導入
素朴集合論の基礎 (集合と写像,空集合など) に親しみがあり,圏の定義を知っていることを仮定する.また,この記事を通して,以下の記法を用いる (主に [1] で扱われているものを採用している):
- 空集合 (empty set) をで表す.
- に対して,との対 (pair) をで定める.に対して,ならば,かつが成り立つことが知られている.
- 圏 (category) に対して,がの対象 (object) であることを,記号を用いてで表す.
- 圏とに対して,からへのでの射 (morphism) の全体は集合であることを仮定して,この集合をで表す.すなわち,以下で扱う圏は全て
局所小圏
(locally small category) である.
- 圏に対して,であり,がからへの射であるとき,「(の) 射に対して...」などの略記を用いることがある.
- 通常の定義とは異なるが,圏とに対して,での合成 (composition) をからへの写像として定義する.
- 圏とでの射とに対して,での射をとのでの合成 (composition) とよび,やで表す.
- 圏とに対して,のでの恒等射 (identity) をで表す.
集合の圏
集合の圏の構成
集合の圏
圏を以下で定める:
- の対象とは,集合のことである.
- の対象とに対して,からへのでの射とは,からへの写像のことである.すなわち,集合を,からへの写像の全体と定める.
- での射とに対して,との合成を,各に対してで定める.すなわち,の対象ととに対して,写像を,各ととに対してで定める.
は圏をなす.
実際,の各対象に対して,での射が,各に対してで定まる.での任意の射に対して,及びが各に対して成り立つので,である.
また,での任意の射ととに対して,
が各に対して成り立つので,である.
ゆえに,は圏をなし,各に対して,はのでの恒等射である.
圏を集合の圏 (category of sets)とよぶ.
集合の全体は"集合としては定義出来ない"ことが知られている.そのため,上で定めた圏は
小圏
(small category) ではない.しかし,ここでは
グロタンディーク宇宙
(Grothendieck universe) や
強到達不能基数
(strongly inaccessible cardinal) などの道具を用いて圏の大きさに制限を設けることはせずに,集合全体の"集まり"なども集合のように扱うことにする.詳しくは [2, §1.2.15] や [2, §A.1] の冒頭を参照されたい.
集合の圏は良い性質をたくさんもつことが知られているが,ここでは以下の二つのみを紹介する:
- が終対象をもつこと (命題 3).
- が積をもつこと (命題 6).
ここでは,[
3
,
Tag 002I
] にある product ではなく,[
3
,
Tag 001S
] にある product of pairs のことを積 (product) とよんでいることに注意されたい.
準備
終対象と積を導入する前に,同型射について述べておこう.
を圏とする.
とする.がからへの同型射 (isomorphism) であるとは,がからへの射であり,かつをみたす射が存在することをいう.がからへの同型射であることを,が同型射であるという.
射とに対して,であることは,
という図式 (diagram) が可換 (commutative)であると表される.同様に,であることは,図式
が可換であると表される.図式及びその可換性の正確な定義は述べないが,以下ではしばしば図式の可換性という形式で,条件を記述することがある.
射を取る.射がかつ,及びかつをみたすならば,特にかつであり,命題 1 よりが成り立つ.ゆえに,が同型射ならば,かつをみたす射が一意に存在することがわかる.これをの逆 (inverse) とよび,で表す.
集合の圏は終対象をもつ
終対象
を圏として,とする.が終対象 (terminal object) であるとは,任意のに対して,からへの射が一意に存在することをいう.
を圏として,とする.とが終対象ならば,からへの同型射が一意に存在する.
- からへの同型射が存在すること: はの終対象だから,射が取れる.また,はの終対象だから,射が取れる.
とはからへの射であり,が終対象であることから,を得る.また,とはからへの射であり,が終対象であることから,を得る.
ゆえに,はからへの同型射である. - からへの同型射が一意であること: が終対象であり,からへの同型射はからへの射であることから,任意の同型射に対して,である.
集合を任意に取る.
(1) からへの写像が存在すること: 写像が,各に対してで定まる.
(2) からへの写像が一意であること: 写像を任意に取る.各に対して,だから,であり,である.
ゆえに,は終対象をもつ.
集合の圏は積をもつ
積
を圏として,とする.と射とに対して,組がとの積 (product) であるとは,任意のと任意の射とに対して,かつをみたす射が一意に存在することをいう:
を圏として,として,とを射として,はとの積であるとする.射がかつをみたすならば,である.
