2個の関手$F \colon \cC \to \cD$と$G \colon \cD \to \cE$の合成$G \b F$は
$G \b F$
のように線$G$を線$F$の左側に描くことで表すのでした。この合成では,関手$G$を写像
$$ F \quad\xmapsto{G}\quad G \b F $$
のように捉えることができます。逆に,関手$F$を次の写像
$$ G \quad\xmapsto{\Endash \b F}\quad G \b F $$
のように捉えたい場合もあります。このように捉えたとき,図式では線$G$と線$F$の位置を逆にして表すと都合がよいときがしばしばあります。このような表記の仕方などについて説明します。
#1:
圏の定義と具体例
#2:
関手と自然変換
#3:
垂直合成と水平合成
#4:
モノイダル圏
#5:
モナドとは自己関手の圏におけるモノイド対象のこと
#6:
モナドの例
#7:
随伴
#8: 関手を表す線の順序の交換(この記事)
#9:
普遍射と随伴・極限・カン拡張
#10:
ホム関手のストリング図(前編)
#11:
ホム関手のストリング図(後編)
#12:
米田の補題
準備として,いくつかの関手を導入します。
まず,任意の関手$F \colon \cC \to \cD$と任意の圏$\cE$について,次のように定まる関手を$\Endash \b F$とおきます。
$\Endash \b F$が$\Func{\cD}{\cE}$から$\Func{\cC}{\cE}$への関手であることは容易に確認できます。
この関手は各$\beta \in \Func{\cD}{\cE}(G,G')$を$\beta \b F \in \Func{\cC}{\cE}(G \b F,G' \b F)$に写します。このことは,次の図式で表されます。
$(\Endash \b F)\beta = \beta \b F$
直観的には,関手$\Endash \b F$は「$F$を前(図式では右側)から施すような関手」です。
また,関手$\Endash \b F$と同様に,任意の自然変換$\alpha \colon F \nto F'$(ただし$F,F' \colon \cC \to \cD$)について自然変換$\Endash \b \alpha$が定められます。具体的には$\Endash \b \alpha$$\coloneqq \{ G \b \alpha \}_{G \in \Func{\cD}{\cE}}$は関手$\Endash \b F$から関手$\Endash \b F'$への自然変換です(証明は省きます)。この自然変換$\Endash \b \alpha$は各$\beta \in \Func{\cD}{\cE}(G,G')$を$\beta \b \alpha \in \Func{\cC}{\cE}(G \b F,G' \b F')$に写します。このことは,次の図式で表されます。
$(\Endash \b \alpha) \b \beta = \beta \b \alpha$
直観的には,自然変換$\Endash \b \alpha$は「$\alpha$を前(図式では右側)から施すような自然変換」です。
関手$\Endash \b F$と同様に,「関手を後ろ(図式では左側)から施すような関手」を定められます。具体的には,任意の関手$G \colon \cD \to \cE$に対して次のように定まるような$\Func{\cC}{\cD}$から$\Func{\cC}{\cE}$への関手が考えられ,これを$G \b \Endash$とおきます。
この関手は各$\alpha \in \Func{\cC}{\cD}(F,F')$を$G \b \alpha \in \Func{\cC}{\cE}(G \b F,G \b F')$に写します。このことは,次の図式で表されます。
$(G \b \Endash)\alpha = G \b \alpha$
関手$G \b \Endash$は,しばしば単に$G$と表します。
関手$G \b \Endash$と同様に,任意の自然変換$\beta \colon G \nto G'$(ただし$G,G' \colon \cD \to \cE$)について自然変換$\beta \b \Endash$が考えられます。具体的には$\beta \b \Endash$$\coloneqq \{ \beta \b F \}_{F \in \Func{\cC}{\cD}}$は$G \b \Endash$から$G' \b \Endash$への自然変換であり,各$\alpha \in \Func{\cC}{\cD}(F,F')$を$\beta \b \alpha \in \Func{\cC}{\cE}(G \b F,G' \b F')$に写します。このことは,次の図式で表されます。
