前回の記事 [
4
] では,集合の圏を構成して,が終対象と積をもつことを確認した.この記事では,モノイダル圏を定義することを目標とする.
導入
素朴集合論の基礎 (集合と写像,空集合など) に親しみがあり,圏の定義を知っていることを仮定する.
また,この記事を通して,以下の記法を用いる (主に [1] で扱われているものを採用している):
- 正の整数と () に対して,を以下で定義する:
(a) である場合は,と定める.
(b) 正の整数に対して,と定める.
とに対して,が成り立つ.
ととに対して,をで表す.また,正の整数と () に対して,をと略記することがある.
正の整数とと () に対して,ならば,をみたす各に対してであることが知られている.
第1回の記事 [
4
] からは,定義 1 と命題 1 を用いており,これらを定義 1.1 及び命題 1.1 で表している.
準備
モノイダル構造やモノイダル圏を定義するための準備として,ここでは関手や自然変換などの概念を導入して,それらの基本的な性質について述べる.
圏の積
を正の整数として, () を圏とする.圏を以下で定義する:
- の対象とは,の対象 () の組のことである.
- の対象とに対して,からへのでの射とは,での射 () の組のことである.
- での射とに対して,とのでの合成を,とのでの合成 () に対して,で定める.
正の整数に対して,は圏をなす.実際,の各対象を取るとき,のでの恒等射 () に対して,はからへのでの射である.での任意の射に対して,
である.
また,での任意の射ととに対して,
である.
ゆえに,正の整数に対して,は圏をなし,各に対して,はのでの恒等射である.
圏に対して () である場合は,をで表す.
関手
共変関手
とを圏とする.
- 各に対して,やで表されるの対象が一意に定まるような対応,
- 各に対して,からへの写像,
が与えられているとき,組がからへの共変関手 (covariant functor) であるとは,以下が成り立つことをいう:
- 任意のに対して,である.
- での任意の射とに対して,である:
ここで,左辺のはとのでの合成を,右辺のはとのでの合成を表している.
共変関手のことを,以下では関手 (functor) とよぶことにする.がからへの関手であることを,が関手であるという.また,関手に対して,と () をいずれもと略記する.
恒等関手
を圏とする.からへの関手を以下で定める:
(1) 各に対して,の対象をと定める.
(2) での各射に対して,からへのでの射をで定める.
圏を取るとき,はからへの関手である.実際,任意のに対して,である.
また,での任意の射とに対して,である.
関手をの恒等関手 (identity functor) という.
関手の合成
とを関手とする.からへの関手を以下で定める:
(1) 各に対して,の対象をと定める.
(2) での各射に対して,からへのでの射をで定める.
関手とを取るとき,はからへの関手である.実際,とが関手であることから,任意のに対して,
である.
また,とが関手であることから,での任意の射とに対して,
である.
関手をとの合成 (composition) とよぶ.
任意のに対して,及びである.
また,での任意の射に対して,及びである.
ゆえに,が成り立つ.
任意のに対して,
である.
また,での任意の射に対して,
である.
ゆえに,が成り立つ.
命題 2 の証明から,関手ととに対して,からへの関手が,各に対して及び,の各射に対してで定まることがわかる.
関手の積
を正の整数として, () を関手とする.からへの関手を以下で定める:
(1) 各に対して,の対象をで定める.
(2) での各射に対して,からへのでの射をで定める.
関手 () を取るとき,はからへの関手である.実際, () が関手であることから,任意のに対して,
である.
また, () が関手であることから,での任意の射とに対して,
である.
の場合はをで表す.
自然変換
自然変換
を関手とする.での射の族がからへの自然変換 (natural transformation) であるとは,での任意の射に対して,が成り立つことをいう:
がからへの自然変換であることを,が自然変換であるという.
関手と自然変換とに対して,をで表す.
恒等変換
を関手とする.からへの自然変換を,各に対して,からへのでの射をのでの恒等射とすることで定める.
関手に対して,はからへの自然変換である.実際,での任意の射に対して,
である:
をの恒等変換 (identity transformation) とよぶ.
自然変換の垂直合成
を関手として,とを自然変換とする.からへの自然変換を,各に対して,からへのでの射をとすることで定める:
関手と自然変換とを取るとき,はからへの自然変換である.実際,とが自然変換であることから,での任意の射に対して,かつであり,
である:
をとの垂直合成 (horizontal composition) とよぶ.
自然同型
を関手とする.がからへの自然同型 (natural isomorphism) であるとは,がからへの自然変換であり,かつをみたす自然変換が存在することをいう.がからへの自然同型であることを,が自然同型であるという.
を関手として,を自然変換とする.自然変換に対して,かつならば,である.
よりわかる.ただし,1 番目と 5 番目の等号には命題 3 を,3 番目の等号には命題 4 を用いた.
関手と自然変換を取る.自然変換がかつ,及びかつをみたすならば,特にかつであり,命題 5 よりが成り立つ.ゆえに,が自然同型ならば,かつをみたす自然変換が一意に存在することがわかる.これをの逆 (inverse) とよび,で表す.
