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現代数学解説
文献あり

アペリーの定理とWZ method

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$$\newcommand{a}[0]{\alpha} \newcommand{Aut}[0]{\operatorname{Aut}} \newcommand{b}[0]{\beta} \newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{c}[0]{\cdot} \newcommand{d}[0]{\delta} \newcommand{dis}[0]{\displaystyle} \newcommand{e}[0]{\varepsilon} \newcommand{F}[4]{{}_2F_1\left(\begin{matrix}#1,#2\\#3\end{matrix};#4\right)} \newcommand{farc}[2]{\frac{#1}{#2}} \newcommand{FF}[6]{{}_3F_2\left(\begin{matrix}#1,#2,#3\\#4,#5\end{matrix};#6\right)} \newcommand{G}[0]{\Gamma} \newcommand{g}[0]{\gamma} \newcommand{Gal}[0]{\operatorname{Gal}} \newcommand{H}[0]{\mathbb{H}} \newcommand{id}[0]{\operatorname{id}} \newcommand{Im}[0]{\operatorname{Im}} \newcommand{Ker}[0]{\operatorname{Ker}} \newcommand{l}[0]{\left} \newcommand{L}[0]{\Lambda} \newcommand{la}[0]{\lambda} \newcommand{La}[0]{\Lambda} \newcommand{Li}[0]{\operatorname{Li}} \newcommand{li}[0]{\operatorname{li}} \newcommand{M}[4]{\begin{pmatrix}#1& #2\\#3& #4\end{pmatrix}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{o}[0]{\omega} \newcommand{O}[0]{\Omega} \newcommand{ol}[1]{\overline{#1}} \newcommand{ord}[0]{\operatorname{ord}} \newcommand{P}[0]{\mathfrak{P}} \newcommand{p}[0]{\mathfrak{p}} \newcommand{q}[0]{\mathfrak{q}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{r}[0]{\right} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Re}[0]{\operatorname{Re}} \newcommand{s}[0]{\sigma} \newcommand{t}[0]{\theta} \newcommand{u}[0]{\boldsymbol{u}} \newcommand{ul}[1]{\underline{#1}} \newcommand{vp}[0]{\varphi} \newcommand{vt}[0]{\vartheta} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} \newcommand{z}[0]{\zeta} \newcommand{ZZ}[1]{\mathbb{Z}/#1\mathbb{Z}} \newcommand{ZZt}[1]{(\mathbb{Z}/#1\mathbb{Z})^\times} $$

はじめに

 この記事では WZ method の応用としてApéryの数列
\begin{align} a_n&=\sum^n_{k=0}\binom nk^2\binom{n+k}k^2c_{n,k}\\ b_n&=\sum^n_{k=0}\binom nk^2\binom{n+k}k^2\\ \bigg(c_{n,k}&=\sum^n_{m=1}\frac1{m^3}+\sum^k_{m=1}\frac{(-1)^{m-1}}{2m^3\binom nm\binom{n+m}m}\bigg) \end{align}
に関する謎について考察していきます。

Apéryの定理

  WZ methodの記事 ではApéryの定理

Apéryの定理

 $\z(3)$は無理数である。

の証明に使われた公式
$$\z(3)=\frac52\sum^\infty_{n=1}\frac{(-1)^{n-1}}{n^3\binom{2n}n}$$
がWZ methodによって導出できることを紹介しました。
 しかしApéryの定理の証明にはこれ以外にもWZ的な現象が深く関わっています。

Apéryの手法

 まずApéryの手法について簡単に紹介しておきましょう。
 発想としては$\z(3)$に急速に収束する有理数列$p_n/q_n$を構成することで次の補題を適用することにあります。

 実数$\b$と整数列$p_n,q_n$に対し
$$\b\neq\frac{p_n}{q_n}\quad(\forall n\in\Z_{\geq0}),\quad\lim_{n\to\infty}(q_n\b-p_n)=0$$
が成り立つとき、$\b$は無理数である。

