最近いくつか物理学と指数定理の関係に関して記事を書きましたMathlog_01Mathlog_02Mathlog_03Mathlog_04Mathlog_05Mathlog_06。本記事でも指数定理の話をしたいと思います。
Nielsen-Ninomiyaの定理2/2: fermion doublingに関する不可能性定理 では、格子正則化においてfermionのdoublerを取り除くことは、いくつかの物理的に尤もな条件の下では不可能なこと、またそれを取り除けなければ量子アノマリーが再現できないことを述べました(Ref.NielsenKarsten)。
それでもdoublerを取り除く方法はいくつかあります。最も古くから知られているのはWilson fermionと呼ばれる定式化です(Ref.Aoki)。Nielsen-Ninomiyaの定理(NN定理)の前提にchiral対称性を満たすことがありましたが、Wilson fermionではこれをある程度犠牲にしてdoublerを消します。しかしながら、chiral対称性は強い相互作用の基礎理論であるSU(3)の非可換ゲージ理論 ‐量子色力学と呼ばれる‐ において大変重要であり、格子正則化は量子色力学の低エネルギー現象のような非摂動領域で最も威力を発揮するので、格子上のfermionはchiral対称性を尊重することが望ましいです。
1990年代に格子上でchiral対称性を尊重しながらdoublerを消す方法が盛んに研究されました。そこで得られたひとつの答えは
でした。Ginsparg-Wilson関係式(GW関係式)とは、Dirac演算子を$D$とすると
\begin{align}
\{\gamma_5,D\}=aD\gamma_5 D
\end{align}
で表されます(Ref.Ginsparg)。$a$は格子間隔です。一般には右辺は$aDR\gamma_5 D$のように、$\gamma_5$と可換な局所的演算子$R$が入っていてもいいですが、ここではこれを$1$としておきます。
chiral対称性は$\{\gamma_5,D\}=0$で表されます。一方でGW関係式の右辺はノンゼロであり、また$a$に比例しています。ということは結局のところchiral対称性は破れており、上記したWilson fermionと状況は同じなのでは?と思うかもしれません。ところがGW関係式は単にchiral対称性が破れているのとは違い、「格子上のchiral対称性」とでも言うべき性質を持っています。$D$がこれを満たしていると、例えばWard-Takahashi恒等式等による解析から$a\to 0$において連続極限のchiral対称性と関わる物理量が適切に再現できることがわかります。つまり$a\to 0$で連続極限のchiral対称性にちゃんとつながるようになります。
chiral対称性を尊重しながらdoublingを消去するには、chiral対称性の定義を格子上に適切に拡張することが必要だったのです。Wilson fermionのようなchiral対称性の破り方(具体的には示してないですが)は望ましくないのです。
一方でNielsen-Ninomiyaの定理の前提であるchiral対称性$\{\gamma_5,D\}=0$はGW関係式とは異なるため定理の適用外であり、doublerを消すことができます。
量子アノマリーに関しては例えばRef.Mathlog_01をご参照ください。以下Dirac行列$\gamma_5$の性質を用います。これに関してはRef.Mathlog_06のAppendix等をご参照ください。
GW関係式が「格子上のchiral対称性」として適切であり、これを満たすfermionがdoublerを持たないのなら、量子アノマリーも適切に再現できるのではないかと思えます。そして実際それは正しいです。以下ではGW関係式を満たす$D$が指数定理を適切に再現することをRef.Luescherに従い示します。
いま格子上のfermion作用が以下のようにfermionの双一次形式で書けているとします。
\begin{align}
S_F=\bar\psi D\psi
\end{align}
GW関係式が成立するとき、この作用は以下の変換に対して不変です:
\begin{align}
\begin{cases}
\psi\to\psi'=\psi+\epsilon\delta\psi, \ \ \ \delta\psi=\gamma_5(1-aD/2)\psi\\
\bar\psi\to\bar\psi'=\bar\psi+\epsilon\delta\bar\psi, \ \ \ \delta\bar\psi=\bar\psi(1-aD/2)\gamma_5
\end{cases}
\end{align}
次に、この変換に対する経路積分の測度のJacobianを求めます。これは以下の記事
ABJ anomaly:経路積分における藤川の方法
の計算と基本的に同じです。これに習えば
\begin{align}
J=\exp\left[-2\sum_{n=1}\sum_x
\varphi_n^\dagger(x)(1-aD/2)\gamma_5\varphi_n(x)\right]
\end{align}
を得ます。ここで$\varphi_n$は$D$の固有関数であり、$n$はそれにつけたラベルです。上記記事の計算と今回の計算で少し違うのは、上記記事で$\alpha(x)$と書いている量は$\gamma_5$と可換であるのに対し、こちらの計算では$(1-aD/2)$と$\gamma_5$が可換ではないことです。しかし計算を追うとわかるように、$\rm tr$の巡回置換性より結局$(1-aD/2)$と$\gamma_5$の順番は関係なくなります。
$\sum_{n=1}\sum_x\varphi^\dagger_n(x)(1-aD/2)\gamma_5\varphi_n(x)$をここでは
\begin{align}
{\rm tr}[(1-aD/2)\gamma_5]
\end{align}
と書いておきます。このtraceは、時空、状態、スピノルのindexのすべてに関してとることにします。いま格子正則化がなされているので${\rm tr}(\gamma_5)$はゼロにしてよいです(逆に言えば正則化がなされてなくて収束しない和が現れるような場合はゼロにしてはダメです)。よって
\begin{align}
J=\exp\left({\rm tr}(aD\gamma_5)\right)\tag{1}
