はじめに
圏論の基礎的な概念を学ぶと,その具体例として,「集合と写像」や「ベクトル空間と線形写像」に関する数学的な構造などに関する知見が得られます。この記事では,このような知見のうち,線形代数に関して「知っておいて損はない」と思うものをいくつか紹介します。圏論の知識がなくても理解できることをめざしました(補足では,圏論の話題に触れることがあります)。この記事で紹介する概念は,線形代数の式をストリング図とよばれる図式で表す際にも役立ちます。
補足:
ここで紹介する視点は,線形代数においても基礎的なものばかりだと思います。しかし,これらの視点について述べられている書籍はそれほど多くはないであろう話題であり,かつ個人的に「もっと早く知っておきたかった」と思えるものを集めました。なお,取り上げた話題には主観が多分に入っています。以降では,集合論と線形代数の共通点と相違点に着目しながら説明します。集合と写像や線形代数に関する基礎知識はあるものとします。この記事では,次の4個の話題について説明します。
- ベクトル空間の各要素は線形写像とみなせる
- 有限次元の線形代数は自己双対的
- 自由ベクトル空間と忘却写像
- ベクトル空間の直積とテンソル積
本連載の目次
#1:
圏の定義と具体例
#2:
関手と自然変換
#3:
垂直合成と水平合成
#4:
モノイダル圏
#5:
モナドとは自己関手の圏におけるモノイド対象のこと
#6:
モナドの例
#7:
随伴
#8:
関手を表す線の順序の交換
#9:
普遍射と随伴・極限・カン拡張
#10:
ホム関手のストリング図(前編)
#11:
ホム関手のストリング図(後編)
#12:
米田の補題
番外編1:
視覚的に理解するクライスリトリプルとモナドの同値性
番外編2: 線形代数の圏論的な性質(?)を圏論なしで説明する(この記事)
準備
集合論
集合の集まりをと書きます。また,集合から集合への写像全体からなる集合をと書きます。1点集合(1個の要素からなる集合)を代表して,と書きます(がこの集合の唯一の要素です)。有限個の要素のみをもつ集合を有限集合とよび,その要素数をと書きます。
補足(圏論の基礎知識がある人へ):
は集合を対象として写像を射とする圏のことだと考えて構いません。このように考えたとき,はホムセットです。線形代数
実数全体からなる集合をとおき,実ベクトル空間の集まりをと書きます。また,実ベクトル空間から実ベクトル空間への線形写像全体からなる集合をと書きます。は1次元実ベクトル空間です。なお,話を簡単にするため,この記事では実ベクトル空間に限定して話をしますが,一般の体上のベクトル空間を考えてもこの記事で説明することはほぼ成り立ちます。
補足:
ベクトル空間と線形写像になじみのない人は,有限次元ベクトル空間に限定して,各ベクトル空間を次元列ベクトル全体からなる集合に置き換えて,からへの線形写像を行列の行列全体からなる集合(と書きます)に置き換えるとわかりやすいと思います(列ベクトルや行列の各成分は実数です)。からへの各線形写像は行列の行列と一対一に対応するため,はと同一視できます。補足(圏論の基礎知識がある人へ):
は実ベクトル空間を対象として線形写像を射とする圏だと考えて構いません。このように考えたとき,はホムセットです。各ベクトル空間について,集合はベクトル空間とみなせます。以降では,しばしばこの事実を用います。
補足:
集合をベクトル空間とみなすためにはにおける和と実数倍を定める必要がありますが,これらは次のように定められます。各に対して,「各をに写す写像」をとの和と定義して,と書きます。また,各とに対して,「各をに写す写像」をの倍と定義してと書きます。これらの定義は,きっと素直だと感じることでしょう。このように定義すれば,がベクトル空間であることを容易に確認できます。要素と写像の同一視
集合論の場合
任意の集合の要素は,からへの写像と同一視できることを述べます。この同一視により,集合の要素を「写像の特別な場合」とみなすことができます。
集合の要素とからの写像との同一視
補足:
「」は,からへの可逆写像が存在するという意味です。,が有限集合ならば,はと同値です。各について,写像(つまり,の唯一の要素をに写すような写像)をとおく。各をに写す写像は,可逆写像である。実際,各をに写す写像がこの逆写像であることがすぐにわかる。
