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競技数学解説
文献あり

第4回匿式図形問題エスパー杯(T-GUESS Cup 4) 問題Fの解説

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 2024年5月3日~5月8日にかけて『 第4回匿式図形問題エスパー杯 (T-GUESS Cup 4: Tock's Geometry "Using Extra-Sensory Solutions" Cup The 4th)』を開催しました。本記事では、その最終問題である問題Fの紹介および解説を行います。高難度の幾何に翻弄されましょう。なお、問題A問題Eの解説は こちらの記事 にて行っています。興味があればお読みください。
 コンテストに出場していない方も、「こんな性質が成り立っているのか」という気持ちで読んでいけるはずです。この1問に大量の知識がオムニバスされているので。

問題紹介

問題F

 ABCの外心をO、内心をIとする。A内の傍接円と傍心をそれぞれωA,IAとし、ωAと半直線AB,ACの接点をTAB,TACとおく。同様にωB,ωC,IB,IC,TBC,TBA,TCA,TCBも定める。点U,W,YはそれぞれTBCTBATCATCBTCATCBTABTACTABTACTBCTBAの交点である。点V,X,Zはそれぞれ直線OIC,OIA,OIB上の点であり、TCAVTCB=AIB,TABXTAC=BIC,TBCZTBA=CIAをみたす(ただし、V,X,ZはいずれもUWYの外部にある)。
 このとき、UV×WX×YZVW×XY×ZUの値を求めなさい。



「これは、なんですか??????」
 本問の印象を一言で述べると、こうなりますね。問題A~Eまで数々の難問を打ち破って疲弊した脳にとっては、あまりにも重い一撃です。とにかく定義が多く、内容の理解さえも困難に思えます。問題文の時点で定義を23種類も用いる不親切設計。まず外心・内心・傍心を描いて、外心と傍心を結んで、角度を測って……。


 唯一の救いは、問われている式が特徴的な形をしていることですね。UV×WX×YZVW×XY×ZUという形は、有名なチェバの定理やメネラウスの定理を連想させます。これらの定理では、比の積が1になっていました。ということは、今回解くべき問題も、きっと最終的に1が出てくるのでしょう。仮に本問の答えが1よりも大きい定数ならば、VZWYの名前を入れ替えることでUV×WX×YZVW×XY×ZUの分母と分子が逆転し、1よりも小さな値を得るため仮定に矛盾、といった背理法的な推論も効きます。


いざ挑戦

最初のエスパー

 どこから考察しようか迷いますね。こういった難問は、手の付けどころを見極める時点から難しいものです。
 そこでエスパーです(注:本記事では無根拠の仮定や勘を「エスパー」と呼称します)。本問を作った主催者が、別に賢いわけではないとエスパーしましょう。
 賢くない人間が難問を捻出する方法とは、一体何でしょうか? 少し想像してみれば、答えは自ずと見えてきますね。そうです。既存の難問や定理を色々詰め込んで、強引に難しくしているのです。元となった性質さえ分かれば、あとは簡単な考察で糊付けするだけ、ともいえます。
 その性質の正体を突き止めるところから、我々の戦いが始まります。


2度目のエスパー

 隠れた性質を追うためには、さらなるエスパーが必要です。手がかりは、先述したUV×WX×YZVW×XY×ZUという式の形。チェバらしさやメネラウスらしさが漂っており、どこかにチェバやメネラウスの使える図形が無いか探したくなります。
 ですが、ここで踏みとどまりましょう。作問者の気持ちになるのです。「チェバやメネラウスの形を露骨に残したまま、最終問題として出題するか?」と考えましょう。ええ、普通の感性であれば、そういう安易な出題はしませんね。「メネラウスだ」と思わせておいて実はメネラウスに頼らない、となるのが一般的です。


 チェバでもメネラウスでもなく、UV×WX×YZVW×XY×ZUをうまく扱える定理、何を思いつきますか?
 ある程度幾何を浚った方であれば、春木の定理 Wikipedia )を思いつくかもしれません。知らない方のために軽く紹介します。