 ある整数$p,q$を用いて$\b=p/q$と表せるとすると、十分大きいある$n$に対し
$$0<|q_np-p_nq|<1$$
が成り立つことになるが、これは$q_np-p_nq$が整数であることに矛盾。よって$\b$は無理数でなければならない。

 まあこのような有理数列$p_n/q_n$を簡単に構成できれば苦労はしません。それが未だにできていないから我々は数々の定数の無理性を確かめられずにいるわけです。
 しかしApéryは冒頭で紹介した奇妙な数列
\begin{align} a_n&=\sum^n_{k=0}\binom nk^2\binom{n+k}k^2c_{n,k}\\ b_n&=\sum^n_{k=0}\binom nk^2\binom{n+k}k^2\\ \bigg(c_{n,k}&=\sum^n_{m=1}\frac1{m^3}+\sum^k_{m=1}\frac{(-1)^{m-1}}{2m^3\binom nm\binom{n+m}m}\bigg) \end{align}
を持ち出すことにより$\b=\z(3)$に対しそれを成し遂げました。以下でこの数列によって$\z(3)$の無理性を示せることを見ていきましょう。

 $u_n=a_n,b_n$は同じ漸化式
$$(n+1)^3u_{n+1}-(2n+1)(17n^2+17n+5)u_n+n^3u_{n-1}=0$$
を満たす。ただし初項は
$$a_0=0,\quad a_1=6,\quad b_0=1,\quad b_1=5$$
である。

 ちなみに$b_n$の初期値については$b_1=5$の代わりに$b_{-1}=0$によって特徴付けることもあります。

 後で説明する。

$$a_nb_{n-1}-a_{n-1}b_n=\frac6{n^3}$$
が成り立つ。

 後で説明する。

$$\lim_{n\to\infty}\frac{a_n}{b_n}=\z(3)$$
が成り立つ。

\begin{align} \l|\sum^k_{m=1}\frac{(-1)^{m-1}}{2m^3\binom nm\binom{n+m}m}\r| &\leq\sum^\infty_{m=1}\frac1{2m^3\binom nm\binom{n+m}m}\\ &=\sum^\infty_{m=1}\frac1{2m^3n^2}=\frac{\z(3)}{2n^2} \end{align}
と評価できるので
$$\l|\z(3)-\frac{a_n}{b_n}\r|\leq\l(\z(3)-\sum^n_{m=1}\frac1{m^3}\r)+\frac{\z(3)}{2n^2}\to0\qquad(n\to\infty)$$
を得る。

$$0<\z(3)-\frac{a_n}{b_n}<\frac{6\z(3)}{b_n^2}$$
が成り立つ。

$$A_n=\z(3)-\frac{a_n}{b_n}$$
とおいたとき補題4,5から
$$A_{n-1}-A_n=\frac6{n^3b_{n-1}b_n},\quad\lim_{N\to\infty}A_N=0$$
が成り立つこと注意すると
\begin{align} A_n &=\lim_{N\to\infty}(A_n-A_N)\\ &=\lim_{N\to\infty}\sum^N_{k=n+1}(A_{k-1}-A_k)\\ &=\sum^\infty_{k=n+1}\frac6{k^3b_{k-1}b_k} \end{align}
と表せるので、$b_n$の単調増加性に注意すると
$$0< A_n\leq\frac6{b_n^2}\sum^\infty_{k=n+1}\frac1{k^3}<\frac{6\z(3)}{b_n^2}$$
を得る。

 ここで$b_n$は常に整数であるのに対し$a_n$は整数とは限らないことに注意し、$D_na_n$が整数となるような数列$D_n$を取ると
$$0< D_nb_n\z(3)-D_na_n<6\z(3)\frac{D_n}{b_n}$$
と評価できるので補題2を適用するためには
$$\lim_{n\to\infty}\frac{D_n}{b_n}=0$$
が成り立つことを示さなければなりません。が、このあたりの議論についてはこの記事の本題から反れるので詳細については折り畳みにて解説しておきます。

$$d_n=\operatorname{lcm}(1,2,3,\ldots,n)$$
とおくと
$$2d_n^3\binom{n+k}kc_{n,k}\in\Z$$
が成り立つ。特に$2d_n^3a_n$は整数となる。

