この記事は 日曜数学 Advent Calendar 2021 の22日目の記事になります。
余談ですが12/22といえばかの稀代の数学者シュリニヴァーサ・ラマヌジャンの誕生日です。
ラマヌジャンの肖像
(ラマヌジャンと言えばなにかとこの画像が出てきますよね。)
ちなみに1222は私のMathlogのユーザーID(
https://mathlog.info/users/1222/articles
)でもあります。運命的ですね。
アドベントカレンダー21日目は松中さんの「
偏角の原理を使ってゼータ関数の零点を見つけよう!
」でした。こちらはゼータ関数の零点の位置を特定するお話でしたが、本日はゼータ関数の零点について知るとどんなことがわかるのか、というお話になります。
私はこれまで8月26日の「
リーマン予想って結局何が嬉しいの?
」の記事を発端にしばらくの間「リーマン予想は(真だとすれば)私たちにどのような知識をもたらしてくれるのか」ということや「リーマン予想は私たちの理解できる形に書き直すとどういった具合になるのか」といったことに焦点を当てて自由研究をしては記事にしてきました。今回は私が学んできたリーマン予想に関係する等式や不等式についてリーマン予想とそれらがどういうカラクリで繋がっているのかということを簡単にまとめていきたいと思います。
今回中心的に紹介する式は
の4つになります。
リーマン予想と素数との関係についての話をしようとすると必ずと言ってもいいほどチェビシェフ関数
$$\psi(x)=\psi(x)=\sum_{p^n\leq x}\log p$$
についての漸近公式
リーマン予想が真であることと
$$\psi(x)=\sum_{p^n\leq x}\log p=x+O(\sqrt x\log^2 x)$$
が成り立つことは同値である。
が登場します。より具体的には
$$|\psi(x)-x|<\farc1{8\pi}\sqrt x\log^2 x\quad(x\geq73.2)$$
が成り立ちます。
これはリーマンの素数公式
$$\psi(x)
=x-\sum_\rho\farc{x^\rho}\rho-\frac12\log(1-x^{-2})-\log2\pi$$
からほぼ直接導き出せます。この式は大きく3つの要素に分けることができて、
主要項:$x$
振動項:$-\sum_\rho\farc{x^\rho}\rho$
誤差項:$-\frac12\log(1-x^{-2})-\log2\pi$
といった構成になっています。特に振動項に現れる$\rho$とはゼータ関数の非自明な零点のことを表しており、ここにリーマン予想が関わってくることになります。
重要なのは(リーマン予想が真であるとき)$|x^\rho|=x^{\Re(\rho)}=x^\frac12$であることにあって、この指数が$\frac12$より大きくなる(つまりリーマン予想が破綻する)とさっきの漸近公式の誤差項にあった$\sqrt x$の指数もちょっと大きくなってしまいます。
逆に上の漸近公式が成り立つとリーマン予想も真となります。そのことについてはオイラー積表示
$$\z(s)=\prod_p\frac1{1-p^{-s}}$$
を変形して得られる公式
$$-\frac d{ds}\log\big((s-1)\z(s)\big)=1+s\int^\infty_1(\psi(x)-x)x^{-s-1}dx$$
からわかります。$\psi(x)-x=O(\sqrt x\log^2x)$が成り立つことでこの右辺は$\Re(s)>\frac12$で収束することがわかるので、当然左辺も有限な値を取らなければならず、$\frac12<\Re(s)$で零点を取ってはならない、つまり非自明な零点は全部$\Re(s)=\frac12$の上に存在することになる、というわけです。
解析的な観点から素数の話をするときは基本的に
$$\sum_{p\leq x}f(p)$$
といった形の関数の漸近的な挙動について調べていくことになります。そしてそのときに
アーベルの総和公式
によって
\begin{align}
\sum_{p\leq x}f(p)&=\pi(x)f(x)-\int^x_2\pi(t)f'(t)dt\\
\sum_{p\leq x}f(p)\log p&=\vt(x)f(x)-\int^x_2\vt(t)f'(t)dt
\end{align}
といった公式が得られるので、$\psi(x)$ひいては$\vt(x)$や$\pi(x)$の漸近的挙動がわかっているとそりゃあ便利なわけです。ちなみに具体的には
\begin{align}
|\vt(x)-x|&<\frac1{8\pi}\sqrt x\log^2 x\quad(x\geq599)\\
|\pi(x)-\Li(x)|&<\farc1{8\pi}\sqrt x\log x\quad(x\geq2657)
\end{align}
が成り立つことが$\psi(x)$の不等式の系としてわかります。
・
リーマン予想って結局何が嬉しいの?