各集合について,この同型が成り立つことは「の各要素はからへの写像とみなせる(かつこの対応は一対一である)」ことを意味しています。この証明から,のすべての要素はの形で表せます。以降では,とを同一視します。
の図式表現
は次の二通りの図式で表せます。
左側の図式における長方形のブロックは,写像のことだとみなせます。なお,ここでは先述のをと書いています(これらを同一視しているのでした)。ブロックの下側および上側から伸びた線が,それぞれの始域および終域を表しています。このように,ブロックが写像を表し,線が集合を表します。また,1点集合を表す線は省略できるものとします。この省略により,左側の図式は右側の図式のように表せます。
要素と写像に対し,は次の図式で表せます。
ブロックとブロックが線によりつながっていますが,これは写像としての合成(つまりを表すと考えてください。このように,ブロック同士の直列接続は写像としての合成を表します。2個のブロックとをグループ化して1個のブロックと解釈すれば,写像を表していることが視覚的に理解できるかと思います。先ほどの同一視により,この写像は要素と同一視されます。
集合論では,上のように写像をブロックで表すような図式を用いるとしばしば便利です。
線形代数の場合
集合論の場合と同様に,任意のベクトル空間の要素は,からへの線形写像と同一視できます。この同一視により,ベクトル空間の要素を「線形写像の特別な場合」とみなすことができます。
ベクトルとからの線形写像との同一視
線形代数でも,命題1に相当する次の命題が成り立ちます。
この意味で,集合論におけると線形代数におけるが対応しています。
補足:
「」は,からへの可逆な線形写像が存在するという意味です。,が有限次元ならば,はと同値です。各に対し,線形写像(つまり,各をに写すような写像)をとおく。各をに写す写像は,可逆な線形写像である。実際,各をに写す写像がこの逆写像であることがわかる。
この同型が成り立つことは,「各ベクトル空間の各要素はからへの線形写像とみなせる(かつこの対応は一対一である)」ことを意味しています。この命題から,のすべての要素はの形で表せます。以降では,とを同一視します。
の図式表現
集合論の場合と同様に,ブロックが線形写像を表し,線がベクトル空間を表すような図式が考えられます。は線形写像と同一視されますので,二通りの図式で表せます。
この図式では,右側の図式のように線を省略できるものとします。
ブロック同士の直列接続は写像としての合成を表します。たとえば,要素と線形写像に対し,は次の図式で表せます。
線形代数では,上のように線形写像をブロックで表すような図式がしばしば活躍します。
参考:への写像とへの線形写像との比較
上の議論では,集合論における1点集合と線形代数における実数全体が対応していました。しかし,からの写像(またはからの線形写像)を考える代わりに,への写像(またはへの写像)について考えると,話が変わってきます。
集合論においてへの写像を考えると,に似た式としてが成り立つことがわかります。実際,各集合について,からへの写像は各をに写すものしか存在せず,したがって集合は1点集合です。つまり,はと同型です。
一方,線形代数ではこれに相当する式であるは成り立ちません(の場合は例外)。これらを次の表にまとめておきます。
なお,が有限次元ならばが成り立ち,したがってのような対称性(自己双対性とよびます)が成り立ちます。自己双対性については,これから説明します。
有限次元に限定した線形代数は自己双対的
有限次元ベクトル空間を任意に選びます。このとき,ベクトル空間として
が成り立ちます。実際,およびとおくと,の各要素は行列の行列と一対一に対応し,の各要素は行列の行列と一対一に対応します。また,行列の転置により行列の行列と行列の行列は一対一に対応するため,上の同型が成り立ちます(厳密な証明は割愛しますが,この直観的な説明に基づけば容易に示せます)。より端的に述べると, とはどちらも次元ベクトル空間ですので,同型です。
補足:
集合論では,同様の式は(とが有限集合であっても)一般に成り立ちません。からへの可逆な線形写像(たとえば,上の例における転置)を一つ選んでとおきます。この写像は次の図式で表せます。