証明

 各$m$に対し
$$\frac{d_n^3\binom{n+k}k}{m^3\binom nm\binom{n+m}m}\in\Z$$
が成り立つこと、特に任意の素数$p$に対し
$$\ord_p\l(\frac{d_n^3\binom{n+k}k}{m^3\binom nm\binom{n+m}m}\r)\geq0$$
となることを示せばよい。
 いまLegendreの公式(やKummerの定理)から任意の素数$p$に対し
$$\ord_p\binom nm\leq\lfloor\log_p n\rfloor-\ord_pm=\ord_pd_n-\ord_pm$$
と評価できるので
$$\frac{\binom{n+m}m}{\binom{n+k}k}=\frac{(n+m)!k!}{(n+k)!m!}=\frac{\binom km}{\binom{n+k}{k-m}}$$
に注意すると
\begin{align} \ord_p\l(\frac{m^3\binom nm\binom{n+m}m}{\binom{n+k}k}\r) &\leq\ord_p\l(m^3\binom nm\binom km\r)\\ &\leq3\ord_pm+\ord_pd_n+\ord_pd_k-2\ord_pm\\ &=\phantom{3}\ord_pm+\ord_pd_n+\ord_pd_k\\ &\leq3\ord_p d_n \end{align}
を得る。

 $\z(3)$は無理数である。

証明

 上での議論と補題7から
$$\lim_{n\to\infty}\frac{d_n^3}{b_n}=0$$
が成り立つことを示せばよい。
 いま素数定理から十分大きい任意の$n$に対して
\begin{align} d_n &=\prod_{p\leq n}p^{\lfloor\log_pn\rfloor}\\ &\leq\prod_{p\leq n}n=n^{\pi(n)}\\ &< n^{(1+\e)\frac n{\log n}}=e^{(1+\e)n}\quad(<3^n) \end{align}
のように評価でき、また$b_n$の満たす漸化式の特性方程式
$$x^2-34x+1=0$$
を解くと この記事 にて紹介したPerronの定理から
$$b_n\sim(17+12\sqrt2)^n\quad(>33^n)$$
と評価できるので、十分大きい任意の$n$に対し
$$\frac{d_n^3}{b_n}<\frac{27^n}{33^n}\to0\quad(n\to\infty)$$
が成り立つ。よって主張を得る。

$\z(2)$の無理性

 また興味深いことに同様の数列
\begin{align} a'_n&=\sum^n_{k=0}\binom nk^2\binom{n+k}kc'_{n,k}\\ b'_n&=\sum^n_{k=0}\binom nk^2\binom{n+k}k\\ \bigg(c'_{n,k}&=\sum^n_{m=1}\frac{(-1)^{m-1}}{m^2}+\sum^k_{m=1}\frac{(-1)^{m+n-1}}{2m^2\binom nm\binom{n+m}m}\bigg) \end{align}
を用いることで
$$\eta(2)=\sum^\infty_{m=1}\frac{(-1)^{m-1}}{m^2}=\frac12\z(2)\quad\l(=\frac{\pi^2}{12}\r)$$
の無理性についても同じ議論で示すことができます。
 やることは上と同じなので対応する補題の内容だけ紹介しておきます。

 $u_n=a'_n,b'_n$は同じ漸化式
$$(n+1)^2u_{n+1}-(11n^2+11n+3)u_n-n^2u_{n-1}=0$$
を満たす。ただし初項は
$$a'_0=0,\quad a'_1=5/2,\quad b'_0=1,\quad b'_1=3$$
である。

