物理学と関連する指数定理に関していくつか記事を書きました(Refs.[1][2][3])。本記事と次の記事で、そのような定理のひとつである「Nielsen-Ninomiyaの定理」(Refs.[4][5][6])に関して書きます。
Nielsen-Ninomiyaの定理とは、場の理論においてfermionを格子正則化した際、ある物理的に自然な条件の下では連続極限に存在しないモード ーdoublerと呼ばれるー が生ずるのを避けられないというno-go定理です。この定理に関しては次の記事で説明します。
ところで、球面に毛を生やすと必ずつむじができるという事実はよく知られています。Nielsen-Ninomiyaの定理は、このつむじの存在と関わる定理である「Poincaré-Hopfの定理」:
を用いることで証明できます。
本記事ではこの「拡張されたつむじ定理 = Poincaré-Hopfの定理」を、Ref.[7]に習い証明します。ここでは向き付け可能な2次元閉曲面に関する当該定理を扱います。次の記事で格子正則化およびdoublerを説明し、この定理を用いることでNielsen-Ninomiyaの定理を証明します。
向き付け可能な2次元の閉曲面を考えます。閉曲面とはコンパクトで境界のない2次元曲面のことです。向き付け可能とは、Ref.[8]の表現を借りると、閉曲面を三角形分割した際2つの三角形領域で共有されている辺の向き付けがすべての2つの三角形領域で逆になる場合を言います。三角形分割、辺の向き付けに関しては後ほど述べます。
まあでも本記事ではヘンな曲面は考えないこととし、「向き付け可能な2次元の閉曲面」=「裏表が定義できる閉じた曲面」と感覚的に捉えて問題ないです。
閉曲面の各点の接平面上に連続なベクトル場をとります。つまりは閉曲面上の各点に曲面に沿って矢印を描くのですが、有限個の孤立したベクトル場のゼロ点の近傍を除き、十分近くの矢印はほとんど同じ長さと向きを持つことにします。一方ゼロ点の近傍ではベクトル場の向きは一般には連続的に変化しません。例えば図1のようなつむじはその例です。なぜならつむじでは、そこからほんのちょっと離れた2点でも毛の方向が全く異なるからです。また簡単な例として極座標表示されたベクトル場
球面上のベクトル場の例。バツ印はつむじ。
特異点の周りを囲む小さな経路をとります(図2)。この経路上ではベクトル場は連続的に変化します。経路を一周して戻ればもちろんベクトル場は同じ方向を向いています。しかも連続的に変化するので、一周回った時に経路上のベクトルがどれだけ回転したかが定義できます。回転角は
特異点の指数の例。
経路には向きがあり、それによりベクトルの回転方向が逆になるのは重要です。図2では円周左回りに対して矢印の回転角を測っていますが、もし右回りだと指数の正負が逆になります。特異点がある領域を左手に見る方向に経路を向き付けるのがルールです。
回転角は
以下に示す証明では閉曲面を「三角形分割」することが重要です。その名のとおり閉曲面を三角形で分割するのですが、いくつかルールがあります。まず三角形と言っても辺がまっすぐである必要はありません。また頂点・辺だけではなくその領域内部も含みます(これを三角形の面と呼びます)。さらに曲面
三角形分割では、ある点が頂点なら、それを共有するどの三角形でもその点は頂点です。ある三角形の頂点が他の三角形の頂点ではない辺上にあってはダメです。このようなルールを守って三角形に分割します。
以上の準備のもと以下の定理を示します。
向き付け可能な閉曲面
ここで
まず特異点の指数の和がベクトル場の取り方に依存しないことを示す。
閉曲面
三角形分割の各領域の辺上における2つのベクトル場(
さて、指数の差の和
2つの三角形領域
よってすべての三角形からの
三角形領域が特異点を含まないときは
上の式の
(★)の事実から、ある特定のベクトル場で特異点の指数の和を計算すれば、その値は一般のベクトル場で正しい。そこで以下、特異点の指数の和が曲面
閉曲面
このようにして新たにできた図形の各線分に図5のように矢印を付与する。矢印のルールは以下:
三角形領域に4点(辺上の赤3点、面内の青1点)を加え、線で結び、矢印を付す。
さて、この矢印に整合的なベクトル場を局面
図5右図左下の三角形内部のベクトル場の例。内部には特異点が生じないように描ける。
特異点は図7の青、赤、緑の点である。図7の各特異点のまわりのベクトル場の様子より、それぞれの特異点の指数は
青:
である。
緑・赤・青の特異点のまわりのベクトル場の様子。面内のベクトル場は省略してある。
青は元の三角形分割の面の数
であることがわかる。
球面を三角形分割しEuler標数を計算すれば
この定理により、特異点がない閉曲面はEuler標数がゼロである必要があります。そのような図形はトーラス(=ドーナツ)です。つむじがないようにトーラスに毛を(寝かせて)生やすには、例えばベクトル場をトーラスの周に沿うように描けばよいです。
今回はここまで。