前回の記事 [
7
] では,モノイダル圏の定義を復習して,対称モノイダル圏,随伴,モノイダル閉圏などを定義して,が対称モノイダル閉圏であることを示した.
この記事では,モノイダル圏に対して,豊穣圏の理論で扱われる-圏や-関手が,圏や関手の自然な拡張になっていることを観察する.
導入
素朴集合論の基礎 (集合と写像,空集合など) に親しみがあり,圏の定義を知っていることを仮定する.
また,この記事を通して,以下の記法を用いる (主に [1] で扱われているものを採用している):
第1回の記事 [
5
] からは,定義 1 を用いており,これを定義 1.1 で表している.
第2回 (前半) の記事 [
6
] からは,定義 2 と定義 12 を用いており,これらを定義 2.a.2 と定義 2.a.12 で表している.
第2回 (後半) の記事 [
7
] からは,定義 1,定義 2,定義 3,定義 4,命題 2 を用いており,これらを定義 2.b.1,定義 2.b.2,定義 2.b.3,定義 2.b.4,命題 2.b.2 で表している.
-圏と-関手
本節ではモノイダル圏 (定義 2.a.12) を固定する.
-圏
通常の圏の定義は,集合の圏 (定義 1.1) を用いて以下のように表される:
集合の"集まり" ,
各に対して,
各に対してでの射
各に対して,
が与えられたとき,組が圏であることは,以下が成り立つことと同値である:
(1) 任意のとに対して,である.
(2) 任意のとととに対して,である.
-圏は,命題 1 におけるをに取り換えたものとしてナイーブには定義される.しかし,一般のモノイダル圏では「対象の"元"を取る」というなど一部の圏に特有の操作が行えないので,定義を拡張するには少し工夫が必要になる.
命題 2.b.2 で構成したモノイダル圏の単位対象はであった (定義 2.b.2).これは以下をみたす:
集合に対して,からへの写像が,各に対してで定まり,これはからへの全単射である.
である場合は,は空集合でないことから,からへの写像は存在せず,が成り立つ.ゆえに,からへの写像がで定まる.だから,これはからへの全単射になっている.以下では,である場合について議論を行う.
からへの写像が,各に対して,で定まる.
を任意に取るとき,
であり,が成り立つ.
また,を任意に取るとき,
だから,任意のに対してであり,が成り立つ.
ゆえに,は全単射である.
命題 2 より,圏とに対して,全単射が定まるため,の元を与えるということは,からへのでの射を与えるということであると解釈される.
また,モノイダル圏のテンソル積は,各に対してをみたす (定義 2.b.1).
従って,圏は以下のもので構成されていると思える:
- 集合の"集まり" ,
- 各に対して,
- 各に対してでの射**
** - 各に対してでの射.
続いては,命題 1 にある条件 (1), (2) を書き換えていく.
集合の"集まり" ,
各に対して,
各に対してでの射
各に対してでの射,
の組が与えられているとする.各ととに対して,をで表し,各に対して,をで表す.このとき,以下が成り立つ:
(1) に対して,以下は同値である:
(a) 任意のに対して,である.
(b) かつである.
(2) に対して,以下は同値である:
(a) 任意のととに対して,である.
(b) 以下の等式が成り立つ:
- に対して,定義 2.b.4, (1) よりであり,
であり,定義 2.b.4, (2) よりであり,
だから,(a) と (b) は同値である. - ととに対して,
であり,
だから,(a) と (b) は同値である.
以上の議論から,圏の定義を,のモノイダル圏としての構造のみを用いて書き表すことが出来た.
圏と対等な概念である-圏が以下で定義される:
-圏
- 集合の"集まり" ,
- 各に対しての対象,
- 各に対してからへのでの射,
- 各に対してからへのでの射,
が与えられているとき,組が-圏 (-category) であるとは,以下が成り立つことをいう:
(1) 任意のに対して,かつである:
- 任意のに対して,以下の等式が成り立つ:
-圏の定義において,を一般のモノイダル圏に取り換えることで,-圏が定義される.