\end{align}
になります。以下${\rm tr}(aD\gamma_5)$を計算します。
$D$がGW関係式を満たせば以下が成立します:
\begin{align}
a(z-D)\gamma_5(z-D)=z(2-az)\gamma_5
-(1-az)\left\{
(z-D)\gamma_5+\gamma_5(z-D)
\right\}\tag{2}\label{Eq1}
\end{align}
ここで$z\in{\mathbb C}$は変数であり、$D$の固有値ではないとします。Eq.(2)の両辺に右から$(z-D)^{-1}$をかけて$\rm tr$をとると
\begin{align}
-{\rm tr}(aD\gamma_5)={\rm tr}\left(z(2-az)\gamma_5(z-D)^{-1}\right)
\end{align}
が成立します。これを$z(2-az)$で割り、原点を囲む経路を$C$としてこの経路上で積分します。ただし$C$は$D$のゼロ以外の固有値を囲まないようにとります(系は有限体積であるとします):
\begin{align}
-{\rm tr}(aD\gamma_5)\int_C\frac{dz}{2\pi i}\frac{1}{z(2-az)}={\rm tr}\left(\gamma_5\int_C\frac{dz}{2\pi i}(z-D)^{-1}\right)\\
\therefore -{\rm tr}(aD\gamma_5)=2{\rm tr}\left(\gamma_5\int_C\frac{dz}{2\pi i}(z-D)^{-1}\right)
\tag{3}\label{Eq2}
\end{align}
ここで次の演算子を考えます:
\begin{align}
\hat P_0:=\int_C\frac{dz}{2\pi i}(z-D)^{-1}=\sum_{\varphi,\varphi'}\oint_C\frac{dz}{2\pi i}
|\varphi\rangle\langle\varphi|
(z-D)^{-1}
|\varphi'\rangle\langle\varphi'|
\end{align}
$|\varphi\rangle$は$D$の固有状態であり、$\sum_\varphi |\varphi\rangle\langle\varphi|$は$|\varphi\rangle$による完全系なので単位演算子です。$|\varphi\rangle$は正規直交関係を満たすとします。すると上の式は以下のように書き換えられます:
\begin{align}
\sum_{\varphi,\varphi'}\oint_C\frac{dz}{2\pi i}
|\varphi\rangle\langle\varphi|
(z-D)^{-1}
|\varphi'\rangle\langle\varphi'|
=
\sum_{v,v'}\oint_C\frac{dz}{2\pi i}
|v\rangle\langle v|
v'\rangle\langle v'|\frac{1}{z-v'}
\end{align}
ここで$|v\rangle$は$D$の固有値$v$の状態を表します。和は固有値の縮退(重複)も含んでいます。積分を実行すれば$v'$がゼロの状態のみが残るので
\begin{align}
=\sum_v|v\rangle\langle v|\delta(v) \ \ \ \ \ (\delta\text{はデルタ関数})
\end{align}
になります。すなわち$\hat P_0$は$D$のゼロ固有値状態への射影演算子です。Eq.(3)の右辺は
\begin{align}
2{\rm tr}(\gamma_5\hat P_0)=2\sum_{v,v'}
\langle v|\gamma_5 |v'\rangle\langle v'|v\rangle\delta(v)
\end{align}
となります。ここで$\gamma_5$の固有値が$+1$である$R$と$-1$である$L$への射影演算子をそれぞれ
\begin{align}
&P_R:=(1+\gamma_5)/2, \ \ P_L:=(1-\gamma_5)/2,\\
&P_R+P_L=1,\\
&P_R^2=P_R, P_L^2=P_L
\end{align}
とすれば(Ref.Mathlog_06のAppendix等参照のこと)
\begin{align}
&=2\sum_{v,v'}
\langle v|(P_R-P_L) |v'\rangle\langle v'|v\rangle\delta(v)\\
&=2\sum_{v_R}\langle v_R=0| v_R=0\rangle-\sum_{v_L}\langle v_L=0| v_L=0\rangle\\
&=2(n_R^0-n_L^0)
\end{align}
となります。ここで$|v_R=0\rangle, |v_L=0\rangle$はそれぞれ$R$および$L$のゼロモード、$n_R^0$は$|v_R=0\rangle$の数、$n_L^0$は$|v_L=0\rangle$の数です。改めて、GW関係式を満たす$D$に関し、Eq.(3)より
\begin{align}
-a{\rm tr}(\gamma_5 D)=2(n_R^0-n_L^0)
\end{align}
が成立します。この式とEq.(1)より、Jacobianはノンゼロであり、$R$と$L$のゼロモードの差で書けることを意味します。これは
この記事
の公式5に対応します。
こうしてGW関係式を満たすfermionは、$D$の具体的な構成法に関わらず、量子アノマリーのひとつであるABJアノマリーを正しく再現することがわかりました。GW関係式が「格子上のchiral対称性」としての資格を持つことのひとつの証左かと思います。
本記事ではGinsparg-Wilson関係式(GW関係式)を満たすDirac演算子が、適切に量子アノマリーを再現することを述べました。
Nielsen-Ninomiyaの定理から不可能に思われる、chiral対称性を尊重しつつdoublerがないようなfermionは、「格子上のchiral対称性」たるGW関係式を満たすDirac演算子によって実現されます。そしてGW関係式を満たす演算子は、その構成の詳細に依らず正しくABJアノマリーを再現します。
おしまい。${}_\blacksquare$