(春木の定理)

 互いに交わる3つの円の交点を図のようにとったとき、AB×CD×EFBC×DE×FA=1が成立する。

 ビジュアルが良いですね。これを本問に使えないか、しばし試してみましょう。


  ~GeoGebraで作図中~


 収穫がありました。以下をご覧ください。

 春木の定理に概形を似せるため、3点V,X,ZをそれぞれUW,WY,YUについて対称移動してみました。移動後の点をV,X,Zとしてみると、上図のように(U,W,X,Z),(W,Y,Z,V),(Y,U,V,X)が共円になっているではありませんか。(「こんな共円見つかるわけないよ」という方は、先程載せた春木の定理の図をもう一度よくご覧ください。割と定理そのままの形です。)
 この事実はあとで証明するとして、さらに考察を深めましょう。


3度目のエスパー

 先程の図をよく見れば、もう少しエスパーできそうなことがありますね。6点TAB,TAC,TBC,TBA,TCA,TCBが、緑点線で描かれた3円のいずれかに乗っているように見えます。また、3点V,X,ZはいずれもABCの傍接円上に存在しそうです(こちらの性質は角度計算で簡単に示せます)。
 取っ掛かりの候補が増えてきました。しかしながら、今のままではやや決定打に欠けます。U,W,Yという見慣れない点を扱うのは大変なので、どうにかしたいところ……。


  ~GeoGebraで試行錯誤中~


 収穫が増えました。以下をご覧ください。

 3点V,X,Zを通る円を作図してみました(赤点線)。すると、この円はABCの3つの傍接円すべてに外接する模様です。理由は分かりませんが、見た目と直感とGeoGebraがそう言っています。
「それって、つまり……」と察した方も多いでしょう。その通りです。フォイエルバッハの定理( Wikipedia )から、赤点線で描かれた円はすなわちABCの九点円であり、その接点たるV,X,ZABCの外フォイエルバッハ点とエスパーされます。とても強い結果が出てきましたね。
 ここまでを全部エスパーすると、本問は以下のように切り分けられます。

問題Fの部分的解決)

 問題1におけるTAB,TAC,TBC,TBA,TCA,TCBU,W,Yの定義はそのまま用いる。ABCA,B,C内の外フォイエルバッハ点をFA,FB,FCとしたとき、(TCA,TAC,FC,FA,Y,U),(TAB,TBA,FA,FB,U,W),(TBC,TCB,FB,FC,W,Y)がそれぞれ同一円周上に存在することを証明しなさい。


 したがって、ここからは次のような流れで考えていきます。

〈1st step〉問題2を頑張って証明する。
〈2nd step〉V=FC,X=FA,Z=FBを示す(難所)。
〈3rd step〉残りのエスパー部分を論証して総仕上げ。

 前置きが長くなりましたが、いよいよミッション・スタートです。


重い解説

〈1st step〉

 取り敢えずU,W,Yの周辺を色々調べると、以下の性質が見つかります。

 傍接円ωAと辺BCとの接点をSAと定めると、AU=IASAかつAU//IASAである。

 AからBCの平行線を引き、UW,UYとの交点をそれぞれP1,Q1とする。明らかにAP1TCACTCBTCAであるためAP1=ATCAとなり、傍接円の性質からATCA=CTAC=CSAも判る。ゆえにAP1=CSA、同様にしてAQ1=BSAが従う。
 加えて、簡単な角度計算からUW//CIA,UY//BIAを示せる。これらを利用すると、線分ASAの中点M1についてIABCを点対称移動させればUQ1P1にぴったり重なることが導かれる。この事実は補題の主張を明瞭に説明する。


 たったいま示した補題2を念頭に、次のような構図も考えましょう。

 ωBと辺CAωCと辺ABとの接点をそれぞれSB,SCと定める。点W2BW2=ICSCをみたす直線WB上の点であり、Bに関してWの反対側にある。点Y2CY2=IBSBをみたす直線YC上の点であり、Cに関してYの反対側にある。
 このとき、6点(W,W2,Y,Y2,TBC,TCB)はある1つの円に乗る