を関手とする.での射の族に対して,以下は同値である:
(1) はからへの自然同型である.
(2) はからへの自然変換であり,各に対して,はからへのでの同型射である.
(1)(2): (1) が成り立つならば,はからへの自然変換であり,かつをみたす自然変換が取れる.任意のに対して,かつだから,(2) が成り立つ.
(2)(1): (2) が成り立つならば,各に対して,かつをみたすでの射が取れて,での射の族が定まる.が自然変換であることから,での任意の射に対して,であり,
である:
ゆえに,はからへの自然変換である.任意のに対して,かつだから,かつであり,(1) が成り立つ.
関手と自然変換を取る.がからへの自然同型ならば,命題 5 の直後に述べたように,かつをみたす自然変換が一意に存在する.命題 6 を用いると,これは以下のように示すことも出来る:
はからへの自然同型であるとする.かつ,及びかつをみたす自然変換を取る.このとき,任意のに対して,かつ,及びかつが成り立つ.また,命題 6, (1)(2) より,各に対して,はからへの同型射である.命題 1.1 の直後の議論から,任意のに対してであり,を得る.
モノイダル圏
モノイダル構造とモノイダル圏の定義
を圏とする.からへの関手とからへの関手を以下で定める:
(1) 各に対して,の対象をで定めて,での各射に対して,からへのでの射をで定める.
(2) 各に対して,の対象をで定めて,での各射に対して,からへのでの射をで定める.
圏を取るとき,はからへの関手である.実際,任意のに対して,
である.
また,での任意の射とに対して,
である.
一方で,はからへの関手である.実際,任意のに対して,
である.
また,での任意の射とに対して,
である.
を圏として,として,を関手とする.
からへの関手を以下で定める.各に対して,の対象をで定めて,での各射に対して,からへのでの射をで定める.
からへの関手を以下で定める.各に対して,の対象をで定めて,での各射に対して,からへのでの射をで定める.
関手が定まり,ととに対して,からへの関手をで定める:
関手が定まり,ととに対して,からへの関手をで定める:
を取るとき,はからへの関手である.実際,が関手であることから,任意のに対して,
である.また,が関手であることから,での任意の射とに対して,
である.
一方で,はからへの関手である.実際,が関手であることから,任意のに対して,
である.また,が関手であることから,での任意の射とに対して,
である.
モノイダル圏
- 圏,
- からへの関手,
- の対象,
- からへの自然同型,
- からへの自然同型,
- からへの自然同型,
が与えられているとき,組がモノイダル圏 (monoidal category) であるとは,以下をみたすことをいう:
任意のに対して,次の等式が成り立つ:
任意のに対して,である.
モノイダル圏 をと略記して,をのテンソル積 (tensor product) とよび,をの単位対象 (unit object) とよび,組を上のモノイダル構造 (monoidal structure) とよぶ.
モノイダル圏を取るとき,に対して,をで表し,での射に対して,をで表す.
ここでは [1, p.7] におけるモノイダル圏の定義を採用したが,モノイダル構造という用語は [
3, Tag 00CC
] で与えられていたものを借用した.
モノイダル圏の定義 (定義 12) の解説
をモノイダル圏とする.
に対して,
及び
である.
また,での射に対して,
及び
である.
定義 12, (1) について
を取る.
は
から
への射であり,は
から
への射であり,は
から
への射だから,ととの合成がからへの射として定まる.
また,は
から
への射であり,は
から
への射だから,との合成がからへの射として定まる.
である,すなわち
であるということは,以下の図式が可換であるということを意味している:
定義 12, (2) について
を取る.定義 11, (2) と定義 3 より,は
からへの射である.
また,定義 11, (1) と定義 3 より,は
からへの射であり,はからへのでの射だから,との合成がからへの射として定まる.
である,すなわちであるということは,以下の図式が可換であるということを意味している:
まとめ
この記事では,関手からと () 及びとという関手を構成して,それらを用いてモノイダル圏を定義した.に対してとを関手として直接構成する方法もあると思うが,関手の合成などの操作を用いることにした.その結果,少し遠回りな説明になってしまったかもしれない.
次の記事,すなわち第2回の後半では,定義 1.1 で構成した圏上のモノイダル構造を与える.さらに,が「対称モノイダル閉圏」であることを示す.
追記
- 2022/2/22 23:45 定義 12 を修正した.それに伴い,§3.2 とまとめを修正した.
- 2022/2/23 22:30 参考文献に第2回 (後半) の記事 [
5
] を加えた.
- 2022/2/26 14:58 参考文献に第3回の記事 [
6
] を加えた.
- 2022/3/3 22:58 参考文献に第4回 (前半) の記事 [
7
] を加えた.
- 2022/3/3 22:58 参考文献に第4回 (後半) (1) の記事 [
8
] を加えた.
- 2022/3/3 23:34 参考文献に第4回 (後半) (2) の記事 [
9
] を加えた.
- 2022/3/3 23:35 §1 の一部を削除した.