$$a'_nb'_{n-1}-a'_{n-1}b'_n=(-1)^{n-1}\frac5{2n^2}$$
が成り立つ。

$$\lim_{n\to\infty}\frac{a'_n}{b'_n}=\eta(2)$$
が成り立つ。

$$0<\l|\eta(2)-\frac{a'_n}{b'_n}\r|<\frac{5\z(2)}{2b'^2_n}$$
が成り立つ。

 $2d_n^2a'_n$は整数となる。

 $\zeta(2)$は無理数である。

Apéry数列の謎

 見ての通りApéryの手法には多くの謎が秘められています。例えば簡単に思い浮かぶもので言えば

  • なぜ$a_n,b_n$$a'_n,b'_n$は同じ漸化式を満たすのか。
  • なぜ$a_nb_{n-1}-a_{n-1}b_n=6/n^2$のような関係が成り立つのか。
  • なぜ
    $$(n+1)^3u_{n+1}-(2n+1)(17n^2+17n+5)u_n+n^3u_{n-1}=0$$
    のような漸化式のある有理数列による二解の比(Apéry limits)が$\z(3)$$\zeta(2)$に収束するのか。
  • なぜ
    $$(n+1)^3u_{n+1}-(2n+1)(17n^2+17n+5)u_n+n^3u_{n-1}=0$$
    のような漸化式の有理数列による解の分母の増大度が階乗$n!$ではなく指数関数$d_n\sim e^{(1+\e)n}$で抑えられるのか。
  • そもそも$a_n,b_n$という数列はどこから持ってきたのか。

といった疑問が挙げられます。
 これらの現象には一体どのような一般論が眠っているのか、あるいは限られた場合にしか成り立たない特殊な現象なのかが非常に気になるところではありますが、残念ながらまだその全てが解明されているわけではなさそうです。
 しかし上二つの現象についてはある程度確かなことがわかっているので今回の記事ではそのことについて簡単に考察していこうと思います。

カゾラーティアン

 まず簡単に解決できる問題である
$$a_nb_{n-1}-a_{n-1}b_n=\frac6{n^2}$$
という等式について考察していきましょう。
 素朴な方法としては$a_n,b_n$が同じ漸化式
\begin{align} (n+1)^3a_{n+1}-(2n+1)(17n^2+17n+5)a_n+n^3a_{n-1}&=0\\ (n+1)^3b_{n+1}-(2n+1)(17n^2+17n+5)b_n+n^3b_{n-1}&=0 \end{align}
を満たすことからこの両辺にそれぞれ$b_n,a_n$を掛けて差を取ることで
$$(n+1)^3w_{n+1}-n^3w_n=0\qquad(w_n=a_nb_{n-1}-a_{n-1}b_n)$$
がわかるので
$$w_{n+1}=\frac{n^3}{(n+1)^3}w_n=\frac{w_1}{(n+1)^3}=\frac6{(n+1)^3}$$
と示せます。
 正直この問題についてはこれで十分なのですが、少し味気ないのでもう少し一般的な主張を紹介しておきましょう(かなり余談なので読み飛ばしてもらっても構いません)。

Casoratian

 $d+1$項間線形漸化式
$$\sum^d_{k=0}p_k(n)u(n+k)=0$$
の解$u_1(n),u_2(n),\ldots,u_d(n)$に対しCasoratian$w(n)$
$$w(n)=\det\begin{pmatrix} u_1(n)&u_2(n)&\cdots&u_d(n)\\ u_1(n+1)&u_2(n+1)&\cdots&u_d(n+1)\\ \vdots&\vdots&\ddots&\vdots\\ u_1(n+d-1)&u_2(n+d-1)&\cdots&u_d(n+d-1) \end{pmatrix}$$
によって定める。

 なお$d+1$項間漸化式は、簡単のため$p_d(n)=1$とし
$$\u(n)=\begin{pmatrix} u(n)&u(n+1)&\cdots&u(n+d-1) \end{pmatrix}^T$$
とおくと
$$\u(n+1)=\begin{pmatrix} 0&1&\cdots&0\\ \vdots&\vdots&\ddots&\vdots\\ 0&0&\cdots&1\\ -p_0(n)&-p_1(n)&\cdots&-p_{d-1}(n) \end{pmatrix}\u(n)$$
という一項間漸化式に帰着できるのでもう少し一般に次のような行列式をCasoratianと言うことにします。