 線分IBICの中点をM2とする。ABCの外接円とIAIBICの九点円は一致するので、M2ABCの外接円に乗っている。ここからBM2C=BACが判る。また、IBBIC=IBCIC=90より4点(B,C,IB,IC)は共円であり、特にM2IB=M2B=M2C=M2ICを得る。
 いま、M2を直線BCに関して対称移動した点をKAとおくと、当然ながらKAB=KAC=M2C=M2IBである。ゆえに、補題2を用いつつ軽めの角度計算を挟めば、KABWM2IBTBCを示すことができる。この合同からKAW=M2TBC=KATBCが従うので、2点W,TBCはいずれもKAからの距離が等しい。同様の考察を繰り返せば、6点(W,W2,Y,Y2,TBC,TCB)はいずれもKAからの距離が等しいと判明する。

 余談ですが、ABCの垂心をHとするとHW=HYになっています。補題3の証明を追えば理解できると思うので、演習問題にどうぞ。


〈1st step〉の仕上げです。補題3にて4点(W,Y,TBC,TCB)の乗る円を見つけられたので、この円がFB,FCも通ることを示せば問題2を証明できますね。そのためには、KAFB=KATBCを導けると良さそうです。
 行きましょう。天啓を享け、下図のように放物線を描いてみます。

「また変なこと始めたよこの人……」
 少なからぬブーイングが聞こえますね。恐ろしや恐ろしや……。
 そもそもこれがどういう放物線なのか、そこから説明しましょう。まずABCにおいて、辺BCの中点をD、九点円の中心をEとしました。次に、直線BCを点Aと反対側に距離DEだけ移動させた直線lを用意しました。ここに、焦点がE、準線がlである放物線pは3点IB,IC,Dを通っている、という性質が生まれるのです。
 発想さえあれば、示すのは簡単です。放物線は焦点からと準線からの距離が等しい点の軌跡なので、3点IB,IC,DについてEからの距離とlからの距離を比較するとよいですね。例えばIBに注目し、IBTBClの交点をLBとおくと、IBE=IBFB+FBE=IBTBC+TBCLB=IBLBとなってpIBを通ります。残りは自力で確かめてください。


「放物線を描いたとて……」と逡巡する暇は与えません。M2(線分IBICの中点)とKAは点Dに関して対称な位置にありますから、KAM2=2DM2が成り立ちます。至極当たり前に見えますが、実はこれを上手く活かせるのです。以下のような定理が有るからです。

(放物線の有名な性質)

 図で、Fは放物線の焦点、AB,ACは接線である。このとき直線AEと準線は垂直であり、Dは放物線上に存在する。さらに、BFAAFCも成立する。

 定理4の証明は こちらのサイト を参照しましょう(決して怪しいサイトではありません)。「test2.pdf」や「test3.pdf」辺りに書いてあります。
 さて、定理4から、KAIB,KAICは放物線pの接線といえますね(正確には定理4の逆を用いていますが、これも真であることは疑いようがありません)。すなわちICEKAKAEIBです。放物線の軸と平行に入射した光線は焦点に集まる(KAIBEIBLBを二等分する)ので、KAEIBKALBIBも得られます。これらを図に描き込みましょう。

 もう見えていますね。KAEIBKALBIBの合同においてFBTBCは対応する点ですから、もちろんKAFB=KATBCです。来ました。ここでやっと補題3が使えて、(W,W2,Y,Y2,TBC,TCB,FB,FC)の8点共円を示せるのです! 残る(TCA,TAC,FC,FA,Y,U),(TAB,TBA,FA,FB,U,W)の組も同様の議論により共円と導けます。ついに問題2を証明できました。


〈2nd step〉

 ようやく〈2nd step〉が始まります。ここではX=FAを示しましょう(他の一致も同様に示せます)。
 FAに関する情報を増やすため、以下の補題を設けます。

 問題1におけるIA,ωA,Uの定義はそのまま用いる。ABCA内の外フォイエルバッハ点をFAとし、ωAと辺BCの接点をSAとする。点IAに関してSAと対称な点をSAと名付けると、FAは直線USA上に存在する

