)においてcie4[γμ,γν]Fμνとすれば
f(2)eikx=eikxf((ikμ+Dμ)2ie4[γμ,γν]Fμν)
を得ます。

参考文献

[1]
藤川和男, 経路積分と対称性の量子的破れ, 新物理学選書, 岩波書店, 2001
[2]
Fujikawa, K., Suzuki, H., Path Integrals and Quantum Anomalies, International series of monographs on physics No.122, Oxford Science Publications, 2004
投稿日:2023721
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  1. 計算の概要
  2. カイラル変換に関するヤコビアン
  3. 軸性ベクトルカレントの発散とヤコビアンの関係
  4. Appendix 1: Euclid空間での$\gamma$行列
  5. Appendix 2: 本文Eq.(2)で使った等式の証明
  6. 参考文献