とその双対
ただし,各の写り先をと書き,の双対とよぶことにします。直観的には,この写像は「図式を上下反転させる」ようなはたらきをしているといえます。なお,「上下反転」であることを視覚的に示すために,ブロックの形状を長方形ではなく台形で表しました。
とくに,ベクトル空間をの双対ベクトル空間とよび,と書きます。上の同型においての場合を考えれば,とが同型であることが,次式からわかります。
先ほどの図式と同様に,各をその双対に写す写像は,次の図式で表されます。
とその双対
ブロックの下側から伸びた線と,ブロックの上側から伸びた線を,ともに省略しています。直観的には,はの「上下反転」といえます。は写像によりに写ります。
とその双対
がとの写像としての合成とみなせるのに対し,はとの写像としての合成とみなせます。ではなくである理由は,図式が「上下反転」の関係にあることから直観的に理解できるかと思います。
補足:
上では,可逆な線形写像の一例として転置を挙げました。実ベクトル空間ではなく複素ベクトル空間を考えた場合には,に相当する写像として転置ではなく共役転置を考えたほうが都合がよいと思います。詳しくは,拙著Nak-2022をご参照ください。このような意味で,有限次元ベクトル空間とその間の線形写像は,「双対をとっても数学的な構造は変わらない」といえます。このような性質は,自己双対とよばれます。
より直観的な説明として,行列の行列を考えます。この行列は,次の線形写像
と一対一に対応しており,通常は行列と線形写像は同一視されるかと思います。一方で,行列は次の線形写像
とも一対一に対応しており,これらを同一視しても問題ありません(なお,の各要素は,次元行ベクトルとみなせます)。このように,行列を「列ベクトルを列ベクトルに写す写像」と捉えても,「行ベクトルを行ベクトルに写す写像」と捉えても,本質的には何も問題ないといえます。大ざっぱには,自己双対とはこのような関係のことだといえます。なお,写像は,転置をとると次の線形写像
になります(は転置)。つまり,行列は写像ともみなせます。
補足(圏論の基礎知識がある人へ):
ここで述べた自己双対性は,有限次元実ベクトル空間を対象とする圏がその双対圏と圏同値であることを意味しています。自由ベクトル空間と忘却写像の関係
集合の集まりと実ベクトル空間の集まりの間にある特徴的な性質について述べます。
各集合に対して,「を基底とするような実ベクトル空間」をの自由ベクトル空間とよび,と表すことにします。有限次元ベクトル空間の次元はその基底の要素数に等しいため,各有限集合についてベクトル空間の次元はです。
個の要素からなる集合について,は形式的にと表せます(ただし,が基底となるように和と実数倍を適切に定めます)。の次元はです。
写像をと書き,自由写像とよぶことにします。
各ベクトル空間について,に備わっている和と実数倍という演算を忘れて,を単なる集合とみなしたものをと書くことにします。このとき,次の命題が成り立つことがわかります。
任意の集合とベクトル空間について,次の(集合としての)同型が成り立つ。
この同型は,からへの線形写像と,からへの写像が一対一に対応することを意味しています。
とおく。からへの各線形写像について,の定義域をに制限したものはからへの写像である。逆に,からへの任意の写像について, を満たすような線形写像が一意に定まる(はの基底(つまり)の写り先により一意に定まるため)。したがって,とが一対一に対応する。
写像をと書き,(和と実数倍を忘れるという意味で)忘却写像とよぶことにします。自由写像と忘却写像は上の意味で密接に関係しており,このような関係は随伴とよばれます。
上の証明より,各を写像に写すような写像は可逆です。この写像は,次の図式のように表せます。
同型を与える写像
ただし,(ブロックの下側の)線の左右にある2本の青線は自由写像を表しており(この2本の線に挟まれたがへの入力です),ブロックはの要素です。また,(ブロックの上側の)線の左右にある2本の青線は忘却写像を表しており,ブロックはの要素です。直観的には,とが随伴の関係にあることは,「ブロックの下側にある2本の青線のペアを,(可逆写像により)ブロックの上側にある2本の青線のペアに置き換えられる」ことといえそうです(このとき,ブロックはブロックに置き換えられます)。可逆写像の逆写像は,各をに写します。