を圏として,として,とととを射とする.とがとの積ならば,かつをみたすからへの同型射が一意に存在する:
- かつをみたすからへの同型射が存在すること: はとの積だから,かつをみたす射が取れる:
また,はとの積だから,かつをみたす射が取れる:
このとき,及びであり,がとの積であることから,補題 4 よりを得る.また,及びであり,がとの積であることから,補題 4 よりを得る.ゆえに,はからへの同型射である.
の定め方から,かつが成り立つ. - かつをみたすからへの同型射が一意であること: がとの積であり,からへの同型射はからへの射であることから,かつをみたす任意の同型射に対して,である.
定義 1 にも現れたが,集合とに対して,との積 (product) とは,で定まる集合のことである.ただし,とはの略記である.集合とに対して,写像とが,各に対してとで定まる.
集合と写像とを任意に取る.
- かつをみたす写像が存在すること: 写像が,各に対してで定まる.及びが各に対して成り立つので,かつである.
- かつをみたす写像が一意であること: かつをみたす写像を任意に取る.各に対して,だから,をみたすとが存在して,
であり,である.
ゆえに,は積をもつ.
まとめ
この記事では,集合の圏を構成して,が終対象と積をもつことを確認した.一般に,圏が終対象と積をもつとき,は有限積をもつ (have finite products) ということがある([
3
,
Tag 001R
]).
有限積をもつ圏は自然な「モノイダル構造」をもつことが知られている.次の記事では,モノイダル構造や「モノイダル圏」を定義して,上のモノイダル構造を構成する.また,上のモノイダル構造が「対称モノイダル閉構造」であることを示す.
付録: 命題 5 の別証明
以下では,命題 5 の別証明を与える.この証明は,準備は少し大変かもしれないが,見通しがよいと思う.
命題 5,再掲
を圏として,として,とととを射とする.とがとの積ならば,かつをみたすからへの同型射が一意に存在する:
を圏として,とする.
圏を以下で定める:
(1) の対象とは,とでの射との組のことである.
(2) の対象とに対して,からへのでの射とは,かつをみたすでの射のことである:
すなわち,集合を,
で定める.
(3) での射とに対して,とのでの合成を,とのでの合成として定める.すなわち,の対象ととに対して,写像
を,各とに対してで定める.
での射とを取る.このとき,がからへのでの射であることは,以下のように示される.
まず,はからへのでの射だから,はからへのでの射であり,かつをみたす:
また,はからへのでの射だから,はからへのでの射であり,かつをみたす:
このとき,とのでの合成がからへのでの射として定まり,及びをみたす:
これは,がからへのでの射であることを示している.
は圏をなす.実際,の各対象に対して,のでの恒等射は,からへのでの射であり,かつをみたす:
ゆえに,はからへのでの射である.での任意の射に対して,である.
また,での任意の射ととに対して,
である.
ゆえに,は圏をなし,各に対して,はのでの恒等射である.
として,をでの射とする.このとき,以下は同値である:
(i) はからへのでの同型射である.
(ii) はからへのでの同型射であり,かつをみたす:
(i)(ii): (i) が成り立つならば,かつをみたすでの射が取れる.定義 5, (2) よりはからへのでの射である.また,定義 5, (3) とが圏をなすことの議論から,及びが成り立つ.ゆえに,(ii) が成り立つ.
(ii)(i): (ii) が成り立つならば,かつをみたすでの射が取れる.及びだから,定義 5, (2) よりはからへのでの射である:
また,定義 5, (3) とが圏をなすことの議論から,及びが成り立つ.ゆえに,(i) が成り立つ.
我々が示したいのは,以下の主張であった:
として,とととをでの射とする.とがとのでの積ならば,かつをみたすからへのでの同型射が一意に存在する:
である.とがとのでの積ならば,定義 5, (2) よりこれらはの終対象であり,命題 2 よりからへのでの同型射が一意に存在して,補題 8 より主張が成立する.
追記
- 2022/2/19 21:40 命題 1 の証明を修正した.
- 2022/2/20 15:36 参考文献に第2回 (前半) の記事 [
5
] を加えた.
- 2022/2/23 22:28 参考文献に第2回 (後半) の記事 [
6
] を加えた.
- 2022/2/26 14:55 参考文献に第3回の記事 [
7
] を加えた.
- 2022/3/3 22:56 参考文献に第4回 (前半) の記事 [
8
] を加えた.
- 2022/3/3 22:56 参考文献に第4回 (後半) (1) の記事 [
9
] を加えた.
- 2022/3/3 23:32 参考文献に第4回 (後半) (2) の記事 [
10
] を加えた.