この記事では後の記事に向けて楕円関数の変換という問題の解き方について解説していきます。
また参考文献の少ない中筆者が自力で考察した内容となっているので一部間違い等があるかもしれませんがご了承ください。
楕円関数論の祖の一人であるヤコビはその著書"Fundamenta Nova Theoriæ Functionum Ellipticarum"の冒頭で
$$\frac{dy}{\sqrt{A'+B'y+C'y^2+D'y^3+E'y^4}}=\frac{dx}{\sqrt{A+Bx+Cx^2+Dx^3+Ex^4}}$$
を満たすような$x$の有理関数
$$y=y(x)=\frac{U(x)}{V(x)}\quad(U(x),V(x)は互いに素な多項式)$$
を決定するという問題を考えました。そしてヤコビはこの問題を次のような形に帰着させます。
微分方程式
$$\frac{dy}{\sqrt{(1-y^2)(1-l^2y^2)}}=\frac{dx}{M\sqrt{(1-x^2)(1-k^2x^2)}}\quad(Mは定数)$$
を満たすような有理関数$y$を考える問題を楕円関数の変換と呼ぶ。またこの定数$M$のことを乗法子(Multiplier)と言う。
以下でこの問題を、いくつかの簡単な仮定を設けながら、解析的に解いていきます。
まず$x=0$の付近で
$$\int^y_0\frac{dt}{\sqrt{(1-t^2)(1-l^2t^2)}}
=\frac1M\int^x_0\frac{dt}{\sqrt{(1-t^2)(1-k^2t^2)}}$$
が成り立ってくれると嬉しいので$y(0)=0$を仮定します。このとき以下の主張が成り立ちます。
楕円関数の変換は$\sn(u/M,l)$を$\sn(u,k)$の有理式で表す問題と言い換えられる。
仮定より$x=0$の付近で
$$u=\int^x_0\frac{dt}{\sqrt{(1-t^2)(1-k^2t^2)}},\quad
v=\int^y_0\frac{dt}{\sqrt{(1-t^2)(1-k^2t^2)}}$$
つまり
$$x=\sn(u,k),\;y=\sn(v,l)$$
という置き換えは可逆となり、
$$du=\frac{dx}{\sqrt{(1-x^2)(1-k^2x^2)}}$$
に注意すると楕円関数の変換は
$$dv=\frac{du}{M}$$
つまり
$$v=\frac uM+C$$
という関係に置き換わる。
また$y(0)=0$より$u=0$のとき$v=0$となるので$C=0$つまり$v=u/M$を得る。
この変換によって微分方程式は満たされるので残る問題は$y=\sn(u/M,l)$を$x=\sn(u,k)$の有理式として表すこととなる。
いま$y(0)=0$から$\sn(u,k)$と$\sn(u/M,l)$の零点の位置を考えると、格子$2K\Z+2iK'\Z$は格子$M(2L\Z+2iL'\Z)$に埋め込まれる、つまり以下の主張が成り立つことになります。
ある整数行列$A'\in M_2(\Z)$があって
$$\frac1M\begin{pmatrix}iK'\\K\end{pmatrix}=A'\begin{pmatrix}iL'\\L\end{pmatrix}$$
が成り立つ。また$A=pA'^{-1}$とおくと
$$M\begin{pmatrix}iL'\\L\end{pmatrix}=
\frac Ap\begin{pmatrix}iK'\\K\end{pmatrix}$$
が成り立つ。この関係によって得られる変換を$p$次の変換と言う。
$p$次の変換
$$M\begin{pmatrix}iL'\\L\end{pmatrix}=
\frac Ap\begin{pmatrix}iK'\\K\end{pmatrix}$$
に対してこの比を取ることで得られる$k,l$についての関係式
$$\frac{iL'}{L}=\frac{aiK'+bK}{ciK'+dK}\quad(ad-bc=p)$$
を$p$次のモジュラー方程式と言う。
$k=k(\tau),l=k(\tau')$とおくと
この記事
の定理10より
$$\tau'=\frac{a\tau+b}{c\tau+d}=A\tau$$
と$k,l$の関係が決定する。特に$\tau,\tau'\in\mathbb{H}$より$\det A=ad-bc>0$でなければならないことがわかる。
逆にモジュラー方程式が成り立っているとき
$$M=\frac{ciK'+dK}{pL}=\frac{aiK'+bK}{piL'}$$