 $d$次元の線形漸化式
$$\u(n+1)=P(n)\u(n)$$
の解$\u_1(n),\u_2(n),\ldots,\u_d(n)$に対しCasoratian$w(n)$
$$w(n)=\det\begin{pmatrix} \u_1(n)&\u_2(n)&\cdots&\u_d(n) \end{pmatrix}$$
と定める。

 このとき以下が成り立ちます。

 Casoratianの一般項は
$$w(n)=\det(P(n-1)P(n-2)\cdots P(0))w(0)$$
と表せる。特に
\begin{align} \u_1(n),\u_2(n),\ldots,\u_d(n)\mbox{が線形独立}&\iff\mbox{常に}w(n)\neq0\\ \u_1(n),\u_2(n),\ldots,\u_d(n)\mbox{が線形従属}&\iff\mbox{常に}w(n)=0\\ \end{align}
が成り立つ。

$$w(n+1)=\det(P(n))w(n)$$
を示せばよい。そのことは
\begin{align} w(n+1)&=\det\begin{pmatrix} \u_1(n+1)&\u_2(n+1)&\cdots&\u_d(n+1) \end{pmatrix}\\ &=\det\begin{pmatrix} P(n)\u_1(n)&P(n)\u_2(n)&\cdots&P(n)\u_d(n) \end{pmatrix}\\ &=\det(P(n))\det\begin{pmatrix} \u_1(n)&\u_2(n)&\cdots&\u_d(n) \end{pmatrix}\\ \end{align}
とわかる。

 ちなみにCasoratianは線形微分方程式におけるWronskianの類似物であり、Wronskianの関係式
$$W(t)=\exp\l(\int^t_0\operatorname{tr}A(s)ds\r)W(0)$$
と比較すると面白いですね。
 またこれを$d+1$項間漸化式に関する話に引き戻すと以下が成り立ちます。

 $d+1$項間線形漸化式
$$\sum^d_{k=0}p_k(n)u(n+k)=0$$
に関するCasoratianの一般項は
$$w(n)=(-1)^{dn}w(0)\prod^{n-1}_{k=0}\frac{p_0(k)}{p_d(k)}$$
と表せる。

 例えば$\z(2)$の無理性証明に出てきた数列$a'_n,b'_n$
$$(n+1)^2u_{n+1}-(11n^2+11n+3)u_n-n^2u_{n-1}=0$$
という漸化式を満たしていたため$w'_n=a'_nb'_{n-1}-a'_{n-1}b'_n$
$$w'_{n+1}=-\frac{n^2}{(n+1)^2}w_n=(-1)^n\frac{w_1}{(n+1)^2}=(-1)^n\frac5{2(n+1)^2}$$
と求まっていたわけです。

漸化式とポテンシャル

 次に今回の記事の本題である、なぜ
\begin{align} a_n&=\sum^n_{k=0}\binom nk^2\binom{n+k}k^2c_{n,k}& a'_n&=\sum^n_{k=0}\binom nk^2\binom{n+k}kc'_{n,k}\\ b_n&=\sum^n_{k=0}\binom nk^2\binom{n+k}k^2& b'_n&=\sum^n_{k=0}\binom nk^2\binom{n+k}k\\ \bigg(c_{n,k}&=\sum^n_{m=1}\frac1{m^3}+\sum^k_{m=1}\frac{(-1)^{m-1}}{2m^3\binom nm\binom{n+m}m}\bigg)& \bigg(c'_{n,k}&=\sum^n_{m=1}\frac{(-1)^{m-1}}{m^2}+\sum^k_{m=1}\frac{(-1)^{m+n-1}}{2m^2\binom nm\binom{n+m}m}\bigg) \end{align}
によって定まる数列$a_n,b_n$$a'_n,b'_n$が同じ漸化式を満たすのか、ということについて考察していきましょう。

