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現代数学解説
文献あり

「オイラーの恒等式」について

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$$\newcommand{disp}[0]{\displaystyle} \newcommand{Hom}[0]{\mathrm{Hom}} \newcommand{Im}[0]{\mathrm{Im}} \newcommand{Ker}[0]{\mathrm{Ker}} \newcommand{matab}[2]{\begin{pmatrix} #1 & #2 \end{pmatrix}} \newcommand{matac}[3]{\begin{pmatrix} #1 & #2 & #3 \end{pmatrix}} \newcommand{matba}[2]{\begin{pmatrix} #1 \\ #2 \end{pmatrix}} \newcommand{matbb}[4]{\begin{pmatrix} #1 & #2 \\ #3 & #4 \end{pmatrix}} \newcommand{matbc}[6]{\begin{pmatrix} #1 & #2 & #3 \\ #4 & #5 & #6 \end{pmatrix}} \newcommand{matca}[3]{\begin{pmatrix} #1 \\ #2 \\ #3 \end{pmatrix}} \newcommand{matcb}[6]{\begin{pmatrix} #1 & #2 \\ #3 & #4 \\ #5 & #6 \end{pmatrix}} \newcommand{matcc}[9]{\begin{pmatrix} #1 & #2 & #3 \\ #4 & #5 & #6 \\ #7 & #8 & #9 \end{pmatrix}} \newcommand{ZZ}[1]{\mathbb Z / #1 \mathbb Z} $$

 以前からたびたび取り上げていた等式について進展があったので、その報告のための記事です。


 以前に書いた記事

において、以下の等式を示しました。

 $K$を体、$n \geq 2$を整数とし、$a_1, \ldots, a_n \in K$を相異なる元とする。このとき$k=0,1, \ldots, n-2$に対し
$$ \sum_{i=1}^{n} \frac{a_i^k}{\prod_{\substack{1 \leq j \leq n \\ j \neq i}}(a_i - a_j)} = 0,$$
また、
$$ \sum_{i=1}^{n} \frac{a_i^{n-1}}{\prod_{\substack{1 \leq j \leq n \\ j \neq i}}(a_i - a_j)} = 1 $$

さらに、この等式に関連する記事をいくつか書きました。

 これまでの記事で、何種類かの証明を見つけたり、分子の指数が$n$以上の場合に拡張したり、部分分数分解に応用したり、微分係数に関する等式を導いたり、二項係数に関する等式を導いたり、OMC の問題を解くのに使ったりしました。

 そんな中でずっと気になっていたのが、この等式は今まで知られていなかったのか?ということです。少なくとも私は自力で発見しており、本でもインターネット上でも見たことはありませんでした。
 そうして色々と探し回っていたところ、先日ある情報をいただきました。この場を借りて改めてお礼を申し上げます。ありがとうございました。

オイラーの恒等式

 答えは 岩波 数学入門辞典iwa にありました。以下の内容が載っています。

オイラーの恒等式

 $n \geq 2$を整数とし、$a_1, \ldots, a_n$を相異なる複素数とする。このとき$k=0,1, \ldots, n-2$に対し
$$ \sum_{i=1}^{n} \frac{a_i^k}{\prod_{\substack{1 \leq j \leq n \\ j \neq i}}(a_i - a_j)} = 0,$$
また、
$$ \sum_{i=1}^{n} \frac{a_i^{n-1}}{\prod_{\substack{1 \leq j \leq n \\ j \neq i}}(a_i - a_j)} = 1 $$

☆ 完 全 に 一 致 ☆
(複素数か任意の体かという違いはありますが)

 ということで、この等式はかのオイラーによって既に発見されていたようです。なんてこったい。証明は、$\disp \frac{z^m}{\prod_{i=1}^n(z-a_i)}$のリーマン球面上での留数の和が$0$であることから得られる、とのことです。

 なお、iwaより以前のソースまで遡ることは今のところできておりません。岩波の辞典に載っているので間違いないとは思うのですが、「オイラーの恒等式」でググっても数件しかヒットせず、「Euler's identity」でも別の式しか出てきません ( まあ、さすがにね )。wikipedia の このリスト にもありませんでした。なんとも謎めいています。

 何にせよ、命題1は私の新発見ではありませんでした。少し残念ではありますが、オイラーの名を冠する式に自力でたどり着けたことを喜ぶことにします。
 なお、任意の体で成り立つこと、および分子の指数が $n$ 以上の場合への拡張については、今のところ私の記事以外で言及されているところは見つかっていません。

負の指数に拡張

 ついでに、まだ記事にしていなかった結果を書いておきます。オイラーの恒等式を$k<0$の場合に拡張します。まず、$k \geq n-1$ の場合をおさらいします。

完全対称式

$x_1, \ldots, x_n$に関する$k$次の完全対称式
$$ h_k(x_1, \ldots, x_n) = \sum_{1 \leq i_1 \leq \cdots \leq i_k \leq n} x_{i_1}\cdots x_{i_k}$$
で定める。

 つまり完全対称式とは、$k$次のすべての単項式を係数1で足しあわせたものです。例えば
$$ h_0(x,y,z) = 1$$
$$ h_1(x,y,z) = x+y+z$$
$$ h_2(x,y,z) = x^2+y^2+z^2+xy+xz+yz$$
となります。