-圏
- 集合の"集まり" ,
- 各に対しての対象,
- 各に対してからへのでの射,
- 各に対してからへのでの射,
が与えられているとき,組が-圏 (-category) であるとは,以下が成り立つことをいう:
(1) 任意のに対して,かつである:
- 任意のに対して,以下の等式が成り立つ:
-圏に対して,の元をの対象 (object) とよび,がの対象であることを,記号を用いてで表し,に対して,での射を合成則 (composition law) とよび,に対して,での射を単位元 (identity element) とよぶ.
-関手
-関手を定義する前に,関手の定義 (定義 2.a.2) を集合の圏を用いて書き表しておく:
とを圏とする.
- 各に対して,が一意に定まるような対応,
- 各に対して,からへのでの射,
が与えられているとき,組がからへの関手であることは,以下が成り立つことと同値である:
- 任意のに対して,である.
- 任意のとに対して,である.
とを圏とする.
- 各に対して,が一意に定まるような対応,
- 各に対して,からへのでの射,
が与えられているとする.各ととに対して,をで表し,各に対して,をで表す.組がからへの関手であることは,以下が成り立つことと同値である:
- に対して,以下は同値である:
(a) である.
(b) である. - に対して,以下は同値である:
(a) 任意のとに対して,である.
(b) である.
であり,
だから,(a) と (b) は同値である.- とに対して,
であり,
だから,(a) と (b) は同値である.
-圏の間の関手に相当する-関手は以下で定義される:
-関手
とを-圏とする.
- 各に対して,やで表されるの対象が一意に定まるような対応,
- 各に対して,からへのでの射,
が与えられているとき,組がからへの-関手 (-functor) であるとは,以下が成り立つことをいう:
任意のに対して,である:
任意のに対して,である:
-関手圏の定義において,を一般のモノイダル圏に取り換えることで,-関手が定義される.
-関手
とを-圏とする.
- 各に対して,やで表されるの対象が一意に定まるような対応,
- 各に対して,からへのでの射,
が与えられているとき,組がからへの-関手 (-functor) であるとは,以下が成り立つことをいう:
任意のに対して,である:
任意のに対して,である:
がからへの-関手であることを,が-関手であるという.また,-関手に対して,をと略記する.
恒等-関手
を-圏とする.からへの-関手を以下で定める:
(1) 各に対して,の対象をと定める.
(2) 各に対して,からへのでの射をで定める.
-圏を取るとき,はからへの-関手である.実際,任意のに対して,である:
また,任意のに対して,が関手であることから,第2回 (後半) [
7
] の §2.2 で述べたように,であり,
である:
-関手をの恒等-関手 (identity -functor) という.
-関手の合成
ととを-圏として,とを-関手とする.からへの-関手を以下で定める:
(1) 各に対して,の対象をと定める.
(2) 各に対して,からへのでの射をで定める:
-関手とを取るとき,はからへの-関手である.実際,任意のに対して,が-関手であることからであり,が-関手であることからだから,
である:
また,任意のに対して,が関手であることから,第2回 (後半) [
7
] の §2.2 で述べたように,であり,が-関手であることからであり,が-関手であることからだから,
である:
-関手をとの合成 (composition) とよぶ.
任意のに対して,及びである.
また,任意のに対して,及び
である.
ゆえに,が成り立つ.
任意のに対して,
である.
また,任意のに対して,
である.
ゆえに,が成り立つ.
まとめ
この記事では,モノイダル圏に対して,圏や関手の定義をのモノイダル構造などを用いて書き表すことで,それらの自然な拡張として-圏や-関手を定義して,通常の関手と同様の性質が成り立つことを見た.
次の記事では,モノイダル圏とに対して,からへの「Lax モノイダル関手」が-圏を-圏に写すことを証明して,-圏の「underlying category」とよばれる圏について説明する.
追記
- 2022/3/3 23:06 参考文献に第4回 (前半) の記事 [
8
] を加えた.
- 2022/3/3 23:06 参考文献に第4回 (後半) (1) の記事 [
9
] を加えた.
- 2022/3/3 23:40 参考文献に第4回 (後半) (2) の記事 [
10
] を加えた.
- 2022/3/3 23:40 §1 の一部を削除した.