とおくことで$y=\sn(u/M,l)$と$x=\sn(u,k)$の関係は決定します(ただしそれが有理的な関係であるかはまだわかりません)。
これによって楕円関数の変換は行列$A\in M_2(\Z)$に対して
$$\sn\l[\frac uM,A\tau\r]=f_A(\sn[u,\tau],\tau)\quad\l(\sn[u,\tau]=\frac{\t_3(\tau)}{\t_2(\tau)}\frac{\t_1(u/\pi\t_3(\tau)^2,\tau)}{\t_4(u/\pi\t_3(\tau)^2,\tau)}\r)$$
が成り立つような有理式$f_A(x,\tau)$を考える問題に置き換えることができます。
ちなみに$A=\M n00n$とおくと$A\tau=n\tau/n=\tau$なので
$$M=\frac{nK}{n^2L}=\frac1n$$
となります。つまり楕円関数の変換は$\sn$の倍数公式
$$\sn[nu,\tau]=f_A(\sn[u,\tau],\tau)$$
を一般化した問題だということができます。
$\cos$の倍角を多項式$f$によって
$$\cos nx=f(\cos x)$$
と表す問題(cf. チェビシェフ多項式)の類似と考えるとわかりやすいと思います。
以下$(-A)\tau=A\tau$および$M_{-A}=-M_A$より$f_{-A}=-f_A$となるのが面倒なので諸々の符号についてはあまりよく考えないこととします。
まず楕円関数の変換$y=y(x)$が存在したとき、$y$や$A$が満たす性質について考えます。
$y$はある互いに素な多項式$P,Q\;(P(0)=Q(0)=1)$を用いて
$$y=\frac xM\frac{P(x^2)}{Q(x^2)}$$
と表せる。
$x=\sn(u,k),\;y=\sn(u/M,l)$という置き換えから$y$は$x$についての奇関数となる。よって
$$y=\frac{U(x)}{V(x)}
=\frac{y(x)-y(-x)}2=\frac{U(x)V(-x)-U(-x)V(x)}{2V(x)V(-x)}$$
となるのでこの分母分子の係数に注意するとある互いに素な多項式$P,Q$があって
$$y=Ax\frac{P(x^2)}{Q(x^2)}$$
と書けることがわかる($y(0)=0$より$Q(0)\neq0$に注意する)。
また問題の微分方程式において$x=0$とおくことで
$$\frac{dy}{dx}(0)=\frac1M=A\frac{P(0)}{Q(0)}$$
がわかるので主張を得る。
いま$A=\M abcd$とおいたとき
$$\frac1M\begin{pmatrix}iK'\\K\end{pmatrix}=
\begin{pmatrix}d&-b\\-c&a\end{pmatrix}\begin{pmatrix}iL'\\L\end{pmatrix}$$
が成り立つことに注意します。
$a\equiv 1,\;b\equiv0\pmod2$が成り立つ。
$u=K$における挙動を考えると
$$\frac KM=aL-ciL'$$
より$y(1)$の候補としては$0,\pm1,\pm1/k,\infty$がある。
$y(1)=0,\infty$とすると$y$は分母か分子に$1-x$を因数に持つことになるが、$1-\sn(u,k)$は重根を持つので$\sn(u/M,l)$は二位以上の零点・極を持たないことに矛盾する。
よって$a\equiv1\pmod2$を得る。
また$u=iK'$における挙動を考えると
$$\sn(u/M,l)=\sn(u,k)^{\deg U-\deg V}O(1)\quad(u\to iK')$$
および偶奇の違いから
$$\deg U-\deg V\neq0$$
が成り立つので$\sn(u/M,l)$は$u=iK'$において零点か極を取ることになる。
よって
$$\frac{iK'}M=-bL+diL'$$
から$b\equiv0\pmod2$を得る。
次に行列$A$に対して$f_A$を決定するための補題を示しておきます。
行列$A,B\in M_2(\Z)$に対し
$f_{AB}(x,\tau)=f_A(f_B(x,\tau),B\tau)$
が成り立つ。特に任意の$\g\in\L$に対し
$f_{\g A}(x,\tau)=f_A(x,\tau)$
$f_{A\g}(x,\tau)=f_A(x,\g\tau)$
となる。
$$\sn\l[\farc{u}{M_A(B\tau)M_B(\tau)},AB\tau\r]
