2024年5月3日~5月8日にかけて『
第4回匿式図形問題エスパー杯
(T-GUESS Cup 4: Tock's Geometry "Using Extra-Sensory Solutions" Cup The 4th)』を開催しました。本記事では、その最終問題である問題Fの紹介および解説を行います。高難度の幾何に翻弄されましょう。なお、問題A~問題Eの解説は
こちらの記事
にて行っています。興味があればお読みください。
コンテストに出場していない方も、「こんな性質が成り立っているのか」という気持ちで読んでいけるはずです。この1問に大量の知識がオムニバスされているので。
このとき、
「これは、なんですか??????」
本問の印象を一言で述べると、こうなりますね。問題A~Eまで数々の難問を打ち破って疲弊した脳にとっては、あまりにも重い一撃です。とにかく定義が多く、内容の理解さえも困難に思えます。問題文の時点で定義を23種類も用いる不親切設計。まず外心・内心・傍心を描いて、外心と傍心を結んで、角度を測って……。
唯一の救いは、問われている式が特徴的な形をしていることですね。
どこから考察しようか迷いますね。こういった難問は、手の付けどころを見極める時点から難しいものです。
そこでエスパーです(注:本記事では無根拠の仮定や勘を「エスパー」と呼称します)。本問を作った主催者が、別に賢いわけではないとエスパーしましょう。
賢くない人間が難問を捻出する方法とは、一体何でしょうか? 少し想像してみれば、答えは自ずと見えてきますね。そうです。既存の難問や定理を色々詰め込んで、強引に難しくしているのです。元となった性質さえ分かれば、あとは簡単な考察で糊付けするだけ、ともいえます。
その性質の正体を突き止めるところから、我々の戦いが始まります。
隠れた性質を追うためには、さらなるエスパーが必要です。手がかりは、先述した
ですが、ここで踏みとどまりましょう。作問者の気持ちになるのです。「チェバやメネラウスの形を露骨に残したまま、最終問題として出題するか?」と考えましょう。ええ、普通の感性であれば、そういう安易な出題はしませんね。「メネラウスだ」と思わせておいて実はメネラウスに頼らない、となるのが一般的です。
チェバでもメネラウスでもなく、
ある程度幾何を浚った方であれば、春木の定理(
Wikipedia
)を思いつくかもしれません。知らない方のために軽く紹介します。
互いに交わる3つの円の交点を図のようにとったとき、
ビジュアルが良いですね。これを本問に使えないか、しばし試してみましょう。
~GeoGebraで作図中~
収穫がありました。以下をご覧ください。
春木の定理に概形を似せるため、3点
この事実はあとで証明するとして、さらに考察を深めましょう。
先程の図をよく見れば、もう少しエスパーできそうなことがありますね。6点
取っ掛かりの候補が増えてきました。しかしながら、今のままではやや決定打に欠けます。
~GeoGebraで試行錯誤中~
収穫が増えました。以下をご覧ください。
3点
「それって、つまり……」と察した方も多いでしょう。その通りです。フォイエルバッハの定理(
Wikipedia
)から、赤点線で描かれた円はすなわち
ここまでを全部エスパーすると、本問は以下のように切り分けられます。
問題1における
したがって、ここからは次のような流れで考えていきます。
〈1st step〉 | 問題2を頑張って証明する。 |
〈2nd step〉 | |
〈3rd step〉 | 残りのエスパー部分を論証して総仕上げ。 |
前置きが長くなりましたが、いよいよミッション・スタートです。
取り敢えず
傍接円
加えて、簡単な角度計算から
たったいま示した補題2を念頭に、次のような構図も考えましょう。
このとき、6点
線分
いま、
余談ですが、
〈1st step〉の仕上げです。補題3にて4点
行きましょう。天啓を享け、下図のように放物線を描いてみます。
「また変なこと始めたよこの人……」
少なからぬブーイングが聞こえますね。恐ろしや恐ろしや……。
そもそもこれがどういう放物線なのか、そこから説明しましょう。まず
発想さえあれば、示すのは簡単です。放物線は焦点からと準線からの距離が等しい点の軌跡なので、3点
「放物線を描いたとて……」と逡巡する暇は与えません。
図で、
定理4の証明は
こちらのサイト
を参照しましょう(決して怪しいサイトではありません)。「test2.pdf」や「test3.pdf」辺りに書いてあります。
さて、定理4から、
もう見えていますね。
ようやく〈2nd step〉が始まります。ここでは
問題1における
さて、
ところで、補題2の証明過程から3点
を導けて、
補題5、かなり重かったですね。ティーブレイクとして、次は易しい補題を示します。
ここまでに登場した
まず簡単な計算から、
以上のことから、
ついてきていますか? 難所と告知した以上、まだまだ続きますよ。ここからは、
また、外フォイエルバッハ点という扱いづらい点をどうにか他のものと結びつけるため、オイラー・ポンスレ点という大道具を持ち出します。
4点
・
・
恐ろしい定理ですね。ちなみに、証明や使用法は
denta_geometry氏のMathlog記事
で確認できます。
さて、もとの問題で4点
さて、上記を踏まえ、以下の補題に挑みます。(注:
ここまでに登場した
補題6より、直線
したがって、
あとは円周角の定理を用いればよい(ここでは四角形
途中で極線周りの議論をしたので、振り落とされた読者がいらっしゃるかもしれません。必要ならば、 Metachick_XOR氏のMathlog記事 で復習しましょう。
さあ、これで〈2nd step〉関連の補題はすべて示しました。図のように、
有名性質から、
このタイミングで、
さて、補題6より、直線
したがって、
最後の角度追跡です。
長い長い議論の果てに、いよいよ
「……あれ? もう終わり?」
お気づきですね、〈3rd step〉はこれで終わりです。最序盤で言及した春木の定理を適用し、
〈2024/05/23追記〉なお、ここまでに用いた補助線を1つの図にすべて描き込むと、以下の画像のようになります。なぜ解けると思った?
