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現代数学解説
文献あり

【超局所層理論第8回】特性サイクルと柏原の指数定理

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はじめに

こんにちは!超局所層理論の第8回です.今回は構成可能層の特性サイクルと柏原の指数定理について説明したいと思います.特性サイクルは大雑把にはマイクロ台に重複度の概念を加えたもので,マイクロ台よりも多くの情報を持つと考えられます.実際,構成可能層のオイラー・ポアンカレ標数が特性サイクルを使って計算できるというのが柏原の指数定理です.この指数定理はポアンカレ・ホップの定理の構成可能層係数への拡張とみなすことができます.今回はいつもにも増して説明をごまかすのでご了承ください.

前回までの高速おさらい

kを体,Xd次元多様体とします.
第1回 X上のk加群の層の複体FDb(kX)に対して,そのコホモロジーが伝播しない余方向として層のマイクロ台SS(F)というXの余接束TXの錐状閉部分集合を定義しました.そして様々な層のマイクロ台がどうなっているのかを調べて,良い状況ではマイクロ台が層の形を強く制限することがあることも見ました.
第2回 :層に対する様々な演算を施した後のマイクロ台を評価する方法について説明しました.またそれらを使って超局所切り落としという操作を定義しました.
第3回 :マイクロ台は常に包合的であるという定理の主張を述べました.さらに,余接束TXの中のある部分集合上だけに注目する超局所的な見方を実現するために超局所圏を導入して,そこではマイクロ台が層の形を制限するという主張がより広く成り立つことも見ました.また超局所圏のHomを茎に持つような層μhomがあったらうれしそうだという気持ちを説明しました.
第4回 X上の層Fから法束TMX上の層νM(F)を作り出す特殊化という操作νM:Db(kX)DR>0b(kTMX)を法変形を使って定義して,切断がMの近傍で法方向に指定された開きがある開部分集合上のF切断の帰納極限だということを見ました.さらにベクトル束上の錐状層の圏とその双対ベクトル束上の錐状層の圏の圏同値を与えるFourier-Sato変換について説明して,特殊化のFourier-Sato変換として超局所化μM(F)という余法束TMX上の層を定義しました.これは超局所化函手μM:Db(kX)DR>0b(kTMX)を定めました.
第5回 :超局所化に基づいて函手μhom:Db(kX)op×Db(kX)DR>0b(kTX)を定義しました.μhomは超局所化函手の一般化になっていて,μhomの台はマイクロ台で評価ができるので超局所圏からの函手を誘導することも見ました.μhomの最も重要な性質は,その茎が一点pでの超局所圏Db(kX;p)におけるHom集合を与えることでした.
第6回 μ-stratificationという「良い条件を満たすstratification」という概念を使って実解析的多様体上の(弱)構成可能層の定義を与えて,それらの性質を見ました.また,層が弱構成可能であることとマイクロ台が劣解析的ラグランジュ錐状閉部分集合であることが同値であることを説明しました.これを使うと(弱)構成可能層が層の演算で閉じていることも分かりました.
第7回 :超局所的にマイクロ台が余接束に含まれている場合の超局所圏における同形を用いると,超局所層理論でstratifiedモース理論(の一部)を解釈できることを説明しました.また,複素多様体の超曲面の場合には,特殊化・超局所化函手の類似物が近接・消滅サイクル函手という別の形で構成できることを述べました.特に複素多様体上の弱C-構成可能層のマイクロ台は消滅サイクルから回復することができます.

今回も以降Xを実解析的多様体とします.また,πで余接束TXXをあらわして0Xまたは単にXでそのゼロ切断をあらわします.

特性サイクル

構成可能層の特性サイクルはマイクロ台に重複度の情報を付け足したものと見ることができます.以下それを天下り的に定義して性質を見ていきましょう.

FDR-cb(X)とすると, 第6回 の定理2よりSS(F)TXの劣解析的ラグランジュ錐状閉部分集合となります.ゆえに,あるSS(F)の開稠密部分集合Λ0が存在して次を満たします:

連結成分への分解Λ0=iIΛiを考えると,任意のiIに対してXの部分多様体XiであってΛiTXiXを満たすものが存在する.