ポテンシャル

 ここで WZ methodの記事 において
$$\z(3)=\frac52\sum^\infty_{n=1}\frac{(-1)^{n-1}}{n^3\binom{2n}n}$$
の証明に出てきたWZ-pair
\begin{align} H(n,k)&=\frac{(-1)^{k-1}}{\binom nk\binom{n+k}k}\\ F(n,k)&=\frac1{2(k+1)^3}H(n,k+1)\\ G(n,k)&=\frac{n-k}{(k+1)^2(n+1)^2}H(n,k+1) \end{align}
を思い出しましょう。これを用いると上の$c_{n,k}$
$$c_{n,k}=\sum^n_{m=1}G(m-1,0)+\sum^k_{m=1}F(n,m-1)$$
と表せます($c'_{n,k}$$\z(2)$に関するWZ-pairを用いて同様に表せます)。
 またグリッド上の経路
\begin{align} C:{} &(0,0)\to(1,0)\to\cdots\to(n,0)\\ &\to(n,1)\to(n,2)\to\cdots\to(n,k) \end{align}
を考えるとこれはWZ form
$$\o=F(n,k)\d k+G(n,k)\d n$$
の経路和分
$$c_{n,k}=\sum_C\o$$
として表せます。
 このように$c_{n,k}$はいわゆる"渦なし"差分形式の$(0,0)$から$(n,k)$までの経路和分となっており、これはベクトル解析で言うところのポテンシャルに類似するものであることがわかります。

 数列$c(n,k)$がWZ form
$$\o=F(n,k)\d k+G(n,k)\d n$$
ポテンシャルであるとは、その偏差分が
\begin{align} c(n,k+1)-c(n,k)&=F(n,k)\\ c(n+1,k)-c(n,k)&=G(n,k) \end{align}
を満たすことを言う。

$a(n),b(n)$の満たす漸化式

 さて$c_{n,k}$にポテンシャルという名前が付いたことにより次のような一般的な問いを立てることができます。

 properな超幾何数列$b(n,k)$とWZ form
$$\o=F(n,k)\d k+G(n,k)\d n$$
のポテンシャル$c(n,k)$に対して
\begin{align} a(n)&=\sum^n_{k=0}b(n,k)c(n,k)\\ b(n)&=\sum^n_{k=0}b(n,k) \end{align}
とおくと、これらの満たす漸化式はどのような関係にあるだろうか。

 そしてこの問題はZeilbergerによって次のような解答が与えられました。

 上の問題設定においてある多項式$R,S$および
$$\frac{B(n,k)}{b(n,k)},\quad\frac{D(n,k)}{b(n,k)F(n,k)}$$
$n,k$についての有理関数とするような超幾何数列$B,D$であって
\begin{align} R(n,N)b(n,k)&=B(n,k+1)-B(n,k)\\ S(n,N)R(n,N)(b(n,k)c(n,k))&=A(n,k+1)-A(n,k)\\ \big(A(n,k)&=S(n,N)(B(n,k)c(n,k))+D(n,k)\big) \end{align}
を満たすようなものが存在する。ただし$N$$n$についての前進作用素$Nf(n,k)=f(n+1,k)$とした。