$(\beta \b \Endash) \b \alpha = \beta \b \alpha$
関手$F \colon \cC \to \cD$と関手$G \colon \cE \to \cF$について,関手$\Endash \b F$と関手$G \b \Endash$の合成$(G \b \Endash) \b (\Endash \b F)$が考えられます($G \b \Endash \b F$のように表すとわかりやすいかもしれません)。この関手は「$F$を前(図式では右側)から施して$G$を後ろ(図式では左側)から施すような関手」になります。
関手を前または後ろから施す関手を用いて,線の順序を入れ替えたかのような図式を描くことができます。具体的には,まず関手$F \colon \cC \to \cD$と関手$G \colon \cD \to \cE$について恒等自然変換$1_{G \b F}$を次のように表すことにします。
恒等自然変換$1_{G \b F}$
この左辺と右辺は中央の式と同じであり,単に表記を変えただけです。$(G \b \Endash) \b F$と$(\Endash \b F) \b G$がどちらも$G \b F$に等しいことを考えれば,このような表記をしても問題ないことに納得できるのではないかと思います。この左辺と右辺の図式は,「線を交差させることで線の順序を入れ替えている」と解釈できます。
自然変換の入れ替えも同様に行えます。自然変換$\alpha \colon F \nto F'$(ただし$F,F' \colon \cC \to \cD$)と自然変換$\beta \colon G \nto G'$(ただし$G,G' \colon \cD \to \cE$)について次式が成り立ちます。
$\beta \b \alpha$を表す4通りの方法
念のため数式で表しておくと,
$$ (\Endash \b \alpha) \b \beta = ((\Endash \b F') \b \beta) \c (G \b \alpha) = \beta \b \alpha = ((\Endash \b \alpha) \b G') \c (\beta \b F) $$
です。
圏論では,(極限に関連する概念として)錐というものがよく現れます。錐について述べるための準備として,任意の圏$\cJ$から圏$\cOne$への唯一の関手について説明します。圏$\cOne$は1個の対象$*$と1個の射$1_*$のみをもつ圏です。$\cJ$から$\cOne$への関手は$\cJ$のすべての対象を$*$に写し,すべての射を$1_*$に写すものしか存在しません。この関手を${!}$と書くことにします。この定義より,$\cJ$の任意の射$f$について
関手$!$のふるまい
が成り立ちます。ただし,この図式のように関手${!}$をグレーの点線で表すものとして,ラベル「${!}$」はしばしば省略します。任意の圏$\cC$に対して,関手$\Delta_\cJ$$\coloneqq \Endash \b {!} \colon \cC \to \Func{\cJ}{\cC}$は対角関手とよばれます。各$c \in \cC$について$\Delta_\cJ c$は$\cJ$から$\cC$への関手であり,$\cJ$のすべての対象を$c$に写し,すべての射を$1_c$に写します。
$c \in \cC$から$D \in \cJ \to \cC$への錐とは,$\Delta_\cJ c$から$D$への自然変換のことです。対角関手の定義より$\Delta_\cJ c = c \b {!}$です。このため,$c$から$D$への錐$\alpha$は図式では次のように表せます。
錐$\alpha$
この左辺の関手$\Delta_\cJ c$を右辺では$c \b {!}$として表しています。$\Delta_\cJ c = c \b {!}$から左辺と右辺が等しいことがわかると思いますが,念のため中央の式ではこれらが等しいことを「線の順序を交換する図式」を用いて表しています。
ここでは詳細は述べませんが,ある種の関手は「極限を保存する」,または「カン拡張を保存する」という性質をもっています。これらの関手は,図式において極限を表す線,またはカン拡張を表す線と順序を入れ替えられると捉えると直観的にわかりやすい場合がしばしばあります。
$G \b F$のような関手の合成を表す方法として,線$F$を線$G$の右側に描く方法を紹介しました。このような方法を用いると視覚的にわかりやすく表せる場合があります。