すると,各iIに対してpΛiを取ればpの近傍でSS(F)TXiXなので, 第3回 の命題3よりVDb(k)が存在して,Db(kX;p)においてFVXiを満たします.これは前回( 第7回 )でも使った議論でしたね.実はこのVpの取り方によらず連結なΛi上一定であることを示すことができるので,Λiに固有なものと考えることができます.しかも,V 第3回 でも見たようにFから具体的に計算することもできます.実際,x0=π(x)Xiとしてx0の近傍で定義されたCω級函数φ:XRで2条件
(1) p=(x0;dφ(x0)),
(2) φ|Xix0の近傍でモース函数であり,x0におけるモース指数は0

を満たすものを取れば
VRΓ{φφ(x0)}(F)x0
が成り立ちます.特に,FDR-cb(kX)よりVDb(k)の全てのコホモロジーは有限次元になることが分かります.そこでVオイラー・ポアンカレ標数 (Euler-Poincaré characteristic)
χ(V):=nZ(1)ndimHn(V)
を用いて,Λi上でのFの重みをmi(F):=χ(V)と定めます.

上で見たように各Λiに対してFによる重みmi(F)が定まったので,この重みを乗せたΛiの形式和を考えたくなり,この形式和はTX内の向き付けられた劣解析的ラグランジュ部分集合によるチェインを定めます.実際,TXiXには標準的な向き付けが入るので,[Λi]という記号でΛi上では[TXiX]であるΛiに台を持つチェインをあらわすと,重み付き形式和は
iImi(F)[Λi]
となります.このチェインが適切な意味でサイクルになっているというのが柏原によって証明されたことです.

特性サイクル

FDR-cb(X)とする.Λ0=iIΛiSS(F)mi(F)Zを上のように定める.このとき,TX上の(劣解析的錐状)ラグランジュサイクルCC(F)
CC(F):=iImi(F)[Λi]
と定めて,F特性サイクル (characteristic cycle) と呼ぶ.

特性サイクルの例

簡単な場合に特性サイクルがどうなるかいくつか例を見る.
(i) F=kXなる定数層のとき,CC(F)=[0X]である.
(ii) より一般に,コホモロジーの次元が有限なVDb(k)Xの部分多様体Mに対してF=VMであるときを考える.このとき,
CC(F)=(nZ(1)ndimHn(V))[TMX]
である.特に,CC(kM)=[TMX]である.
(iii) X=Rとして(t;τ)TRの斉次座標とする.この状況で閉区間上の定数層のゼロ拡張F=k[0,1]の特性サイクルがどうなるか見る.マイクロ台の計算は 第1回 の例4を参照せよ.このとき,p0=(0;1)での超局所圏Db(kR;p0)においてFk{0}でありp1=(1;1)での超局所圏Db(kR;p1)においてもFk{1}となる.したがって,
CC(F)=([T0R]{τ>0})+([0R]{0<t<1})+([T1R]{τ<0})
となる.図で表示すると以下の図1のようになる.
閉区間上の定数層のゼロ拡張の特性サイクル 閉区間上の定数層のゼロ拡張の特性サイクル

(iv) 上と同じ状況で,今度は半開区間上の定数層のゼロ拡張F=k[0,1)]の特性サイクルを考える.上と同様にマイクロ台の計算は 第1回 の例4を参照.このときは,p1=(1;1)での超局所圏Db(kR;p1)においてはFk{1}[1]となる(例えば完全三角k[0,1)k[0,1]k{1}k[0,1)[1]を考えれば分かる).したがって,この場合は
CC(F)=([T0R]{τ>0})+([0R]{0<t<1})([T1R]{τ>0})
となる.図で表示すると以下の図2のようになる.ここでマイナス符号は向きを反対にすることであらわした.
半開区間上の定数層のゼロ拡張の特性サイクル 半開区間上の定数層のゼロ拡張の特性サイクル

定義からすぐ分かる特性サイクルの性質を述べておきます.

特性サイクルの性質

(i) FDR-cb(kX)kZに対して,
CC(F[k])=(1)kCC(F)
が成り立つ.
(ii) DR-cb(kX)における完全三角FGHF[1]に対して,
CC(G)=CC(F)+CC(H)
が成り立つ.

(i)はχ(V[k])=(1)kχ(V)であることから,(ii)はΛ0=iΛiが共通に取れてmi(G)=mi(F)+mi(H)となることから従う.(i)は(ii)でG=0の場合を考えることでも示せる.