  Zeilberger's method により
$$R(n,N)b(n,k)=B(n,k+1)-B(n,k)$$
を満たすような$R,B$の存在はわかる。
 このとき
$$R(n,N)=\sum^I_{i=0}r_i(n)N^i$$
とおくと
\begin{align} &\phantom{={}}R(n,N)(b(n,k)c(n,k))-(R(n,N)b(n,k))c(n,k)\\ &=\sum^I_{i=0}r_i(n)b(n+i)(c(n+i,k)-c(n,k))\\ &=\sum^I_{i=0}r_i(n)b(n+i)\sum^{i-1}_{j=0}(c(n+j+1,k)-c(n+j,k))\\ &=\sum^I_{i=0}r_i(n)b(n+i)\sum^{i-1}_{j=0}G(n+j,k)\\\\ &\phantom{{}={}}(R(n,N)b(n,k))c(n,k)\\ &=(B(n,k+1)-B(n,k))c(n,k)\\ &=B(n,k+1)c(n,k+1)-B(n,k)c(n,k)-B(n,k+1)(c(n,k+1)-c(n,k))\\ &=B(n,k+1)c(n,k+1)-B(n,k)c(n,k)-B(n,k+1)F(n,k) \end{align}
が成り立つので
$$H(n,k)=\sum^I_{i=0}r_i(n)b(n+i)\sum^{i-1}_{j=0}G(n+j,k)-B(n,k+1)F(n,k)$$
とおくと
$$R(n,N)(b(n,k)c(n,k))=B(n,k+1)c(n,k+1)-B(n,k)c(n,k)+H(n,k)$$
と表せる。
 このとき
$$\frac{H(n,k)}{b(n,k)F(n,k)}=\sum^I_{i=0}r_i(n)\frac{b(n+i)}{b(n)}\sum^{i-1}_{j=0}\frac{G(n+j,k)}{F(n,k)}-\frac{B(n,k+1)}{b(n,k)}$$
$n,k$についての有理関数となることに注意してZeilberger's methodにより
$$S(n,N)H(n,k)=D(n,k+1)-D(n,k)$$
なる$S,D$を取ることで、主張のような$R,S,B,D$が得られる。

 そして適当な条件下でこの等式
\begin{align} R(n,N)b(n,k)&=B(n,k+1)-B(n,k)\\ S(n,N)R(n,N)(b(n,k)c(n,k))&=A(n,k+1)-A(n,k) \end{align}
をそれぞれ$k$について足し合わせることで
$$R(n,N)b(n)=0,\quad S(n,N)R(n,N)a(n)=0$$
という$a(n),b(n)$についての漸化式が得られることとなります。
 特にこのことから$a(n),b(n)$は同じ漸化式
$$S(n,N)R(n,N)a(n)=S(n,N)R(n,N)b(n)=0$$
を満たすこともわかります。

残された謎

 これによりApéryの数列
\begin{align} a_n&=\sum^n_{k=0}\binom nk^2\binom{n+k}k^2c_{n,k}& a'_n&=\sum^n_{k=0}\binom nk^2\binom{n+k}kc'_{n,k}\\ b_n&=\sum^n_{k=0}\binom nk^2\binom{n+k}k^2& b'_n&=\sum^n_{k=0}\binom nk^2\binom{n+k}k\\ \bigg(c_{n,k}&=\sum^n_{m=1}\frac1{m^3}+\sum^k_{m=1}\frac{(-1)^{m-1}}{2m^3\binom nm\binom{n+m}m}\bigg)& \bigg(c'_{n,k}&=\sum^n_{m=1}\frac{(-1)^{m-1}}{m^2}+\sum^k_{m=1}\frac{(-1)^{m+n-1}}{2m^2\binom nm\binom{n+m}m}\bigg) \end{align}
が同じ漸化式を満たすことはある程度必然であることがわかりました。
 しかし依然として不思議なのが$a_n,b_n$が"丁度"同じ漸化式を満たす、つまり上の定理における$S(n,N)$として$S(n,N)=1$が取れる、あるいは同じことですが上の証明における$H(n,k)$$k$についてGosper総和可能となる、ということにあります。与えられたポテンシャル$c(n,k)$に対して都合のいい$b(n,k)$が存在するのか、あるいは与えられた$b(n,k)$に対して都合のいいポテンシャル$c(n,k)$が存在するのか、はたまた上の例が特殊なだけで一般論なんて存在しないのか。やはりまだまだ疑問は尽きませんね。

おわりに

 以上がApéryの定理の証明とその手法の背景に関する考察でした。
 今回の記事では個人的に疑問であった「なぜ$a_n,b_n$のような奇妙な数列が同じ漸化式を満たすのか」という問題に一つの解答が与えられて満足していますが(ちなみにCasoratianの項は思い付きで書いたおまけです)、上でも言及したようにApéryの手法にはまだまだ興味深い謎が数多く残されています。皆さんも興味があればApéryの手法について考察してみたり、他の定数の無理性証明への応用を考えてみてはいかがでしょうか。
 とりあえず今回はこんなところで。では。

