2

【ストリング図で学ぶ圏論 #5】モナドとは自己関手の圏におけるモノイド対象のこと

551
0

はじめに

モナドは計算機科学や物理学などの分野でしばしば登場するため,その名前を聞いたことのある人は多いかもしれません。モノイドを一般化したモノイド対象という概念があり,モノイド対象の特別な場合としてモナドが定義できます。この記事では,モナドの定義として,モノイド対象に基づいた定義とより直接的な定義の2通りの方法を紹介します。

本連載の目次

#1: 圏の定義と具体例
#2: 関手と自然変換
#3: 垂直合成と水平合成
#4: モノイダル圏
#5: モナドとは自己関手の圏におけるモノイド対象のこと(この記事)
#6: モナドの例
#7: 随伴
#8: 関手を表す線の順序の交換
#9: 普遍射と随伴・極限・カン拡張
#10: ホム関手のストリング図(前編)
#11: ホム関手のストリング図(後編)
#12: 米田の補題
番外編1: 視覚的に理解するクライスリトリプルとモナドの同値性
番外編2: 線形代数の圏論的な性質(?)を圏論なしで説明する

モノイド

まず, 第1回の記事 で紹介したモノイドの定義を改めて明記します。

モノイド

集合Mと写像M×Mx,yxyM(積とよぶ)と1M(単位元とよぶ)の組M,,1が次の二つの条件を満たすとき,モノイドとよぶ。
(1)結合律:x(yz)=(xy)z(x,y,zM)
(2)単位律:x1=x=1x(xM)

結合律

結合律は次の図式で表せます(x,y,zMは任意)。

結合律 結合律
(1)

ただし,補助線(破線)で囲まれた丸は積を表しており,線はすべて集合Mを表しています(線のラベル「M」は適宜省略しています)。この左辺はx(yz)を表しており,右辺は(xy)zを表しています。便宜上,積μと書くことにすると,この式は次式と同値です。

(1)結合律:μ(1M×μ)=μ(μ×1M)
結合律(別表現) 結合律(別表現)
(2)

ただし,恒等写像1Mは図式では単なる線として表しています。

補足:
念のため,式x(yz)=(xy)z (x,y,zM)と式μ(1M×μ)=μ(μ×1M)が同値であることを確認しておきます。後者の式の左辺μ(1M×μ)は写像
M×M×Mx,y,z1M×μx,yzμx(yz)M
ですので,x,y,zx(yz)に写します。同様に,右辺μ(μ×1M)は写像
M×M×Mx,y,zμ×1Mxy,zμ(xy)zM
ですので,x,y,z(xy)zに写します。このことから上記の二つの式が同値であることがわかります。

(2)は,式(1)からx,y,zMを表すブロックを消したものになっています。下側に伸びた3本の線にx,y,zのようなMの3個の要素が入力されると捉えると,わかりやすいかもしれません。なお,この図式の左辺は

式\eqref{eq:2}の左辺 (2)の左辺

のように3個の領域に分けたとき,上側・左下側・右下側の領域がそれぞれμ, 1M, μを表しています。このため,左辺全体としてはμ(1M×μ)を表しています(が縦方向の合成で×が横方向の合成に対応しています)。

単位律

また,単位律は次の図式で表されます。

単位律 単位律
(3)
ただし,補助線で囲まれた丸は単位元1を表しています。
写像{}1M(ただし,{}は要素のみをもつ1点集合)をηとおくと,この式は次式と同値です。

(2)単位律:μ(1M×η)=1M=μ(η×1M)
単位律(別表現) 単位律(別表現)
(4)

この図式は,式(3)からxMを表すブロックを消したものになっています。ただし,式(2)において1を表す丸は,この式ではηを表しています。

補足:
第1回の記事 で述べたように,任意の要素xMを写像{}xMと同一視するのでした。この同一視により,単位元1は写像ηと同一視されます。

高度な話題:
話を簡単にするため,モノイダル圏と厳密モノイダル圏の違いはとくに気にしないことにします。実際,上の説明では,モノイダル圏Set,×,{}を厳密モノイダル圏とみなしており,各xMについてx,=x=,xとみなしています。

モノイド対象

モノイドM,,1において,集合Mは圏Setの対象とみなせます。集合Mをより一般の圏C(正確にはモノイダル圏)の対象に拡張し,式(2)と式(4)に相当する条件を満たすようなものとして,モノイド対象が考えられます。

モノイド対象

モノイダル圏C,,iの対象aと射μ:aaaと射η:iaの組が次の二つの条件を満たすとき,モノイド対象とよぶ。
(1)結合律:μ(1aμ)=μ(μ1a)
結合律 結合律
(2)単位律:μ(1aη)=1a=μ(η1a)
単位律 単位律
なお,線はすべて対象aを表している(線のラベル「a」は適宜省略している)。

高度な話題:
正確には,C,,iが厳密モノイダル圏である場合の定義を示しています。C,,iがより一般のモノイダル圏の場合でも,同様に定義できます。

この定義から,モノイドM,,1=M,μ,η(ただしμとおいて1ηを同一視しています)は,モノイダル圏Set,×,{}におけるモノイド対象であることがわかります。モノイドが満たすべき条件を素直に拡張することで,より一般のモノイダル圏C,,iにおけるモノイド対象a,μ,ηが考えられるようになります。

ベクトルの和

ベクトル空間の圏VecKは,ベクトル空間の直和をモノイド積として0次元ベクトル空間{0}を単位対象とするモノイダル圏とみなせるのでした。ベクトル空間Vを任意に選んだとき,Vと,Vにおける和+:VVvvv+vVと,ゼロベクトル0Vの組V,+,0は,このモノイダル圏VecK,,{0}におけるモノイド対象です。結合律はv+(w+x)=(v+w)+x (v,w,xV)を意味しており,単位律はv+0=v=0+v (vV)を意味しています。

モナド

モナドの定義

モナドは,モノイド対象の特別な場合として次のように定義できます。

モナド

(モノイダル圏としての)自己関手の圏CC,,1C 第4回の記事 を参照のこと)のモノイド対象T,μ,ηモナドとよぶ。

モノイド対象の定義を用いてより直接的な定義に書き換えると,次のようになります。

モナド(別の同値な定義)

関手T:CCと自然変換μ:TTTとよぶ)と自然変換η:1CT単位元とよぶ)の組が次の二つの条件を満たすとき,モナドとよぶ。
(1)結合律:μ(1Tμ)=μ(μ1T)
結合律 結合律
(2)単位律:μ(1Tη)=1T=μ(η1T)
単位律 単位律
なお,線はすべて関手Tを表している(線のラベル「T」は適宜省略している)。

まとめ

モノイド対象という観点からモナドの定義を紹介しました。圏論では,結合律と単位律というモノイド的な規則がしばしば登場します。この観点では,モナドとはモノイド的な振る舞いをする自己関手のことだといえるかもしれません。次回の記事では,モナドの例を紹介します。

投稿日:2024129
更新日:10日前
OptHub AI Competition

この記事を高評価した人

高評価したユーザはいません

この記事に送られたバッジ

バッジはありません。
バッチを贈って投稿者を応援しよう

バッチを贈ると投稿者に現金やAmazonのギフトカードが還元されます。

投稿者

量子論 / 量子情報理論 / 量子測定 の研究者です。

コメント

他の人のコメント

コメントはありません。
読み込み中...
読み込み中
  1. はじめに
  2. 本連載の目次
  3. モノイド
  4. モノイド対象
  5. モナド
  6. モナドの定義
  7. まとめ