 Aが鋭角の場合のみ記す(直角・鈍角の場合も同様に示せる)。ABCの外心OについてM2(線分IBICの中点)と対称な点をM2とすると、M2BCIAの外心になっている(有名性質)。線分HM2の中点MHについて、九点円と外接円の相似に注目すれば、MHABCの九点円に乗っており、かつBCEMHであるといえる(ただしHABCの垂心)。いま、Aの二等分線と直線EMHの交点をFとし、AIAHM2の交点をN0とする。AHN0M2M2N0の相似に注目すれば、FMH=|AHM2M2|2=OM2OD=DM2が判り、特にFMH=DM2である。
 さて、FAは明らかにMHSA上の点であるため、Aの二等分線と直線MHSAの交点をMUとし、MHFMUSAIAMUの相似を考えると、FMUMUIA=FMHIASA=DM2IASAが従う。
 ところで、補題2の証明過程から3点U,M1,IAは共線であり(ただしM1は線分ASAの中点)、有名性質と併せればDもこの直線に乗っている。ゆえに、AからBCに下ろした垂線の足をHA、直線BCと直線EMHの交点をN1とすると、IADM2IAUAの相似からHADDSA=UADM21=IASADM21が判明する。したがって、
HAN1N1SA=HAN1HAD×HADDSA×DSAN1SA=12×HADDSA×(DSA12HAD+DSA)=12×HADDSA×(1+HAD2DSA)1=HADDSA×(2+HADDSA)1=(1+2DSAHAD)1=(1+2(IASADM21)1)1=IASADM2IASA+DM2
AFFIA=HAN1N1SA=IASADM2IASA+DM2
AMUMUIA=AF+FMUFIAFMU=AFFIA+FMUFIA1FMUFIA=AFFIA+FMUFMU+MUIA1FMUFMU+MUIA=IASADM2IASA+DM2+DM2DM2+IASA1DM2DM2+IASA=1
を導けて、MUは線分AIAの中点であるといえる。最後にUAMUSAIAMUを考えると、ここまでの議論からこれらは合同であり、MUは線分USAの中点にもなっている。FA直線MUSA上の点であったから、本補題の証明は既に完了している。


 補題5、かなり重かったですね。ティーブレイクとして、次は易しい補題を示します。

 ここまでに登場したωA,IA,TAB,TAC,SA,Dの定義はそのまま用いる。辺ACの中点をM3CからAIAに下ろした垂線の足をR3としたとき、R3は直線SATAB,M3Dのいずれにも含まれる

 まず簡単な計算から、M3ACR3の外心である。ここからCM3R3=2CAR3=BACとなり、AB//M3R3が判る。中点連結定理の逆より、DM3R3上の点であると示される。
 以上のことから、M3R3=12ACも得られる。いま、Cから引いたABの平行線と直線SATABの交点をG3とする。明らかにSABTABSACG3なので、CG3=CSA(=CTAC)となる。線分TABG3の中点をR3とし、四辺形ATABG3Cに注目すれば、M3R3=|ATABCG3|2=|ATACCTAC|2=12ACと計算される。結局R3R3は一致し、これが本補題の示すべきことである。


 ついてきていますか? 難所と告知した以上、まだまだ続きますよ。ここからは、IAを直線TABTACに関して対称移動させた点IAが登場します。何となく問題1の影が見えてきたのではないでしょうか。
 また、外フォイエルバッハ点という扱いづらい点をどうにか他のものと結びつけるため、オイラー・ポンスレ点という大道具を持ち出します。


(オイラー・ポンスレ点)

 4点(A,B,C,D)を用意する。以下の8つの円をすべて定義できて、かつ少なくとも2円が相異なるとき、これらの円は共通する1点(オイラー・ポンスレ点)を通る
ABC,BCD,CDA,DABの九点円。
ABC,BCD,CDA,DABD,A,B,Cにおける垂足円。