柏原の指数定理

上で天下り的に定義した特性サイクルは超局所的なオイラー・ポアンカレ標数を重みにして定義されていました.一方で,FDR-cb(kX)の台Supp(F)がコンパクトならば, 第6回 の命題4(i)よりaX:Xptを一点への写像として
RΓ(X;F)RaXFDR-cb(kpt)
となります.これはつまり任意のnZに対してRΓ(X;F)のコホモロジーHn(X;F)=HnRΓ(X;F)が有限次元となることを示しているので,FX上のオイラー・ポアンカレ標数
χ(X;F):=χ(RΓ(X;F))=nZ(1)ndimHn(X;F)
がwell-definedになります.すると,この大域的なオイラー・ポアンカレ標数を超局所的な対象である特性サイクルCC(F)から計算できるかという問いが浮かんできます.これがYesだというのが柏原の(超局所的)指数定理なのです.

指数定理を述べるために記号を少し準備します.σ:XTXπ:TXXの連続な切断とすると,それに付随するTX上のサイクル[σ]が定まります(劣解析的ではないのでここではごまかしていますが後でもう少し詳しく説明します).Xの向き付けから自然にσ(X)に向き付けが入ることにも注意しましょう.例えばφ:XRC級函数とすると,σφ:x(x;dφ(x))πの切断なので,TX上のサイクル[σφ]を定めます.λTX上のラグランジュサイクルと連続切断σ:XTXに対してσ(X)supp(λ)がコンパクトならば,それらの交点数 (intersection number)
#([σ]λ)Z
が定まります.交点数の符号は書物によって異なる気がしますが,Sheaves on Manifoldsに合わせて以下の例のようになるように約束します.

交点数の例

交叉が横断的ないくつかの場合に交点数の例を見る.
(i) X=Rの場合にTR上のサイクル[T0R]を考える.σ:XTXC級の切断としてσ(R)T0Rと図3のように横断的に交わるとする.このとき,#([σ][T0R])=+1である.
切断とファイバーサイクルの交点数 切断とファイバーサイクルの交点数

(ii) 再びX=Rの状況で[0X]というサイクルを考える.このとき,ゼロ切断に横断的な切断σ:XTXについて交点数#([σ][0X])は図4のようになる.
切断とゼロ切断サイクルとの交点数 切断とゼロ切断サイクルとの交点数

(iii) vX上のベクトル場,すなわち接束の切断v:XTXとする.Xにリーマン計量を与えてTXTXを同一視すれば,vは余接束の切断σv:XTXとみなせる.vは孤立した零点のみを持つと仮定すると,[σv][0X]との交点数の零点x0における寄与は
#x0([σv][0X])=ind(x0;v)
vx0における指数と一致する.
(iv) 上と同様に,φ:XRC級函数としてσφ:XTX,x(x;dφ(x))という切断を考える.σφ(X)0Xφの臨界点に対応する.φがモース函数であると仮定すると,[σφ][0X]との交点数の臨界点x0における寄与は
#x0([σv][0X])=(1)ind(x0;φ)
とモース指数ind(x0;φ)の分の符号と一致する.

上で見た交点数の概念を使うと柏原の指数定理を次のように述べることができます.

柏原の指数定理

FDR-cb(kX)としてSupp(F)がコンパクトであると仮定する.σ:XTXを連続な切断とする.このとき,等式
χ(X;F)=#([σ]CC(F))
が成り立つ.

定理の主張でうれしいことは,任意の連続切断σ:XTXに対してFのオイラー・ポアンカレ標数が交点数で計算できることです.計算しやすいようにσをうまくとってやることで簡単に左辺が計算できる場合があります.勝手な連続切断との超局所的な交点数で大域的な不変量が計算できるのが面白いところです.

指数定理の例

(i) X=Rとして,上の例1の(iii)で見た閉区間上の定数層のゼロ拡張k[0,1]について考える.切断σ:XTRの取り方によって,以下の図5のように交点数が計算できる.いずれの場合も局所寄与の和は1であり,χ(R;k[0,1])=dimH0(R;k[0,1])=1に一致していることが分かる.