高度な話題:
圏論の用語を用いると,は圏から圏への関手とみなせて,は圏から圏への関手とみなせます(関手の知識がない人は,よい性質を満たす写像のようなものだと思ってください)。このとき,各と各に対して同型が成り立つ(かつ自然性とよばれるよい性質も成り立つ)ことを確かめられます。はの左随伴,またははの右随伴とよばれます。直積とテンソル積
線形代数における直積とテンソル積は,どちらもある意味では「2個の集合の直積に相当する概念」といえることを説明します。
補足:
線形代数における直積とテンソル積に慣れていない人は,「直積」という名前の通り,「線形代数における直積」が「集合の直積」と直接的に対応する概念であると解釈すると素直かもしれません。一方,「線形代数におけるテンソル積」は「集合の直積」と(直接的ではないけれど)間接的に対応する概念であると解釈すると,イメージしやすいかもしれません。線形代数における直積
集合論の場合
集合と集合の直積とは,集合(つまりの各要素との各要素の組をすべて集めた集合)のことです。
次の命題は,集合の直積を特徴付けます。
任意の写像に対して,対応する2個の写像とが存在して
の形で表せることと,写像と写像の組が一対一に対応することからわかる。
写像
を考えて,次の図式で表すことにします。
写像
ここで,右辺の黒丸は写像を表しています。「特別な写像」であるという雰囲気を出すために,ブロックではなく黒丸として表しました。線と線を横に並べることで,を表すことにします。つまり,集合の直積を「2本の線を横に並べる」ことで表すことにします。この図式(左辺および右辺)から,はからへの写像であることが読み取れます。
が写像の形で表せることは,の形で表せることを意味しています。ただし,写像の組を写像
とみなします。は,次の図式で表せます。
ここで,2個のブロックとを横に並べることで,写像を表しています。
式の同型は,とが一対一に対応することを表しています。
線形代数の場合
ベクトル空間の直積を定義しておきましょう。との直積とは,「との集合としての直積」に対して和と実数倍を適切に定めることでできるベクトル空間のことと定義できます。具体的には,和は,集合の2個の各要素に対してと定めます。また,実数倍は,集合の要素と実数に対してと定めます。このとき,がベクトル空間になることが容易に確認できます。
補足:
定義からわかるように,ベクトル空間の直積は,(和と実数倍という演算を忘れて)単なる集合とみなすと「集合としての直積」と同じです。このことは,先述の忘却写像を用いるとと表せます。集合論の場合と同様に,線形代数でも次の命題が成り立ちます。
任意のベクトル空間について,次の(集合としての)同型が成り立つ。
任意の線形写像に対して,対応する2個の線形写像とが存在して
の形で表せて,線形写像と線形写像の組が一対一に対応することからわかる。
上とは別の証明:
の基底をとおくと,式は次のように示すこともできます。ただし,最初と最後の行ではおよび式を用いました。また,2行目では直積の定義よりが成り立つことを用い,3行目では式を用いました。集合論の場合と同様に,線形写像を用いると,と表せます。図式では,次のように表せます。
この図式では,ベクトル空間の直積を「2本の線を横に並べる」ことで表しています。ただし,後で述べるテンソル積の場合と区別するために,背景色を(黄色ではなく)緑色としました。
なお,における直積は,直和とよばれるものと同一視できます(直積と直和はベクトル空間として同型です)。
補足1:
有限個のベクトル空間の直積は,直和と同一視できます。一方,無限個のベクトル空間の直積は,一般に直和とは同一視できません。補足2:
すでに述べたように,有限次元に限定した線形代数は自己双対的ですので,式(つまり)の双対として,が成り立ちます。なお,この式はが無限次元であっても成り立ちます。一方,集合論では,同様の式は一般に成り立ちません。高度な話題:
上で述べた集合論や線形代数の直積の概念は,圏論では(二項)直積とよばれます。一般の圏では,の任意の対象に対して(直積が存在するならば)が成り立ちます。備考:集合の直積とベクトル空間の直積の比較?