=f_A(\sn\l[\frac u{M_B},B\tau\r],B\tau)
=f_A(f_B(\sn[u,\tau],\tau),B\tau)$$
より
$f_{AB}(x,\tau)=f_A(f_B(x,\tau),B\tau)$
がわかる。
また
前の記事
の命題13として確認したように
$\sn[u,\tau]=\sn[u,\g\tau]$
つまり
$f_\g(x,\tau)=x$
が成り立つことと合わせて主張を得る。
任意の複素数$c$に対し方程式
$\sn(u,k)-c=0$
は基本領域
$\{2Ks+iK't\mid s,t\in(-1,1]\}$
内に重複度込みで丁度2つの解をもち、その解を$u_1,u_2$とおくと
$u_1+u_2=2K$または$u_1+u_2=-2K$
が成り立つ。特に$c\neq\pm1$のときは重解を持たない。
リウヴィルの第三定理(
この記事
の命題5)から楕円関数$\sn(u,k)-c$の基本領域における零点と極の個数は等しく、極の個数は$u=iK,2K+iK$の$2$つのみであるので零点の個数も丁度$2$つとなる。
また
$\sn(u,k)=\sn(\pm2K-u,k)$
が成り立つことから
$u_1+u_2=\pm2K$
を得る。
このことから$\sn(u,k)=c$が$\C$上で解$u=u_1,u_2$を持つとき、
$u_1-u_2\in 4K\Z+2iK'\Z$または$u_1+u_2\in2K\Z+2iK'\Z$
が成り立つことにも注意します。
命題4での議論から
$y(1)=\pm1,\pm1/k$
が成り立つので、簡単のため条件$y(1)=\pm1$を追加して考えます。これは$c\equiv0\pmod2$によって満たされます。
このとき
$\phantom{\g}A=\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix}
\phantom{j}\quad(ad-bc=p,\;a\equiv1,\;b,c\equiv0\pmod2)$
であったので
前の記事
の命題7よりある$\g\in\L$によって
$\g A=\begin{pmatrix}a&2j\\0&d\end{pmatrix}\quad(ad=p,\;a\equiv1\pmod2,\;0\leq j< d)$
と変形できます。さらに
$\g A=\begin{pmatrix}1&0\\0&d\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}1&2j\\0&1\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}a&0\\0&1\end{pmatrix}$
と分解することで命題5から素数次の変換を考えれば任意の楕円関数の変換が得られます。
また$A$の符号を調整することで以下$a\equiv1\pmod4$つまり$y(1)=1$とします。
$a\equiv1\pmod2$に注意すると$2$次の変換は
$A=\begin{pmatrix}1&0\\0&2\end{pmatrix}$
の一通りとなる。このとき
$$M\begin{pmatrix}iL'\\L\end{pmatrix}=
\begin{pmatrix}\frac12&0\\0&1\end{pmatrix}\begin{pmatrix}iK'\\K\end{pmatrix}$$
より基本領域
$\{2Ks+iK't\mid s,t\in(-1,1]\}$
における$\sn[u/M,\tau/2]$の
零点は$u=0,2K,iK',2K+iK'$
極は$u=\pm iK'/2,2K\pm iK'/2$
の$4$つずつとなる。よって補題6や
前の記事
の定理6系に注意して
$$f_2(x,\tau)
=x\frac{1-1/\sn^2[iK'/2,\tau]}{1-x^2/\sn^2[iK'/2,\tau]}=\frac{(1+k)x}{1+kx^2}$$
とおくと
$$\frac{\sn[u/M,\tau/2]}{f_2(\sn[u,\tau],\tau)}$$
は零点も極も持たない楕円関数となる。よってリウヴィルの第一定理(
この記事
の命題3)からこれは定数関数であり、$f_2(1,\tau)=1$より$f_2$が求める有理関数となる。
また命題3や
$2$次モジュラー方程式
から以下の主張が得れらる。
$2$次の変換は
$\dis f_2(x,\tau)=\frac{(1+k)x}{1+kx^2}$
となる。このとき