 恐ろしい定理ですね。ちなみに、証明や使用法は denta_geometry氏のMathlog記事 で確認できます。
 さて、もとの問題で4点(A,B,C,IA)のオイラー・ポンスレ点EPを考えましょう。EPIAにおけるABCの垂足円上にあります。この円は明らかに傍接円ωAと一致しますね。また、EPABCの九点円にも乗っているようです。もうお分かりですね、つまりEP=FAです。要するに、ABC,BCIA,CIAA,IAABの九点円、およびABC,BCIA,CIAA,IAABIA,A,B,Cにおける垂足円はすべてFAを通ります。恐ろしい定理ですね(2回目)。


 さて、上記を踏まえ、以下の補題に挑みます。(注:ABCが二等辺三角形の場合は補題8が成立しない(円が直線に退化する)ため、個別に考える必要があります。ただ二等辺三角形であれば問題1を速攻で解けるので、この議論はカットしましょう。)

 ここまでに登場したFA,IA,IA,SAの定義はそのまま用いる。4点(FA,IA,IA,SA)は共円である

 B,Cから直線AIAに下ろした垂線の足をBA,CAとし、AIATABTACの交点をM4とする。ACIAの九点円n4を考えると、MU(線分AIAの中点)、CAおよびTACは明らかにn4上の点である。オイラー・ポンスレ点となるFAも、当然n4に乗っている。この円をωAで反転させた円n4が、どのような点を通るか考えよう。
補題6より、直線SATAC,SATABはそれぞれBA,CAを通る。Bから引いたωAの極線こそがSATABであるから、CAから引いたωAの極線はBを通りAIAに垂直な直線である。この極線はすなわち直線BBAであり、ゆえにBACAωAに関する反転で互いに移りあう。また、AM4ωAに関する反転で互いに移りあう点の組であるから、IAIA×IAMU=2IAM4×IAA2=(radius ofωA)2となり、IAMUωAに関する反転で互いに移りあう。
 したがって、n4が通る点として、IAMUの反転先)、BACAの反転先)、TACおよびFAの4点が挙げられる。ゆえに4点(IA,BA,TAC,FA)は共円といえる
 あとは円周角の定理を用いればよい(ここでは四角形FAIAIASAが凸四角形となる場合を考えているが、代わりに四角形IAFAIASAが凸四角形となる場合もほぼ同様に証明できる)。BAIAFA=BATACFA=SATACFA=SASAFAと追跡することで、四角形FAIAIASAは円に内接すると断言できる。

 途中で極線周りの議論をしたので、振り落とされた読者がいらっしゃるかもしれません。必要ならば、 Metachick_XOR氏のMathlog記事 で復習しましょう。


 さあ、これで〈2nd step〉関連の補題はすべて示しました。図のように、IABC,IACA,IAABの外心OA,OB,OCをとりましょう。

 有名性質から、OBABCの外接円上にあり、また直線IABにも乗っています(OA,OCも同様)。OBA=OBIAおよびOCA=OCIAなので、OBOCは線分AIAの垂直二等分線であり、すなわちMUを通るのですね。同様に考えれば、OAOBCIA,OCOABIAを示せます。つまりIAOAOBOCの垂心です。
 このタイミングで、Aから直線IAB,IACへ垂線を下ろし、その足をAB,ACとおきましょう。すると、四角形AABIAACは円に内接し、その円の中心はMUです。よって、AABAC=AIAAC=OAIAOC=OAOBOCが成り立ち、同様にAACAB=OAOCOBも判ります。ここからAABACOAOBOCが得られるのです。