おまけ:$\log2$の無理性

 上でも登場したZeilbergerの文献にApéryの手法による$\log2$の無理性証明が載っていたので簡単に紹介しておこうと思います。

\begin{align} H(n,k)&=\frac{(-1)^k}{2^n}\frac{n!k!}{(n+k)!}=\frac{(-1)^n}{2^k\binom{n+k}k}\\ F(n,k)&=\frac1{k+1}H(n,k+1)\\ G(n,k)&=\frac1{2(k+1)}H(n,k+1) \end{align}
とおくと$F,G$はWZ-pairをなす。

\begin{align} a_n&=\sum^n_{k=0}\binom nk\binom{n+k}kc_{n,k}\\ b_n&=\sum^n_{k=0}\binom nk\binom{n+k}k\\ \bigg(c_{n,k}&=\sum^k_{m=1}\frac{(-1)^{m-1}}m+\sum^n_{m=1}\frac{(-1)^k}{2^mm\binom{k+m}m}\bigg) \end{align}
とおくと$u_n=a_n,b_n$は同じ漸化式
$$(n+1)u_{n+1}-3(2n+1)u_n+nu_{n-1}=0$$
を満たす。ただし初項は
$$a_0=0,\quad a_1=2,\quad b_0=1,\quad b_1=3$$
である。

 あとの議論は
$$\log2=\sum^\infty_{n=1}\frac{(-1)^{n-1}}n$$
に注意すればわかる(と思う)ので省略します。
 ちなみに$a_n$は実は
$$a_n=\sum^n_{k=0}\binom nk\binom{n+k}k\sum^k_{m=1}\frac{(-1)^{m-1}}m$$
と表せる、つまり以下の事実が成り立つことが示せます。

$$\sum^n_{k=0}\binom nk\binom{n+k}k\sum^n_{m=1}\frac{(-1)^k}{2^mm\binom{k+m}m}=0$$
が成り立つ。

証明

 多項式列$P_n(x)$
\begin{align} P_n(x) &=\frac1{n!}\frac{d^n}{dx^n}(x(1-x))^n\\ &=\sum^n_{k=0}(-1)^k\binom nk\binom{n+k}kx^k \end{align}
によって定めると上の式は
\begin{align} &\phantom{{}={}} \sum^n_{k=0}\binom nk\binom{n+k}k\sum^n_{m=1}\frac{(-1)^k}{2^mm\binom{k+m}m}\\ &=\sum^n_{m=1}\frac1{2^m}\sum^n_{k=0}(-1)^k\binom nk\binom{n+k}k\frac{k!(m-1)!}{(k+m)!}\\ &=\sum^n_{m=1}\frac1{2^m}\sum^n_{k=0}(-1)^k\binom nk\binom{n+k}k\int^1_0x^k(1-x)^{m-1}dx\\ &=\sum^n_{m=1}\frac1{2^m}\int^1_0(1-x)^{m-1}P_n(x)dx \end{align}
と表せる。
 また部分積分を繰り返すことで任意の関数$f$に対し
$$\int^1_0P_n(x)f(x)dx=\frac{(-1)^n}{n!}\int^1_0(x(1-x))^n\frac{d^n}{dx^n}f(x)dx$$
が成り立つことと、$1\leq m\leq n$に対し
$$\frac{d^n}{dx^n}(1-x)^{m-1}=0$$
となることに注意すると主張を得る。

参考文献

[1]
R. Apéry, Irrationalité de ζ(2) et ζ(3), Astérisque, 1979, 11 - 13
[2]
A. van der Poorten, A proof that Euler missed..., The Mathematical Intelligencer, 1979, 195 - 203
投稿日:322
更新日:83

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投稿者

子葉
子葉
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主に複素解析、代数学、数論を学んでおります。 私の経験上、その証明が簡単に探しても見つからない、英語の文献を漁らないと載ってない、なんて定理の解説を主にやっていきます。 同じ経験をしている人の助けになれば。最近は自分用のノートになっている節があります。

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