$\dis M=\frac1{1+k},\;l=\frac{2\sqrt k}{1+k}$
が成り立つ。
$p$次の変換は
$A_p=\M p001,\;A_j=\M1{2j}0p\quad(0\leq j< p)$
の$p+1$通りある。
いま$j$が奇数のとき
$\M1201 A_j=\M1{2(j+p)}01$
によって$b\equiv0\pmod4$とみなすと$p=ad-bc\equiv d\equiv1\pmod2$および
\begin{eqnarray}
\sn\l(u+iK',k\r)&=&\frac1{k\sn(u,k)}
\\\frac{iK'}M&=&-bL+diL'
\end{eqnarray}
に注意すると
$$f_{A_j}\l(\frac1{kx},\tau\r)=\frac1{lf_{A_j}(x,\tau)}$$
が成り立つ。このことから
$$f_{A_j}(x,\tau)=\frac xM\frac{\prod_m(1-x^2/a^2_m)}{\prod_n(1-x^2/b^2_n)}$$
とおくと$k^2a_n^2b_n^2=1$つまり
$$f_{A_j}(x,\tau)=\frac xM\prod_n\frac{1-x^2/a^2_n}{1-k^2a^2_nx^2}$$
となることがわかる。
そして$4K\Z+2iK'\Z=4K\Z+(2iK'+4jK)\Z$を法とした$\sn[u/M,A_j\tau]$の零点は
$$\o_p=\frac{2K}p,\;\o_j=\frac{4jK+2iK'}p\quad(j\neq p)$$
とおくことで
$$f_{A_j}(x,\tau)=\frac xM\prod^{\frac{p-1}2}_{n=1}\frac{1-x^2/a^2_n}{1-k^2a^2_nx^2}\quad(a_n=\sn[\o_jn,\tau])$$
を得る。
また$f_{A_j}(1,\tau)=1$や$f_{A_j}(1/kx,\tau)=1/lf_{A_j}(x,\tau)$としていたことから以下の主張が得られる。
$$\o_p=\frac{2K}p,\;\o_j=\frac{4jK+2iK'}p\quad(j\neq p)$$
とおくと、$p$次の変換($p:$奇素数)は
$$f_j(x,\tau)=\frac xM\prod^{\frac{p-1}2}_{n=1}\frac{1-x^2/a^2_n}{1-k^2a^2_nx^2}\quad(a_n=\sn[\o_jn,\tau])$$
の$p+1$通りとなる。このとき
\begin{eqnarray}
M&=&\prod^{\frac{p-1}2}_{n=1}\frac{-(1-a_n^2)}{a^2_n(1-k^2a_n^2)}
&=&(-1)^{\frac{p-1}2}\prod^{\frac{p-1}2}_{n=1}\frac{\cn^2[\o_jn,\tau]}{\sn^2[\o_jn,\tau]\dn^2[\o_jn,\tau]}
\\l&=&M^2k\prod^{\frac{p-1}2}_{n=1}k^2a_n^4
&=&k^p\prod^{\frac{p-1}2}_{n=1}\frac{\cn^4[\o_jn,\tau]}{\dn^4[\o_jn,\tau]}
\end{eqnarray}
が成り立つ。
ヤコビは少なくとも一方は$p$と互いに素な整数$m,m'$に対し
$$\o=\frac{4mK+4m'iK'}p$$
とおき
$$f(x,\tau)=\frac xM\prod^{\frac{p-1}2}_{n=1}\frac{1-x^2/a^2_n}{1-k^2a^2_nx^2}\quad(a_n=\sn[\o n,\tau])$$
を$p$次の変換の解としました。
これらは$f$の取れ方によって
$$\o=\frac{4K}p,\frac{4mK+4iK'}p\quad(m=0,1,\ldots,p-1)$$
の$p+1$通りに帰着できます。
これと上で定めた$p$次の変換は一見異なるように見えますが、$\sn[u/M,A\tau]$の零点の整理の仕方を変えることで以下のような対応があることがわかります。
はい。
というわけで楕円関数の変換という問題について解析的に考えることで「楕円関数の変換の具体形」がわかりました。次の記事ではこれを利用し楕円関数の変換を代数的に考えることで「楕円関数の変換の具体値」を求めます。それによって$p$次の変換における$k$と$l$の関係や$M$の値が具体的に求まっていくのでお楽しみに。
とりあえず今回はこんなところで。
では。