閉区間上の定数層のゼロ拡張の指数定理 閉区間上の定数層のゼロ拡張の指数定理

(ii) 今度はX=Rとして,上の例1の(iv)で見た半開区間上の定数層のゼロ拡張k[0,1)について考える.切断の取り方によって,交点数は以下の図6のように計算され,その局所寄与の和はいずれの場合も0である.これはχ(R;k[0,1))=0に一致している.

半開区間上の定数層のゼロ拡張の指数定理 半開区間上の定数層のゼロ拡張の指数定理

(iii) Xがコンパクトであると仮定する.CC(kX)=[0X]であったことを思い出そう.上の例2の(iii)で見たようにX上の孤立零点のみを持つベクトル場vをリーマン計量を通してTXの切断σvとみなした際には,柏原の指数定理を定数層kXに用いることによって
χ(X)=χ(X;kX)=#([σv][0X])=xind(x;v)
が得られる.ここでxは全ての零点をわたる.これはポアンカレ・ホップの定理である.同様に例2の(iv)で見たことから,φ:XRをモース函数とすると,
χ(X)=χ(X;kX)=#([σφ][0X])=x(1)ind(x;v)
が得られる.ここでxは全てのφの臨界点をわたる.

μhomからの特性サイクルと演算に対する自然性

ここではSheaves on Manifoldsで説明されているμhomを通した特性サイクルの構成について説明します.ここは結構技術的なので,興味がない人は読み飛ばして次の小節に行ってください.

今度は指数定理を念頭において,まずBorel-Mooreホモロジー類で構成可能層のオイラー・ポアンカレ標数を計算できるものを考えてみましょう.FDR-cb(kX)として,Verdier双対DXF=RHom(F,ωX)を考えます.すると,定義からトレース射tr:FDXFωXが存在します.有限次元ベクトル空間Vに対してHom(V,V)VVkidVの像がVの次元になるので,これをXが一点の場合と思って構成可能層で類似を考えてみます.すると, 第6回 の命題1で見た同形と上付きびっくりの性質( 層理論第8回 の命題1)から,δ:XX×Xを対角射として,DR-cb(kX)における同形
δ!(FDXF)δ!RHom(q21F,q1!F)RHom(F,F)
が得られます.Δ=δ(X)とするとδ!δ1RΓΔなので射δ!δ1が存在します.これによって,次の射の列が得られます:
RHom(F,F)δ!(FDXF)δ1(FDXF)FDXFtrωX.
大域切断を取って得られる射によるidFHom(F,F)の像をC(F)HSupp(F)0(X;ωX)と書いて,しばしばFの特性類(またはFのオイラー類)と呼んだりします.真面目に考えると作り方から
χ(X;F)=XC(F)
が成り立つことが分かります.

さて,上の構成をμhomを使って余接束TXに持ち上げることを考えてみましょう.μhomの性質は 第5回 を見てください.同形Rπμhom(F,F)RHom(F,F)と随伴による射idδδ1を用いると,次の射の列が得られます:
RHom(F,F)Rπμhom(F,F)RπRΓSS(F)μhom(F,F)RπRΓSS(F)μΔ(FDXF)RπRΓSS(F)μΔ(δ(FDXF))trRπRΓSS(F)μΔ(δωX)RπRΓSS(F)(π1ωX).
ここで二つ目の同形はSupp(μhom(F,F))=SS(F)から,三つ目の同形はμhomの定義と 第6回 の命題1の同形から従います.最後の同形は説明していない超局所化の演算に対する自然性からチェックすることができます.大域切断を取ると射Hom(F,F)HSS(F)0(TX;π1ωX)が得られます.

μhomからの特性サイクル

上の射によるidFHom(F,F)の像をCC(F)HSS(F)0(TX;π1ωX)と書き,Fの特性サイクル(またはFの超局所オイラー類 (microlocal Euler class))と呼ぶ.