1次元以上の実ベクトル空間は無限集合です。しかし,ある観点では,有限集合に対応する線形代数の概念は,(基底が有限集合という意味で)有限次元ベクトル空間かもしれません。このような対応を考えたとき,集合の要素数に相当する線形代数の概念は,ベクトル空間の次元といえそうです。
集合の要素数とベクトル空間の次元の間には,次の表のような関係があることがわかります。ただし,要素数の集合と要素数の集合を考え,また次元ベクトル空間と次元ベクトル空間を考えています。
このように,集合の要素数の積およびべき乗が,ベクトル空間の次元の和および積に対応しています。
補足:
関連する話として,有限次元ベクトル空間とその部分ベクトル空間について,商空間(定義は割愛します)の次元はになります。大ざっぱに述べると,ベクトル空間の次元について考えると,積や商が和や差になるような場合があるといえるでしょう。線形代数におけるテンソル積
集合論の場合(直積)
式は「への写像」に関する性質といえます。集合の直積は,これに対応する「からの写像」に関する次の命題も満たします。
左辺の各要素に対して,対応する写像が考えられて(ただし,は写像のこと),これらが一対一に対応することからわかる。
直観的には,は「とを同時に入力すると,を出力する」という写像を表しており,は「最初にを入力して次にを入力すると,を出力する」という写像を表しているといえます。
補足:
とくにが有限集合の場合を考えると,およびが成り立ち,これらは等しいため,式が成り立つことが確認できます。集合を次の図式で表すことにします。
集合
このとき,写像は次の右辺のような図式でも表せます。
を表す二通りの図式
直観的には,下向きの矢印はブロックへの入力だと捉えられます。矢印が付いていない線は上向きの矢印のことだと考えて,この図式は
上向きの矢印を付けた図式
のことだと考えると,左辺と右辺はともにが入力でが出力であることがイメージしやすいと思います。左辺のようにブロックの下側に描かれた線を,右辺のように下向きの矢印で表してブロックの上側に描けると考えてください。また,左辺と右辺ではブロックの形状が異なりますが,これは単なる描画の都合によるもので本質的な違いはありません。
とは,それぞれ次の図式で表されます。
と
これらはともに2入力の写像である(具体的には,線と線が入力でが出力である)ことから,直観的には「同じようなもの」であることがわかるでしょう。
線形代数の場合
式に相当する線形代数の式を考えたいのですが,残念ながらベクトル空間に対して一般に
です。しかし,直積をこれから定義するテンソル積に置き換えれば,この同型が成り立つことがわかります。
2個のベクトル空間とのテンソル積は,の基底との基底に対して,これらの基底の集合としての直積を基底とするようなベクトル空間,つまりとして定義できます(和と実数倍は素直な方法で定められます)。
次の命題が成り立ちます。
任意のベクトル空間について,次の(集合としての)同型が成り立つ。
式の左辺は
を満たす。ただし,2行目では式を用いた。また,式の右辺は
を満たす。ただし,およびを用い,1行目では式を用いた。一方,式より
であるため,式が成り立つ。
上では,テンソル積の定義(の一つ)を明示的に示して式を導きました。逆に,式を満たすようなをテンソル積と定義することもできます。とくに,証明の途中で現れたは「からへの双線形写像の集合」とみなせますので,「からへの双線形写像」と「からへの線形写像」が一対一に対応するようにテンソル積を定めることもできます。このような定義は,たとえば拙著Nak-2022のA.6節をご参照ください。
補足:
上では,ベクトル空間の直積とテンソル積の定義(の一つ)を明示的に示しました。一方,次元が同じベクトル空間は,同型ですので同一視できます。このため,少なくとも2個のベクトル空間とが有限次元ならば,任意の次元ベクトル空間を直積とみなせます。同様に,任意の次元ベクトル空間をテンソル積とみなせます。集合の直積についても同様です。ベクトル空間のテンソル積では,集合論の場合と同様の図式が利用できます。集合論では集合を「線と下向きの矢印を横に並べる」ことで表しました。これと同様に,線形代数ではベクトル空間を「線と下向きの矢印を横に並べる」ことで表すことにします。
ベクトル空間
このとき,とは,それぞれ次の図式で表されます。
と
ただし,線と線を横に並べることでを表しています。とはともに2入力の写像とみなせる(具体的には,線と線が入力でが出力である)ことから,直観的には「同じようなもの」であることがわかるでしょう。
高度な話題1:
式は,式(つまり)に似た形をしています(表記を合わせるため,変数名を合わせました)。実際,後者の同型におけるをに置き換えて,をに置き換えて,をに(つまりをに)置き換えて,を(つまりをに)置き換えれば,前者の同型が得られます。このような関係にあるため,がの左随伴であるのと同様に,はの左随伴になっていることが,圏論の基礎を学ぶとわかります。式も同様です。高度な話題2(圏論の基礎知識がある人へ):
線形代数の図式のうち,背景が緑色のものはモノイダル圏を表しており,背景が黄色のものはモノイダル圏を表しています。式~をまとめて再掲しておきます。
すでに述べたように,集合論における直積は式,をともに満たします。一方,線形代数においては,これらの式に対応する式は,となります。この観点では,集合論における直積に対応する線形代数の概念は,直積とテンソル積の二つといえるでしょう。
まとめ
この記事では,圏論の基礎的な概念と密接な関係にあるいくつかの概念を説明しました。これらの概念は,線形代数を図式で表す際にも活用できます。また,これらの概念を知っていれば,圏論の基礎を学ぶ際にも役立つと思います。