 $K$を体、$n \geq 2$を整数とし、$a_1, \ldots, a_n \in K$を相異なる元とする。
$k \geq n-1$のとき、
$$ \sum_{i=1}^n \frac{a_i^k}{\prod_{\substack{1 \leq j \leq n \\ j \neq i}} (a_i-a_j)} = h_{k-n+1}(a_1, \ldots, a_n)$$

 証明は こちらの記事 を参照。これを用いて、指数が負の場合を示します。

 $K$を体、$n \geq 2$を整数、$a_1, \ldots, a_n \in K$を相異なる元とし、$a_1, \ldots, a_n$$0$でないとする。
$k < 0$のとき、
$$ \sum_{i=1}^n \frac{a_i^k}{\prod_{\substack{1 \leq j \leq n \\ j \neq i}} (a_i-a_j)} = (-1)^{n-1} \frac{1}{\prod_{i=1}^n a_i} h_{-k-1}\left(\frac{1}{a_1}, \ldots, \frac{1}{a_n} \right)$$

 左辺を変形し、$\disp \frac{1}{a_1}, \ldots, \frac{1}{a_n}$ に関して命題3が使える形を目指す。分母の各因子から $a_ia_j$ をくくり出せば、
$$ \sum_{i=1}^n \frac{a_i^k}{\prod_{\substack{1 \leq j \leq n \\ j \neq i}} (a_i-a_j)} = \sum_{i=1}^n \frac{1}{a_i^{n-1} \prod_{\substack{1 \leq j \leq n \\ j \neq i}} a_j} \cdot \frac{a_i^k}{\prod_{\substack{1 \leq j \leq n \\ j \neq i}} \left( \frac{1}{a_j} - \frac{1}{a_i} \right)}$$
となり、さらに変形して
$$ \begin{aligned}   \sum_{i=1}^n \frac{1}{a_i^{n-1} \prod_{\substack{1 \leq j \leq n \\ j \neq i}} a_j} \cdot \frac{a_i^k}{\prod_{\substack{1 \leq j \leq n \\ j \neq i}} \left( \frac{1}{a_j} - \frac{1}{a_i} \right)} &= \sum_{i=1}^n \frac{1}{\prod_{\substack{1 \leq j \leq n \\ j \neq i}} a_j} \cdot \frac{a_i^{k-n+1}}{\prod_{\substack{1 \leq j \leq n \\ j \neq i}} \left( \frac{1}{a_j} - \frac{1}{a_i} \right)}\\   &= \frac{1}{\prod_{i=1}^n a_i} \sum_{i=1}^n \cdot \frac{a_i^{k-n+2}}{\prod_{\substack{1 \leq j \leq n \\ j \neq i}} \left( \frac{1}{a_j} - \frac{1}{a_i} \right)}\\   &= (-1)^{n-1} \frac{1}{\prod_{i=1}^n a_i} \sum_{i=1}^n \cdot \frac{a_i^{k-n+2}}{\prod_{\substack{1 \leq j \leq n \\ j \neq i}} \left( \frac{1}{a_i} - \frac{1}{a_j} \right)}\\   &= (-1)^{n-1} \frac{1}{\prod_{i=1}^n a_i} \sum_{i=1}^n \cdot \frac{\left( \frac{1}{a_i} \right)^{n-2-k}}{\prod_{\substack{1 \leq j \leq n \\ j \neq i}} \left( \frac{1}{a_i} - \frac{1}{a_j} \right)}\\   &= (-1)^{n-1} \frac{1}{\prod_{i=1}^n a_i} h_{(n-2-k)-n+1}\left(\frac{1}{a_1}, \ldots, \frac{1}{a_n} \right)\\   &= (-1)^{n-1} \frac{1}{\prod_{i=1}^n a_i} h_{-k-1}\left(\frac{1}{a_1}, \ldots, \frac{1}{a_n} \right) \end{aligned}$$
を得る。ここで、最後から2番目の等号で命題3を用いた。$k \leq -1$より$n-2-k \geq n-1$であることに注意。

 これで、オイラーの恒等式を負の指数にまで拡張することができました。

$$\begin{aligned}   \frac{1}{a^2(a-b)(a-c)} + \frac{1}{b^2(b-a)(b-c)} + \frac{1}{c^2(c-a)(c-b)} &= \frac{a^{-2}}{(a-b)(a-c)} + \frac{b^{-2}}{(b-a)(b-c)} + \frac{c^{-2}}{(c-a)(c-b)}\\   &= (-1)^{3-1} \frac{1}{abc} h_{2-1}\left( \frac{1}{a}, \frac 1b, \frac 1c  \right)\\   &= \frac{1}{abc} \left( \frac 1a + \frac 1b + \frac 1c \right) \end{aligned}$$

というわけで、今回はここまで。
ではまた。

参考文献

[1]
青本 和彦, 上野 健爾, 加藤 和也, 神保 道夫, 砂田 利一, 高橋 陽一郎, 深谷 賢治, 俣野 博, 室田 一雄, 岩波 数学入門辞典, 岩波書店, 2005
投稿日:4日前
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投稿者

koumei
koumei
17
1837
(2023/11/30)別名義を使ってましたが、OMCでの名義に揃えました。

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