このように見ると構成可能層の特性類を余接束に持ち上げたのだから指数定理が成り立ちそうな気がしてきませんか?実際,指数定理の主張をもう少し真面目に見ると以下のようになります.σ:XTXを連続切断とすると上付きびっくりの随伴から,同形
Hσ(X)0(TX;π!kX)Hom(σ!kX,π!kX)Hom(kX,σ!π!kX)H0(X;kX)
が成り立ちます.この同形による1H0(X;kX)の像が上で書いた[σ]Hσ(X)0(TX;π!kX)の正確な意味です.上付きびっくりの射( 層理論第8回 の命題3)により射π!kXπ1ωXπ!ωXωTXが得られるので,テンソル積によりλH0(TX;π1ωX)に対して
[σ]λHσ(X)supp(λ)0(TX;ωTX)
が定まります.σ(X)supp(λ)がコンパクトなら積分できて,それが交点数#([σ]λ)です.TXの閉部分集合Sπがその上で固有となるものに対して,射α:HS0(TX;ωTX)HS0(X;ωX)が定まります.構成から,この射について
α([σ]CC(F))=C(F)
となることがチェックできるので,χ(X;F)=XC(F)と合わせて柏原の指数定理が得られるという仕組みになっています.

上で見た形式和としてのサイクルによる表示との関係を少しだけ述べておきます.実は,Λが劣解析的錐状閉isotropicな部分集合をわたる際の帰納極限LX=limΛHΛ0(π1ωX)を考えると,これはTX上のラグランジュサイクルの層になることがチェックできます.したがって,
CC(F)HSS(F)0(TX;π1ωX)H0(TX;LX)
と特性サイクルはラグランジュサイクルとみなせるのです.

このμhomを使った構成は,演算に対する自然性を得るのに見通しが良いという利点があります.すなわち,多様体の射f:XYに対する適当な条件の下で射
f:HΛX0(TX;πX1ωX)Hfπfd1(ΛX)0(TY;πY1ωY)f:HΛY0(TY;πY1ωY)Hfdfπ1(ΛY)0(TX;πX1ωX)
が定まります.上のμhomによる構成にRf,f1を施して大きな可換図式を真面目に追いかけることによって次が証明できます.

特性サイクルの自然性

f:XYを多様体の射とする.
(i) FDR-cb(kX)としてfSupp(F)上固有であると仮定する.このとき,等式
CC(RfF)=fCC(F)
が成り立つ.
(ii) GDR-cb(kY)としてfFに対して非特性的であると仮定する.このとき,等式
CC(f1G)=fCC(G)
が成り立つ.

近年ではさらに広く核の層に対して超局所オイラー類を対応させて,その広い枠組みの中で自然性を示すという研究も行われています.

ラグランジュサイクルと構成可能函数

実は,構成可能層の特性サイクルは構成可能函数というものと密接に関わっているので,ここでほんの少しだけ説明します.構成可能層はμ-stratification X=αAXαが存在して,各Xα上コホモロジー層が局所定数層となるものとして定義されました.構成可能函数はこの函数版です.

構成可能函数

函数φ:XZX上の(Z値の)構成可能函数であるとは,Xμ-stratification X=αAXαが存在して,各αに対してφ|Xαが定数函数になることをいう.CF(X)X上の構成可能函数の集合をあらわす.

構成可能層の茎ごとのオイラー・ポアンカレ標数

FDR-cb(kX)xXに対して
χ(F)(x):=χ(Fx)=nZ(1)ndimHn(Fx)
と定めると,χ(F)X上の構成可能函数である.

構成可能函数に関しては,次のように引き戻し・積分・押し出しが定まります:

  • (引き戻し)f:XYを多様体の射とするとき,ψCF(Y)に対して
    (fψ)(x)=ψ(f(x))
    と定めると,fψCF(X)となる.
  • (積分)φCF(X)としてsupp(φ)がコンパクトであると仮定する.このとき,Xのあるμ-stratification X=αAXαで各Xαが相対コンパクトであるものを取ってφ=αAcα1Xαとあらわされる.ここで1ZZの特性函数である.この表示のもとで
    Xφdχ:=αAcαχ(X;kXα)=αAcαχc(Xα)
    と定める.ここでχc(Xα)=nZ(1)ndimHcn(Xα;kXα)Xαのコンパクト台オイラー・ポアンカレ標数である.この積分は,コンパクト台オイラー・ポアンカレ標数を有限加法的な測度とみなして積分したものとも思える.
  • (押し出し)f:XYを多様体の射とするとき,φに対して
    (fφ)(y):=Xφ1f1(y)dχ
    と定めると,fφCF(Y)となる.