・
リーマン予想による素数定理の精密化
次に紹介する約数関数
$$\s(n)=\sum_{d\mid n}d$$
に関する不等式
リーマン予想が真であることと
$$\s(n)< e^\g n\log\log n\quad(n\geq5041)$$
が成り立つことは同値である(ただし$\g$はオイラー定数$\g=0.577\ldots$とした)。
はこの主張だけは簡単に理解できる見た目にフェルマーの最終定理ような面白さを感じてリーマン予想について知りたいと思ったきっかけの一つでもあり、個人的に思い入れのある式になっています。
ここで今日が誕生日のラマヌジャンさんが出てきます。
任意の$2\geq x$に対してある(単調増加な)自然数$N=N(x)$が定まって、$\s(n)$の代わりにこの$\s(N)$について考えればいいことがわかります。そしてこれは
$$\farc{\s(N)}N
\fallingdotseq\prod_{p\leq x}\farc1{1-p^{-1}}\prod_{\sqrt{2x}< p\leq x}(1-p^{-2})$$
といった感じに近似でき、この右辺の対数を取ってアーベルの総和公式を使うなどしてやると
$$\log\frac{\s(N)}N\fallingdotseq\g+\log\log\log N+\frac{4+\g-\log4\pi-2\sqrt2}{\sqrt x\log x}$$
といった関係がわかり、$4+\g-\log4\pi-2\sqrt2=-0.782\ldots<0$から$x$が十分大きいとき、すなわち$N$が十分大きいとき
$$\log\frac{\s(N)}N<\g+\log\log\log N$$
すなわち
$$\s(N)< e^\g N\log\log N$$
が導かれる。というわけです。
ラマヌジャンはリーマン予想が真であれば不等式
$$\s(n)< e^\g n\log\log n$$
が(十分大きい任意の$n$に対して)成り立つことを(暗に)示しましたが、Robinはその不等式を精密化するとともに、その逆を示しました。
上でリーマン予想と同値な漸近公式
$$\psi(x)=x+O(\sqrt x\log^2 x)$$
の話をしたときに言及したように、リーマン予想が偽であると素数公式の振動項の振幅が$x^\farc12$よりも大きい指数で大きくなっていくことがわかります。そしてラマヌジャンの手法で出てきた近似式
$$\log\frac{\s(N)}N\fallingdotseq\g+\log\log\log N+\frac{4+\g-\log4\pi-2\sqrt2}{\sqrt x\log x}$$
は素数公式と同じように
$$\log\frac{\s(N)}N\fallingdotseq
\g+\log\log\log N+\frac{2-2\sqrt2}{\sqrt x\log x}+(2+\g-\log4\pi)\cdot(\mbox{振動項})$$
のような形になっており、リーマン予想が偽であるときはこの振動項の振幅の大きさが
$$\frac1{\sqrt x\log x}$$
よりも大きくなってしまい、どんなに$N$を大きくしてもどこかでは
$$\log\frac{\s(N)}N>\g+\log\log\log N$$
つまり
$$\s(N)>e^\g N\log\log N$$
となってしまうことになります。よって
$$\s(n)< e^\g n\log\log n$$
が成り立つのはリーマン予想が真であるときに限ることがわかるわけです。
(この厳密な証明についてはまだ斜め読みしかできていないので間違ったことを言っているかもしれませんが、大体こんな感じだと思います。)
Robinの定理ではまだややこしそうな数$\g=0.577\ldots$が出てきて身近さを感じれないかもしれませんが、Robinの定理を使うことで次のようにより自然数成分(?)の濃い形でリーマン予想を書き直すことができます。
リーマン予想が真であることと任意の自然数$n$に対して
$$\s(n)\leq H_n+e^{H_n}\log H_n$$
が成り立つことは同値である。ただし$H_n$は調和数$H_n=\sum^n_{k=1}\frac1{k}$とした。
$$G(n)=\frac{\s(n)}{n\log\log n}$$
とおいたとき
・$N$の任意の素因数$p$に対して$G(N)\geq G(N/p)$
・$N$の任意の倍数$M$に対して$G(N)\geq G(M)$
が成り立つような合成数$N$を異常数という。
リーマン予想が真であることと異常数が$4$しか存在しないことは同値である。
これらについてはそれぞれせきゅーんさんのブログ:
INTEGERS
の次の記事でその導出を見ることができます。
・
Riemann予想に関するLagariasの定理
・
Caveney-Nicolas-Sondowの定理の証明
ちなみに私が初めてRobinの定理を知り、興味を惹かれたのも同ブログの記事であり、なにかとお世話になっております。
・
5040:Gronwallの定理とRiemann予想
・
一般化優高度合成数の性質
・
リーマン予想と同値な不等式:ラマヌジャンの定理
・Robinの定理については気が向いたら記事を書くと思います。気が向いたら。
