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20Nov.2023: 「量子アノマリーの消失」の章において、Nielsen-Ninomiyaの定理の前提が満たされるときにアノマリーがキャンセルする理由の説明が適切ではなかったので修正しました。
※本記事は Nielsen-Ninomiyaの定理1/2: Poincaré-Hopfの定理 の続きです。
本記事では、fermionの格子正則化に伴う邪魔なモード(=doubler)の出現、その出現が物理的に自然な条件下で不可避であることを示した「Nielsene-Ninomiyaの定理」に関して述べます。
場の量子論は発散を伴う理論なので、何らの方法で正則化(=一時的な有限化)し、発散を取り除く必要があります。そのなかでも格子正則化は有用です(Refs.[1][2][3]参照)。格子正則化とは、図1のように時空を離散化することで紫外領域の発散を有限化する正則化であり、摂動論に依存しない正則化です。
格子正則化の概念図。時空を格子に区切り、その格子間隔を
特に非可換ゲージ理論は低エネルギーで強結合になるため、非摂動的な正則化は重要になります。格子正則化により、解析的な計算はもちろんモンテカルロ法による数値計算も活発になされています。また、格子正則化ではくりこみ群の描像が大変わかりやすく(Ref.[3])、教育的な意味でも良い正則化かと思います。
fermionの格子正則化に関しひとつ大きな問題があります。ナイーブに格子化してしまうと、連続極限(=格子間隔をゼロにした極限)において物理的でないモードが出現してしまうのです。このようなモードはdoublerと呼ばれます。doublerは邪魔な存在なのですが、それを取り除くことは、ある物理的に自然な条件下で不可能です。この不可能性定理(no-go theorem)は「Nielsen-Ninomiyaの定理」として知られています(Ref.[4])。そしてこの定理は、 前回の記事 で示した「Poincaré-Hopfの定理」により導くことができます。
以下、doublerの出現を説明したのち、Nielsen-Ninomiyaの定理を導きます。
まずはdoublerの出現を確認します。以下の議論はEuclid化された理論で行います。
Euclid連続極限における自由なfermionの作用は
です。
とします。ここで
latは格子(lattice)のこと、また離散化された作用では
場の量子論において漸近場とは
格子上におけるon-shell条件がどうなるか考えます。そのため上記の
ここで
になります。簡単のため
の組み合わせすべてがon-shell条件を満たします。すなわち、連続極限では1つしかなかった物理的モードが、格子上では
「doublerが出現したっていいのでは?」と思うかもしれませんが、問題があります。例えば非可換ゲージ理論は漸近的自由性を持つと言われます。これはすなわち、観測するスケールが小さくなると非可換ゲージ理論の相互作用は小さくなるという性質です。しかしそれはfermionの数に依存します。ゲージ群がSU(3)の場合の摂動論の計算では、17コのfermionのモード(いわゆるflavor)を境に、漸近自由か否かが入れ替わります(Ref.[5])。物理がfermionのモードの数に大きく依存する典型例です。解析的な計算によりfermionのモードの数と物理量のスケーリング関係が厳密に分かればいいですが、特に非摂動論的領域ではそのようなスケーリングを求めることは絶望的です。また後に述べますが、doublerが存在すると、連続極限における量子アノマリーが消えてしまうという大問題もあります。
ということでdoublerを除去したいのですが、実はそう簡単には消せないことが知られています。doublerの除去にはある種のno-go theoremが存在します。すなわち、物理的に自然な条件下でdoublerが不可避であることが証明できてしまうのです。そしてこれはtopologicalな理由によることが知られています。このno-go theoremはH.NielsenとM.Ninomiyaにより示されたため(Refs.[4])「Nielsen-Ninomiyaの定理(以下NN定理と呼ぶ)」と呼ばれます。
Ref.[7]では、NN定理の証明にトポロジーの分野で有名な定理「Poincaré-Hopfの定理」を用いています。この定理は前回の記事で示しました。以下Poincaré-Hopfの定理を用いてNN定理を示します。証明ではRefs.[7][1]を参考にしています。
NN定理は以下です:
格子上のfermion作用が次の条件を満たすとする
このときchiralityが
fermion
です。ガンマ行列に関してはAppendixをご参照ください。
chiral対称性とは、以下の変換:
に対して作用が不変であることを言います。
はchiral対称性を保ちます。
前回の記事では向き付け可能な2次元閉曲面に関するPoincaré-Hopfの定理を示しましたが、以下では証明なしに4次元における同定理を使用します。他にも2次元からの類推を用いる部分がありますが、ご容赦ください。
以下定理の証明です。
chiral対称性を保つ作用
まず並進不変性があることから、
と書けます(
を課しておきます。以上からfermion作用は運動量表示で
となります。格子上では格子間隔
物理的な粒子はon-shell条件
次にchiralityと特異点の指数との関係を述べます。
2次元の場合、特異点
によって定まります。これは行列式による右手系・左手系の判別と本質的に同様です。また、特異点をとりかこむ経路上の
ここで
であり、このときfermionの作用は運動量表示で
となります。
ここで例えば
となります。
一方例えば
です。
と書けます(Appendixに示したガンマ行列の反交換関係を用いれば示せます)。ここで
このことから、
このように、定理の前提を満たすとき、たとえ連続極限では
doublerが存在すると他にも困ることがあります。それは量子アノマリーが消えてしまうことです。
以下の記事で量子アノマリーとDirac作用素のゼロモードの関係を議論しています:
この記事の結論は、
が成立するというものです。この量子アノマリーをABJアノマリーとかchiralアノマリーと呼びます。これは現象論的にも非常に重要で、中性パイオンが2つの光子に崩壊する現象、また
ところが格子上では理論は適切に正則化されています。そのうえでNN定理の前提であるchiral対称性をもつなら、chiral対称性を破るような量子アノマリーは起こりようがありません。実際そのようなfermionに対し、格子上において摂動論により1ループのアノマリーへの寄与を計算すると、doubler間の寄与のキャンセルが起こり消えます(Ref.[8])。これは大変困った状況です。
前回・今回の記事でNielsen-Ninomiyaの定理(NN定理)に関して説明しました。前回の記事ではNN定理の証明に必要なPoincaré-Hopfの定理を証明し、今回の記事でNN定理の証明を行いました。
Euclid空間での格子正則化において、定理の前提を満たす場合、fermionの物理的なモード(on-shellモード)は格子上の運動量における関数
bosonではdoublerの問題は起こりません。それは以下の理由によります。質量ゼロのboson場
doublerを消す方法はいくつか知られています。例えばWilson fermionという構成法では、chiral対称性を犠牲にしてdoublerを消します。しかしchiral対称性は強い相互作用において大変重要な対称性であり、また格子正則化が最も威力を発揮するのは強い相互作用の基礎理論であるSU(3)の非可換ゲージ理論なので、この対称性はなるべく保ちたいです。chiral対称性を尊重しながらdoublerを消す方法は1990年代に盛んに研究され、domain-wall fermionやoverlap fermionという格子上のchiral fermionの構成法ができました。これに関してはまた記事にするかもしれません。
おしまい。
(脚注1)
(脚注2) 弱い相互作用の標準理論ではニュートリノには
ガンマ行列とはClifford代数を満たす行列です。4次元Euclid空間の場合、ガンマ行列
さらに
で定義します。
具体的な表示として、chiral表示(=
が採用できます(Ref.[9] Appendices)。ここでこれらは
です。