次に構成可能層との関連を説明しましょう.上の例4で見た構成可能層に対する茎ごとのオイラー・ポアンカレ標数は写像χ:Ob(DR-cb(kX))CF(X)を定めていて,完全三角FGHF[1]に対して
χ(G)=χ(F)+χ(H)
が成り立つことが分かります.KR-c(X)DR-cb(kX)のGrothendieck群とすると,アーベル群の射
χ:KR-c(X)CF(X)
が誘導されます.ここでKR-c(X)は,Ob(DR-cb(kX))の対象で生成された自由アーベル群を完全三角FGHF[1]が存在するときにG=F+Hの関係で割ったアーベル群のことでした.実はこの対応は同形
χ:KR-c(X)CF(X)
を引き起こし,この同形を通して構成可能層の逆像・順像と構成可能函数の引き戻し・押し出しが対応します.すなわち,多様体の射f:XYFDR-cb(kX)であってSupp(F)fが固有となるものとGDR-cb(kY)に対して
fχ(G)=χ(f1G)fχ(F)=χ(RfG)
が成り立ちます.実はVerdier双対に対応する構成可能函数側の操作も考えられますが,ここでは詳しく述べません.

最後にラグランジュサイクルとの関わりを説明します.LXTX上のラグランジュサイクルの層をあらわします.すると,上の命題1の(ii)より特性サイクルを対応させる写像は群の射
CC:KR-c(X)H0(TX;LX)
を誘導します.実はこの群の射は同形になります.全射であることはラグランジュサイクルλに対してπ(supp(λ))に関する帰納法で示せます.単射であることはだいたい次のようにして示せます.

単射性の概略

FDR-cb(kX)としてCC(F)=0ならばF0を示せばよい.同形χ:KR-c(X)CF(X)から任意のxXに対してχ(F)(x)=0であることをいえばよい.x0Xを固定して,x0の近傍で定義されたCω級函数φ:XRφ(x0)=0,dφ(x0)=0かつx0におけるφのヘシアンが正定値となるものを取る.すると,サード型の定理からx0SS(F)σφ(X)の孤立点になる.したがって,x0の近傍で指数定理を用いると
χ(F)(x0)=#([σφ]CC(F))
が得られる(コンパクト性についてごまかしたので上の指数定理の主張からは従わないが正当化できる).今CC(F)=0なので左辺も0である.

これまでに見た構成可能層のGrothendieck群・構成可能函数のなすアーベル群・ラグランジュサイクルのなすアーベル群の三つが同形であるという主張を述べておきましょう.

三つのアーベル群は同形

あるアーベル群の射Eu:H0(TX;LX)CF(X)が存在して,図式
KR-c(X)CCχH0(TX;LX)EuCF(X)
が可換で全ての射が同形となるものが存在する.さらに,これらの同形はそれぞれの演算と両立する.

Euはオイラー写像と呼ばれることがあり,特異点論で現れるオイラー障害 (Euler obstruction) とも深い関わりがあります.詳しくは参考文献に挙げた本を参照してください.

まとめ

今回は

  • 重み付き形式和としての特性サイクル
  • 柏原の超局所的指数定理
  • μhomを用いた特性サイクルの構成法と自然性
  • 構成可能層・ラグランジュサイクル・構成可能函数の関係

について説明しました.さて,重みを与える際に現れた超局所的障害Vがどこかの次数に集中している層は特性サイクルを考える際にも面白そうで興味があります.これが純層と呼ばれるもので,実は偏屈層とも関係があるのです.次回はこれらについて説明したいと思います.それではまた!

参考文献

[9]
Masaki Kashiwara and Pierre Schapira, Sheaves on Manifolds, Grundlehren der mathematischen Wissenschaften, Springer, 1990
[10]
Alexandru Dimca, Sheaves in Topology, Universitext, Springer, 2013
[11]
Jörg Schürmann, Topology of Singular Spaces and Constructible Sheaves, Monografie Matematyczne, Birkhäuser, 2003
[12]
竹内潔, D加群, 共立講座数学の輝き, 共立出版, 2017
[13]
Masaki Kashiwara and Pierre Schapira, Microlocal Euler classes and Hochschild homology, Journal of the Institute of Mathematics of Jussieu, 2014, pp. 487-516
投稿日:2021623
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  1. はじめに
  2. 前回までの高速おさらい
  3. 特性サイクル
  4. 柏原の指数定理
  5. $\mu hom$からの特性サイクルと演算に対する自然性
  6. ラグランジュサイクルと構成可能函数
  7. まとめ
  8. 参考文献