 さて、補題6より、直線ABACは辺AB,ACの中点を通ります。ゆえにこの直線はM1(線分ASAの中点)も通っており、3点(IA,D,M1)の共線からABM1=ACM1も明らかです。補題2の結果と併せると、点M1が線分UIAおよび線分ABACの中点であることが判るので、四角形UABIAACは平行四辺形といえますね。特にAABABIA//UAC,AACACIA//UABとなり、UAABACの垂心です。
 したがって、AABACOAOBOCの相似において、外心→垂心→対応する頂点、の順で点を結ぶ操作を考えれば、MUUA=OIAOAが判明します。これと補題5補題8を適宜用いることにより、FAIAOA=FASAIA=USAIA=SAUA=MUUA=OIAOAと角度追跡が可能です。最左辺と最右辺だけ取り出すと、FAIAOA=OIAOAが得られています。ということは、直線FAIA,OIAの交点をJとおけば、JIAIAJIA=JIAの二等辺三角形なのですね。結局Jは直線TABTAC上に存在し、ゆえにFAを直線TABTACに関して対称移動させた点FAは直線OIAに乗るといえます。


 最後の角度追跡です。TABFATAC=TABFATAC=TABSATAC=BICと追っていくと(ただしIABCの内心)、FAは直線OIA上の点であり、TABFATAC=BICをみたす、といえます。……これだけ語れば察しがつきますね、つまりFA=Xです! この結論から、自明にX=FAを主張できます。同様にZ=FB,V=FCを証明できるので、ついに、ついに〈2nd step〉が終わりました。


〈3rd step〉

 長い長い議論の果てに、いよいよUV×WX×YZVW×XY×ZUを考えるときがきました。〈2nd step〉で示した事実より、
UV×WX×YZVW×XY×ZU=UV×WX×YZVW×XY×ZU=UFC×WFA×YFBFCW×FAY×FBUです。一方、〈1st step〉で示した問題2によれば、(FC,FA,Y,U),(FA,FB,U,W),(FB,FC,W,Y)は共円でした。もとの図からここだけを取り出します。

「……あれ? もう終わり?」
 お気づきですね、〈3rd step〉はこれで終わりです。最序盤で言及した春木の定理を適用し、UFC×WFA×YFBFCW×FAY×FBU=1と計算できますね。わざわざstepを設けるまでもありません。ともかく我々は、とうとうUV×WX×YZVW×XY×ZU=1を完全に論証できたのです。


解答発表

1


〈2024/05/23追記〉なお、ここまでに用いた補助線を1つの図にすべて描き込むと、以下の画像のようになります。なぜ解けると思った?


余興の季

 〈2nd step〉補題8に再度注目します。SAを直線TABTACに関して対称移動させた点SAを考えれば、SA(FA,IA,IA,SA)の乗っていた円と同じ円上にありますね( この円の中心はTABTAC上にある)。また、IASA=IASA=IAFAより、四角形FASAIAIA(あるいは四角形FAIASAIA)はFAIA//IASAの等脚台形と言えるのです。
 いま、直線FAIAを直線TABTACに関して対称移動させると直線OIAに一致しました(〈2nd step〉の主結果)。ゆえに、直線IASAを直線TABTACに関して対称移動させた直線、すなわち直線IASAは、直線OIAと平行になるのです。ABCの内接円ωと辺BC,CA,ABの接点Sa,Sb,Sc、およびIを直線SbScで対称移動させた点Iについて、ωAωに移るような点A中心の相似拡大を考えれば、SaI//OIAが成立することになります。


 ここに yuu氏のMathlog記事 補題4を重ねることで、同記事のメインでもある、以下の有名な定理が証明できます。当該補題を認めればほとんど自明なので、厳密な証明は割愛します。

 ABCの外心・内心・A内の傍心をそれぞれO,I,IAとし、直線BIと辺ACの交点をE、直線CIと辺ABの交点をFとおく。このとき、EFOIAが成立する。

 各所で難問扱いされているこの定理も、問題Fという怪物の前には単なる余興でしかなかったのですね。


あとがき

 激重でしたね。外フォイエルバッハ点、補助放物線、8点共円、オイラー・ポンスレ点に春木の定理……。先日開催された IMO2023の第6問 に高難度の幾何が入っていたと一部で騒がれましたが、少なくともアレの3倍は難しいと自認しています。HTMLコード(タグ含む)は無事に25,000文字を超えました。問題A問題Eの解説記事と併せれば、実に約43,000字、約69,000Byte(UTF-8)ものコード長です。こんなものを開催期間5日のコンテストで解かせようとした主催者がいるとは考えられません。ねえ、主催者さん?
 余談ですが、〈2nd step〉のために元々用意していた証明はさらに長く煩雑なものでした。コンテスト期間直前に先行研究を漁ったところ、 こちらの論文 に素晴らしいアイデアが載っていたため、そのアイデアを応用した比較的簡潔な証明(簡潔とは言っていない)に差し替えた次第です。