リーマン予想から素数のことがわかると言っても
$$\psi(x)=x+O(\sqrt x\log^2 x)$$
を見せられただけじゃいまいち素数のことがわかった気がしません。そこでDudekが証明した次の定理を紹介しましょう。
リーマン予想が真であるとき、任意の$x\geq2$に対して
$$x-\frac4\pi\sqrt x\log x< p\leq x$$
を満たすような素数$p$が存在する。
これはベルトランの仮説とよく似た主張になっています。
任意の自然数$n$に対して$n< p\leq2n$を満たすような素数$p$が存在する。
素数と次の素数の間の合成数が続く区間を素数砂漠と言いますが、ベルトランの仮説を
「素数$p$の前に広がる素数砂漠の長さは高々$p$程度である」
と読み解くならば定理3は
「素数$p$の後ろに広がる素数砂漠の長さは高々$\frac4\pi\sqrt x\log x$程度である」
と言うことができます。
もう一つのチェビシェフ関数
$$\vt(x)=\sum_{p\leq x}\log p$$
も$\psi(x)$の素数公式と同じように
$$\vt(x)=x+(\mbox{振動項})+(\mbox{振動項より弱い項})$$
のような形に表すことができます(簡単のため色々誤魔化してますがご愛敬)。つまり
$$\vt(x)-\vt(x-\frac4\pi\sqrt x\log x)
=\frac4\pi\sqrt x\log x+(\mbox{振動項の差})+(\mbox{振動項より弱い項})$$
となります。
ここでリーマン予想を使うことでやはり振動項の大きさを考えることができ、
$$|\mbox{振動項の差}|\leq\frac4\pi\sqrt x\log x-\frac8\pi\sqrt x\log\log x+(\mbox{弱い項})$$
のような評価を与えることができ、よって$x$が十分大きいとき
$$\vt(x)-\vt(x-\frac4\pi\sqrt x\log x)>\frac8\pi\sqrt x\log\log x+(\mbox{弱い項})>0$$
つまり
$$x-\frac4\pi\sqrt x\log x< p\leq x$$
を満たすような素数$p$が存在することがわかる。といった感じになっています。
定理3では$x$がそれほど大きくなくても不等式が成り立つように色々考慮した結果$\frac4\pi$という値が出てきているのであって、もっと大雑把に評価してもいいのであれば次のような結果も得ることができます。
リーマン予想が真であるとき、任意の$\e>0$と十分大きい任意の$x$に対して
$$x-(1+\e)\sqrt x\log x< p\leq x$$
を満たすような素数$p$が存在する。同様に
$$x< p\leq x+(3+\e)\sqrt x\log x$$
を満たすような素数$p$も存在する。
以前これについて記事を書こうと思い、実際に本文を書くところまで行きましたが、行間を詰めるのが面倒になってやめました。詳しくは Dudekの論文 を参照してください。
上ではリーマン予想と素数の繋がりについて紹介してきましたが記事の最後はすこし趣向を変えた式を紹介しましょう。
$$\int^\infty_0\int^\infty_{\frac12}\frac{1-12t^2}{(1+4t^2)^3}\log|\z(\s+it)|d\s dt=\frac{\pi(3-\g)}{32}$$
かなりごつい式ですが実はこの等号が成り立つこととリーマン予想が真であることは同値となっています。
リーマン予想を等式に書き換えることの背景には不等式の等号成立条件があります。具体的にはリーマン予想の真偽にかかわらず
$$\sum_\rho\frac1{|\rho|^2}\geq2+\g-\log4\pi$$
という不等式が成り立っており、これの等号が成立するのがリーマン予想で真であるときに限ることが言えるので等式
$$\sum_\rho\frac1{|\rho|^2}=2+\g-\log4\pi$$
が成り立つこととリーマン予想が真であることが同値となるわけです。
あとはこの左辺をアーベルの総和公式で
$$\sum_\rho\frac1{|\rho|^2}=\int^\infty_0N(t)\frac{32t}{(4t^2+1)^2}dt$$
と積分に書き換えてわちゃわちゃすることで上の式が出てくることになります。
この等式もINTEGERSの筆者であるせきゅーん氏のツイートで初めて知って興味を引かれたものです。
どなたかこの積分の証明を教えていただけませんでしょうか? pic.twitter.com/eBLSWbk11o
— せきゅーん (@integers_blog) May 23, 2019
今度は私という媒体を通してリーマン予想が等式で表現できるという面白さを皆さんに知ってもらえていると嬉しいですね。
この記事ではリーマン予想からわかる素数のことやリーマン予想の同値な言い換えをいくつか紹介してきましたがリーマン予想の面白さを少しでも皆さんに伝えられたのなら嬉しいです。またリーマン予想は素数の話だけでなく他の色々な分野でも様々な興味深い定理と結びついており、リーマン予想の奥深さはまだまだこんなものではないので興味があったら皆さま自身で色々調べてみると面白いかもしれません。
では。