〈2nd step〉の補題8に再度注目します。
いま、直線
ここに yuu氏のMathlog記事 の補題4を重ねることで、同記事のメインでもある、以下の有名な定理が証明できます。当該補題を認めればほとんど自明なので、厳密な証明は割愛します。
各所で難問扱いされているこの定理も、問題Fという怪物の前には単なる余興でしかなかったのですね。
激重でしたね。外フォイエルバッハ点、補助放物線、8点共円、オイラー・ポンスレ点に春木の定理……。先日開催された
IMO2023の第6問
に高難度の幾何が入っていたと一部で騒がれましたが、少なくともアレの3倍は難しいと自認しています。HTMLコード(タグ含む)は無事に25,000文字を超えました。問題A~問題Eの解説記事と併せれば、実に約43,000字、約69,000Byte(UTF-8)ものコード長です。こんなものを開催期間5日のコンテストで解かせようとした主催者がいるとは考えられません。ねえ、主催者さん?
余談ですが、〈2nd step〉のために元々用意していた証明はさらに長く煩雑なものでした。コンテスト期間直前に先行研究を漁ったところ、
こちらの論文
に素晴らしいアイデアが載っていたため、そのアイデアを応用した比較的簡潔な証明(簡潔とは言っていない)に差し替えた次第です。
各問題の作問背景や主催者なりの感想を述べて締めましょう。まず問題A。こちらは天真様による作問であり、3月末に提供していただきました。自作ではないので上手く語れませんが、コンテストの「入り口」として、非常に相応しい問題であったと考えます。この「入り口」のおかげで、今回のエスパー杯は歴代最多の参加者数を達成できました。ありがたやありがたや。
続いて問題B。有名な性質を活かした、
翔子さん
様による作問です。翔子さん様(敬称の重複?)は色々な場で数多の作問に携わっているそうで、本問も参加者の「解きたいという欲求」を刺激する良問となっていました。こういう低難易度幾何の作り方、どこかに載っていないものでしょうか? どうでもよい情報として、主催者はコンテスト終了後に「フィンスラー・ハドヴィッガーの定理」という名称を知りました。
ここから主催者の自画自賛になるのですが、問題C。元々はDとEの中間くらいの難易度で進む幾何研究から生まれたものです。数学オリンピック頻出の
この構図
を知っていれば、決して難しくなかったでしょう。強いて申し上げれば外角の二等分線を見つける部分? ……意外と語ることがありませんね。
問題D。主催者的には良問のつもりで出しましたが、そもそも挑戦者自体が少なかったです……難しくないのに……。こういう非典型的な求積問題は
第3回
の問題Bを彷彿させますね。求めやすい面積から等積を追うことで、正解に辿り着くタイプの問題です。先述の翔子さん様からDMにて「問題Dがめっちゃ好きです!!!」と告白されたことを誇りに、栄えある余生を過ごすこととします。
難易度が急上昇して、問題E。第3回のラスボスとして華々しく登場したオリジナル定理、「
レムニスケート版『余弦定理』
」を、さらに応用させたものです(なぜ?)。2024年現在、レムニスケートアレルギーの有病率が著明な高値を呈しており、レムニスケートと遭遇するや否や重度のアナフィラキシーショックをきたす人々の脱感作に少しでも貢献できれば……と意図していたものの、どうやら禁忌肢を踏んだようです。申し訳ございません。アドレナリンは各自で調達してください。
ラスト、駄目押しとしか形容できない問題F。求値として出題したため、正解率自体は高かったです。しかしながら、論証まで完遂した参加者は皆無でした。当たり前ですが、これは参加者の幾何力を侮った発言ではありません。ただ主催者がやりすぎただけです。せめて〈1st step〉で留めていれば難なく完答する方も出てきたかと思われます。仮に私が参加者としてこの問題と邂逅していれば、それはそれは清く虚しい椅子温めマシンが誕生していたことでしょう……。外心と傍心を結んだ時点で超難問と相場が決まっているのです(極論)。
いかがでしたか? ご感想・ご指摘・巧妙な解法・非課税の埋蔵金の情報などがございましたら、是非ともコメントに残していってください。改めて、コンテストにご参加くださった皆様、本記事をお読みいただいた皆様、本当にありがとうございました。それでは。