 各問題の作問背景や主催者なりの感想を述べて締めましょう。まず問題A。こちらは天真様による作問であり、3月末に提供していただきました。自作ではないので上手く語れませんが、コンテストの「入り口」として、非常に相応しい問題であったと考えます。この「入り口」のおかげで、今回のエスパー杯は歴代最多の参加者数を達成できました。ありがたやありがたや。
 続いて問題B。有名な性質を活かした、 翔子さん 様による作問です。翔子さん様(敬称の重複?)は色々な場で数多の作問に携わっているそうで、本問も参加者の「解きたいという欲求」を刺激する良問となっていました。こういう低難易度幾何の作り方、どこかに載っていないものでしょうか? どうでもよい情報として、主催者はコンテスト終了後に「フィンスラー・ハドヴィッガーの定理」という名称を知りました。
 ここから主催者の自画自賛になるのですが、問題C。元々はDとEの中間くらいの難易度で進む幾何研究から生まれたものです。数学オリンピック頻出の この構図 を知っていれば、決して難しくなかったでしょう。強いて申し上げれば外角の二等分線を見つける部分? ……意外と語ることがありませんね。
 問題D。主催者的には良問のつもりで出しましたが、そもそも挑戦者自体が少なかったです……難しくないのに……。こういう非典型的な求積問題は 第3回 問題Bを彷彿させますね。求めやすい面積から等積を追うことで、正解に辿り着くタイプの問題です。先述の翔子さん様からDMにて「問題Dがめっちゃ好きです!!!」と告白されたことを誇りに、栄えある余生を過ごすこととします。
 難易度が急上昇して、問題E。第3回のラスボスとして華々しく登場したオリジナル定理、「 レムニスケート版『余弦定理』 」を、さらに応用させたものです(なぜ?)。2024年現在、レムニスケートアレルギーの有病率が著明な高値を呈しており、レムニスケートと遭遇するや否や重度のアナフィラキシーショックをきたす人々の脱感作に少しでも貢献できれば……と意図していたものの、どうやら禁忌肢を踏んだようです。申し訳ございません。アドレナリンは各自で調達してください。
 ラスト、駄目押しとしか形容できない問題F。求値として出題したため、正解率自体は高かったです。しかしながら、論証まで完遂した参加者は皆無でした。当たり前ですが、これは参加者の幾何力を侮った発言ではありません。ただ主催者がやりすぎただけです。せめて〈1st step〉で留めていれば難なく完答する方も出てきたかと思われます。仮に私が参加者としてこの問題と邂逅していれば、それはそれは清く虚しい椅子温めマシンが誕生していたことでしょう……。外心と傍心を結んだ時点で超難問と相場が決まっているのです(極論)。


 いかがでしたか? ご感想・ご指摘・巧妙な解法・非課税の埋蔵金の情報などがございましたら、是非ともコメントに残していってください。改めて、コンテストにご参加くださった皆様、本記事をお読みいただいた皆様、本当にありがとうございました。それでは。


参考文献

投稿日:2024514
更新日:20241227
OptHub AI Competition

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匿(Tock)
匿(Tock)
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主に初等幾何・レムニスケート。時々偏差値・多重根号。 「たとえ作曲家が忘れ去られた日であっても、彼の旋律が街並みを縫って美しく流れていますように。」

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  1. 問題紹介
  2. いざ挑戦
  3. 重い解説
  4. 〈1st step〉
  5. 〈2nd step〉
  6. 〈3rd step〉
  7. 解答発表
  8. 余興の季
  9. あとがき
  10. 参考文献